ハラスメント防止のための社内体制の強化を! ~ハラスメントはどこにでも起こりうる意識をもって~

1 今求められる社内体制強化

いわゆる労働施策総合推進法(※以下本文は法令を略称で説明し、正式名称は末尾に記載します)が改正され、パワーハラスメント防止対策が強化、パワーハラスメント相談窓口設置が義務化されました(令和2年6月1日施行)。

パワハラについては、これまで事業主の措置義務等を定めた法律はありませんでしたが、いわゆる労働施策総合推進法30条の2第1項が、パワハラを防止するために雇用管理上必要な措置を講じることを大企業に義務付けるに至りました。すでに令和2年6月1日から始まっています。この対策義務は、中小企業にも令和4年4月1日から課せられます。

 

2 ハラスメントの法的責任

令和2年7月1日の厚生労働省発表によると、「『いじめ・嫌がらせ』に関する民事上の個別労働紛争の相談件数が8年連続トップ」(※)であり、大きな社会問題となっています(※参考URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000213219_00003.html

 

職場内におけるいじめ・嫌がらせといったハラスメントは多様で、性的な言動によるセクシャルハラスメント(セクハラ)や職務上の地位・権限を背景とするパワーハラスメント(パワハラ)だけでなく、妊娠・出産・育児に関わるマタニティハラスメント(マタハラ)やパタニティハラスメント(パタハラ)も問題になりえます。

このようなハラスメントは、労働者の人格を傷つけ、働きやすい職場環境で働く利益を侵害する行為であり、被害者はハラスメントを行った者に対して損害賠償請求をすることができます(民法709条)。また、加害者に不法行為責任が認められる場合には、事業主に使用者責任(民法715条)や債務不履行責任(民法415条)が認められることもあります。法律上、事業主はハラスメント防止に関する雇用管理上の必要な措置を講ずることが義務付けられており、必要な措置を講じていない場合には事業主への損害賠償請求が認められやすいといえるでしょう。

 

3 ハラスメント防止を義務付ける法令(複数あります)

このような事業主のハラスメント防止に関する雇用管理上の必要な措置を基礎づける法律や指針は、改正が相次いでいます。セクハラに関するいわゆる男女雇用機会均等法11条やいわゆるセクハラ防止指針が、マタハラに関しては男女雇用機会均等法改正法11条の3、育児介護休業法25条、いわゆるマタハラ防止指針が、それぞれ改正を重ねる中で内容を充実させながら事業主のハラスメント防止義務を基礎づけてきました。

 

 

4 事業主に義務付けられる必要な措置

ハラスメントに関する各種指針で事業主が雇用管理上講ずべきとされるのは、主に以下の措置です。

・事業主の方針の明確化及びその周知・啓発

・相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

・職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応

・併せて講ずべき措置(プライバシー保護、不利益取り扱いの禁止等)

・原因や背景となる要因を解消するための措置(マタハラのみ対象)

事業主は以上の措置については必ず講じなければなりません(なお、実施が望ましいとされている取り組みも別途定められています)。

簡単に説明すると、事業主は、労働者の意識啓発を行うなどハラスメント防止対策の周知徹底をはかり、相談窓口が相談しやすいものであるかをチェックするとともに、発生したハラスメントへの迅速な対応を行わなければなりません。

 

5 ハラスメント防止のための社内体制確立の必要性

このような措置が義務付けられた背景には、ハラスメント行為が一義的に定まらないという事情があります。ハラスメントは、社会通念上許される限度を超え、社会的に相当といえない場合に違法と評価されますが、判断に際しては両当事者の職務上の地位・関係、行為の場所・時間・態様、被害者の対応等の諸般の事情が考慮されます。業種や企業文化、当事者の職業的キャリアや社内的立場によって、同じような行為でもハラスメントに該当すると裁判所に認定されるケースもあれば該当しないとされるケースもありえます。

