裁判のIT化で裁判実務はどこまで変わるか
1 民事司法の手続きは、いつまでに、どう変わっていくのか
裁判は時間がかかると言われ、また、これまで全ての手続きが紙ベースで提出を求められ、裁判所への出頭と裁判官との対面を基本としてきた日本の司法ですが、裁判のIT化で大きく変わろうとしています。裁判のIT化が進めば、遠方からでも裁判期日にリモートで参加することができます。訴訟記録の閲覧・謄写がオンラインでできるようになれば当事者の利便性は急速に高まります。裁判所のペーパーレス化も進み事務負担の軽減につながりそうです。また、ハンディキャップのある方には移動の必要がなくメリットが大きいと推察されます。
2022年5月裁判のIT化を定める改正民事訴訟法が成立し、すでに審理の手続きは変わってきています。2026年5月までに完全施行が予定されています。
2023年3月に弁論準備手続(主張や証拠の整理手続)の完全オンライン化、和解期日(和解の可能性を検討したり、和解案の調整を行う)のオンライン化は施行済みです。Web 会議での口頭弁論の実施は2024年5月までに施行されます。
現在、訴状を提出するには紙の書類での提出が必須ですが、2026年5月までに訴状のオンライン提出が認められる予定です。同様に訴訟記録の閲覧や謄写がオンラインでできるように設計されています。訴訟代理人である弁護士には、訴状のオンライン提出が義務付けられます。なお、先行して、支払督促手続きはオンライン申立てが2010年から稼働しており、金融機関などの大量に申立てを行うユーザーには広く利用されています。
判決書のオンラインでの閲覧・謄写、電子判決書(判決文)のオンライン送達も新たに導入され、今後進められていきます。
裁判手続きばかりでなく、家事事件などの調停手続においても、すでにWebでの運用が始まり、当事者は出頭、電話、オンラインでの面談など、自分のスタイルに合った手続きの選択が希望できるようになりました。家裁調査官による調査がWebでできるようになり、長い期間手続きを空転または調査のためにストップすることなく、進行させることができるようになってきました。
一方で、情報セキュリティーの問題も課題となっており、提出時の誤送信、なりすまし、裁判データのハッキングなどをどう防止するかなどの検討が必要です。
e提出→e法廷→e事件管理となれば、透明性も高まり、またデータベース化により、当該事件の解決ばかりでなく、検索、情報の再利用、分析などにつながると期待されます。
ビジネス環境で後れを取っているといわれる日本ですが、司法のIT化もその一因をなしていると考える人も少なくないと思います。社会全体の要請に、法曹関係者はもちろんのこと、当事者も協力して、使い勝手の良いIT化を図っていく必要があると考えます。
2 刑事司法の手続は、どのような変化が予定されているか
刑事法制審議会(法相の諮問機関)の検討に基づき、法務省は2024年の通常国会に法改正案を提出し、26年度にも一部制度の導入を目指しています。刑事事件の捜査はIT化により大幅に効率化するとみられ、書面や対面を原則としてきた刑事司法の転換点となります。
試案が示す新制度は大きく2つ要点があります。
一つは、令状や証拠の電子化です。現在、逮捕や捜索などの令状は警察官らが管内の裁判所に赴いて発付を求めるところ、場合によってそのやり取りに数時間から長ければ一日かかっていたものが、新制度ではオンラインで即座に請求できるようになり、捜査機関側にとって恩恵が大きいと言えます。また、弁護人側では証拠書類の電子化が始まり、現在は裁判所や検察などが書面で保有する証拠を謄写していますが、謄写に費用と時間がかかっていることが相当程度、軽減されることが予想されます。
二つ目は、公判のオンライン化が進むことであり、病気や障害で出廷が困難な証人などを対象に、法廷と映像と音声をつなぐ「ビデオリンク方式」が拡大されます。現行制度が認めていない被告の遠隔出廷についても、検察や弁護側の意見を聴いた上で、出廷した場合に危害が加えられる恐れがある場合などに限り認められ、また、鑑定人、通訳などの遠隔出廷も条件が緩和されます。
試案では、被疑者の主張を聴く「弁解録取手続き」や裁判官が勾留の是非を判断する「勾留質問」もオンラインで実施できるとした一方、「オンライン接見」は含まれなかったなどの課題も残されています。
捜査や公判の効率化を図ることが、被疑者や被告人の権利が置き去りにすることにならないのか、また、真に適切な運用がなされるかどうか、など十分に検証する必要があるものと思われます。
<池田桂子>