超高齢社会で期待される弁護士・弁護士会の役割
私事で恐縮ですが、弁護士になって30年が経過しました。振り返ってみると、高齢者の問題に関わるようになって20年を過ぎ、自分自身も50代になりました。これまで幾人もの成年後見人や私的な財産管理人を務めさせていただきました。生活全般に寄り添う体験を通して、人は究極誰かの世話にならなければ人生の最期を終えることはできないものだと痛感しています。高齢者を取り巻く様々な社会問題が生じる中で、弁護士会や行政機関が高齢者の問題を扱う際に関与することも多くなり、現在、日本弁護士連合会(以下、日弁連という)では、高齢社会対策本部の本部長代行(本部長は日弁連会長)を務めています。こうした体験から、昨今の高齢者問題の状況を取り上げながら、私たち弁護士・弁護士会が目指しているところを述べてみたいと思います。
*社会福祉構造改革と弁護士
4人に1人が高齢者といわれる日本ですが、20数年後には、65歳以上の人口は33%を超え3人に1人になると予想されています。昨年は高度成長期を牽引してきた団塊の世代が65歳に達して話題となりました。元気な高齢者が増える一方、長寿化によって75歳以上の超高齢者も増加を続けており、90歳を越え寝たきりといった状況の方や認知症など疾病を抱える高齢者の割合も増加するなど、高齢者の生活も多様化しています。
これまでは、子どもが育って都会に出てゆき、親世代は地方に取り残されるといった印象がありましたが、政府が今年3月に発表した将来推計人口によれば、人口減と高齢化が進むことにより、2020年代には首都圏を含む日本全体を覆い尽くすことになると予想されます。つまり、都市圏及びその周辺の高齢者の急増です。
2000年に開始された介護保険制度により、それまでの役所の行う措置制度は、福祉サービス契約により利用者が選択する制度へと大転換を遂げました。介護保険制度の改革と合わせて、民法等が見直され、新しい成年後見制度が始まりました。介護サービスを利用するにも契約書を交わすことが必要となり、以前の措置制度では利用者の判断能力が不十分な場合には、措置を争うといった場合を除いて、弁護士が必ずしも関わることのない領域でしたが、福祉サービスも契約を締結して買う時代となり、法律家の支援が必要な時代へと変化しました。直受する事業者サイドにおいても、福祉分野の法律はもとより、消費者関連法規や法令一般の順守、コンプライアンスの観点等から、弁護士の関与を必要とすることになりました。
言うまでもないことですが、お金、健康、孤独に不安を抱きがちな高齢者の心理につけ込んだ消費者被害も後を絶ちません。被害回復などの紛争解決は、法律家である弁護士の仕事として、もっとも典型的なものです。
*成年後見制度の現状と弁護士
認知症高齢者は、厚生労働省の発表では既に200万人を越えています。認知症等などの問題で判断能力に難のある高齢者には、必要があれば、四親等内の親族他の申し立てによって、後見開始審判がなされ成年後見人等が付されることになりますが、この制度の利用は、制度利用から10数年たった今、平成23年1年間の申立件数は3万1402件にとどまっています。この数字を見ますと、能力の制限を伴う制度である点から消極的にならざるを得ないにしても、制度の利用が進んでいるといえないように思います。
選任された後見人は、親族が最も多く、55.6%を占めていますが、制度の利用が始まったころに比べますと、親族の選任されている割合は減少し、第三者の割合が増えています。紛争解決の必要な事案や親族の利害対立から親族に後見を期待できないなどの課題がある事案では、職業専門家による後見人選任の割合は高く、法律問題の複雑な事案では弁護士の選任率は高いと言えます。
少し前に年金の不正受給目的で親の死亡を届け出ない世帯があるということが社会問題となりましたが、社会全体の所得が減少傾向にある中で、親族による親の財産侵害が問題となっています。高齢者虐待防止法にもとづく親族間への介入が必要となるようなケースも出ています。