前項で述べた事業主に義務付けられる必要な措置のうち、事業主の方針の明確化及びその周知・啓発は、各企業・各職場でハラスメントの線引きに関する認識をそろえてその範囲を明確にすることで、多様なハラスメント行為を防止することにつながります。

また、ハラスメントは、社内の立場を利用したり、被害者側の業績不振が背景にあったり、密室で行われたりと表面化しづらいケースも一定数あります。企業や事業主の把握できない水面下で労働者の人格的利益が損なわれ、休職・退職や訴訟といった形で突如問題として表面化することも少なくありません。

前項で述べた事業主に義務付けられる必要な措置のうち、相談しやすい環境を整えることと相談に対して迅速かつ適切な対応を行うことは、仮にハラスメント行為がなされた場合でも人格的利益の侵害を最小化するためのものです。

このように、ハラスメント防止の社内体制の確立は、企業や事業主にとって、法的リスクを軽減させる手段であるとともに、大切な労働者の人格的利益を守るための手立てでもあります。重要な意義を有するものですので、実効的なものとなるよう積極的に取り組む必要があります。

事業主の方針の作成、ハラスメント研修、相談窓口のマニュアル作成や相談窓口の外部化など、当事務所が支援できることがたくさんあります。ハラスメント防止の社内体制構築についてお気軽にご相談ください。

(山下陽平)

 

※ 第3項中でふれた関係法令の正式名称は次のとおりです(上段が略称、下段が正式名称)。

・労働施策総合推進法

労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の 安定及び職業生活の祷実等に関する法律

・男女雇用機会均等法

雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律

・セクハラ防止指針

事業主が職場における性的言動等に起因する問題に対して雇用管理上講ずべき措置についての指針

・育児介護休業法

育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律

・マタハラ防止指針

事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針

令和に入って初めての会社法の改正~株主総会の運営や取締役の職務執行の一層の適正化~

会社運営に欠かせない会社法の改正への対応は、株主をはじめステークホルダーにとっても重要な視点です。平成時代の前半は規制緩和のニーズもあり、ほぼ毎年のように改正がなされました。今回の改正は、令和になって初めての改正ですが、5月から6月の株主総会シーズンを前に、おさらいしておきたいと思います。

何回かに分けて取り上げる予定ですが、今回は、まず、株主総会に関する重要な改正について、御紹介します。今回の改正では、株主総会に関して重要な改正が2つ行われました。

 

1 一つには、「株主総会資料の電子提供制度」です。定時株主総会に関して、株主に送付する招集通知などの資料のうち、一定の資料について、紙で送る代わりに、会社のウェブサイトなどに掲載することで株主に提供したこととする、という制度です(会社法325条の2)。

資料とは、①株主総会参考資料、②議決権行使書面、③437条の計算書類及び事業報告書、④44条6項の連結計算書類です。

 

書面投票制度と異なり、電子投票制度の採用は義務付けられてはいません(会社法301条2項は、「できる」と書かれています)が、デジタル情報社会の進行に伴い、増えていくものと思われます。会社としては、印刷や郵送のための時間や費用を節約することにもなります。

 

電子提供制度を採用する場合、定款で定め、登記をする必要があります。

また、株主総会の3週間前(又は招集通知を発した日のいずれか早い日)までにウェブサイトへの掲載を開始する必要があります。また、株主総会の日の3ケ月後まで掲載を続ける必要があります。EDINET(金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子公開システムで、金融庁が公開している)において、有価証券報告書の提出を行うことで電子提供を代替することも可能となります。

 

注意すべきは電子提供制度を採用する場合であったとしても、招集通知は書面で発送する必要があることです。招集通知の発送期限は公開会社、非公開会社を問わず一律に株主総会の2週間前です。

また、重複投票がなされて混乱することがないように、書面投票と電子投票の両方がなされたときのルールを定め、会社側の恣意的な判断とならないように準備することも必要です。

