ハラスメント防止のための社内体制の強化を! ~ハラスメントはどこにでも起こりうる意識をもって~
1 今求められる社内体制強化
いわゆる労働施策総合推進法(※以下本文は法令を略称で説明し、正式名称は末尾に記載します)が改正され、パワーハラスメント防止対策が強化、パワーハラスメント相談窓口設置が義務化されました(令和2年6月1日施行)。
パワハラについては、これまで事業主の措置義務等を定めた法律はありませんでしたが、いわゆる労働施策総合推進法30条の2第1項が、パワハラを防止するために雇用管理上必要な措置を講じることを大企業に義務付けるに至りました。すでに令和2年6月1日から始まっています。この対策義務は、中小企業にも令和4年4月1日から課せられます。
2 ハラスメントの法的責任
令和2年7月1日の厚生労働省発表によると、「『いじめ・嫌がらせ』に関する民事上の個別労働紛争の相談件数が8年連続トップ」(※)であり、大きな社会問題となっています(※参考URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000213219_00003.html)
職場内におけるいじめ・嫌がらせといったハラスメントは多様で、性的な言動によるセクシャルハラスメント(セクハラ)や職務上の地位・権限を背景とするパワーハラスメント(パワハラ)だけでなく、妊娠・出産・育児に関わるマタニティハラスメント(マタハラ)やパタニティハラスメント(パタハラ)も問題になりえます。
このようなハラスメントは、労働者の人格を傷つけ、働きやすい職場環境で働く利益を侵害する行為であり、被害者はハラスメントを行った者に対して損害賠償請求をすることができます(民法709条)。また、加害者に不法行為責任が認められる場合には、事業主に使用者責任(民法715条)や債務不履行責任(民法415条)が認められることもあります。法律上、事業主はハラスメント防止に関する雇用管理上の必要な措置を講ずることが義務付けられており、必要な措置を講じていない場合には事業主への損害賠償請求が認められやすいといえるでしょう。
3 ハラスメント防止を義務付ける法令(複数あります)
このような事業主のハラスメント防止に関する雇用管理上の必要な措置を基礎づける法律や指針は、改正が相次いでいます。セクハラに関するいわゆる男女雇用機会均等法11条やいわゆるセクハラ防止指針が、マタハラに関しては男女雇用機会均等法改正法11条の3、育児介護休業法25条、いわゆるマタハラ防止指針が、それぞれ改正を重ねる中で内容を充実させながら事業主のハラスメント防止義務を基礎づけてきました。
4 事業主に義務付けられる必要な措置
ハラスメントに関する各種指針で事業主が雇用管理上講ずべきとされるのは、主に以下の措置です。
・事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
・相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
・職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
・併せて講ずべき措置(プライバシー保護、不利益取り扱いの禁止等)
・原因や背景となる要因を解消するための措置(マタハラのみ対象)
事業主は以上の措置については必ず講じなければなりません(なお、実施が望ましいとされている取り組みも別途定められています)。
簡単に説明すると、事業主は、労働者の意識啓発を行うなどハラスメント防止対策の周知徹底をはかり、相談窓口が相談しやすいものであるかをチェックするとともに、発生したハラスメントへの迅速な対応を行わなければなりません。
5 ハラスメント防止のための社内体制確立の必要性
このような措置が義務付けられた背景には、ハラスメント行為が一義的に定まらないという事情があります。ハラスメントは、社会通念上許される限度を超え、社会的に相当といえない場合に違法と評価されますが、判断に際しては両当事者の職務上の地位・関係、行為の場所・時間・態様、被害者の対応等の諸般の事情が考慮されます。業種や企業文化、当事者の職業的キャリアや社内的立場によって、同じような行為でもハラスメントに該当すると裁判所に認定されるケースもあれば該当しないとされるケースもありえます。
前項で述べた事業主に義務付けられる必要な措置のうち、事業主の方針の明確化及びその周知・啓発は、各企業・各職場でハラスメントの線引きに関する認識をそろえてその範囲を明確にすることで、多様なハラスメント行為を防止することにつながります。
また、ハラスメントは、社内の立場を利用したり、被害者側の業績不振が背景にあったり、密室で行われたりと表面化しづらいケースも一定数あります。企業や事業主の把握できない水面下で労働者の人格的利益が損なわれ、休職・退職や訴訟といった形で突如問題として表面化することも少なくありません。
前項で述べた事業主に義務付けられる必要な措置のうち、相談しやすい環境を整えることと相談に対して迅速かつ適切な対応を行うことは、仮にハラスメント行為がなされた場合でも人格的利益の侵害を最小化するためのものです。
このように、ハラスメント防止の社内体制の確立は、企業や事業主にとって、法的リスクを軽減させる手段であるとともに、大切な労働者の人格的利益を守るための手立てでもあります。重要な意義を有するものですので、実効的なものとなるよう積極的に取り組む必要があります。
事業主の方針の作成、ハラスメント研修、相談窓口のマニュアル作成や相談窓口の外部化など、当事務所が支援できることがたくさんあります。ハラスメント防止の社内体制構築についてお気軽にご相談ください。
(山下陽平)
※ 第3項中でふれた関係法令の正式名称は次のとおりです(上段が略称、下段が正式名称)。
・労働施策総合推進法
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の 安定及び職業生活の祷実等に関する法律
・男女雇用機会均等法
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律
・セクハラ防止指針
事業主が職場における性的言動等に起因する問題に対して雇用管理上講ずべき措置についての指針
・育児介護休業法
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律
・マタハラ防止指針
事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針