スタートアップの資金調達について

1 VB(Venture Business)、「ベンチャー企業」は和製英語で、英語では”startup company”, “startup”と呼ばれ、どちらかというと、最近では日本でも「スタートアップ」という言葉が主にIT業界を中心に使用されるようになっており、その差は明確にされないことが多いように思われます。ベンチャーは新規の起業が想起されることが多いのですが、起業だけでなく既存の大企業が新たな取り組みに挑戦することもその範疇に入ります。

新たな市場分野の開拓、新規の雇用の創出、新たな技術やビジネスモデル(イノベーション)の創出、特に、ビジネスモデル(イノベーション)の創出に関しては、規制や業界の常識を覆すことが必要であり、企画力・実行力が重要になってきています。

 

2 新型コロナウィルス禍で難しさが増したという声もありますが、2020年4月から12月の会社設立件数は前年比で微減でした。スタートアップの1つの目標であるIPO(新規株式公開)市場は結構活況を呈しており、20年のIPOは、3月4月には延期した企業もありましたが、19年を上回っています。

スタートアップ時の資金調達方法として、まず考えられるのは、大別して、

① 自社の既存資産を基に資金調達する「アセット・ファイナンス」・・・土地や建物が生み出すキャッシュフローや、売掛債権などを裏付けに資金調達する手法

② 銀行借入や債券発行による「デット・ファイナンス」・・・一定の金利を支払い、返済期日まで資金を借り入れる方法

③ 株式の発行による「エクイティ・ファイナンス」・・・株式を発行して資本の調達を行う方法

その他、最近では

④ クラウドファンディングー自らのアイデアをネット上でプレゼンテーションして賛同者を募り資金援助を得る方法

⑤ 補助金や助成金の活用―地域の貢献や雇用創出などを要件として、中小企業対象の操業助成金や非正規雇用労働者を正社員化した場合のキャリアアップの促進助成金など。年度ごとに制度が変更されること多いと思われますので、要件に注意。

があります。

資産の乏しいスタート時に①は難しく、②は差し入れる十分な担保がある場合や事業のキャッシュフローの蓋然性が高い場合に可能であり、信用力の高まった上場ベンチャーではよく活用されています。③の株式発行は、デット・ファイナンスのように返済義務がない分、資金の出し手である投資家の期待するリターンは高くなります。

 

3 上場企業となれば、③のエクイティ・ファイナンスは、大きく「公募増資」「第三者割当増資」「新株予約権による資金調達」の3つに分類することができます。

ア公募増資は、上場企業が証券会社を通じて行う資金調達です。特徴は証券会社が株を引き受けてくれるとすぐに資金の調達が実現する点です。国内の公募増資では合理的な事業計画に基づく厳格な資金使途の設定が求められることや、将来のM&A資金を今確保しておきたいというニーズには活用が難しいという点に留意する必要があります。

イ特定の第三者に株式を割り当てる第三者割当増資は、割り当て可能な第三者というのはそう簡単には見つかりませんし、割当先からはどのようなシナジーが見込めるのかや今後の経営権をどうするかなど、さまざまなポイントを検討する必要があります。

ウ近年よく使われる新株予約権による資金調達は、第三者に新株予約権の割り当てを行い、割り当てを受けた第三者が新株予約権を直前の株価に基づいた行使価格で行使することで上場企業が資金を調達する手法です。この手法の特徴は、公募増資や第三者割当増資とは違い、資金調達が一定期間を通じて行われる点です。上場ベンチャーにとっては資金調達が一度で完了しないデメリットがある一方、株価に連動する形で調達額も変動するため、将来成長を見込んでいる企業にとっては、株価が上昇する局面であれば、同じ株数であってもより大きな資金調達が可能になるというメリットがあります。調達のタイミングは慎重に行う必要があります。

 

4 非公開会社新株発行における新株発行の手続きの概要について、整理しておきたいと思います。

募集事項の決定には株主総会の特別決議が必要で、総会の1週間前までに株主に対して招集通知を送付しますが(ただし、全員の同意があれば、招集手続は不要)、非公開会社では取締役に委任することが可能で、株主総会決議から1年以内に払込期限を設定します(会社法200条)。