 

今年、この制度を先取りして、実際の出席、書面での議決権行使に加えて、インターネットでの議決権行使も併せて記載した通知を送付した企業も多いと思いますが、この制度が導入されると、システムの整備など、総会の実務に大きな影響を与えます。例えば定款変更しておきながら電子提供措置を取らなかった場合には過料が課せられます(会社法976条19号)。この制度については、他の改正内容とは違って、施行日は、本年3月1日からではなく、公布日から起算して3年6か月を超えない日として政令で定める日から施行されることとなっています(2023年(令和5年)3月末)。

 

2 もう一つは、株主提案権のうち、株主が一つの株主総会で、自ら提案する議案の内容を会社の招集通知に掲載せよと要求できる権利(議案要領請求権)について、提案できる議案数が、今までは無制限だったのですが、今回の改正では10個までに制限されました。

 

10を超えるときの優先順位は、取締役が定めるものとされ、株主が優先順位を定めている場合には、取締役はそれに従って定めるものとされます。

なお、国会に提出された法案では、数だけでなく、不当な目的等による議案を制限する規定も提案されていたのですが、株主の権利保護の観点から、衆議院で修正され、削除されました。

 

次回は、改正の中でも重要な取締役に関する規律の変更について、取り上げます。

 <池田桂子>

不正競争防止法を意識していますか

他人の商品や営業の表示等を模倣したり、顧客情報などを盗んだりするなど、不正な手段で売上を伸ばそうとする行為は、不正競争防止法によって禁止されています。

しかし、禁止されている行為を知らなければ、不正な手段だと知らずに当該行為を行ってしまう場合もあるかもしれません。不正競争防止法は、企業活動で意識することの必要な法律であると言えます。

そこで、不正競争防止法ではどのような行為が禁止されているのか、以下条文に沿って、過去の著名なケースを中心にご紹介します。

1.周知表示混同惹起行為(第2条第1項第1号、第21条第2項第1号)

他人の商品・営業の表示として需要者の間に広く認識されているものと同一又は類似の表示を使用し、その他人の商品・営業と混同を生じさせる行為が禁止されています。

過去の裁判例では、ソニー(株)の有名な表示である「ウオークマン」と同一の表示を看板等に使用したり「有限会社ウォークマン」という商号として使用した業者に対し、その表示の使用禁止及び商号の抹消請求が認められました(千葉地判平8.4.17)。

また、大阪の有名かに料理屋の名物「動くかに看板」と類似した「かに看板」を使用した同業者に対し、看板の使用禁止及び損害賠償が認められました(大阪地判昭62.5.27)。

 

2.著名表示冒用行為(第2条第1項第2号・第21条第2項第2号)

他人の商品・営業の表示として著名なものを、自己の商品・営業の表示として使用する行為が禁止されています。

過去の裁判例では、三菱の名称及び三菱標章(スリーダイヤのマーク)が、企業グループである三菱グループ及びこれに属する企業を示すものとして著名であるとして、同名称及びマークを使用した信販会社、建設会社や投資ファンドに対し使用を差し止めました(三菱信販事件-知財高判平22.7.28)(三菱ホーム事件-東京地判平14.7.18)(三菱クオンタムファンド事件-東京地判平14.4.25)。

また、任天堂の「MARIOKART」「マリオ」等の表示と類似する「MariCar」、「MARICAR」、「maricar」等の標章を営業上使用している会社に対して、著名表示冒用行為に当たるとして、使用差止め等と損害賠償が命じられました(マリカー事件-知財高判令2.1.29)。

 

3.形態模倣商品の提供行為(第2条第1項第3号・第21条第2項第3号)

他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為が禁止されています。

同一の形態の商品であっても、自ら独自に創作した場合は該当しません。また、商品の機能を確保するために不可欠な形態が同一である場合も本条に該当しません。

 

