「クレームストーカー」への理解と医療機関等に求められる対策

第1 「クレームストーカー」とは

 

1.その定義

「クレームストーカー」については、明確な定義があるわけではなく、「クレーム」に名を借りた「ストーカー」というほどの意味です。警察庁が認知した昨年の全国のストーカー被害の件数は2万2823件と2年連続して2万件を越え、毎年のように増えてきております。この中に、「クレームストーカー」の被害件数がどの程度含まれているのか、はっきりしません。「クレーム」に名を借りているため、「ストーカー」としてカウントされているかどうかさえも疑問です。

ストーカーについては、1999年10月に発生した、いわゆる「桶川ストーカー殺人事件」に端を発して、その規制が叫ばれ、2000年9月に、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」いわゆる「ストーカー規制法」が制定されました。ストーカー規制法では「つきまとい等」のストーカー行為を行う虞れのある者に対して、警察による警告、公安委員会による接近禁止命令を出すことを可能にし、これに違反した場合には、刑事罰を科するとした形で、ストーカー行為を規制しています。但し、全ての「つきまとい等」の行為が規制の対象となるわけではなく、「恋愛感情などの好意の感情、または、その感情が満たされなかったことへの怨恨の感情を充足する目的で」(同法2条)の行為のみが対象となっています。すなわち、恋愛感情等を背景としないストーカー行為は、規制の対象外となっています。

これは、本来、新聞記者等の取材活動や労働組合の組合活動等に当たって、その活動規制のために、ストーカー規制法が濫用されることを防止するために、ストーカー行為の目的によって処罰対象を限定しているものなのですが、本当は「恋愛感情等の充足」を目的にしながら、これを秘した「クレーム」に名を借りたつきまとい行為を規制の外に出してしまうことになり、「クレームストーカー」という新しいタイプのストーカーが生まれることになったものです。

 

2.その事例

毎日新聞の1月の記事では、自治体の女性の窓口職員に対し、毎日のように職場に電話をしたり、窓口に居座った末、「女性の態度が悪い」「謝罪させろ」などと半年間にわたってつきまとった事例、育毛サロンの女性店長が顧客男性からサービスへの苦情を理由にしつこく面会を要求され、最終的に異動を余儀なくされ、さらには、この男性客から慰藉料請求の裁判を起こされた事例などが紹介されています。

医療機関においては、少し前の調査になりますが、看護師の11%が、キャリアの中で、ストーカー被害を受けたことがあるという報告があります(和田耕治ほか編著医療機関における暴力対策ハンドブック 58頁 中外医学社)。

 

3.「クレーム」の分類

「クレーム」の内容が、そもそも不当な場合は勿論ですが、「クレーム」の内容は正当であっても、要求内容が過大、不当であったり(例えば、スタッフの対応に問題があったとしても、それを理由に過大な慰謝料等の請求をする場合)、要求行為の態様が不当であれば(例えば、何らかの賠償をしなければいけない事例で、暴行や脅迫を利用して請求をするような場合)、不当な「クレーム」として対応が必要となります。

 

4.「クレームストーカー」の狙い

狭い意味では、ターゲットとなった相手方それ自体を目的としている場合、すなわち恋愛感情の充足等を目的とする場合を指しますが、「ストーカー」行為をしながらも、最終的な目的が「金銭」である場合や、パーソナリティー障害などを背景に、クレームをめぐる交渉のプロセスそのものを楽しんでいるような場合もあり、これらも含めて対策を考えていくことにします。

 

5.周辺の行為との区別

患者から、看護師や介護職員など医療機関職員に対する身体接触の行為、あるいは卑猥な言動については「クレーム」に名を借りたものではなく、ここにいう「クレームストーカー」には該当しません。しかしながら、看護師の13%を越える人が、患者からのこれらの言動を1年間のうちに経験していると報告されており(前述のハンドブック42頁)、相当程度の広がりがあり、「クレームストーカー」同様、患者から病院職員個人への広い意味の「精神的、身体的攻撃」として、被害対策面で共通しますので、ここでは一緒に検討します。

 

 

第2 「クレームストーカー」等に対する対策

1.医療機関における特殊性

患者は、そもそも心身に故障を抱え、医療機関に不安を抱えながらやってきている一方、医療機関側のスタッフにとっては、個々の患者は何百人かの1人にすぎず、医療、看護行為もルーティンとしてこなす行為です。このように、両者の間には、もともと要求水準や心理状態、医療情報量に大きな差があり、行き違い等から、クレームのでやすい職場環境であることをしっかりと自覚すべきです。

また心身の故障を抱え不安を抱えた中で看護や療養を受けることを通じ、医療スタッフに対して恋愛感情を持ったり、人によっては、医療スタッフにとっては職務行為に他ならない看護・療養の行為が、自分に対する好意の感情の反映と受け取ってしまうこともあり、こうした面からも注意が必要です。

 

2.「クレームストーカー」に対する医療機関としての対策

「クレームストーカー」は、真の目的は恋愛感情等を満足させる「ストーカー」行為そのものなのですが、表面上は、「クレーム」主張の形をとりますので、「ストーカー」行為とは別個に「クレーム」に対応する対策が前提として必要となってきます。

