人身傷害保険と賠償請求との関係

自動車保険に人身傷害保険が附帯しているときには、交通事故の被害者になった保険契約者が、自らの契約保険会社に人身傷害保険金の請求をすると、一定の基準に従って、保険金が支払われます。その支払い基準は、保険会社により異なっていますが、加害者に対する賠償請求の基準と比べると低い基準となっています。

 

加害者への請求と自分の人身傷害保険の請求はどういう順序で請求すべきなのでしょうか。人身傷害保険分は予定全額が支払われるのでしょうか。

 

ちなみに、保険会社が保険金の支払いをした場合、保険の約款で「保険金請求権者の権利を害さない範囲で代位できる」という規定があります。「代位」というのは、加害者に対する損害賠償の請求権が保険会社に移転し、その分は加害者側(あるいは、その加入保険会社)に請求をするという意味で、どの範囲で、被害者のもっている賠償請求権が保険会社に移転するのかも問題となります。

 

具体的な例で考えてみましょう。

 

裁判を起こしたときに、認められると想定される総損害金額  5,000万円

人身傷害保険による保険金 2,000万円

被害者の過失 30%

したがって、裁判で認められる金額は、

5,000万円×(1-0.3)=3,500万円

となります。

 

まず、自分の人身傷害保険の請求をすることを想定してみます。

この場合、保険会社が被害者に支払った保険金額2,000万円の満額を保険会社が取得する(したがって3,500-2,000万円=1,500万円が被害者の賠償請求可能金額となります。)という考え方、あるいは保険金2,000万円のうち、過失相殺の部分30%に相当する600万円は、過失相殺部分に充てられ、2,000万円-600万円=1400万円を保険会社が取得する(したがって、3500万円-1400万円=2100万円が被害者の賠償請求金額)という考え方があります。

いずれの場合も、被害者は、総損害である5000万円の回収はできません。

 

これに対して、最高裁判所は、保険会社は保険金請求権者に裁判基準に相当する額が確保されるように、まず、過失相殺される1500万円に優先的に保険金を充当し、その残り2000万円-1500万円=500万円が、保険会社の方に取得されるにすぎないとしています。この場合、結局、被害者の方は、保険金2000万円+加害者からの賠償金(3500万円-500万円)=5000万円として、総損害を確保することができます。

 

人身傷害保険が、被害者の被る実損害やその過失の有無や割合に関わらず、塡補することを目的としており、総損害を回収できないとなれば、わざわざその分の保険料を支払って人身傷害保険を付した意味が大きく減殺され、上記の最高裁の考え方は、契約(約款)の解釈としても、妥当なものだと思います。

 

では、逆に、先に加害者から、賠償金3500万円が得られたあと、自ら加入する人身傷害保険の方に請求をした場合は、どうなるのでしょうか。

 

請求の仕方の前後で、結論が異なるのはおかしいので、総損害5000万円-3500万円=1500万円(自分の過失相殺分)の範囲内で支払われるというのが、落ち着き具合がよく、そのように解する裁判例もあります(東京地裁H26.1.28)。しかし、人身傷害保険の算定基準で、対人賠償保険等から支払われた金額を控除すると明確に定められており、したがって、上のケースでは2000万円-1500万円=500万円しか支払われないとしても、約款上、これはこれで、やむを得ないとする裁判例もあります(大阪高裁H24.6.7)。

 

後者の立場ですと、被害者側の過失の程度が大きいと、全く人身傷害保険からの支払いがなされないということになります。

 

対人賠償が先に支払われたケースについての最高裁判例はなく、上記のように下級審の裁判例は分かれています。

 

したがって、現状では、被害者となった場合で、過失割合が想定される時には、人身傷害保険に加入している時には、まず、そちらから請求をしていったほうが無難ということになります。判例や保険実務を知らないと、思ったほど支払いを受けられない事態に遭遇することにもなりかねません。注意が必要ですね(池田伸之)。