4.営業秘密の侵害(第2条第1項第4号~第10号・第21条第1項、第3項)

窃取等の不正の手段によって営業秘密を取得し、自ら使用し、若しくは第三者に開示する行為が禁止されます。

過去の裁判例では、投資用マンションの販売業を営む会社の従業員が、退職し独立起業する際に、営業秘密である顧客情報を持ち出し、その情報に記載された顧客に対して、転職元企業の信用を毀損する虚偽の情報を連絡した事案で、損害賠償請求が認められました(知財高判平24.7.4)。

また、石油精製業等を営む会社の営業秘密であるポリカーボネート樹脂プラントの設計図面等を、その従業員を通じて競合企業が不正に取得し、さらに中国企業に不正開示した事案で、図面の廃棄請求、及び損害賠償請求等が認められました(知財高判平23.9.27)。

 

5.ドメイン名の不正取得等の行為(第2条第1項第19号)

図利加害目的で、他人の商品・役務の表示と同一・類似のドメイン名を使用する権利を取得・保有またはそのドメイン名を使用する行為が禁止されます。

過去の裁判例では、原告の商号である「電通」と類似する「dentsu.org」など8つの「dentsu」を含むドメイン名を取得・保有し、原告に10億円以上の金員で買い受けるように通告してきた被告に対し、ドメイン名の取得、保有及び使用の差止めと登録抹消申請手続、損害賠償(50万円)が命ぜられました(dentsuドメイン名事件-東京地判平19.3.13)。

 

6.誤認惹起行為(第条第1項第20号・第21条第2項第1号・第5号)

商品、役務又はその広告等に、その原産地、品質、内容等について誤認させるような表示をする行為、又はその表示をした商品を譲渡等する行為が禁止されます。

過去の裁判例では、富山県氷見市内で製造もされず、その原材料が氷見市内で産出されてもいないうどんに「氷見うどん」等の表示を付して販売する行為は、原産地の誤認に該当するとして、損害賠償(約2億4000万円)が命じられました(氷見うどん事件-富山地判平18.11.10、名古屋高判平成19.10.24)。

また、食肉加工事業者が鶏や豚などを混ぜて製造したミンチ肉に「牛100%」等と表示し、取引先十数社に約138トンを出荷する等して、代金約3900万円を詐取した行為につき、商品の品質・内容を誤認させ不正競争防止法及び刑法(詐欺罪)に違反したとして、元社長に対し、懲役4年の実刑が科せられました(ミートホープ事件-札幌地判平20.3.19)。

 

このように、企業活動における様々な行為が不正競争防止法に当たるとされており、企業は、自らの活動が禁止されるものでないかを常に意識する必要があります。将来予期せぬことで他企業から訴えられないよう、事前に弁護士にご相談いただくと安心です。

<石田美果>

 

債権回収の進め方

1 はじめに

新型コロナウイルス感染症は,需要が瞬間蒸発してしまった航空業界に代表されるように,日本経済のありかた,産業のありかた,会社のありかた等を劇的に変えてしまいました。

新型コロナウイルス感染症の影響による経済活動の低迷に対しては,日本政策金融公庫による新型コロナウイスル感染症特別貸付事業が導入されるなど,政府による下支えがありました。

この劇的な変化に対して,個々の企業では業態転換させて収益を維持している企業,IT分野などのコロナ禍をチャンスとしての業績を拡大させた企業がある一方,生き残りができない会社や業界をも生み出しつつあります。

そして,業態転換やコロナ禍をチャンスとして業績を拡大させた企業など事業は順調に行っているにもかかわらず,取引先が破綻し売掛金が焦げ付いたことにより,連鎖的に資金繰りに窮して連鎖破産を強いられる場合があることは否定できません。

しかし,連鎖破産は,適切な与信管理が行われていれば,回避できる可能性もある事態です。

そこで,今回は債権回収の進め方と題して,債権の管理から回収までの概要を説明させていただきます。

 

