取締役の報酬に関する規律の見直し

2021年3月1日に施行された改正会社法で、取締役の報酬に関する規律の見直しがなされました。一部の改正については対象が上場会社等に限定されていますが、そうした改正についても、今後上場を目指している経営者の方は、知識として把握しておくと良いでしょう。

 

1 概要

取締役の報酬等の内容の決定手続等に関する透明性を向上させるとともに、株式会社が業績等に連動した報酬等を適正かつ円滑に取締役に付与することができるようにするため、概ね以下の内容の改正がなされました。

① 上場会社等の取締役会は、定款の定めや株主総会の決議により取締役の個人別の報酬等の内容が具体的に定められない場合には、その内容についての決定方針を定めなければならないこととなりました。

② 取締役の報酬等として当該株式会社の株式又は新株予約権を付与しようとする場合には、定款又は株主総会の決議により、当該株式又は新株予約権の数の上限等を定めなければならないこととなりました。

③ 上場会社が取締役の報酬等として株式の発行等をする場合には、金銭の払込み等を要しないこととなりました。

④ 事業報告による情報開示の充実

 

2 個人別の報酬等の決定方針の決定の義務化(会社法361条7項)について

(1)改正の内容

取締役が報酬、賞与その他の職務執行上の対価である財産上の利益(報酬等)を受領する場合には、その額や具体的な算定方法を定款もしくは株主総会の決議で定めなければなりません(会社法361条1項)。

もっとも、こうした規制の目的は、高額の報酬が株主の利益を害する危険を排除することにあるため、定款・株主総会決議により個々の取締役ごとに金額等を定める必要は無く、取締役全員に支給する総額等のみを定め、各取締役に対する具体的配分は、取締役会に委ねることが出来るものとされていました(最判昭和60年3月26日判時1159号150頁)。

しかしながら、上記の手続では、個々の取締役の報酬を定めるプロセスが透明性に欠けます。また、取締役会が具体的配分を代表取締役に一任する例も多く、そうした場合には、取締役会による代表取締役の監督に不適切な影響を与える可能性があります。

報酬は、取締役に適切な職務執行のインセンティブを付与する手段となり得るものであり、これを適切に機能させ、その手続を透明化する必要があることから、後記(2)の会社については、取締役会において、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針として会社法施行規則98条の5各号に定める事項(報酬等の決定方針)を決定し(会社法361条7項)、事業報告に開示しなければならないものとされました(会社法施行規則119条2号・121条6号)。

 

(2)対象となる会社

改正1の対象となるのは以下のいずれかに該当する会社です。

① 監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるものに限る。)であって、金融商品取引法第二十四条第一項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの

② 監査等委員会設置会社

 

3 株式や新株予約権を報酬とするときに決議すべき事項について

従前より、取締役に対する非金銭的な報酬等として、株式や新株予約権(いわゆるストック・オプション)を付与することがありました。

こうした報酬等を付与する場合、改正前の会社法では、「具体的な内容」を定款や株主総会の決議で定めなければならないとされているだけでした。

この度の改正で、株式や新株予約権を報酬等とする場合に、報酬として付与される株式や新株予約権の数の上限等、定款や株主総会で決議すべき事項が具体的に規定されました(株式について会社法361条1項3号・会社法施行規則98条の2、新株予約権について会社法361条1項4号・会社法施行規則98条の3)。

 

4 報酬として株式を発行等する場合の金銭の払込みの不要化について

上場会社が取締役の報酬として株式を発行等する場合に、出資の履行(金銭の払込み等)を要しないこととなりました(会社法202条の2)。

会社法199条1項の募集株式の発行等においては、募集株式の払込金額またはその算定方法を定めなければならないこととされています(同2項)。そのため、取締役の報酬等として株式を交付しようとする場合、実務上、金銭を取締役の報酬等とした上で、取締役に募集株式を割り当て、引受人となった取締役に会社に対する報酬債権を現物出資する形をとっていました。

改正後の会社法では、こうした手法をとる必要はなくなります。

 

5 事業報告による情報開示の充実化について

公開会社について、事業報告における取締役の報酬等に関する記載事項の充実が図られました(会社法施行規則121条4号~6号の3)。

<川瀬 裕久>