(1)体制の構築

上記の通り、医療機関において「クレームストーカー」の発生は避けられないものと自覚し、それに応じた組織体制を構築していく必要があります。

問題事案が発生した時の対応部局の設置、対応指針のマニュアル化、電話によるヘルプラインの設置などが考えられます。対策を考える前提として、院内の被害実態の把握のため、職員を対象に、アンケートを実施することも有用であると思います。マニュアルも、あまりに細かすぎるものは、硬直的で実践的ではなく、(2)に記載するような基本的な姿勢等を明らかにするものが必要です。

不当なクレームやストーカー行為はストーカー規制法だけでなく、場合により、脅迫罪、強要罪、住居侵入罪、業務妨害罪、名誉毀損罪等の犯罪を構成し、使用者である医療機関は、これらの犯罪から職員を守らなくてはいけないことは、いわずもがなのことであります。何よりも、病院のトップ等上層部が積極的に精神的な暴力等含めた各種の暴力から職員を守るという姿勢を示し、不当な要求や暴力には屈しない姿勢であることを文書化して病院内に掲示し、外部に対してもこれを示すことも検討すべきです。これにより、職員の安心感も生まれ職務に専念することも出来、不当な要求等に対しては、職員も毅然たる態度も取れますし、そうした「クレーマー」に対しても、随分抑止的な効果が得られることになります。その際、クレームを一切受け付けない高圧的な病院という誤ったマイナスイメージを患者・家族にもたれないよう、他方で、患者、患者家族向けの相談室を設ける等し、患者家族には真摯に対応し、クレーム、意見等には十分耳を傾ける体制も併せて取る必要があります。マスコミ等への公表も有用ですが、その際には、特にこうした点に留意すべきものと思います。

(2)具体的な事案発生の場合の対応策

①事態の把握のために、真摯に先入観を持つことなくクレーマーと決めつけず患者の話を聞く。

クレームといっても、その内容や目的は様々であることは前述のとおりで、もっともな正当なクレームもあり、違法・不当なクレームといっても、どのようなタイプのクレームであるかどうかについては正確に見定める必要があります。最初にその見定めを誤ると、解決が難しくなりこじれたりすることになりかねませんので、注意が必要です。

②複数対応

後日、言った言わないということを防ぐため、複数で対応すべきでしょう。1人は書記役として、3人程度で対応するのが理想的です。

③対象職員を交渉からはずす。院長を出せといった要求には原則として応じない。

「私共が担当ですから。」といって、相手の要求に従うことはしないようにして下さい。

④記録をつけ、対応に一貫性を持たせる。

相手とのやりとりについては、必ず時系列的に記録につけ(記載事項の漏れが生じないように予め書式を作っておくとよいでしょう。)、特に、相手に対して申出をした内容等については、担当者が変更となった時でも対応が一貫するようにしておくべきです。状況によっては、相手とのやりとりを録音する等のことも必要かと思います。この場合、相手に対しては、録音をすることを予め明らかにしてから、録音しましょう。お互い言った言わないの争いを避け、建設的に話を進めるために、業務の一環として行うものであることを説明し、相手の了解を取る必要はありません。録音することを宣言することにより、相手を鎮静させる効果もあります。

⑤不当な要求や行為に対しては警察や外部専門家への相談

要求自体が不当な場合や、要求自体は不当とまでもいえないけれども行動が違法、不当な場合や、対象職員個人に対するつきまとい等のストーカー行為のある場合は、警察等に相談のうえ、被害届をし、場合によっては告訴も検討して下さい。

相手の発言やメールの内容から、好意感情等ストーカー規制法の対象とする「目的」がその言動からうかがえる時には、ストーカー行為に対しては、同法による規制も可能となりますが、終始「クレーム」を口実にする時には、同法では規制が難しい場合もあります。しかし、こうした場合でも、警察への相談・被害の申告はして下さい。警察は、ストーカー対策については積極的に摘発していく方針を打ち出しており、ストーカー規制法で規制できなくても、たとえばメール内容に脅迫的な要素があれば脅迫罪で、つきまといの末、自宅敷地内に入って押しかけてきたときは、住居侵入罪での逮捕は可能であり、そこまでいかなくても、厳重な注意等により事実上の効果を期待することができます。また、仮に、警察が手を出しにくい巧妙なストーカーの場合でも(というか、だからこそ)、ケースによっては、裁判所の仮処分で対象職員への面会禁止等の仮処分を発令してもらうことは可能ですので、病院の顧問弁護士等に相談して下さい。

⑥その場しのぎの解決をしない。不当な要求に、安易に屈するような解決をしない。

安易な解決は、御し易いと判断され、再びクレームを繰り返すことを助長します。

⑦解決を急がないこと

誰しも、クレーム対応は煩わしいことで、早く解決したいというのは人情ですが、相手に、その点を見透かされてしまえば、相手は、優位に立ったものと判断し、不当な要求を押し通すことになります。また、やりとりのプロセスを楽しんでいるような場合には、相手に解決をしようという意思がないのですから、解決を急いでも意味がありません。こうした場合には、相手があきらめるまで、あるいは、他に関心が移るまで、受け入れられないことを根気よく繰り返していくか、法的な手段にレベルアップして対応していくより他ありません。

