【配偶者居住権が新設されます】

1 相続法の改正により,配偶者居住権(民法新1028条~1036条)が新設され,2020年4月1日以降に発生する相続に適用されます。
配偶者居住権は,被相続人(亡くなった人)の配偶者が,被相続人の死後も,それまで夫婦で住んでいた家に無償で住み続ける権利を確保するための制度です。

2 制度の背景
夫婦の一方が亡くなった場合,残された配偶者はそれまで一緒に住んでいた家に住み続けたいのが通常ですが,それを保障する制度はありませんでした。そのため,配偶者は,確実に家に住み続けるには,遺産分割で,①家の所有権を相続する,②ほかの相続人(例:子ども)が家の所有権を相続した場合は,その相続人と家の賃貸借契約または使用貸借契約を締結する必要があります。
しかし,①の場合,家の評価額が高額になってしまうと,その分,預貯金等他の遺産の取り分が減ってしまい,後の生活に困るという事態もありえます。
また,②は,他の相続人が契約締結に同意してくれないと採れない手段です。
そして,既に高齢の配偶者が,それまでの家に住めなくなってしまった場合,新たに住居を探すのは難しいことが多いと思います。また,他の相続人と仲が良くない場合,他の相続人が配偶者の生活の安定に配慮してくれないことがあります。
以上の状況に照らし,配偶者の居住権保護の実現のために新設されたのが配偶者居住権です。

3 要件,内容
(1) 配偶者居住権が認められる要件(民法1028条)
① 相続開始時に被相続人が建物を所有していたこと
*被相続人と配偶者の共有の場合は問題ありませんが,他に共有者がいる場合はこの要件を満たしません。
② 相続開始時に,配偶者がその建物に居住していたこと
*内縁の場合,「配偶者」の要件を満たしません。
③ 配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割,遺贈,または審判がされたこと
(2) 内容
① 配偶者は,従前の用法に従い*,善良な管理者の注意をもって,建物を使用収益しなければいけません(民法1032条1項)。
*居住用にしていた場所を配偶者居住権取得後に賃貸物件化することはできません。
② 存続期間は原則として終身の間です(民法1030条)。
③ 配偶者居住権の譲渡はできません(民法1032条2項)。
④ 建物の増改築,転貸には所有者の承諾が必要です(民法1032条3項)。
⑤ 建物使用に必要な修繕費は配偶者負担です(民法1033条1項)。
⑥ 通常の必要費(例:固定資産税)は配偶者負担です(民法1034条)
*ただし,固定資産税は,税法上は所有者が納税者なので,一旦は所有者が支払い,所有者から配偶者に求償することになります。
⑦ 所有者は配偶者に配偶者居住権の設定登記を備えさせる義務を負い,配偶者は
設定登記をすれば,第三者に配偶者居住権を対抗できます(民法1031条)。

4 配偶者居住権のメリット
前述のとおり,配偶者居住権を取得した配偶者は,居住権以外の,預貯金等の遺産を確保しつつ,住み慣れた家に無償で住み続けることができます。
また,配偶者居住権の設定は,相続税の節税にもなりえます。

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【例】

①夫が死亡し,戸建て住宅とその敷地が遺産として遺された。相続人は妻と子供。

⇒妻が配偶者居住権と敷地の利用権を取得・子供が配偶者居住権の負担付きの戸建て住宅,敷地の所有権を取得

②妻が死亡し,妻の相続が発生(二次相続)

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①の段階では,小規模宅地等の特例の適用を受けられることがあります。小規模宅地等の特例は,個人が,被相続人または被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族の事業用または居住用に使用されていた宅地または宅地上に存する権利(併せて「宅地等」といいます。)のうち,一定の区分に該当するものについて,その土地のうち一定の面積まで,相続税の計算上,課税価格を50%または80%の割合で減額する制度です。
被相続人とその妻が住んでいた戸建て住宅と敷地の場合,妻が配偶者居住権と同時に取得した敷地の利用権は,「特定居住用宅地等」として,小規模宅地等の特例の適用を受けられます。また,子供が相続開始時に被相続人と当該戸建て住宅で同居していた等の場合,子供も小規模宅地等の特例の適用を受けられます。

次に,②の段階では,妻が死亡することで配偶者居住権が消滅しますので,配偶者居住権は妻の遺産に含まれず相続の対象になりません。そうすると,②の相続で,配偶者居住権に相続税がかかることはなく,子供は相続税を節約しつつ,配偶者居住権の負担のない完全な所有権を取得します。また,負担のない完全な所有権になることで,所有権の価値が増加していますが,財務省が2019年7月に発表した「令和元年度税制改正の解説」のうち「相続税法の改正」によると,その価値増加分に対して課税はされません。

5 以上のとおり,配偶者居住権には,配偶者の老後の生活の安定,節税といったメリットがありますが,配偶者居住権が設定された不動産を好んで買う人はほぼいないと思われますので,今後住宅,土地を売却して何かに用立てたい相続人にとっては好ましくない一面があることも確かです。そのため,遺産分割協議で配偶者居住権を設定しようと考えても,反発する相続人が現れて協議がまとまらないことも予想されます。配偶者居住権に関しお悩みの方はぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。<藪内遥>