発信者情報開示請求
1.今年の夏のニュースレターで、発信者情報開示請求について言及しましたが、今回は、発信者情報開示制度の抱える問題点と、制度改正に向けた議論の状況についてご紹介したいと思います。
2.問題点
まず、インターネットで誹謗中傷を受けた場合、被害者は、情報の発信者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をすることが可能です。
もっとも、インターネット上の誹謗中傷などの書き込みは、殆どが匿名で行われており、情報の発信者が誰かわからない状況にあります。そこで、発信者を特定するために、発信者情報開示の手続きがあり、プロバイダ責任制限法では、被害者がサイト運営者などに発信者情報の開示を求めることができることになっています。
現在の制度では、発信者を特定するために、
①.書き込みがされたサイトの運営者に対して、発信者が書き込みを行った際のIPアドレス等の情報開示を求める仮処分を、裁判所に申し立てる。
②.①で開示されたIPアドレス等の情報からプロバイダを特定する。
③.当該プロバイダに対して、発信者情報(住所氏名等)の開示を求めるため、裁判所に発信者情報開示請求訴訟を提起する、という流れになります。
しかし、プロバイダの多くが、アクセスログ等の保存期間を3か月程度としていることが多いため、上記①②③の裁判手続きを行っている間にログが消去されてしまい、結局発信者が特定できないという事態が想定されます。
また、上記①②③の裁判手続きは、被害者自らが行うにはハードルが高く、その分野に精通した弁護士に依頼する必要があるため、高額な費用がかかります。
そして、高額な費用を支払っても、最終的に発信者を特定出来ないこともあるため、被害者の多くが、泣き寝入りせざるを得ない現状にあります。
3.制度改正に向けた議論の状況
上記の問題を解決するために、発信者情報開示の手続きについて見直しを進めようという動きがあります。総務省では、今年の4月に「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を発足し、現在検討が進められています。今年11月には報告書が取り纏められる予定となっています。そこでなされている議論の一部を、以下にご紹介します。
(1)プロバイダ等による発信者情報の任意開示の促進
プロバイダ等が任意開示を拒む理由は、発信者からの責任追及のリスクを回避することにあると考えられます。そのため、任意開示を促進するためには、発信者からの責任追及のリスクを軽減することが必要です。具体的には、プロバイダ等が、「権利侵害が明白である」(発信者の書き込みが名誉棄損等にあたることが明白である)か否かの検討を十分に行ったことの疎明ができれば、免責される等の制度を新設する等が考えられます。
(2)送達場所に関する民事訴訟法の改正
現状、海外の企業(Google、Twitter、Facebook等)に対し、本案裁判を起こす場合、送達に半年以上の時間がかかります。仮処分の場合も、実務上、EMS(国際スピード郵便)が用いられていますが、最初の期日が入るまで3週間程度かかります。この時間を短縮するため、民事訴訟法の改正を行い、日本に拠点がある海外企業であれば日本法人への呼出し、送達で足りる形にすることが考えられます。
(3)発信者情報開示手続きの簡素化
発信者を特定するには、上述のとおり、現状では、2回の裁判手続が必要となります。実質的に同様ないし類似の主張立証を重ねることになるため、時間的にも、また訴訟経済上も無駄が生じています。そこで、上記②の裁判について仮処分を活用した手続きを可能とすることが考えられます。
また、アメリカでは、加害者を特定しないまま裁判所に提訴する「匿名訴訟」が可能であり、当該訴訟の中で、証拠開示手続(ディスカバリー)を用いて、サイト側に情報開示を命じさせることで発信者の情報を取得することが出来ます。こうした制度を、日本でも新設することが考えられます。
上記いずれの制度改正も、簡単なものではありませんが、SNSの誹謗中傷による被害は深刻化しており、多くの被害者が泣き寝入りをしている状況に鑑みると、一刻も早い見直しが必要であると考えます。
(石田 美果)