ベンチャー企業が株式を用いて第三者から資金調達をする場合、実際には新株発行を行うことを決定する時点で、誰が何株を引き受けるかが決まっていることが通常です。簡略化された、募集事項及び割当先の決定→出資の履行→変更登記といった手続で進めることが可能です。総数引き受け契約を締結する場合には、株主総会の決議を省略(または株主総会の特別決議に基づく取締役会決議)を行い、同日払い込みを行えば、1日で新株を発行することも可能です(会社法205条など)。

このような場合、引受人と会社の間で、募集株式の総数引受契約書を交わしておきます。

また、経営への関与を行うのかなどについて、バリエーションを付けるため、種類株式を発行することも考えられます。

なお、株式など有価証券の募集については、金融商品取引法の規制を意識する必要があります。もっとも、①特定の投資家のみを相手方とする特定投資家私募や、②適格機関投資家のみを相手にする場合(プロ私募)、③50名未満の者を相手方とする少人数私募は例外として定められていますので、ベンチャー企業の場合、③の例外を利用して金商法の開示規制を受けないこととする場合が多いものと思われます。

副業としてスタートアップ起業すること、会社の別部門としての立ち上げなど、いろいろなスタートがあると思います。業種や規模に応じてということになりますから、ご相談ください。

<池田桂子>

事業再構築補助金について

1 はじめに

中小企業庁が,令和3年3月から中小企業等事業再構築促進事業として事業再構築補助金制度を開始しました。

新型コロナウイルス感染症の影響により,業態変更,事業再構築をする必要に迫られている事業者にとっては,資金的な手助けになる制度です。

事業再構築補助金の制度を利用するには,経営革新等支援機関の関与が不可欠ですが,池田総合法律事務所には経営革新等支援機関の認定を受けた弁護士が複数在籍しておりますので,一度ご相談ください。

 

2 事業再構築補助金の主要申請要件

①申請前直近6か月間のうち,任意の3か月の合計売上高が,コロナ以前(2019年または2020年1~3月)の同3か月の合計売上高と比較して10%以上減少

②事業再構築指針に沿った新分野展開,業態転換,事業・業種転換等を行う

③認定経営革新等支援機関とともに事業計画を策定する

※補助金額が3000万円を超える案件は金融機関も参加して策定する

 

3 補助額

(1)中小企業

通常枠:補助額100万円~6000万円 補助率2/3

卒業枠:補助額6000万円~1億円   補助率2/3

※卒業枠は,中小企業から中堅企業へ成長をする企業向けの特別枠(400社限定)

(2)中堅企業

通常枠:補助額100万円~8000万円 補助率1/2(4000万円超は1/3)

グローバルV字回復枠:補助額8000万円超~1億円 補助率1/2

※グローバルV字回復枠は,グローバル展開を果たす事業等向け

 

4 中小企業・中堅企業の範囲

(1)中小企業の範囲

①製造業その他 資本金3億円以下の会社or従業員300人以下の会社・個人

②卸売業    資本金1億円以下の会社or従業員100人以下の会社・個人

③小売業    資本金5000万円以下の会社or従業員50人以下の会社・個人

④サービス業  資本金5000万円以下の会社or従業員100人以下の会社・個人

(2)中堅企業の範囲

中小企業の範囲に入らない会社のうち,資本金10億円未満の会社(現在,中小企業庁で調整中)

 

5 補助対象経費

基本的に設備投資を支援する補助金ですが,建物の建設費,改修費,撤去費,システム購入費,新事業開始に必要となる研修費,広告宣伝費,販売促進費も対象

※専門家経費も補助対象となります。

 

6 事業計画の策定

合理的で説得力のある事業計画を,認定経営革新等支援機関と協議しつつ定める策定する必要があります。

 

7 補助金の支払時期

他の補助金・助成金等も後払いが多いですが,事業再構築補助金も基本的に補助事業期間(1年程度)の後の実績報告・確定検査の後に補助金が支払われます。

従って,資金繰りに余裕のある段階で,早期に補助金を利用するのであれば,認定経営革新等支援機関と相談して,補助金の利用を検討する必要があります。

 

8 最後に

新型コロナウイルス感染症により需要が瞬間蒸発する,あるいは人の行動様式が変化したことにより,従来のビジネスモデルでは限界に直面している企業・個人事業主も多いことと思います。

今後の企業としての生き残り,再成長のために,国の施策で利用できる施策は利用し,事業を再度軌道に乗せ,社会に貢献し続ける企業・個人事業主でありつづける努力が必要となります。

池田総合法律事務所には経営革新等支援機関の認定を受けている弁護士も複数おり,弁護士のみでは対応できない点についても,他士業等とも連携をとって業態転換への協力させていただくことも可能です。

廃業等も一つの選択肢ですが,事業再構築補助金の利用等をして業態転換等を図ることを検討されている企業,個人事業主の方は,一度,池田総合法律事務所にご相談ください。

〈小澤尚記〉

廃業の前に事業承継の検討を!

