業績連動報酬のこれから

昨年8月に、「これからの経営者報酬の設計について」というタイトルでお話ししたことがありました。今回はその続編となります。

コーポレートガバナンス(CG)コードが2015年6月に施行されて以降、役員向けの株式報酬制度を導入する企業は年々増加しています。当初は592社であったそうですが、2023年10月末の時点では全上場企業3914社の約6割2321社となっています。企業統治の観点から役員報酬の設計と開示が検討課題となって久しく、いろいろな取り組みが行われています。

特に日本企業では、最高経営責任者(CEO)の報酬において株式の占める割合が、他の先進国と比べると低いことが問題だと言われています。経済産業省によれば、日本企業のCEO報酬に占める株式など変動報酬の割合は58%です。一方、欧米の各国でその割合は70~90%となっており、このことからも日本企業の割合の低さがわかると思います。仮に変動報酬の割合を今よりも増やせば、経営者がより意欲的に経営に取り組むことが想像できるでしょう。

 

インセンティブ報酬制度は、優秀な人材を獲得、維持し、業績向上を促進するものですが、株主と対象者の利害を一致させ、中長期的な企業価値を向上させることにつながります。日本でも会社を巡るステークホルダーの目は様々なところから寄せられるようになりました。中長期的な計画の実行に向けて、業績に連動した報酬制度は多くの企業で意識される様になりました。スタートアップ企業(非上場会社)では、優秀な人材を獲得するために株式報酬を戦略的に活用していることは一般的な知識といってよいでしょう。

 

最近では、業績連動型の報酬は、役員にとどまらず、従業員にも適用されるようになってきました。経団連等の発表している調査によれば、業績連動型賞与を採用している企業は、半数を超える企業が導入するようになり、主流化しているとも言えます。

インセンティブ報酬には、株式で支給される報酬(株式報酬)と現金で支給される報酬(現金報酬)の2つに分けられます。株式報酬は資産性が高く、将来的に大きなリターンが見込めます。なぜなら、株価が上昇した時に売却すれば、入手した株式の価値以上のお金を得られるからです。例えば、株価が1万円から2万円に上昇すれば、数量に応じた金額を得るチャンスがあるのです。したがって、中長期的に資産が増やせるのが株式報酬の特徴です。

一方、現金報酬は価値が目減りするリスクが低く、短期的な利益が得られます。株式のように、価値が変動しないのが理由です。さらに、すぐに使える現金で入手できるので、安心感があると言えるでしょう。この様に、現金報酬は短期的なメリットがある点が特徴です。

 

まず、業績連動型賞与について

導入の方策として、従業員報酬への導入を考えるのであれば、まずは賞与という考え方があります。業績連動型賞与は、基本的に、賞与の原資総額を決め、さらに個人の成績を加味して支給額を決定します。賞与の在り方は、基本給(月給)の何か月分などのように、賞与算定基準日の基本給に支給係数をかけて計算する基本給連動型賞与がありますが、この方式では、賞与額も年功序列のままとなってしまいます。

近年、役員に対して株主との利害を意識して、長期的なインセンティブが働くような制度設計がなされていますが、社員においても業績と連動することでモチベーションアップにつながる効果を狙って、採用されるようになってきました。経営状態に関係して支給することとなれば業績悪化となっても、賞与の過払い的状態から経営圧迫を防ぐことができます。支給額についての説明も明確になります。

従来、賞与額は、給与額アップととともに、春闘等の労使交渉の場で決定されることが多かったと思いますが、業績連動型賞与では、事前に業績指標を取り決めておくことになるので、決定後の支給について、毎年交渉することを要しなくなる、というメリットもあるかと思います。

 

次に、従業員向けの株式支給制度

株式報酬には、ストックオプション(事前交付型、値上がり益還元)、譲渡制限付株式、株式交付信託(事後交付型)、持株会報酬(事後交付型、株式取得目的のために一定の金銭を支給し、それを原資として持株会を通じて自社株式を取得させる) 等の形式があります。

中でも、比較的最近使われているのが、信託型株式報酬制度で、従業員向けの信託型株式報酬制度は、従業員にポイントを付与し退職時などに相当数の自社株を従業員に付与する仕組みです。導入している企業は、2024年9月末で405社となっています。社員の株主マインドを醸成し、中長期的な企業価値の向上を図るのが狙いと言われます。人的投資として意識されたり、また資本政策的な効果として、制度を導入すれば、株を預かる信託銀行が株主となり、議決権は株主の確保につながりやすい、受け皿としてアクティビスト対策にもなりえます。

株式報酬制度にも譲渡制限付きやストックオプション(株式購入権)と比較すると制約も少ない建付けと言えます。

 

なお、ここで注意すべき点として挙げられるのは、業績連動型の報酬に関し、株式で付与がなされる場合には、株式報酬の付与が「重要事実」に該当するような場合には、公表までの間、自己株の取得等の行動が制限されることがあります。2023年12月「インサイダー取引規制に関するQ&A」が改訂されていますので、その公表の要件を注意すべきです。

 

企業が社員に株式報酬を出す動きが広がっています。導入企業は2024年6月末で1176社に増え、過去最高となりました。社員に経営参加を意識づけし、業績改善につなげる。人手不足が強まるなか、現金よりも資産性の高い株式を配ることで優秀な人材をつなぎ留める狙いもあります。

企業が自社株を無償譲渡できる対象を役員から社員に拡大する会社法改正も検討されています。

<池田桂子>