法的な紛争と税制の関係①  交通事故と所得税

1 法的な紛争と税制の関係

事業などの経済活動やそれに付随する紛争、また親族間の離婚・相続などでは、現預金やその他の財産などの財産的価値の移転を伴うことが少なくありません。そのような場合無視できないのが税金の問題です。最適だと思われた解決案や手段も、発生する税金の点を合わせ考えると別の解決案や手段の方が望ましいということもありえます。今回から、何回かに分けて、紛争の場面で税金がどのような形で問題になるか、解説します。

 

2 交通事故の損害賠償と所得税

(1) 損害賠償と所得税

初回の本記事では、交通事故などの不法行為の損害賠償の場面で、所得税がどのような関わりを持ってくるかについて、基本的な考え方について説明します(なお、具体的な事例に応じた課税、非課税の判断には、専門的な知識が必要ですので、迷われた場合には税理士へのご相談が必須です)。

交通事故の場合、物損の修理費用や事故当時の時価額、お怪我についての慰謝料、休業損害や後遺障害による将来の逸失利益などが損害賠償の対象になり、損害賠償金を受け取ることができ、これらの損害賠償金は高額になることもあります。多額の賠償金を受け取った場合、所得税が課税されるのでしょうか。

(2) 結論と、「所得」についての大まかな考え方

結論として、基本的に、所得税は課税されません。受け取る損害賠償金が高額であるかではなく、「所得」に該当するか、が問題となるからです。

なにが所得に当たるかは、所得税法の細かな規定の説明も必要で、単純明快な説明は困難です。そこで、大枠の考え方を説明すると、一定の期間中の所得は、一定の期間中の財産的価値の増加分とされています。そのような財産的価値の増加分の把握・測定の仕方は一工夫が必要で、一定の期間の消費額と期間前後の財産的価値の増加分を足し合わせることによって把握・測定するとされています(より詳細な説明としては「サイモンズの定式」で検索すると、理論的な説明が出てくるはずです)。

従前からの資産の蓄積部分(いわゆる、元手や資本に近いといえます)は所得には当たらないのです。そして、先に挙げた損害賠償金は、このような元手や資本が毀損された部分の補填に当たり、元手や資本が形を変えたものにすぎないので、所得には当たらない、というのが理論的な説明です。お怪我に対する賠償が元手や資本が毀損された部分の補填にあたる、というのはやや違和感がありますが、健康の大切さを俗に「体が資本」と表現したりするのと近い考え方かと思います。

(3) 損害費目に応じた説明

ただ、先にあげた損害項目のうち、休業損害や将来の逸失利益は、事故がなければ所得税が課税されるべき部分とも考えられます。この点について、昭和36年の税制調査会答申が、「理論にのみはしらず、常識に支持されるものでなければならない」というスタンスを示したようで、結果、次のような整理がなされました。

慰謝料や休業補償などの人的損害に対する補償については、仮に事業所得の補償であっても非課税にするのが常識的との観点から、慰謝料も含む「心身に加えられた損害」は非課税とされ(所得税法9条1項18号)、給与の補償については非課税であることが政令に明記されています(所得税法施行令30条1号括弧書き)。

物的損害に対する補償については、「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」は非課税とされました(所得税法9条1項16号、所得税法施行令30条2号)。ただし、暴走した自動車が店舗に飛び込んだケースで、売り物にならなくなった棚卸資産や休業損害は、所得税が課税されるので注意が必要です。

(4) 「損害賠償金」かどうかの実質的判断

ここまで損害賠償は基本的に所得税の対象とならないとの説明をしてきました。交通事故の場合、損害の賠償であることが明確な場合が多いので問題は少ないとは思います。もっとも、損害賠償にあたるかは実質的に判断されるので、名目を「損害賠償金」として支払えば全額が非課税になるわけではないので、注意が必要です。

実際に、マンション建設業者が反対住民に、損害賠償のためと明確に合意して支払った310万円のうち、実際の損害の填補部分は30万円以上ではないとして、残額については「建設の承諾を受けるための対価」であり一時所得とした裁判例(大阪地判昭和54年5月31日行集30巻5号1077頁)があります。

先にも触れましたが、事例に応じた課税、非課税の判断には、原則だけでなく細かな例外の知識や、通達や判例の専門的な知識が必要ですので、迷われた場合には税理士などの専門家へご相談ください。

山下陽平