2 債権の管理

(1)取引先は大丈夫か

特に新規で取引が始まった先などは,その実態が分からず与信管理が難しい面があります。

新規取引先等については,必ず登記を取得して役員構成等を把握しておく必要があります。通常は取締役や監査役が退任する際には,任期満了か辞任となり,その内容での登記がされています。しかし,登記を確認すると,取締役や監査役が解任されているような会社があります。役員が解任されている会社では,会社に内紛が生じており,経営が成り立っておらず,キャッシュフローの赤字化,従業員の流出が目立たないまでも進んでいる可能性があります。

また,取引先の窓口担当者が定期異動などの理解できる理由もないままに頻繁に変更される場合も,従業員の管理すらできていない,あるいは従業員が働き続けることもできない会社であることの現れとも考えられますので,やはり注意が必要です。

次に,帝国データバンクや東京商工リサーチなどの信用調査会社に調査を依頼する(あるいは調査済みの報告書を購入する)ことで,資金状況やその調達力,今後の見通しなどの専門企業による情報を手に入れることができます。このような信用調査会社の調査結果に基づいて取引先の信用度を把握していく必要があります。

(2)債権の管理はできているか

売掛金等の債権を,どの会社に,いくら,入金期限はいつで保有しているのか明確に把握されていますか。債権を回収した際には,正確に消し込み処理をしていますか。債権の存在を証明する契約書,請求書などはありますか。

裏付けとなる資料を含む債権の管理ができていないと日常の債権回収もできませんし,緊急に債権の回収を図るべき局面において資料整理等で時間を浪費することになります。この時間の浪費が回収の遅れを招き,他の債権者の後塵を拝することにもなりかねません。

先日の「デジタル時代の契約書と文書管理について」(https://ikeda-lawoffice.com/law_column/%e3%83%87%e3%82%b8%e3%82%bf%e3%83%ab%e6%99%82%e4%bb%a3%e3%81%ae%e5%a5%91%e7%b4%84%e6%9b%b8%e3%81%a8%e6%96%87%e6%9b%b8%e7%ae%a1%e7%90%86%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/)も参考にしていただき,債権管理をする必要があります。

(3)その他の情報収集

債権回収を図る際,最終的には現金が回収できなければ意味がありません。債務者が任意に支払わない場合には,強制執行等の手段で強制的に回収を図る必要があります。

そこで,将来を見据えて,取引先の情報を取得する際には,債務者の取引先銀行名と支店名,主たる取引先などの住所・名称等を把握しておくと,将来の強制執行の場面で情報を活かすことができます。

 

3 債権の回収

(1)内容証明郵便の発送

債権回収に延滞などの問題が生じた場合には,弁護士はまず内容証明郵便で債務を支払うように債務者に通知します。

代理人である弁護士からの内容証明郵便を受け取って,それをきっかけとして債権回収ができることもありますし,債務者側に資力があるにもかかわらず何らかの争点があって支払に応じない場合には弁護士が交渉をして回収できることもあります。

この内容証明郵便と交渉という方法は,もっともコストがかからず,短期間で回収できる可能性があるというメリットがあります。これは債務者側に支払余力があるという一定の信頼がベースにある方法です。

しかし,コロナ禍においては,すでに財務状況が毀損していたり,融資の元利払いでキャッシュフローが悪化している場合も考えられますので,時間との競争という局面では回収不能のリスクがあることになります。

(2)保全手続

債権の支払が受けられないが,債務者所有の不動産や,債務者の取引先銀行,債務者の取引先等が事前に判明している場合には,それらに対する民事保全(仮差押)をすることで,事前に債権を保全しておくことも重要となります。

しかし,保全の手続を行おうとした場合,そもそも仮差押えをすべき相手方の資産の内容が把握できていることが前提となります。また,保全の場合,債権者は裁判所が定める金額を供託しなければなりませんので(最終的に供託金も手元に戻ってくることもありますが),その費用負担は相応にあります。

