最高裁判例③トランスジェンダーのトイレ使用制限に関する最高裁判例のご紹介
今回は、トランスジェンダーのトイレ使用制限について、制限を適法とした控訴審判決を覆した最高裁判決(最判令和5年7月11日)について、ご紹介します。
1 事案の概要
上告人であるXは、生物学的な性別は男性ですが、性同一性障害である旨の医師の診断を受け、平成20年頃から女性として私生活を送るようになりました。
Xは、自らが勤務している経済産業省に対し、女性トイレの使用等についての要望を出しましたが、Xが執務する階とその上下階の女性トイレの使用については認められなかったため、執務階から2階離れた階の女性トイレを使用していました。
Xは、国家公務員法86条に基づき、人事院に対し、職場の女性トイレを自由に使用させることを含め、原則として女性職員と同等の処遇を行うこと等を内容とする行政措置の要求をしたところ、人事院は、いずれの要求も認められない旨の判定をしました。
これに対し、Xは、上記人事院の判定は、裁量権の逸脱濫用があり違法であるとして、その取消しを求める訴訟を提起しました。
2 第一審、控訴審、上告審の判断
第一審は、「Xが専門医から性同一性障害との診断を受けている者であり、その自認する性別が女性なのであるから、本件トイレに係る処遇は、Xがその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることという重要な法的利益を制約するものであり(中略)違法の評価を免れない。」として、人事院の判定を違法と判断しました。
これに対し控訴審は、「自己の性別に関する認識(性自認)とは、あくまでも、基本的に個人の内心の問題であり、自己の認識する性と異なる性での生き方を不当に強制されないという意味合いにおいては、個人の人格的な生存と密接かつ不可分なものといい得るとしても、これを社会的にみれば、戸籍上(ないし生物学上)の性別は、民法に定める身分に関する法制の根幹をなすものであって、これらの法制の趣旨と無関係に、自由に自己の認識する性の使用が当然に認められることにはならない。」として、人事院の判断を適法としました。
これに対し最高裁は、「本件の事実関係のもとでは、本件判定が行われた時点では、Xにトイレ使用制限による不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきであり、人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、Xの不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平ならびに能率の発揮および増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。」とし、「職場での女性用トイレ使用に制限を設けないこととする処遇の措置要求(国家公務員法86条)を認めなかった人事院の判定につき、裁量権の逸脱濫用があり違法となるというべきである。」として控訴審の判断を覆し、人事院の判定を違法と判断しました。
3 おわりに
上記最高裁判決の結論は、自己の認識する性に基づいて社会生活を送る利益に配慮した判断として注目を集めました。また、令和5年6月23日には、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(LGBT理解増進法)が施行されています。
このような中、企業は、他の従業員に配慮をしつつも、従業員のアイデンティティの多様性に配慮し、より良い就業環境を整備することが一層求められます。
(石田美果)