実用品にも著作権があるとされた判決―トリップ・トラップ事件知財高裁判決―とその影響
実用的な幼児椅子のデザインをめぐって、一審では著作物とは認められないとされた事件について、知財高裁は、今年4月、著作物性を認めたうえで、侵害品とされる幼児用椅子は、著作物性が認められる部分と類似しているとはいえないとして、原判決の結論を維持した判断を下しました。
TRIPP TRAPP(トリップ・トラップ)とは、ノルウェーの有名なデザイナーがデザインした子ども用の椅子です。脚を兼ねた左右一対の部材が座面と足置きを挟み込む形に特徴があります。その著作権を譲り受けた同国のS 会社が日本に進出して販売していましたが、愛知県の家具販売会社K社の製品の形態が酷似しているとして訴えた事案です(判決の別紙に引用された両製品の写真を添付します。「控訴人製品」は、トリップ・トラップ製品で「被控訴人製品」がK社の椅子です。ちなみに、K社は2年で製造を終了しています)。
S社は、類似していることを根拠として、著作権及びそれを独占的に利用する権利を害する、不正競争防止法の不正競争に該当する、民法の不法行為が成立するなどと主張し、製品の製造、販売等の差止と破棄、損害賠償金の支払、謝罪広告を求めました。
著作権は、思想、感情を創作的に表現したもので、文芸、学術、美術、音楽に関するもので、考えや気持ちが表現されている、創作的に表現されて個性があるものをその要件としています。量産され産業上利用するいわゆる「応用」と呼ばれる実用品の場合、上記のように定義される純粋美術とは異なるものとされ、そのデザインは意匠権で保護されるというのが、従来からの考え方とされてきました。
これに対して、知財高裁は、「実用に供されること、または産業上の利用を目的とすることをもって、直ちに著作物性を一律に否定することは相当でない。応用美術であっても高い創作性の有無の判断を設定することは相当とはいえない、個別具体的に、作者の個性が発揮されているかを検討すべき」と論じました。つまり、純粋美術と同視しうるような高度な芸術性を実用家具に求めているのではなく、実用品たる表現媒体上の制約を離れても美術表現自体が見る者の美術鑑賞の対象たりえるならば、著作権として、保護する余地を認めようという考え方もあるというのです。
現在、著作権は創作者の死後50年(但し、映画は70年、TPP交渉で、小説、漫画なども70年に保護期間が伸びる)、意匠権は登録から20年ですが、実用家具椅子を著作権で保護するのは長すぎる?という意見も出てまいります。巷には、ジェネリック製品(特許切れの医薬品と同じ成分の割安の後発の医薬品になぞらえて、ジェネリック家具と呼ばれることもあるようです。実用家具はどこまで保護するのか?実用品に著作権が広げられれば、うっかりと宣伝用ポスターに実用椅子を置いたつもりが著作権違反に問われるかもしれない、などと言った事態の発生を心配する声もあるようです。
著作権はその創作時に発生して何らの手続きを必要としないのに対し、意匠権は特許庁に設定の登録により発生します。他人が当該意匠に依拠することなく独自に同一又は類似の意匠を実施した場合であっても権利侵害を追求しうる強い保護を与えられています。上記の高裁判決は、「両方の権利を重畳的に認めることによって、どちらかの存在意義が失われるといった弊害が生じるとも考えられない」と述べています。応用美術だから著作権について高いハードルを課すことはないとも言っているのです。
ディズニーやムーミンのような著名なキャラクター商品でなくとも、デザインにおいても、そっくり家具のようなものは、許されないということであり、類似したデザインとなっていないかは、実用品の製作に当たって、相当な注意を払わなければならない傾向にあるということであろうと思います。<池田桂子>