「無償返還合意の届出」って何?

相続税の増税が、本年1月から施行され、また、個人増税・法人減税の大きな税制の潮流の中で、個人がもっている不動産のうち、建物だけを、相続人(子や妻)が株主、役員となって同族会社に、簿価で譲渡して、長期かつ無利息で代金を会社において返済する一方、建物を会社が賃貸し、相続税、賃貸収入に対する課税を圧縮するというスキームが、話題になっています。

 

確かに、うまくいけば節税効果は高いのですが、物件管理に伴うコストや空室のリスク等もあり、安易な業者の勧めに乗らず、綿密な計画にたって専門家と相談のうえで、行うことが肝要です。

 

このスキームの一環として、建物を譲渡する際、敷地上に借地権の設定をし、会社に適正賃料を支払ってもらうことになります。借地権の設定には、通常、その対価として権利金設定があるということで、権利金をもらわない場合、同族の管理会社側に権利金相当の贈与があった認定されて、課税関係を生じてしまいます。

 

それを回避するある種の公的なお墨付き制度(?)として、無償返還合意の届出制度というのが活用されています。将来、借地人が借地を無償で返還する旨約束し、地主、借地人連名で税務署長にその旨届出た時は、権利金の認定課税をしない取り扱いです(法人税法基本通達13-1-7)。

 

民法上、借地契約は、借地人に強力な権利を与えられており、上記のような合意をしたとしても、私法上無効であり、借地人は、契約終了事由によりますが立退料の請求権や建物買取請求権を失うことがありません。親族間で借地権設定がなされる場合には、こうした無償返還合意がなされる場合が多いという取引実態を反映し、苦肉の策として打ち出したものでしょうが、必ずしも、実態を反映したものか疑問です。また、私法上、契約上の効力を否定される合意が、税法上は、有意義で有効なものとして取り扱われることからくる違和感、ギャップは、相当に大きく、法律実務家の目から見ると、誤った認識を国民に与え、法秩序を混乱させるものであって、正しい解決策ではないと思います。

 

こうした合意書面を届出たばかりに、借地権者が返還にあたって何らの権利主張も出来ないのだと考えてしまうようなことがあれば、あるいは、このスキームを指導する専門家もそのように考えて関係者を指導し合意書面に添った処理をしてしまう事があるとすると、大変罪深い制度であるようにも思えるのです。

 

公平、公正な課税の観点からも、このようなスキームだけを優遇する合理的な根拠に乏しく、むしろ、原則通り、権利金の認定課税をすべきとの考え方の方が望ましいと思います。                  (池田伸之)