メンタルヘルスに対する事業者責任

精神的に不調な労働者の雇用に関わる問題は、周囲も巻き込み、企業の生産性を下げ、対応に苦慮する企業も多いと思います。

毎年3万人前後の日本の自殺者のうち、過重労働その他職場での問題を原因とする労働者も相当数含まれ、企業に適切な対応が求められます。

 

業務上労働者の健康を損なわないよう配慮する義務が企業にはあり、メンタル面での健康についても裁判例が蓄積されつつあり、概して、企業側に厳しい判断がなされています。

有名なところでは、平成12年3月24日の最高裁判決(電通事件)があります。

過重労働から慢性的疲労、さらにはうつ病となり、入社1年数ヶ月後に自殺した事件につき、最高裁は、長時間労働や健康状態の悪化を知りながら、負担軽減のための措置をとらなかったとして、安全配慮義務違反を認定し、高裁判決が本人のうつ病になりやすい素質があったことを理由に賠償額を減額したのに対し、減額を認めませんでした。

 

その後もメンタルヘルスについて企業側に重い管理責任を認める一方で、労働者側の事情等を考慮して過失相殺をして賠償額を減額する「バランス」を取った下級審の裁判例が続く中、これに、くさびを打つような最高裁判決が平成26年3月24日に出されました。

電通事件と同様、過重労働でうつ病になった事例で本人が精神科への通院、そこでの病名、処方薬などの情報を上司や産業医に申告しなかったこと、本人が以前から慢性頭痛及び神経症と診断され、処方薬を服用継続し、業務を離れて治療を受けながら9年を超えても、なお、寛解しないこと等から本人に「脆弱性」があった(うつ病にかかりやすい素因が本人にあった。)として、高裁は損害額の2割を減額していましたが、最高裁は、減額を相当としませんでした。

その理由は、

(1)通院歴を含めた精神的健康に関する情報は、プライバシー情報であり、人事考課にも影響し、職場においては、これを明らかにすることなく就労を継続するのが普通であって、企業としては、本人から積極的な申告が期待できないことを前提として、労働者のメンタルヘルスへの対応をすべきである。

(2)うつ病にかかりやすい特性があるかどうかについては、同種の業務に従事する労働者の個性が多様であることを前提に、通常想定される範囲をはずれるまでの脆弱性があったかどうかで判断するべきで、そのような事情は、認められない。

というものでした。

 

(2)については、電通事件でも同様の判示がありますが、(1)については、新しい内容です。企業側にとっては、精神科への通院歴や診断名を明らかにしてもらえれば、違った対応も可能であったと主張しているものですが、認められず、厳しい内容となっています。但し、この事例では、積極的な通院歴の申出はなかったものの、過重労働の中、体調不良の訴え、それによる業務の軽減の申出、欠勤の繰り返し等の事情があり、過重労働、それによるメンタル面への影響を把握しうる状態にあり、業務軽減措置を執ることは可能であったとして、一蹴しています。

 

メンタル面の健康は、判決が指摘するように、基本的にはプライバシーに関わる問題です。それを積極的に労働者側から開示されないことを前提に安全配慮もすべきだ、というのは、企業にとっては、ハードルが高いことも事実です。企業側にとって、積極的に踏み込むことは、他方で、プライバシーの侵害やそのことによる症状の増悪を招くことも懸念され、また、パワハラとも言われかねません。

労務管理をスムーズに行うためにも、まず、休職制度を認めるかどうかの検討をし、(なお、よくある誤解ですが、休職制度の設定は、事業主の法律上の義務ではありません。)、認めるとした場合には休職から復職に至るまでの手続きをルール化することです。就業規則の整備をし、場当たり的ではなく、どの労働者にも公平に適用していくことが必要です。(池田伸之)