親族後見人による財産侵害が多発しているため、最高裁判所は平成24年3月から、弁護士等に調査的な機能を負わせたうえで、日常の生活に必要な一定の金額を手元に残し、残りは「後見支援信託」として金融機関に預け入れ、払い出しには許可を要する取扱いを開始しました。この制度の導入の際には、日本弁護士連合会、日本司法書士会連合会、公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート、社団法人日本社会福祉士会の職業後見人関連四団体と最高裁判所家庭局の間で事前協議がなされたところです。
運用開始から1年余りを経て、全国の家庭裁判所において、約160件の事案において、適否が検討されています。家庭裁判所がこの制度の利用を検討すべきとして専門職後見人を選任した事件のうち、本年1月末までにこの信託契約締結に至った件数は、124件(分散信託を含む)であり、専門職後見人と親族後見人が複数選任されて、権限分掌の定めのあるケースが多数ですが、当初は弁護士等専門家のみが選任され、その後一定の法律処理が終了し状況が落ち着いたところで親族にリレーされる方式を取るものもあります。この制度が適切に運用されるためにも、弁護士らの法律実務家の専門的知見が欠かせません。今のところ新規案件について運用が開始されています。すでに継続中のケースにもこの後見支援信託制度を拡充していくことについては、多くの弁護士会が新規案件についての検討を終えてからであって時期尚早という意見が強いようです。
*市民後見人の義務と弁護士
さて、最近では、住み慣れた地域でその人らしい生活を支えるという社会的な要請も高まっており、親族や専門家でなく、「市民後見人」の養成を各地で進めようという動きが始まっています。今般、老人福祉法が改正され、市民後見人の要請が自治体の責務であると法律上も位置付けられました。平成23年度から介護保険制度における全額国負担の市民後見推進事業として予算化がなされ、平成二四年度では、全国87市町村が事業を行っています。また都道府県によるモデル事業もあります。
市民後見人は、家庭裁判所から成年後見人等として選任された一般市民のことですが、権利擁護の担い手として活躍することが期待されています。重い責任を伴うことから、ボランティア精神にあふれているといったことだけで、安易な養成は許されるものではなく、権利擁護の観点からの研修、契約型社会福祉となったことを背景に民法その他の法律知識の学習は欠かせないところであす。バックアップする体制作りに、弁護士、弁護士会が組織的に関与することが求められています。
*予想される社会的孤立者への支援
東日本大震災において多くの被災者が発生しました。中でも高齢者や障がい者の割合の占める割合は高く、そもそも要援護者として地域社会でその存在(情報)が十分に周囲に把握されていないことが明らかとなってきました。
人は究極において、一人では生きられず、一人ではその最後を看取ってもらうこともできません。災害といった特別な状況でなくとも、社会的孤立は、地域社会のあちこちに存在しています。弁護士や弁護士会は、地域社会の中で総合的に法律問題を扱っている専門家として、高齢者の抱える問題点を整理し、救済できる法律関係情報を届ける使命があります。総合法律支援法に基づき全国で展開されている「法テラス」での情報提供をはじめ、福祉専門職団体との連携、マスコミへの広報活動などを通して、社会的に孤立をした人々に対して、情報発信をしていくことは大きな課題です。
安定した雇用が減少し、世帯構造も変化する中、現役世代を含めて、生活困窮者が今後増大することが問題とされ始めています。厚生労働省の「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」の報告書によれば、近い将来、日本では、生活困窮者がさらに増大することが見込まれています。昨年末現在、生活保護の受給者は約157万世帯、約215万人にのぼります。また、その予備的な状況にある一群の人々も増えていると言われます。
生活困窮者をはじめ社会的に孤立した人々にとって、弁護士、弁護士会に辿り着くことは容易ではありません。IT化の進んだ社会ならなおさらのことです。こうした生活困窮者の問題は、例えば、老人福祉法に基づく介護保険サービスを利用するように働きかけるなど、地域社会の様々な社会資源を活用しながら、利用可能な法律手続きを選択していく手助けは、今まで以上に弁護士を必要としています。
