土壌汚染が疑われる土地売買その他の注意点
1 リーディングケース
土壌汚染の分野は,土壌汚染が明らかとなれば,土壌汚染調査及び土壌汚染対策工事費に多額の費用を要するところです。
そして,調査,工事費が数億円から数十億円に達することから,その費用負担を誰が負うのかを,いかに合意するかが後のリスクの大きさを決めることになります。
このリスクを,買主と売主に適切に分配できるように契約文言の工夫が必要不可欠な分野であり,後の費用リスクを考えると,売主であっても買主であっても,事前に弁護士に相談をし,リスクを見定めておく必要があります。
具体的には,合意内容を表す契約書上にどういった文言で『瑕疵担保責任条項』を入れるかが契約当事者にとって非常に重要になります。
たとえば,【最高裁平成22年6月1日判決(民集64巻4号953頁)】は,土地開発公社が購入した工場跡地にフッ素が含まれていたところ,売買は土壌汚染対策法成立前になされており,売買契約時においてフッ素が人の健康に被害を生じるおそれがあるとは認識されていなかった事案ですが,
「売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性質を有することが予定されていたかについては,売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべき」
として,売主の瑕疵担保責任を認めませんでした。
これは,当事者間の合意の内容を重視する主観説によることを明らかにしたと評価できます。
そこで,以下では,売主・買主の注意点を解説します。
2 売主側の注意点
(1)売主の責任
①売主の契約不適合責任(いわゆる従来の「瑕疵担保責任」)
売買契約締結前の簡易調査で土壌汚染が発見されなくても,契約後の詳細な調査で土壌汚染が発見され,売主として瑕疵担保責任を負う場合があり得ます。
また,売買対象の土地の隣接地の地歴調査をしなければ,隣接地の工場稼働歴により,当該工場が排出した土壌汚染物質を原因とする土壌汚染があった場合に,後に売主として瑕疵担保責任を追及される可能性もあります。仮に,隣接地からの土壌汚染物質の流入があるのであれば,その流入を阻止する方策を講じる必要があります。
これは,民法570条の瑕疵担保責任が,売主の善意や無過失とは関係無く認められるためであり,仮に土壌汚染を売主が知らない(善意)であっても買主に対して損害賠償責任等を負うことになるためです。
そこで,売主としては,土壌汚染対策法に従った土壌環境調査か,それに準じた詳細な自主調査を行うことが,結果的にコストを安くできることがあります。
②弁護士費用
東京地方裁判所平成20年7月8日(判時2025号54頁)は,瑕疵担保責任にもかかわらず,2000万円の弁護士費用の売主負担を認めています。
もっとも,この裁判例のように弁護士費用がどういった場合でも認められるのかは,そもそも瑕疵担保責任は不法行為ではないので弁護士費用は認められないのではないかという疑問点もあります。
③消滅時効の更新
また,契約上の瑕疵担保期間経過後に,売主の役職者が瑕疵担保責任を負担するという文書を出していたことをもって消滅時効の中断事由(現民法での用語では「更新」)となっており,交渉に当たっても細心の注意が必要です。
④契約文言の重要性
以上のような売主としてのリスクがありますので,売買契約書中では,瑕疵担保責任の範囲や期間をできる限り限定した契約書になるように契約交渉をすることが必要不可欠です。
(2)信義則上の契約に付随する義務
①土壌汚染浄化義務
瑕疵担保責任制限特約において,地表から地下1メートルまでの部分に限り瑕疵担保責任を売主が負担するとされているので,信義則上,売買契約に付随する義務として土地土壌中のヒ素を環境基準値を下回るように浄化して買主に引き渡す義務があると認定した裁判例(東京地方裁判所平成20年11月19日判決(判タ1296号217頁))もあります。
②信義則上の説明義務(債務不履行に基づく損害賠償請求)
売主が,買主が土壌汚染調査を行うべきか適切に判断するための情報を提供しなかった場合,信義則上の説明義務を果たしていないとして,債務不履行に基づく損害賠償義務を肯定している裁判例(東京地方裁判所平成18年9月5日判決(判時1973号84頁),同20年11月19日判決(判タ1296号217頁))もあります。
(3)商法526条の適用の有無
土地売買でも商法526条の適用があるのが原則ですが,実際の売買契約では瑕疵担保責任として引渡し後1年までとするなど商法526条と異なる規定をしていることが多く,その場合は商法526条の適用が排除されることになります(東京地方裁判所平成18年9月5日判決(判時1973号84頁))。
3 買主側の注意点
土壌汚染では主に契約不適合責任(従来のいわゆる「瑕疵担保責任」)の主張をすることになります。
食品製造業者で不動産売買を専門としていない売主から,不動産業者である買主が食品工場跡地を購入した事案で,不動産売買契約書上の文言解釈を,当時の自然由来の特定有害物質は土壌汚染に当たらないとする行政通知に基づき,買主(不動産業者)に不利に解釈した事案があります(東京地方裁判所平成23年7月11日判決(判時2161号69頁))。
たとえ事業者間売買であっても,不動産番倍や土壌汚染に精通している等専門性を有する業者に契約文言が不利に解釈される場合もあります。
なお,現在は自然的原因による有害物質は土壌汚染にあたるとされています(環水大土発第100305002号平成22年3月5日環境省水・大気環境局長通知)。
4 借主側の注意点
建物を工場として賃借した借主による土壌汚染で,建物賃借人の債務不履行に基づく損害賠償責任を認めた裁判例があり(東京地方裁判所平成19年10月25日判決(判時2007号64頁)),建物賃借人であっても土地賃借人であっても賃借人が土壌汚染を引き起こした場合には,賃貸人に対して債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合があります。
5 土壌汚染対策法,ダイオキシン類対策特別措置法に定められていない物質による土壌汚染
法令で規制されていない物質による土壌汚染の場合も,「土壌に含まれていたことに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがある」限度を超えて物質が含まれていれば,瑕疵担保責任における「瑕疵」に当たり得ます(東京地方裁判所平成24年9月27日判決(判時2170号50頁)参照)。
そこで,やはり,契約上で瑕疵担保責任が生じる「瑕疵」とは何かをできる限り明確に定めておく必要があります。
6 地下に存在する産業廃棄物について
土壌汚染の問題ではありませんが,土壌汚染の問題と同じように地下に産業廃棄物が存在することがあります。
産業廃棄物が地中に存在する場合には,土地の利用目的等に照らして通常有すべき性質を備えないといえれば土地の「瑕疵」になり得るものと考えられます。
7 最後に
土壌汚染の分野は,土壌汚染が明らかとなれば,土壌汚染調査及び土壌汚染対策工事費に多額の費用を要するところです。
そして,契約において,買主と売主に適切にリスクを分配できるように契約文言の工夫が必要不可欠な分野であり,後の費用リスクを考えると,売主であっても買主であっても,事前に弁護士に相談をし,リスクを見定めておく必要があります。
法人の事業等において,土壌汚染の問題がありましたら,一度,池田総合法律事務所にご相談ください。 〈小澤尚記〉