中小企業は、我が国の企業数の99%を占め、2020年には、中小企業経営者の主要な年齢層が66才前後となると言われています。また、あるシンクタンクの2016年に公表した調査では、60才以上の経営者の半数が廃業を予定し、その理由として、後継者不在を挙げる経営者が3割近くとなっています。

他方、廃業の理由として、「当初から自分の代でやめようと思っていたから」という回答が最多数の回答で、実に、4割近くにも達しています。実際、会社の資産を売却して、従業員の退職金や金融機関からの借金を支払って多少でも残っていればよし、と考えている経営者の方もいらっしゃいますが、こうした手法は、最後の最後に考える方法で、一旦立ち止まって、事業を生かして誰かに承継してもらうことも考えられてはどうでしょうか。

従業員や仕入れ先等、会社の周囲にはそれで生活を支えている関係者も多く、また、特別な技術やノウハウをもつ場合に、これを消滅させてしまうことは、社会的にも損失というべきです。

事業の承継というと、株式を承継させて代表者を交代することを考え、自分の子ども等を対象にその可能性をさぐってみるという、親族内での承継が典型的ですが、それに尽きるものではありません。従業員による承継M&A等による社外の事業体への承継といった手法もあり、それぞれにメリット、デメリットがあります。また、事業承継を円滑に進めるために、法律が改正、整備され、種類株式(議決権制限種類株式、取得条項付種類株式等)を利用した方法、後継者の株式取得による税負担をなくしたり、他の親族からの遺留分行使に一定の枠をかけることが出来る制度等が用意されています。

また、最近では、信託を利用した事業承継の方法も利用され、先代経営者や後継者の意向にそった財産や経営権の移転が可能となっています。こうした中小企業の事業承継をサポートする支援機関も広がっており、また、中小企業庁の肝入りで、「事業引継ぎガイドライン~M&A等を活用した事業承継の手続き~」という手引きも公表されており、一人で0から考える必要は全くありません。

何から手をつけてよいかわからないという方もいらっしゃいますので、まず自社の分析を第三者に行ってもらうのはいかがでしょうか。分析をデューディリジェンスといいますが、自社を客観的に捉えられます。

池田総合法律事務所では、中小企業支援に関する専門的知識や実務経験があるとして国の認定を受けた支援機関(認定支援機関といいます。)の資格を有する者が複数名所在し、こうした中小企業の事業承継についても、税理士、公認会計士等の専門士業とも連携して業務を行っておりますので、お気軽にご相談下さい。また、当事務所のホームページにも、「事業承継」を特集した記事もありますので、こちらもご参考にして下さい。

https://ikeda-lawoffice.com/law_cat/business/)(池田伸之)

 

「最近の正規・非正規の格差解消をめぐる判例」

日本国内の非正規就業者は、年々増加傾向にあり、2020年までには約2165万人まで増えましたが、昨年は、新型コロナウイルス感染拡大によって経済が低迷したことにより減少に転じ、同年8月時点では2070万人になりました。

経済が低迷すると、弱い立場の労働者が雇用の調整弁として扱われ、解雇や雇止め等により、苦境に立たされることになります。働き方が多様化する中、公平な待遇が求められるところです。

このような中、正規・非正規の格差解消をめぐる最高裁判決が、2020年10月13日に2件、同月15日に3件出されましたので、ご紹介したいと思います。

 

(1)まず、日本郵便(東京、大阪、佐賀)の契約社員らが、正社員との待遇格差について争った3つの裁判(下記①~③)では、主に「扶養手当」「年末年始勤務手当」「夏期冬期休暇」について争われました。

最高裁は、正社員と契約社員の労働条件の相違が労働契約法旧20条にいう不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、個々の労働条件が定められた趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当であるとの判断基準を示した上で、これらすべてについて、格差は不合理であると判断しました。

①令和2年10月15日第一小法廷判決(令和元年(受)第794号、第795号)

