相続登記を免れるために相続放棄をしたらどうなるか

前回の記事でご説明したように、相続人は、相続登記が義務となりますが、「相続放棄をした者は初めから相続人とならなかったものとみなす」(民法939条)とされているので、相続放棄した場合は相続登記をする義務はありません(なお、特定の財産だけの相続放棄はできないので、相続放棄の是非については相続財産や負債などを把握した上での検討が必要です)。

今回は、相続放棄した不動産の管理の問題についてご説明します。

 

不動産の所有者は、適切に不動産を管理する責任があります。そのため、その所有する建物が倒壊したり、瓦などが落下して通行人が怪我をしたような場合には、所有者は損害賠償責任を負う可能性が有ります(民法717条1項)。

そしてこの責任は、相続により不動産を所有するに至った場合でも負うことになります。つまり、相続人は、不動産の所有権だけでなく、被相続人の所有不動産を適切に管理する責任をも引き継ぐことになります。

では、相続放棄をした場合はどうなるのでしょうか。令和5年4月に法律が改正されるまで、相続の放棄をしても相続財産たる不動産についての管理責任は免れず、別に相続する後順位の相続人や相続財産管理人に引き渡すまで管理をし続ける必要がある、といった説明がされることもあったようです。しかし、不動産登記法の体系書を著した山野目章夫教授の著書によると、このような説明は「都市伝説である」ということです(「土地法制の改革」有斐閣2022年257頁)。

このような「都市伝説」的な説明がなされたのは、そのようにも読める民法940条1項の条文にも一因があったことから、その規定が改正されました(令和5年4月1日施行)。この改正により、その存在すら知らないような親名義の不動産について、建物倒壊による通行人からの損害賠償責任を負わないことが明確化されました。

詳しくご説明します。

相続人が被相続人と同じような所有者としての責任を負う場合について、改正された民法940条1項では「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは」という文言が追加されました。「現に占有」というのは、事実上、支配や管理をしていることをいい、分かりやすい例として、実際に親名義の建物に居住している場合(直接の占有)や家族や従業員等に住まわしている場合(間接の占有)などが考えられます(なお、相続開始時に親名義不動産で居住した相続人が相続放棄までに当該不動産を退去している場合に、現に占有していない・事実上の支配や管理がないと言い切れるかは、処分に過分の費用のかかる家具が残置されていないかなど、ケースバイケースの余地もあるのではないかと思います。)。

このように、直接、間接に占有していた不動産については、従前と同様に相続放棄者として、後順位の相続人や相続財産管理人に引き渡すまで管理をし続ける必要がありますし、相続した建物倒壊による通行人への損害賠償責任(民法717条)を負うことになると考えられます。一方で、被相続人の名義だとは知らないような場合はもちろん、親名義の所有だと知っている場合であっても現に占有していなければ、相続放棄することにより管理責任は免れることができます。

山下陽平