不正競争防止法における営業秘密保護1
~第1回 営業秘密の3要件と漏洩罰則について~
1 はじめに
企業経営において様々な情報やスキル、ノウハウなどが非常に重要な経営資源であることは異論のないところと思われます。
情報の中には、公開と引き換えに特許などの法的保護を受けることができるものもありますが、むしろ、公開せずその企業のみが有するからこそ価値のある情報も少なくありません。
そうした情報の一部は、不正競争防止法で「営業秘密」として保護されています。
盗み取る等の不正な行為によって「営業秘密」を取得し、それを使用するなどして他人の営業上の利益を侵害したときには、それによって生じた損害を賠償しなければなりませんし(民事上の制裁)、場合によっては、10年以下の懲役若しくは2千万円以下の罰金に処されることもあります(刑事上の制裁)。
例えば、昨年は、楽天モバイルの元社員が前職のソフトバンクから機密情報を不正に持ち出したとして、不正競争防止法違反(営業秘密領得)容疑で警視庁に逮捕された事件がありました。この件に関しては、ソフトバンクは、楽天モバイルと元社員に対し「約1000億円の損害賠償請求権」を主張する訴訟を東京地裁に提起しています。
愛知県でも、愛知製鋼(愛知県東海市)の磁気センサー(MIセンサ)に関する秘密情報を漏らしたとして、不正競争防止法違反(営業秘密侵害)の罪に問われた同社元専務と元社員の公判(刑事裁判)が昨年12月23日、名古屋地裁で結審し、判決は今年の3月18日に言い渡される予定となっています。
本コラムでは、今後3回にわたって、この「営業秘密」について取り上げたいと思います。
今回は、第1回として、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するための要件と「営業秘密」を侵害した際の罰則についてご紹介します。
2 「営業秘密」の3要件
(1)営業秘密の定義とそこから導かれる要件
「営業秘密」について、不正競争防止法第2条第6項では以下のように定義しています。
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
この定義から、「営業秘密」に該当するためには、
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)
の3つの要件を全て満たす必要があると理解されています。
(2)秘密管理性について
秘密管理性が認められるためには、当該情報について秘密に管理しているという情報保有企業の意思(秘密管理意思)が、秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要があると理解されています。
例えば、情報が記載されている書類や情報が保存されている電子記録媒体に「マル秘」の表示がなされている、あるいは、秘密保持契約等により対象が特定されていることが考えられます。
この点については、本コラムの第2回で詳しく説明します。
(3)有用性について
当該情報が、実際に事業活動に利用されたり、現実に利用されていないとしても、利用されることによって経営上役立つものであることが必要です。
例えば、製造ノウハウや顧客リストなどは有用性があると言えます。
これに対し、会社が行っている違法行為に関する情報は、会社としては秘密に管理しているという意思はあるかもしれませんが、法が保護すべき正当な事業活動ではありませんので、有用性は否定されると考えられます。
(4)非公知性について
一般に知られてない情報であることが必要です。
第三者がたまたま同じ情報を保有していたとしても、当該第三者もその情報を秘密として管理していれば、非公知性は満たすと考えられます。
3 罰則について
(1)行為の態様
営業秘密の侵害に対する罰則の対象となる行為には、大きく分けて以下の4つのパターンがあります(不正競争防止法第21条第1項、第3項)。
ア 不正な手段(詐欺・恐喝・不正アクセスなど)による取得パターン
不正な利益を得る目的又は営業秘密保有者に損害を与える目的(「図利(とり)加害目的」といいます)で、営業秘密が記載されている書類を盗んだり、営業秘密が記録されているパソコンに外部から不正にアクセスして情報を取得したりする行為がこれにあたります。
営業秘密を取得する行為だけでなく、不正に取得した営業秘密を、図利加害目的で使用または開示する行為も罰則の対象となります。
イ 正当に営業秘密が示された者による背信的行為のパターン
営業秘密を保有している会社から、営業秘密が記録されたUSBなどを正当な手続で受け取った者が、図利加害目的で、そのUSBの複製を作成するなどして情報を取得したり、取得した情報を使用又は開示したりする行為です。
また、営業秘密を保有している会社の従業員や退職者が、在職中に得た営業秘密を使用又は開示する行為もこの類型にあたります。
ウ 転得者による使用・開示のパターン
ア・イの罪にあたる開示によって取得した(転得した)営業秘密を、図利加害目的で、使用又は開示する行為がこれにあたります。
エ 営業秘密侵害品の譲渡等のパターン
図利加害目的で、ア~ウの罪にあたる使用によって生産された物を、譲渡・輸入する行為がこれにあたります。
(2)罰則の内容
10年以下の懲役若しくは2千万円以下の罰金(又はこれの併科)です。
また、法人に対しても5億円以下の罰金が科される可能性があります(22条1項2号)。
(3)海外重罰について
アに記載したような行為が海外でなされた場合等には、罰金の金額がより重くなります(個人が3000万円以下、法人が10億円以下)(21条3項)。
(4)罰則が適用された実例
営業秘密の侵害について不正競争防止法違反の罪に問われた例は、冒頭で取り上げた以外にも、以下のようなものがあります。
ア 従業員等による競業会社への持ち出しのケース
建設用塗料のデータを、転職先である競合会社の従業員に開示するなどしたとして、2020年3月27日、名古屋地裁で、懲役2年6月、執行猶予3年と罰金120万円(求刑懲役4年、罰金200万円)を言い渡された事例。
イ 海外への流出(海外からの接触)のケース
スマートフォンなどに用いられるタッチセンサー技術の情報を、転職先の中国企業で使用する目的で不正に持ち出したとして、2021年3月17日、京都地裁で、懲役2年、罰金200万円(求刑懲役3年、罰金300万円)の実刑判決が言い渡された事例。
(川瀬 裕久)
以 上