保全をすべき事案かどうかは,債権管理としてどういった情報を事前に収集されているかなどを加味して,弁護士としての意見をお伝えさせていただくことになります。

保全の必要性を吟味するためにも,早めにご相談をいただきたいと思います。

(3)訴訟

債務者が任意に支払わない場合,強制執行をする前提として裁判所の判断が必要になります。

通常は,地方裁判所に訴訟を提起することになりますが,民事裁判は最も円滑に進んでも3~6か月の時間がかかります。

それを短縮する方法としては,簡易裁判所での支払督促という簡便な裁判手続をとることも選択肢にはなります。しかし,支払督促の場合,債務者から支払督促に異議を出されると通常訴訟に移行せざるを得なくなりますので,支払督促は特に争点がなく,債務者の抵抗が予想されない場合に選択することになります。

(4)執行

訴訟をして裁判所から判決(=「債務名義」ともいいます)を得ると,次に強制執行です。

強制執行では,債務者の財産で金銭に換金できるものについては,裁判所の力を借りて換金し,債権回収を図ることになります。

執行の種類としては,不動産の差押え・競売,預金等の差押えが代表的なものです。

その中で,預金の差押えが最も簡単にできるものですので,事前に収集されている預貯金口座の中の預貯金を差し押さえたり,仮差押えしている預貯金口座があればそれに対して強制執行をして回収を図ることになります。

また,改正民事執行法が2020年4月1日から施行(ただし,不動産に関する情報取得手続のみ2022年施行予定)されました。

改正民事執行法により,強制執行手続が不発に終わった場合,金融機関等(銀行等+証券保管振替機構+日銀)に対し,預貯金債権や振替社債等に関する情報を取得できる制度が導入されました。この手続では,裁判所が申立により金融機関等に照会をし,金融機関等が書面で裁判所に情報提供します。ただし,どの金融機関等に照会するかは申立時に決める必要があります。

この制度を利用することで,差し押さえるべき預貯金等がどの金融機関にあるか不明であっても,預貯金の所在の情報を得られる可能性が広がりました。しかし,この手続を法人取引先に利用しようとしても,法人側が最初の強制執行の段階で,他の預貯金等をすべて現金化して引き出してしまえば,やはり実効姓のある強制執行はできないことになるという限界はあります。

また,改正民事執行法では,あまり利用されていなかった財産開示手続も改正されました。改正により,正当な理由のない財産開示手続期日への不出頭については6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が定められましたが,どの程度実効姓のある手続になるかは不明確ですので,実務の集積を待つ必要があります。

 

4 最後に

債権回収は『水もの』とも言われるほど,迅速・的確に手を打っていかなければ,回収不能となり,貸し倒れとせざるを得なくなるものです。

この『水もの』としての性質はコロナ禍においてはより一層当てはまることになってしまいました。

現在,正確に債権管理ができていない事業者様においては,弁護士として債権管理の仕方をご相談しながら構築していくことができます。

また,債権の回収を図らなければならない局面にいたってしまった場合には,裁判手続などの採れる手段をすべて講じて,迅速に全額あるいは少しでも債権を回収する行動を起こすことが必要ですが,そこは弁護士が知識や経験を総動員して対応すべき場面ですので,弁護士にご依頼していただく必要があります。

債権管理や債権回収については,一度,池田総合法律事務所にご相談ください。

〈小澤尚記〉

デジタル時代の契約書と文書管理について

昨今のデジタル技術の普及に加え、コロナ禍におけるリモートワークの推進により、契約書や文書の電子化が急速に進んでいます。

本コラムでは、電子契約や電子文書を扱う上での法的な注意点をお伝えします。

 