本判決は、「扶養手当」について、従業員の生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられるため、同手当の目的に照らせば、正社員と本件契約社員との間に扶養手当にかかる労働条件の相違があることは、不合理であると判断しました。

②令和2年10月15日第一小法廷判決(令和元年(受)第777号、第778号)

本判決は、「年末年始勤務手当」について、多くの労働者が休日として過ごしている年末年始に、業務に従事したことに対し、その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものであるとして、その手当を支給する趣旨は時給制契約社員にも当てはまるとして、時給制契約社員に同手当を支給しないことは不合理であると判断しました。

③令和2年10月15日第一小法廷判決(平成30年(受)第1519号)

本判決は、「夏期冬期休暇」について、業務の繁閑にかかわらない勤務に従事する契約社員については、正社員と同様に、夏期冬期休暇を与える趣旨が妥当するとして、夏期冬期休暇にかかる労働条件の相違を不合理であると認めました。

 

(2)つぎに、東京メトロ子会社の契約社員、及び大阪医科薬科大の元アルバイトが、正社員との待遇格差について争った裁判(下記④~⑤)では、主に「賞与」「退職金」について判断がなされましたが、最高裁は、いずれも正社員と契約社員等との業務内容に違いがあることを重視し、不合理であるとは認めませんでした。

④令和2年10月13日第三小法廷判決(令和元年(受)第1190号、第1191号)

本判決は、「退職金」について、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払い的性質や、継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正社員に支給することとしたものと言えるため、契約社員に支給しないことも不合理であるとまでは言えないとしました。

⑤令和2年10月13日第三小法廷判決(令和元年(受)第1055号、第1056号)

本判決は、「賞与」について、正社員と契約社員で業務の内容は共通する部分はあるものの両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できないこと、人事異動の可能性の面から、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲に一定の相違があったことも否定できないとし、契約社員への不支給を不合理ではないとしました。

 

(3)以上のように、最高裁の判断は、非正規就業者と正規就業者の待遇の格差を完全に解消するものではありませんでしたが、個々の労働条件が定められた趣旨が非正規就業者にも当てはまる場合には、正規就業者と差をつけることは不合理であると判断しており、格差是正の道筋を、一定程度示したということが言えると思います。

新型コロナウイルス感染症により社会が大きく変わる中、雇用のあり方も一段と多様化していくのかもしれません。変化の中にあっても法令順守は必要であり、法令の枠内で企業や従業員にとって最善の方策を、弁護士とともに模索することが必要です。

各企業には、非正規就業者の待遇改善は社会的責務であるということを自覚し、格差解消のための取り組みを期待したいところです。

<石田美果>

アフターコロナを見据えた働き方改革の枠組

1 厚生労働省主導による働き方改革

働き方改革は「個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を、自分で「選択」できるようにするための改革」とされています(厚生労働省HPリンク)。

このような改革が推進された背景には、人口減少と少子高齢化に伴う働き手の減少と、個々の事情に応じた働き手のニーズの多様化という大きな社会環境の変化がありました。このような変化に対応するための働き方改革のポイントは、①長時間労働と②正規・非正規労働者間の格差の見直しであり、従来の日本型雇用に内在する大きな社会問題の解決を目的としています。

働き方改革関連法は2018年に成立し順次施行され、①長時間労働是正のための規制(残業時間の上限規制、1年あたり5日の年次有給休暇の義務化、労働時間の客観的把握の義務化等)や、②格差是正のための規制(不合理な待遇差の禁止、差別的取扱いの禁止、労働者に対する待遇に関する説明義務の強化等)が進められてきました。

 

2 コロナウイルス感染拡大下の働き方の変化

そのような中で新型コロナウイルス感染が拡大し、新型コロナウイルス感染対策の必要からも働き方は大きく変わらざるを得ない状況となりました。①長時間労働の是正と②格差の是正を内容とする働き方改革を進めてきた企業は、新たに③感染拡大防止のための働き方の変化をも求められることとなったのです。

テレビのニュースなどでは、③感染拡大防止の要請への対応も含めた働き方の変化を、広く働き方改革と呼んでいることもあるようです。たとえば、リモートワークは、改革の名称にふさわしいインパクトと革新性(会社に行かなくてもいいんですか!?)を持っていますし、感染拡大防止効果だけでなく、働き方改革が目標とする多様な働き方を可能にする側面も持っていますので、若干の混乱は避けられないところです。