*弁護士会が取り組むべき課題
高齢者の様々な法律問題が発生していますが、高齢者が司法にアクセスすることは未だ容易ではないようです。この障害を取り除くためには、個々の弁護士有志が働きかけるだけでは限界があります。そこで、日弁連は、こうしたアクセス障害を取り除くために、2009年6月、高齢社会対策本部(以下、対策本部と言います)を立ち上げました。急速に進行する高齢社会において,個々の高齢者が尊厳に充ちた生活を実現し,これを維持継続することができるように,全国規模又は地域の実情を踏まえた総合的な法的支援を検討し,必要に応じて弁護士会及び高齢者を支援する各種団体と連携して活動することを目的としています。具体的には、各地の弁護士会の組織的な対応として、高齢者を対象とする専門相談窓口を設置することがスタート地点です。無料の電話相談窓口を開設し、必要な場合には出張相談、面談相談につなぐ体制づくりを目指しています。また、同時にこうした専門相談窓口で対応し、受任して解決する精通弁護士の養成を目指すものです。
平成25年3月末現在、高齢者や障がい者を対象とする専門電話相談を実施している単位会は30会、実施予定12会、未実施は10会です。少しずつ開設に向けて調整中です。出張相談を実施しているも全会ではありません。相談したい時にすぐに弁護士による回答がなされて安心できる体制づくりを進めています。各地の実状に差がありますが、モデル事業を試行的に実施するなどして、全国的に質の高い専門相談窓口を拡充していきます。
また、対策本部は 、弁護士会が対応すべき事業をまとめ、「高齢社会対応のための標準事業案」を策定し,2011年2月8日付けで各弁護士会に対し実施要請を行っています。この標準事業案とは,高齢社会において弁護士・弁護士会が対応すべき事業をまとめたものであり,①相談の充実(週に少なくとも1回から数回以上の電話相談、出張相談の実施)、②高齢者に対応できるスキル(人材、ネットワーク作り)、③新規分野への対応(遺言相続、成年後見、財産管理に限らず、虐待、事業承継などの関連分野)、④福祉の専門家を対象とする相談、⑤法テラス他との連携など中心として,弁護士会として対応するべき内容を示すものです。人的・物的基盤の違いに配慮し,大規模弁護士会と小・中規模弁護士会用に分けて策定されています。既に四〇の単位会で、この標準事業案に沿った取り組みが開始されています。法的サービスのバリアフリー化を目指すツールとして可及的に活用されることを期待しています。
*ホームロイヤーは高齢者の伴走者
対策本部では、相談事業を中心としたいろいろなモデル事業を実施しました。地域の実情に違いはあれど、顔の見える信頼関係がなければ、高齢者は心を開いてくれず、抱えている本質的な問題は見えてきません。平成23年秋に開催したシンポジウムを契機に、対策本部は、「高齢者のためのホームロイヤーマニュアル・暫定版」を作成して提案しましたが、さらに検討を重ね、昨年11月に、「超高齢社会におけるホームロイヤーマニュアル」の書籍に取りまとめて出版しました(日本加除出版より)。この中で、①日常の生活支援、財産管理から死後の事務までトータルに支援する視点に立って、②問題の発生した時の一時的な支援ではなく、継続的に支援する視点で、③福祉・医療専門職などと連携する視点を持って、弁護士の仕事を行う、「ホームロイヤ―」という仕事のあり方を提唱し、業務の取り組み方や課題を指摘しています。個々の弁護士が、この分野で真に高齢者に寄り添った法律支援を行うためには、スキルアップを図っていかなければなりません。対策本部では、全国でホームロイヤ-研修を行っています。
さて、政府の法曹養成会議は、法曹有資格者の活動領域として、高齢社会を踏まえた高齢者にかかわる専門家の養成に言及しています。この分野での専門家の養成に、日弁連の対策本部は今後とも力を入れていきたいと思います。皆さまの応援をよろしくお願い致します。
-法の苑 第58号(2013年5月27日発行 日本加除出版株式会社)より転載