法的な紛争と税制の関係② 相続と税金
1 はじめに
法的紛争の中でも、相続の分野は、税金との関わりが大きい分野の1つです。我々弁護士が依頼を受ける時も、税理士さんと協力し合いながらすることもありますし、そもそも弁護士より先に税理士さんにご相談されているケースも少なくありません。
以下では、相続が開始した時の税金に関する留意点、法的紛争に至った際の税金に関する留意点をご紹介します。
2 相続が開始時の税金に関する留意点
⑴ 相続による遺産の承継
人が死亡すると相続が開始します(民法882条)。
相続が開始すると、相続人は、相続放棄をしない限り、被相続人(亡くなった方)の財産(遺産)を引き継ぎます(民法896条・939条)。
このときに、被相続人の遺言がある場合には、その遺言の記載に従って財産を引き継ぐことになりますが、遺言書がなく、相続人が複数いる場合には、相続人間で遺産分割協議をして、誰がどの財産を引き継ぐかを決めます(民法907条1項)。協議でまとまらない場合には、家庭裁判所で調停や審判の手続をします。
このように、相続が開始すると、遺言もしくは遺産分割協議や調停・審判によって遺産の引継ぎ方を決めることになりますが、それと並行して、税金のことを考える必要があります。
一般的に検討を要することが多いのが、相続税申告と所得税の準確定申告の要否です。
⑵ 相続税申告
相続や遺贈によって財産を取得するなどした人は、相続税を納める義務があります(相続税法1条の3)。もっとも、相続税については、基本的に相続財産が基礎控除額(3000万円+600万円×相続人の数)以下であれば申告の必要がありません。ただし、例えば相続財産が現預金だけであれば金額の計算がしやすいですが、不動産など金額の評価が難しい財産がある場合には、税理士さんにご相談されることをお勧めします。また、相続財産の金額自体は基礎控除額を超えるが、いわゆる小規模宅地の特例や配偶者の税額軽減の適用を受けることによって相続税がかからない場合という場合でも、相続税の申告自体はする必要があります。
⑶ 所得税の準確定申告
被相続人が亡くなった年の1月1日から死亡した日までに得た収入については、相続人において、所得税の準確定申告という手続をしなければなりません。例えば、被相続人が生前に賃貸物件を所有しており、賃料収入を得ていた場合には、この準確定申告をすることになります。相続人は、相続が開始したことを知った日から4か月以内に申告・納税をしなければなりません。
3 遺産分割と相続税
⑴ 遺産分割の期限と相続税申告の期限
上記のとおり、遺言書がなく、相続人が複数いる場合には、相続人間で遺産分割協議をします。遺産分割協議自体に期限はないため(ただし相続開始から10年を経過すると特別受益と寄与分の主張ができなくなります(民法904条の3))、分割の仕方でもめているケースでは、相続開始(被相続人の死亡)後、遺産分割協議や調停・審判が成立するまでに2,3年以上かかることも少なくありません。一方で、相続税の申告・納付期限は、相続開始を知ったときから10か月です。相続税の申告期限までに遺産分割協議や調停・審判が成立していなかったとしても、申告・納税自体は可能ですし、しなければなりませんが、未分割のままですと、その時点では、小規模宅地の特例や配偶者の税額軽減を受けることができなくなります(定められた手続きをすることで、後で遡って適用を受けられる可能性はあります)。
したがって、この10か月の申告に間に合うように協議をすることが最初の目標となります。なお、調停・審判手続に移行した場合には、10か月以内に成立させることはなかなか困難です。
⑵ 未分割のまま申告をするケース
未分割のまま申告をした場合には、その時点で各相続人が負担する相続税の金額と、遺産分割が成立した段階で各相続人が負担する相続税の金額が異なることがあります。このような場合には、その差額の清算をどのようにして行うのか(当事者間で清算をするのか、最終的な遺産分割の内容に従って修正申告や更正の請求をするのかなど)を決めておく必要があります。
⑶ 遺産分割と相続税申告における相違
ア 財産の取扱いの違い
次に、遺産分割の場面と相続税申告の場面では、同じ財産についても扱いが異なることがあるため、注意が必要です。例えば、死亡保険金は、遺産分割の場面では原則として受取人固有の財産であり遺産ではないという扱いをしますが、相続税申告の場面ではみなし相続財産として相続税課税の対象となります(相続税法3条)。また、相続人に対する生前贈与については、遺産分割の場面では相続財産ではないことを前提に、一定の条件の下で「特別受益」として分割に影響を与える扱いになりますが(民法903条)、相続税の場面では、相続人の死亡から遡って一定期間内になされた生前贈与については相続税課税がなされます(相続税法19条)。
イ 遺産分割のやり直しにおける違い
さらには、遺産分割協議のやり直しの場面でも違いが生じます。遺産分割協議自体は、すべての相続人が同意をすれば、何度でもやり直すことができますが、税金的には、遺産分割協議をやり直して各相続人が取得する遺産が変わった場合、贈与があったとみなされて贈与税が課税される可能性があります。
4 遺留分侵害額請求と相続税
遺留分侵害額請求をして、請求者が一定の金額を受け取った場合、その者には受け取った金額に応じた相続税が課され、支払者は支払った金額を控除して算出された相続税額を課されることになります。
相続税の申告期限までに遺留分侵害額請求に関する紛争が解決している場合には、遺留分侵害額を踏まえた相続税申告をすれば足りますが、申告期限までに紛争が解決しなかった場合には、まずは遺留分侵害額請求がない前提での申告・納税を行い、後に当事者間で清算をするか、もしくは各々修正申告と更正の請求をすることになります。
(川瀬 裕久)