会社補償・役員賠償責任保険のルールの新設

1 はじめに

2021年3月1日に施行された改正会社法での改正点を連続コラムで解説する第3回目は,会社補償や役員賠償責任保険(D&O保険(Directors and Officers Liability Insurance))のルールです。

失敗から学び,試行錯誤しながら事業を行っていくなかで,役員などが職務執行にあたって失敗した場合に賠償責任を負うことになると,大胆な職務執行ができなくなる可能性がありますが,他方,何らの責任も負わないとすると会社法が役員等の賠償責任を認めている意味がなくなります。

これらの両要素のバランスをとるためのルールが導入されました。

上場会社,非上場会社にかかわらず,役員等の賠償責任の問題は生じますので,会社経営者や取締役等として会社の経営に携わっている方は,知識として把握しておくと良いでしょう。

 

2 会社補償(会社法430条の2)

(1)会社補償とは

会社補償は,役員が職務執行に関して損害賠償請求,刑事訴追等を受けた場合に,役員等が要した争訟費用,損害賠償金等の全部・一部を会社が負担することです。

(2)会社補償契約の内容決定

会社が会社補償契約の内容を決定するには,

①取締役会設置会社では,取締役会決議

②取締役会非設置会社では,株主総会決議

が必要になります。

(3)会社補償契約の内容

補償契約の内容としては,

・役員等が,職務執行に関し,法令違反(刑法・独禁法等)が疑われ,または責任追及に係る請求を受けたこと(悪意・重過失があっても良い。必要であれば430条の2第3項で返還請求をします)に対処するために支出する費用(例えば,弁護士費用)(430条の2第1項第1号)。

ただし,通常要する費用を超える部分は補償できない。

善意・有過失の役員等が,職務執行に関し,会社以外の第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合に,①損害を役員等が賠償することにより生じる損失,②損害賠償に関する紛争について当事者間で和解が成立した場合の和解に基づく金銭の支払いにより生じる損失(430条の2第1項第2号)

ただし,会社と取締役が連帯して第三者に賠償責任を負っている場合に,取締役負担部分は補償できない(この補償を認めると取締役の会社に対する責任を免除したことと何ら変わらないため)。

 


※第2号の損失補償については,悪意・重過失の役員等の補償はできません。したがって,会社法429条の役員等の第三者に対する損害賠償責任(429条1項「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,当該役員等は,これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」)は,役員等の悪意・重過失を要件としていますので,カバーできないことになります。


(4)補償の実行

すでに締結済みの補償契約に基づき,補償を実行する場合には,取締役会や株主総会の決議は不要です。

ただし,補償の実行額等によっては,会社の重要な業務執行の決定に当たることも考えられますので,取締役会決議が必要になることは想定されます。

(5)補償についての重要な事実の報告

取締役会設置会社では,補償契約に基づく補償を受けた役員等は,遅滞なく,補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければならないと定められています(430条の2第4項)。

(6)公開会社における補償契約の内容の開示

公開会社では,

①補償契約を締結している取締役の氏名・契約内容

②費用を補償した場合において当該役員等が責任を負うこと等を知ったとき

③損失を補償した場合には,その旨及び金額

を事業報告において開示する必要があります。

また,取締役選任の際の株主総会参考書類に,補償契約の内容の概要を記載しなければいけません。

 

3 役員賠償責任保険(会社法430条の3)

(1)概要

役員等を被保険者,会社を保険契約者として,役員等が業務について行った行為(不作為を含む)を理由に損害賠償請求を受けた場合に,役員等の損害を補填する損害賠償保険のことを役員賠償責任保険(D&O保険)といいます。

役員賠償責任保険は,1993年の販売認可により導入されてきましたが,会社が保険契約者ですので,その保険料は会社が負担します。しかし,会社が保険料を支払って,取締役の会社に対する損害賠償責任に対しても保険金が支払うことも可能であり,会社補償契約よりも問題が大きいとされていました。

そこで,今回の会社法改正で役員賠償責任保険のルールが導入されました。

(2)役員賠償責任保険の内容決定

会社が,役員等の職務執行に関し責任を負うこと,または責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者(=損保会社)が填補することを約束し,役員等を被保険者とする保険契約の内容を決定するには,

①取締役会設置会社では,取締役会決議

②取締役会非設置会社では,株主総会決議

が必要になります。

(3)役員賠償責任保険の更新

役員賠償責任保険の更新時には,契約内容が従前のままでも,取締役会または株主総会の決議が必要となります。

(4)公開会社における役員賠償責任保険の内容の開示

公開会社では,

①被保険者の範囲

②保険契約の内容の概要(被保険者が実質的に保険料を負担している場合には負担割合,保険事故の概要等)

を事業報告において開示する必要があります。

※保険金額・保険料,契約に基づく保険給付の金額等は開示対象外です。

また,取締役選任の際の株主総会参考書類に,候補者を被保険者とする役員賠償責任保険の内容の概要を記載しなければいけません。

 

4 まとめ

以上のように,これまで会社と役員等の利益相反にあたるのではないかと考えられていた会社補償契約や役員賠償責任保険が,どういったルールのもとで締結できるのかが改正法により明確になりました。

会社補償契約や役員賠償責任保険は上場,非上場にかかわらず導入できる制度です。これらの導入をすれば,役員等の人材確保や積極的な経営判断につながり,会社の活性化につながりえるものです。

例えば事業承継を検討されるなど,会社のこれからを検討されている事業者様に対しては,会社の現状をお聞きして,将来に向けて何ができるのかを弁護士としてアドバイスさせていただきます。

是非,池田総合法律事務所にご相談ください。

 

<小澤尚記(こざわなおき)>