社会内で、各種の要請のもと働き方の変化が強く求められる状況にあり、不適切な働き方を継続することは、企業を社会的非難にさらし、企業価値を損ねることにつながりかねません。現在、企業は長時間労働と格差是正に加えて感染拡大防止にも配慮した働き方を模索する中で、新たな問題への対応を日々求められる状況にあります。

例えば、リモートワーク下での適正な労働時間管理の在り方は感染拡大防止と長時間労働の是正にかかわる新しい問題ですし、正社員をリモートワークとし非正規社員のみに出社を求めることは感染拡大防止と格差是正にまたがる新しい問題になりえます。また、リモートワークにはセキュリティ上の体制構築も不可欠ですし、リモートワークをきっかけとした働き方の変化はメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への変化を推進し、従業員の意識を変化させるかもしれません。

 

3 働き方の変化に伴う体制づくりの必要性

すでに取り組みを始めている企業も少なくないでしょう。とはいえ、時に衝突しかねないような各種の要請(法令、感染拡大防止、情報セキュリティ、従業員のマインド等)を調整して体制を構築するのは多大な負担を伴うものと思われます。

これらの新しい問題へ対応する適切な体制構築には、業務に関連する各種法令についてその趣旨にまでさかのぼった多面的かつ慎重な法的検討が必要であり、法的な専門家による関与が望ましいです。

当事務所には一般企業での勤務経験のある弁護士も在籍しております。働き方の変化に伴う各種問題について、ご相談ください。

 

山下陽平

 

ポストコロナに向けて事業見直しの視点~コロナ禍危機下でここからが経営者の勝負どころ~

1 はじめに

新型コロナウィルスの感染拡大により、個人生活はもとより会社経営のさまざまな事業局面に影響が生じています。2021年1月には2度目の緊急事態宣言が首都圏、近畿圏、中部圏などの11都府県に出されました。完全な終息はいつとなるのか予測はつきません。新型コロナウィルスの関係では131万人が失業したといわれる一方、株高などにみられる金余りで投資先を探すなどの状況も見られます。

先行きの不透明感を抱えながらも、DX(デジタル・トランスフォーメーション)をはじめスタートアップ企業の誕生がつづくなど、いろいろな変化が見られます。また、従来の業務を見直して、コロナ後に向けて、仕事の進め方や働き方を見直し、変化へのスピード感のある対応をしようという姿勢が大切であると思います。

様々な変化が急激に起きる今日、維持・成長・変革につながる新たな視点に気付いた企業、企業家は強いと思います。大きな枠組みで、法律上の今考えるべき視点を整理して、連続ブログを企画しました。予定している内容は、後述の通りです。

皆さまのお役に立てれば幸甚です。

 

2 DXへの取組み

初回のこのブログでは、最近、よく聞くDXについて、少し述べてみたいと思います。

DXデジタルトランスフォーメーションについては、経済産業省がデジタルトランスフォーメーションのガイドライン(DX推進ガイドライン)を2018年12月にまとめています。それによれば、DXとは企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービスビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位を確立することを指しています。

本ガイドラインは、DXレポートでの指摘を受け、DXの実現やその基盤となるITシステムの構築を行っていく上で経営者が抑えるべき事項を明確にすること、取締役会や株主がDXの取組をチェックする上で活用できるものとすることを目的としています。

本ガイドラインは、「(1)DX推進のための経営のあり方、仕組み」と、「(2)DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築」の2つから構成されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネットワークやIT化の進んでいない企業も多いところ、紙の文書をデジタル化することでデータのやり取りを各段に便利にし、それをもとに個別の業務をデジタル化する(例、テレワークでネットを使う、ネット決済など)、更には全社的に業務をデジタル化を展開するという段階を進んでいきます。

コロナ禍にあっても、進めておかなければならないデータの利活用を検討していただき、社内、グループ会社間、他社との連携や協力を見直し、新しい企業価値の創造を目指すことは、どの事業者にとっても避けて通れないところと思われます。その見直しの過程で、事業の変更、リスクの洗い出し、自らの事業の強化策、できること・できないことの整理などが明確になってくるものと思います。

 

3 予定している企画内容

(雇用をめぐる問題)

