契約書ひな型と契約約款の違い、そして両者の活用の利便性と注意点

インターネットや書籍に取引契約書のひな型が載っていることがあります。実際企業間でよく行われている取引に関しては、契約書のひな型が使われることがあります。ひな型をベースにドラフトを作ることは時間と費用を節約することのほかに、検討すべき項目の漏れを防止するという意味で有用だともいえますが、取引の実態に合うかどうかについて、ひな型との違いに気が付かないことがないか、また、ひな型に引きずられて検討すべき懸念事項、将来発生するかもしれないリスクの分析がおろそかになっていないか、などに気を付ける必要が多いにあります。

 

当社の標準契約ではこうなっています、といった言葉を聞いた場合には、最低限、自分の契約ではそれぞれの条項が必要な条項かどうかを検討すべきです。また、契約書は有効であればよいというものではなく、お互いに適切な売買等の価格で取引したかどうかなどにも検討が必要です。後日、買主に受贈益が発生したりすることも時折見聞きするところです。税務上の課税問題のリスクはないかは重要な点です。消費税の課税の有無や負担者も同様です。不動産取引なら不動産取引に関連する税金(譲渡所得税、不動産取得税、また国によっては政策目的で設定された税もあり)、登録免許税、印紙税などにも注意を要します。

 

AI(人工知能)が発達すると、近い将来は契約書はAIが作成してしまうということも起きてくるかもしれません。デジタル空間で締結し、契約書を紙媒体として持たないということも出てくるでしょう。

 

話は変わりますが、インターネットを介した電子商取引契約は広範囲に及んでおり、例えば、売主のサイトで商品情報を見た買主は、そのサイトに申し込む画面を見て情報を入力します。確認ボタンをクリックすると、情報が到達して契約は成立します。電子承諾通知が相手方のコンピューター内のファイルに到達したときに契約は成立したとみなすことができます。消費者の入力ミスやクリックミスなどがあった場合には、錯誤があったとして、契約の無効を主張することができますが、あらかじめ、消費者の意思の確認を求める措置を申し込み画面に講じた場合には例外とされています(民法95条但書、電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律3条)。

 

さて、契約書は当事者が誰であるか、代金がいくらか、支払日はいつか、など個別具体的な内容が書かれます。これに対して、不特定多数を相手方として行う取引で誰に対しても画一的な契約内容となる契約条項を定型約款と言います。いわば、個別に交渉することが予定されていない場合に契約の内容とすることを目的として準備された条項といってよいでしょう。保険契約の約款、預金規定(銀行口座取引の約款)、クレジットカード規約、ホテルや旅館の利用約款など様々のものがあります。

 

これまで約款については法律に定めがありませんでした。今年5月、120年ぶりに改正された民法(債権法分野)では、定型約款について548条の2等で取り上げ、定型約款に当てはまる場合の要件を明らかにしました。通常の契約では、双方が話し合って合意に達しますが、定型約款では事業者が一方的に内容を準備する点で異なります。改正された民法に条項が盛り込まれ、民法の定めを守れば、合意が擬制(みなされること)されます。すなわち、合意したと取り扱われることになって、約款を読んでいない、わかっていないという理由で揉めるといった争いがなくなります。

 

但し、定型約款に当たるとして、そのメリットを主張するためには、手順を踏む必要がありますので、注意が必要です。定型約款を契約内容とする旨の合意をしたとき(548条の2第1項1号)、定型約款を準備したものがあらかじめその定型約款を契約内容とする旨を相手方に表示していたとき(同2号)のいずれかに当たるときには、実際の合意がなくても合意があったものとして扱われます。具体的には、例えば、この利用契約に同意した場合には、双方の約束した契約内容になりますといった文言を利用契約に記載することや、約款の内容を電子メールにURLを明記して送信することなどです。約款の内容を表示する義務を事業者は負うわけですが、表示義務を怠れば、合意の擬制はなされません(548条の3第1項)。

 

手続的には満たしていても、内容がその定型取引の態様や実情、取引通念に照らして、相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意しなかったとみなされます(548条の2第2項)。高い違約金や不当な賠償金額を取るような「不当条項」、予測できないような「不意打ち条項」です。定型約款を変更するときは、変更することを周知する手続きを取る必要があります。インターネットその他の適切な方法で変更内容や効力の発生時期などを周知しなければなりません(548条の3)。目新しいことではないと思いますが、事業者としては注意が必要です。<池田桂子>