Q&A 合併症なら、医師に責任はない?

Q.合併症なら、医師に責任はない?

私は、蓄膿症の手術を受けましたが、医師は、手術の際に、医療器具で鼻の中の骨をつきやぶってしまいました。そのため、入院期間が1週間延びました。私は、医師の操作によって入院期間が延びたので、その分の医療費等の支払いを拒否していますが、病院の方からは、「手術前に、合併症としてこういうことは起こりうるという話もしてあるし、手術同意書にもその旨の記載もある。あなたは、それに署名をしているので、支払いをしてもらわなくては困る」と言われています。私は、治療費等の支払いをしなくてはいけないでしょうか。

 

A.「合併症」という言葉は、大きく分けて2つの意味があります。

ひとつは、ある病気が原因となって起こる病気で、例えば、糖尿病の場合の、動脈硬化などがこれにあたります。もうひとつの意味は、手術や検査などの後に、それがもとになって起こることがある病気で、例えば大腸の手術後に、腸の動きが悪くなり、腸が詰まってしまう腸閉塞(イレウス)などがこれにあたります(国立国語研究所「病院の言葉」をわかりやすくする提案、46合併症より。)。

 

設問の場合は、後者です。後者の場合、何らかの医師の過誤が関与しているとは必ずしも断言できません。逆に多くの場合は、医師が、最大限の注意を払って治療を行っても、避けられないようなものであると思われますが、100%避けられなかったという断定も逆にできません。

 

統計資料として、合併症の確率が、たとえば2%と示されたりしますが、統計をとるにあたって、厳密にこうした医師の過誤が関与していないかどうかのチェックをして、過誤が関与したものを除外して統計数値を出しているという保証もありません。したがって、医療上の過誤のある合併症ということもあります。

 

医師は、診療契約にあたって、「良い結果」を保証したり請け負ったりするものではありませんが、起こってしまった「悪い結果」については、その経過を十分に説明する義務があります。

したがって、医療機関側も、事前に説明してあるということで、「これは合併症だから責任がない。」という通り一遍の回答ではなく、どのような経過でこうしたことが発生したのか、それが、予見できないものであったこと、避けられないものであったのであれば、カルテや画像などに基づいて、きちんと患者に説明すべきで、患者もそうした説明を求めることができるものと思います。

 

経過によっては、医師の過誤が介在している場合もあり、そのような場合には、たとえ「合併症」といわれる場合であっても、病院側に損害賠償その他の責任が発生することになります。責任があるということになれば、延長した入院期間中の治療費等は、支払いをする必要はなくなり、また、このほか慰謝料や休業損害等の請求ができることになります。手術同意書に合併症の記載があり、あなたがこれに署名をして同意をしていても、責任追及は可能です。

 

但し、設問の場合のように、「手技のミス」等を理由とする合併症の場合、医療機関側がそれを争う時は、「ミス」の具体的な内容を主張したり(前述したとおり、結果が悪いから直ちにミスがあったという主張はできません。)、その証拠を出していくことは、かなり難しい作業となります。したがって、責任の有無をちゃんと調べたいということであれば、専門的な判断が必要となります。そのため、患者側は、カルテ等の開示を求め、医療過誤事件に精通した弁護士に相談し、依頼されることをお勧めします。依頼を受けた弁護士は、カルテ等の資料を検討し、医療文献にあたったり、協力医の助言を求める等して過誤の有無の判定作業を進めていきます。

 

なお、関連する事項として、以下の点も検討すべきと考えます。

合併症が問題となる時には、合併症そのものを引き起こしたことにのみ注意が奪われますが、過誤の有無の点にあたっては、①合併症の発症の回避に十分注意を払ったか、②診断の遅れはなかったかも重要なポイントです。

 

①合併症の発生を防止するために必要な治療行為を怠った場合には、医師の責任が発生します。

新聞にも報道されましたが、植込み型補助人工心臓の安全性、有効性を確認するための治験にあたって、治験実施計画書(プロトコル)に定められた被験者の除外基準に違反して実施し、胃穿孔を起こし、その後、脳出血で死亡した症例について、医療の処置に過誤があるとしています(東京地裁H26.2.20判決)。これは、プロトコルにおける除外基準が、人工心臓の植え込みをするスペースの十分でない体格の小さな患者を除外し、植え込んだ際の周辺臓器への圧迫によって合併症が生ずる危険性を避けるために設けられたもので、それに違反して実施した点を問題としています。

これは、臨床試験の例ですが、一般の医療行為についても同様に考えられ、合併症が予想される際にこれを防止するための処置を怠った時には、医師の責任が生じます。

 

②合併症の発症そのものはやむをえないとしても、合併症の診断の遅れがある場合には、これはまた別の責任を構成することになります。  (池田伸之)