刑事事件での『司法取引』について~最近の3事案を参考にして~

平成30年6月1日施行の改正刑事訴訟法で,刑事手続の中に,証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度,いわゆる日本版『司法取引』の制度が導入されました(政府としての略称は「合意制度」です。)。

これまで,

①第1号事案

海外での発電所建設を受注した会社による贈賄事件で,会社が東京地検特捜部と司法取引をし,贈賄をした会社の役員や従業員が不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の事実で訴追された第1号案件

②第2号事案

日産自動車の事案で,会社が東京地検特捜部と司法取引をした事案

③第3号事案

アパレル企業幹部が会社の売上げの一部を横領した業務上横領事案において,会社と東京地検特捜部が司法取引をした事案

が報道等で司法取引が行われたことが明らかになっています。

企業,役職員と刑事司法という極めてシビアな領域での企業法務の話ですので,司法取引制度の概略を以下では説明します。

 

(1)導入の経緯

組織的な犯罪等では,首謀者の関与状況などを解明するためには,組織構成員から必要な情報を取調べの中で検察官が獲得する必要があるため,組織構成員から情報を得られやすくなるように導入されます。

(2)制度概要

いわゆる司法取引制度は,特定の犯罪について,検察官と被疑者・被告人とが,弁護人(弁護士)の同意がある場合に,被疑者・被告人が他人の刑事事件について証拠収集等への協力をし,検察官が協力行為を考慮して,被疑者・被告人本人の事件につき不起訴処分や特定の求刑等(主には求刑を減らすこと)をすることを内容とする合意をするものです。

従って,弁護人(弁護士)がいなければ,この司法取引制度は使えません。

(3)対象犯罪

①租税に関する法律(脱税など)

②独占禁止法違反(談合など)

③金融商品取引法違反,商品先物取引法違反,出資法違反

④贈収賄,特別贈収賄

⑤特別背任

⑥貸金業法違反

⑦銀行法違反,保険業法違反

⑧農業協同組合法違反,消費生活協同組合法違反,水産業協同組合法違反,中小企業等協同組合法違反,信用金庫法違反,労働金庫法違反

⑨不正競争防止法違反

⑩特許法違反等の知的財産関係法違反

⑪犯罪収益移転防止法違反

⑫資金決済法違反

⑬詐欺

などで,刑事訴訟法と政令で定められた犯罪類型(「特定犯罪」)です。

特定犯罪の領域は大変広いものであり,およそ企業活動をするうえで起こりうる犯罪はすべて網羅されているといえるかもしれません。

(4)被疑者・被告人による協力行為

合意の内容にできるのは,他人の刑事事件について,

①検察官や警察官の取調べに際して真実の供述をすること

②証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること

③検察官,警察官による証拠の収集に関し,証拠の提出等の必要な協力をすること

です。

(5)検察官による処分の軽減など

検察官は,

①公訴を提起しない(不起訴)

②論告求刑で,特定の刑を科すべきと意見を述べること

③略式命令の請求をすること(略式罰金)

などの処分の軽減等を合意できます。

ただし,釈放などの身体拘束に関することは合意できないと考えられます。

(6)三者協議

合意のためには,検察官,被疑者・被告人本人,弁護人の三者での協議が必要です。

そして,検察官は,合意に先立ち,弁護人同席のもと,被疑者・被告人本人から他人の刑事事件について供述を求め,これを聴取することができます。

(7)合意の成立

検察官は,三者協議の結果を踏まえ,被疑者・被告人の協力行為により得られる証拠の重要性,関係する犯罪の軽重及び情状などを考慮して,必要と認めるときは,弁護人の同意のもとで,検察官,被疑者・被告人本人,弁護人の三者連署での合意書を作成し,合意が成立します。

(8)合意からの離脱

合意の当事者が合意に違反したときは,検察官や被疑者・被告人は合意から離脱できます。

(9)企業法務への影響

司法取引の導入経緯からすれば,組織犯罪において,例えば末端の構成員の不起訴を前提として,犯罪組織のトップの刑事裁判を目指すというのが,当初もっとも想定されていた事案だったと思われます。

しかし,実際に司法取引がなされた3件の事案は,いずれも会社が,役職員の犯罪につき,検察に協力をするという形での司法取引が行われました。

司法取引と似通った制度として,独占禁止法の課徴金減免制度(リーニエンシー)がありますが,課徴金減免制度では公正取引委員会に最初に申請した事業者以外の事業者は,すべて課徴金という現金を支払うことで終了するものです。

他方,司法取引では,役職員が処罰される場合,役職員の行為により会社が利益を得ていたとしても,その利益は会社に残されたまま,役職員だけに刑罰がかされ,最悪の場合には国家により自由を奪われる懲役刑になる可能性すらあります。

個人に対して懲役を科す可能性すらある司法取引を軽々に検察と行うことは慎重に検討する必要があります。

その検討場面では,刑事手続について詳細に説明でき,捜査機関との折衝もでき,会社の評判の低下を含むダメージをいかにコントロールするかを検討できる弁護士の関与が必要となります。

また,検察などの外部機関を介入させず,会社が速やかに会社内部での不正を把握し,自浄作用をもって自社内で対応していくためには,有意義な内部通報制度の構築や第三者委員会による不正行為の徹底的な調査ができる体制作りが必要不可欠です。

 

司法取引や会社,役職員の不正対応,不正予防など,社内法令遵守(コンプライアンス)体制の充実をご検討されている企業は,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記〉