1 働き方改革の枠組み

2 最近の正規・非正規の格差解消をめぐる判例

-最高裁の5つの判決と同一労働同一賃金の原則について

 

(事業再編や事業承継をめぐる問題)

3 廃業を考えるなら、事業承継の4つの手法をまず検討―親族への承継、M&A、自社株売買、信託の活用

4 ベンチャー企業による資金調達

 

(組織の見直し)

5 情報管理-個人情報保護法の改正と情報セキュリティー問題への理解を深めておく

6 社内クレームへの対応-ハラスメントはどこにでも起こりうる意識をもって

7 債権回収の進め方

 

(業務の見直し)

8 不正競争防止法を意識していますか

9 文書管理は適切ですかー契約書印の廃止と文書の保存

10 ディスクロージャーとの遭遇も考えておく

 

<池田桂子>

立会人型電子契約に関する論点

1.電子契約は,①当事者が自ら秘密鍵を用いて電子署名を行うタイプ(当事者型)と,②サービス提供事業者が立会人として電子署名を行うタイプ(立会人型)の2種類あります。

電子契約市場では、立会人型のタイプ(例:Docusign、クラウドサイン等)が多数を占めます。しかし、立会人型電子契約上の電子署名が、電子署名法2条1項に定める「電子署名」にあたるか、更に、電子契約のような電子文書の成立の真正(作成名義人が真に作成した、つまり誰かが偽造していないということです。)の推定に関する規定である電子署名法3条の適用があるか議論があります。

仮に、電子契約の成立の真正が訴訟で争われた場合、同条により成立の真正の推定を受けられなければ、争われた側は、契約締結に至る経緯や電子契約を用いることを当事者間で合意していたことを示すメール等を材料に成立の真正を立証していくことになります。他方、成立の真正の推定を受ければ、成立の真正を争いたい側が特に反証をしない限りその電子契約は真正に成立したことを前提に訴訟が進んでいくことになります。そのため、電子契約に関する紛争が訴訟化した場合、同法3条の適用があるかないかで、当事者の立証の負担の度合いに影響があり得ます。

本コラムでは、立会人型電子契約の電子署名が電子署名法上の「電子署名」にあたるか、仮にあたるとして、当該電子契約が同法3条の適用を受けるかについて解説します。なお、この点に関し、令和2年7月17日及び同年9月4日に総務省、法務省、経産省のQ&Aが公開されています(https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/denshishomei_qa.pdf )(https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/denshishomei3_qa.pdf )。

 

2.電子署名法2条1項の「電子署名」にあたるか

「電子署名」は、同条項によると、デジタル情報に行われる措置のうち、①当該デジタル情報が当該措置を行った者により作成されたことを示すものであり、②当該措置が改変されていないか確認できるものを指すとされています。つまり、「電子署名」であるためには、①本人が作成していることと②非改ざん性が要求されます。

この点について、立会人型電子契約の電子署名は、物理的には立会人が暗号化等の措置を行っているため、契約当事者である本人が作成したとはいえず、電子署名法上の「電子署名」にあたらないのではという問題が生じます。

しかし、前記Q&Aによると、電子文書について、技術的・機能的に立会人の意思が介在する余地がなく、本人の意思のみに基づいて、機械的に暗号化されたものであることが担保されていれば、その電子文書への署名は本人が作成したものと評価できる、すなわち当該署名は電子署名法上の「電子署名」にあたるとされています。

 

3.次に、立会人型電子契約の電子署名が、電子署名法上の「電子署名」にあたるとして、成立の真正についての規定である電子署名法3条の適用を受けるか検討する必要があります。

この点について、前記Q&Aによると、①電子文書に、「必要な符号及び物件を適正に管理することにより本人だけが電子署名を行えるようになっている」電子署名が付されており、かつ、②当該電子署名が作成名義人本人の意思に基づき行われたことの要件を満たす場合に限り、電子署名法3条により電子文書の成立の真正が推定されます。

要件①を見ると、電子署名法第2条1項の「電子署名」より更に要件が加重されています。同法3条の効果を生じさせる前提として、暗号化等を行うための符号について他人が容易に同一のものを作成できないことを要求する趣旨です。十分な暗号強度(例:2要素認証)を有する電子署名に限り、同法3条の適用を受け得るということです。