 

3.「クレームストーカー」対策=医療機関の職員に対する義務

使用者が、労働者の職場環境の安全に配慮する義務を負うことは、裁判上確立されており、労働契約法においても、「使用者は、労働契約に伴い、労働者が、その生命、身体などの安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をするものとする。」と定められています(同法5条)。職場でのセクハラ行為についても、「事業者は、当該被害者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、雇用管理上必要な措置を講じなくてはならないと定められ(男女雇用機会均等法11条1項)、職場内セクハラについては、単なる「配慮」にとどまらず、積極的な「措置」が要求され、厚労省が、その細かな指針を定めています。職場でのセクハラというと、事業主、上司、同僚からのものが典型的ではありますが、それだけでなく、取引先、顧客、「患者」もセクハラの行為者になり得ることが厚労省の行政解釈として明示され、セクハラに及ぶ患者についても、医療機関側は、それに対する措置を講じなければなりません。その義務が果たされず、「クレームストーカー」、あるいは患者からのセクハラ行為によって、医療スタッフの生命、身体等が害された場合には、「クレームストーカー」等自身が賠償義務を負うことは当然のことですが、安全配慮を怠った使用者として、医療機関も医療スタッフの被った損害を賠償する義務を負うことになります。現場任せにしておき、医療スタッフからの訴えがあっても、病院として組織的に対応せず、情報共有もされないまま、当該職員あるいはその直属の上司程度の範囲内での解決を強いられるようなことですと、不幸にして当該職員に「クレームストーカー」によって生命、身体が害され、または、うつ病等の精神疾患に罹患してしまった場合は、今後は医療機関側は厳しくその責任を問われることになるものと思います。

 

4.不幸にして「クレーマー」の標的となったときの個人としての対応策

病院側が、前述のような対応策を講じている場合はいいのですが、現状では、全くこうした組織的な体制が出来ていないか、一応は出来ていても不十分な場合が多いと思います。そうした時の個人としての対応策については以下のようなことが考えられます。

(1)可能な自衛の手段をとる

尾行を警戒して自宅を知られないようにする、防犯ブザーを携帯する、個人情報の管理を徹底し、ゴミ出しを含め個人情報が外に出ないように細心の注意をする、相手からのFAXやメールは保存しておく(見たくないものですが、後日法的な処理等を取るときの重要な証拠になります。)、等自分自身でやれることはやっておいて下さい。

(2)ひとりで解決しようと思わないこと

ひとりで解決できることは限界がありますし、当事者としてどうしても視野が狭くなります。岡目八目で家族・友人等から、いい知恵がでることもありますし、また、事前に話をしておかないと緊急時に対応がとれません。被害に遭っていることについて、自分に責任があるように思ったりせず、また、恥ずかしいとも思うことも無用で、援助を求めて下さい。

(3)上司への報告、対処方の申し入れ

必ず上司に報告をして、あなた個人の問題ではなく、病院という組織の問題にし、上司が適切に対応してくれないときは、またその上の上司にも報告、対処方を申し入れて下さい。医療機関側としても、申告がなければ対応のしようもありません。また、医療機関側もうすうすは承知しているのにこれを放置していたとき、後日、病院側に事態を把握していなかったという弁解を出させないようにしておく必要があります。

(4)要求に対する拒絶と警察への申告

他の病院職員などの援助が得られない場面でのつきまとい行為については、努めて冷静に対応し、感情的でない口調で、要求が受け入れられないことを明確に相手に伝えて下さい。録音や写真、ビデオカメラなどの証拠を残すようにして下さい。また、その為、家族はもとより近隣住民や同僚らの協力も取りつけて下さい。

こうした明確な証拠があれば、相手方の行動に対して、警察への連絡、被害の申告をして援助を求めることも出来ます。

また、「クレーム」ではない、セクハラ行為(身体接触、性的発言)についても、受入れられない行為であることが明確に相手に伝わるように、冷静に意思表示をして下さい。

医療機関側が消極的であっても、個人としてストーカー規制法や刑事事件として被害届や告訴も、ケースにより考えることになります。

 

第3.まとめ

「クレームストーカー」や患者からのセクハラ行為の問題は、被害に遭っている対象職員の個人的なトラブルではなく、医療機関における「労働環境」の問題であり、その被害は、「労働災害」の問題です。

こうした認識を欠いている医療機関が多いのが実情と思われますが、今後は、認識を早急に改め、「労災」発生防止のため、組織的な対応をとるべきです。「クレームストーカー」等の対策は、何かあった時の責任問題、賠償問題といった後ろ向きの面だけでなく、安心安全な労働環境を提供することにより、有能な医療スタッフを長期的に確保し、医療機関として安定的に経営を続けていく上でも重要な条件とも言えるでしょう。(池田伸之)

 

※注 「病院安全教育」2015年6、7月号(日総研出版発行)の記事として掲載したものです。