外国公務員への賄賂は、日本でも処罰されることを知っていますか―「外国公務員賄賂防止指針」の改訂
開発途上国等で事業を行う場合、所轄官庁の役人から公然と賄賂を要求され、これに応じないと嫌がらせを受けたり手続が進まないといった話はよく聞かれます。
これが日本国内のことであれば、犯罪となることは皆さんも重々承知されていることと思います。ところが、外国でのこととなると、それが常態化して、当該国では取り締まりもなされていないから、仕方がないから支払ってしまおうとついつい考えてしまいがちです。
しかしながら、外国での賄賂であっても、日本の「外国公務員賄賂罪」に該当する「立派な」犯罪行為であり、日本国内で処罰される可能性がありますので、注意が必要です。商取引や貿易のグローバル化の中、新興国等において、賄賂は広汎にみられる現象で、これが新興国の健全な統治や経済発展を妨げ、国際的な競争条件を歪めていることから、OECDが条約で、国際商取引における外国公務員への賄賂を規制することになりました。日本も、この条約を受け、国内法として、平成10年に不正競争防止法を改正して、外国公務員賄賂罪の規定をもうけたものです(不正競争防止法18条1項)。これは、外国公務員に対する「営業上の不正の利益を得るため」の賄賂行為を禁止し、違反した場合に、懲役5年以下または500万円以下の罰金に処せられ、行為者の属する法人に対しても3億円以下の罰金が科されることがあります。
どのような行為が賄賂にあたるのかを心配するあまり、海外での正当な営業活動まで萎縮してしまうということも考えられますので、対象を明確化する必要から、経産省により「外国公務員賄賂防止指針」が平成16年に作成されています。その後、18年、19年、22年に改訂され、本年7月にさらに改訂されました。
以下では、本年、指針を改訂した理由をご説明しながら、この犯罪の適用範囲を考えてみたいと思います。
(1)少額賄賂もいけません-「スモール・ファシリテーション・ペイメント」に関する規定の廃止
従来の指針(以下、旧指針といいます)では、「スモール・ファシリテーション・ペイメント」という概念を定め、これに該当するものは処罰の対象とならないとしていたものですが、この規定が削除されました。
「スモール・ファシリテーション・ペイメント」とは、一般に、円滑化のための少額賄賂と訳され、新興国では、前述したように、オフィスに水道、電気をひくといった日常的な業務に関しても、公務員などに少額の賄賂を支払わなければこの手続を行ってもらえないということがあり、その取り扱いに、企業として苦慮することになります。
アメリカの海外取引腐敗防止法(FCPA)では、一定の厳格な要件の下でファシリテーション・ペイメントを禁止の例外として認めていますが、多くの国では例外としてこれを認めていません。OECDも、ファシリテーション・ペイメントの根絶を提唱し、そのための措置を各国に要請しています。旧指針は、これを許容するかのような記述となっていたため、削除勧告を受け、この規定の削除に至ったものです。
(2)賄賂を拒否できないような場合に対して-「営業上の不正の利益を得るため」の要件の明確化
他方で、「合理性のない差別的な、不利益な取扱いを受けた場合」に、支払を拒絶したにも関わらず、賄賂要求が継続しているような状況において、自社ないしは従業員に発生が予測される損害を回避するために行うやむを得ない場合は、「営業上の不正の利益を得るため」に該当しない場合がありうる、とされています。
その例として、実体審査を担当しない窓口係員が、形式的な不備などがないにも拘わらず、提出した申請書への受領印の押印を拒絶するケースや、現地法令に基づき税金の還付を得られることになっているにも拘わらず、税務職員が合理的理由もなくその手続を進めないケース等が揚げられています。しかしながら、「損害を回避するため」の解釈如何では、ファシリテーション・ペイメントを認めた場合よりも不利益範囲を拡げることになりかねません。この指針は、裁判所の司法判断を拘束するものではありませんので、運用にあたっては、自社ないし従業員に回復しがたい重大な損害が発生するおそれが高い場合等と限定して、慎重に運用するべきものと思います。
(3)社交儀礼的な行為は許容される-その定義の明確化
社交儀礼的な行為についての取り扱いを定め、純粋に、一般的な社交や自社商品・サービスへの理解を深める目的によるものは、自社に対する優越的な取り扱いを求めるといった不当な目的もないのであれば、「営業上の不正の利益」を目的とする賄賂行為と必ずしも評価されるわけではないことが明確化されました。たとえば、広報用カレンダーなどの提供や会議での茶菓や簡素な飲食物の提供、現地社会習慣に基づく季節的な少額の贈答品の提供等が具体例としてあげられています。
(4)緊急避難が成立しうる状況での支払いについて-違法性の阻却
生命、身体に対する現実の侵害をさけるため、他に現実的に取り得る手段がない場合に、やむをえず行う必要最小限の支払いについては、緊急避難の要件を満たし、外国公務員賄賂罪が成立しないことが明確化されました。
たとえば、銃を携帯した定期巡回中の警察官が、事務所内から立ち退かず、明示または黙示に支払いを強要するケース等があげられています。このような状況では、緊急避難を引き合いに出していますが、厳密に緊急避難に該当するか疑問です。したがって、上記のようなケースについても、具体的な状況次第であり、一般化して正当化するのは危険です。
以上のような改正に対応するためには、企業として、こうした改訂を組織全体としてしっかり理解することが必要です。その実務的な対応として
①断わるトレーニングを積む
②やむをえず支払う場合の経過の記録化、コンプライアンス部門への事後報告
③国内のコンプライアンス部門によるモニタリング
④これらのプロセスについての規則化
等の実務対応が、必要となってきます。 (池田伸之)