労働審判手続きでの残業代請求について

はじめに

前回のコラムでは労働審判手続きの全体像について説明しました。今回のコラムでは、前回の内容をふまえて、労働審判での残業代請求の特徴や残業代対策としての労務管理の必要性についてご説明します。

 

労働審判手続きでの残業代請求の特徴

労働審判の特徴は、原則として3回以内で審理を終えるという迅速性にあります。

そのため、残業代請求であればすべてのケースが労働審判になじむというわけではありません。たとえば細かな労働時間についての認識が当事者で全く異なり争いが激しいケースでは、細かく(場合によっては1日ずつ)労働時間を確定する必要があるため、3回という限られた審理しかできない労働審判にはなじみません。

一方で、タイムカードなどの客観的証拠の整っているケースは労働審判になじみやすいとされています。この場合、労働時間がタイムカードから明らかであれば、固定残業代として法定の要件を満たすかや、管理監督者であったか等の法的な論点を中心に審理することになるでしょう。法的な論点については、証拠さえ出ていれば裁判所はある程度見とおしがつくはずで、3回の審理での終結も難しくはないでしょう。

では、タイムカードなどの客観的証拠がほぼない事案は労働審判になじむでしょうか。客観的証拠がない場合、本来であれば細かな事実(PCのログイン記録、携帯電話のGPSのログ等から会社滞在時間を立証するなど)から労働時間を立証する必要があり、時間もかかり労働審判になじみづらいとも思えます。

しかし、労働審判の特徴には、先に述べた迅速性だけでなく、柔軟性もあげることができます。労働審判では、当事者の主張には必ずしも拘束されない事案の実情に応じた柔軟な解決を図ることができるとされているのです。そのため、大づかみの金額でもよいので早期の解決を労働者が望む場合、柔軟な解決が可能な労働審判は、細かな立証を要する訴訟と比べて有効な手続きです。

 

残業代を請求される側からみた労働審判

一方で、迅速かつ柔軟な解決は、残業代を請求される使用者側からしてもメリットになる側面があります。残業代請求は長期化するケースもあります。そして、長期化すると、遅延利息がかさむことも考えられます。遅延利息は通常は3%ですが、特に退職労働者の場合には「賃金の支払の確保等に関する法律」によって年14.6%という高率になるからです。また、訴訟手続きでは、悪質なケースにおいては労働基準法に基づき未払い金と同額の付加金の支払いを命じられるおそれもあります。

使用者側としては、適切な反論をしながら、反論内容を前提とした適切と考える残業代や長期化した場合のコストを考えて、早期解決を図るか、より詳細な主張立証が可能な訴訟手続きに移行するかを判断する必要があります。

 

時効について、労務管理の必要性

民法の改正により令和2年4月1日以降に発生した未賃金について、残業代の時効が従前の2年から3年に延長されました。令和2年3月末時点で支払われているべき未払い賃金は令和4年4月1日には2年の時効にかかっていることになりますが、令和2年4月分の未払い賃金は令和4年5月1日時点ではまだ3年が経過しておらず時効にかかっていないことになります。なお、未払い賃金請求権の時効は、近々5年に延長される予定です(正確には、本来5年となるはずのところ、特例法で3年に短縮しています)。

未払い残業代は1件あたりの金額が比較的まとまった金額にもなりますし、労働者が多くなれば隠れた未払い残業代支払い債務の合計額も多額となります。残業代の未払いは、経営にとって大きなリスクになりえます。就業規則を整備し、労働者の労働時間・時間外労働などの適切な労務管理をすることはリスク管理の観点からも重要です。労働者の企業への信頼や忠誠(ロイヤルティ)を醸成することもつながるでしょう。

池田総合法律事務所では、労働審判や労務管理についての経験豊富な弁護士が複数いますので、お気軽にご相談ください。

 

<山下陽平>