司法取引制度の導入に向けて、企業が気をつけることは
先の国会で刑事訴訟法の一部改正がなされ、「司法取引」が導入されることになりました。時代に即した新たな刑事司法制度を構築するための法整備のあり方について、長らく調査審議された上での立法化です。取り調べへの過度な依存を改め、適正な手続の下で、供述証拠および客観的証拠をより広範囲に収集することができるようにするための証拠収集手続の適正化・多様化を念頭に策定されてきたと言われています。
「捜査公判協力型協議・合意制度」と言われる日本版司法取引の導入は、法律成立後2年以内を予定しています。
司法取引の対象は、贈収賄、詐欺、横領、脱税、独占禁止法違反、金融商品取引法などですが、その他政令で定めるもの、とあるので多岐に亘ります。その中には、結構、役員・職員が犯罪主体となりうるものが対象となっていることに注目すべきでしょう。
改正350条の2によりますと、「特定の犯罪において、他人の刑事事件に関し、取り調べで供述、公判等で証言、証拠の提出等を行い、それに対して、不起訴、公訴取消、特定の訴因・罰条の加減、略式・即決手続に付する等の合意をすることができる」とあります。
「他人の刑事事件」の「他人」とは、企業にとって、他社もあれば、取締役等役員や従業員も含まれます。
企業は、不祥事等が起きれば一丸となって対応するのが従来の考え方でしたが、企業としての対応が定まらないうちに対応しなければならない事態も出てくることが想定されるといって良いでしょう。合意制度導入後は、合意に際して虚偽供述がなされる可能性も踏まえて、これまで以上に、迅速、かつ、緻密な事実確認や調査が必要となるものと予想されます。
この司法取引・合意をするには、弁護人の同意を必要とします。役員個人の依頼を受けた弁護人が把握する事実や証拠は限られる可能性もあり、会社としては、どのように連携していくかが鍵となります。
役員による刑事事件への関与が疑われる事態を避けることがなにより大事なことだと思いますが、これを支えるためには、普段から、有効な内部監査を行い、内部通報制度が機能するようにしておくこと、また、役員相互間の利害対立をしっかり見極める姿勢を持つことなどがあげられると思います。
捜査に企業が協力することによって、企業にどんなメリットがあり、企業としての刑事責任はどうなるのかを見極める必要もあります。日本の法律では法人処罰のために罰金を法人に科す両罰規定がありますが(例えば、証券取引法など)、法人の責任は、監督など無過失であることを立証して責任を免れることは難しい無過失責任です。両罰規定によって法人や事業主に過失が推定されるような場合には、企業の動き方としてを検討する必要が出てきます。
また、複数の企業が関与して犯罪が行われることも想定できますから、うっかりとしていて知らないうちに巻き込まれることがないように、今まで以上に、同業他社の動きにも、気を配る必要があると言えます。独禁法のリーニエンシー制度が思い起こされますが、リーニエンシーは企業の自発的な違法行為の申告を促すものであるのに対して、協議合意制度は個々の人による他人の違法行為の申告を促す制度で、対象範囲が広いものです。
制度運用までには少し時間がありますが、コンプライアンスの強化は怠りなく、また、日本版司法取引にも無関心ではいられないように思います。<池田桂子>