また、紙の文書に関しては、作成名義人本人の意思に基づいて文書上の印影が顕出されたことを前提として、その文書の成立の真正が推定されるとされるため(民事訴訟法228条4項の解釈)、電子文書についても同様、本人の意思に基づき電子署名が行われたことが要求されます(要件②)。

以上のとおり、立会人型電子契約でも、電子署名法3条によって成立の真正が推定される余地が十分あるということになります。

4.しかし、立会人型電子契約について成立の真正の推定を受けるには、立会人型電子契約の利用者と電子契約の作成名義人の同一性が担保された、暗号強度に信頼性のあるサービスであることが前提です。

そのため、紛争予防の観点から、立会人型電子契約を導入する際は、当該サービスの、利用者の身元確認の程度、なりすまし防止対策、暗号強度のレベルをしっかり確認することが重要です。電子契約導入にお悩みの方は池田総合法律事務所にご相談ください。       <藪内遥>

遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求権への改正による影響について

民法(相続法)改正により、遺留分制度も大きく変わりました。その中で、今回は、遺留分減殺請求権が遺留分「侵害額請求権」に改正されたことに伴う具体的な影響について考えてみます。

 

従前の遺留分減殺請求権は、権利行使(意思表示)をすると「当然に物権的効果」が生じるとされてきました。登記などの手続等を要しないで、直ちに、権利移転の効果が生じるという扱いでした。

 

これによれば、遺留分侵害の割合が3分の1とすれば、遺留分減殺請求権の行使の意思表示によって、全遺産につき、個々に3分の1の持分権が遺留分権利者に生じることになります。したがって、会社等の事業用資産や会社の株式などにも遺留分権利者の権利(持分権)が発生することになります。

会社の株式の場合、全体の株数にその割合に応じた株式が割り当てられるわけではなく、1株ごとに共有(正確には、準共有)ということになります。したがって、株主権を行使するときにも、共有者間で協議が必要となり、対立関係者間で共有されているときは、株主権という権利行使自身が円滑に行えないケースも想定され、事業運営に重大な影響を与えることになります。この場合、遺留分行使を受けた側から持分相当の価格を弁償して、遺留分の行使に対抗できますが、そのための協議なり裁判手続なりで解決するまでは準共有状態が続きます。

 

ところが、今回の改正では、遺留分を侵害された人が遺留分侵害額請求権を行使することにより、遺留分侵害額に相当する金銭の給付を目的とする債権(金銭債権)が生じることになり、上記の「物権的効果」が生じるわけではなくなりました。不動産や株式についても、遺言等によって、取得した相続人等は、遺留分権利者からの持分主張を受けることなく、完全な所有権を取得することができ、安定的な事業運営ができることになります。

但し、このように遺留分侵害額請求権という形で、金銭債権化したことにより、逆に、気を使わなければならないことも出てきます。

 

たとえば、相続財産も含めて金銭がなく、そのため、金銭支払いに代えて、不動産や株式の現物で渡す場合、譲渡人の方に譲渡所得税及び住民税が発生する場合があります。弁済資金を直ちに準備できない場合、遺留分侵害額請求とされた人の請求により、その人の資力や、贈与または遺贈された財産等を考慮して、金銭支払いについて、裁判所の判断で期限の許与(支払時期を延ばす)ことができるようになりました。こうした制度を利用するのも一つの方法です。

 

なお、譲渡所得税等の課税を回避するために相続人全員(第三者の受遺者がいるときはその人も含めて)の同意が得られるのであれば、遺言書による相続ではなく、改めて遺産分割協議書を作成して相続をすることも考えられます。

 

また、事業承継税制によれば、特例猶予相続承継期間(5年以内)に後継者が贈与された株式を現物返還すれば、贈与税の納税猶予が取消されますが、改正前の民法の場合は、遺留分行使により、株式が共有状態になることから、株式を現物返還しても、株式の一部の譲渡とは考えられなかったのですが、新法になってからは、遺留分行使をしても株式の共有状態は発生しないため、株式という現物で返還をすれば、取消の対象となってしまいますので、注意が必要です。

 

遺留分は遺言の作成がなされた時の問題ですから、遺言を作成する際には、将来生ずるかもしれない遺留分のことも念頭におくことは当然として、さらに、上記のようにその権利の性質の変更にも気を配る必要があります。

 

池田総合法律事務所では遺留分や遺言に関するご相談や遺言の作成についても対応しておりますので、是非、ご相談下さい。

(池田伸之)