1 電子契約について

()電子契約とは

電子契約とは、「電子的に作成した契約書を、インターネットなどの通信回線を用いて契約の相手方へ開示し、契約内容への合意の意思表示として、契約当事者の電子署名を付与することにより契約の締結を行うもの」(公益社団法人日本文書情報マネジメント協会(JIIMA)電子契約委員会「電子契約活用ガイドライン 2019年5月 Ver.1.0」より)とされています。

紙の契約書の場合、当事者が合意していることを示すために署名や押印がなされますが、WordやPDFなどで電子的に作成された契約書には署名や押印をすることができません。そこで、電子契約においては、一定の暗号措置を用いて作成者を表示する「電子署名」を付与します。

 

()電子契約の証拠としての価値

契約書には、後日、紛争になったときに、契約の存在及びその内容の証拠となる機能があります。

電子契約についても、証拠としての価値は紙の契約書と変わりません。裁判等で紛争となった際には、電子契約を証拠として提出することになります。

電子契約を証拠として提出する際に、成立の真正(電子契約が契約当事者として記載されている人の意思に基づいて作成されているか)が問題となることがあります。

これについては、電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法)という法律が、一定の場合に成立の真正が推定されることを規定しています(同法3条)。

電子契約を扱う際には、当該電子契約が同法の適用を受けるものなのか、留意する必要があります(詳しくは、コラム「立会人型電子契約に関する論点」をご覧ください)。

 

2 電子文書について

()電子文書とは

電子文書とは、「電子的な手段によって作成された文書情報」をいいます(JIS Z 6015:2016「文書情報マネジメント用語」より)。Wordファイル、Excelファイルなどがこれにあたります。

類似の言葉として「電子化文書」というものがあります。これは、「スキャナなど文書読取り装置を利用して書面を画像情報として電子化した文書情報」と定義され(JIS Z 6015:2016「文書情報マネジメント用語」より)、紙の文書をスキャナで読み込んで作成されたPDFなどがこれにあたります。

いずれも、紙媒体と比較して、

・保管場所を取らず保管コストが低減される

・文書内の情報の検索が容易

というようなメリットがあります。

一方で、

・複製が容易で、短時間の内に広範囲に情報が流出する可能性がある

・修正や改ざんの痕跡が残りにくい

といったデメリットも存在します。

 

()電子文書の管理

 ア 文書管理の必要性

文書管理の必要性には大きく2つの方向性が考えられます。

一つは文書を適切に管理することにより、そこに記載された情報に適時にアクセスできるようにすることです。

もう一つは、法定保存書類(法律上、一定期間保存することが義務づけられている書類)の管理やリスク管理といったコンプライアンスの側面からの必要性です。

 イ 電子文書の管理について考えるべきこと

 ()情報へのアクセスやデータ利用の観点から

(1)で述べたとおり、電子文書には、「文書内の情報の検索が容易」であるというメリットがあります。業務上の文書を電子文書で保存、管理することにより、必要な書類に瞬時にアクセスできたり、過去の文書から得られる情報をデータとして活用したりすることが考えられます。

このような電子文書の特性を最大限生かすためには、例えば以下のような工夫をすることが考えられます。

①極力全ての文書を紙ではなく電子文書にする。

紙の文書と電子文書が混在していると、検索が容易、情報をデータとして活用といったメリットが生かせなくなってしまいます。もっとも、全ての文書を電子化してしまって良いかという点については、後述(イ)①・②で述べる点のついて注意が必要です。

②予め検索しやすい形式で保存する。

電子文書の保存場所を一定にする、ファイル名称の付け方に一定のルールを設けるなどしておくと、後々、情報の検索や利用が容易になります。

 ()コンプライアンスの側面から

コンプライアンスの側面からは、以下のような留意点があります。

①法定保存文書については、電子化の可否、電子化の要件などを確認し、その要件を満たしておく必要があります。

②契約書が紙で作成されている場合の原本など、将来、紛争化したときの証拠資料として、紙文書もあわせて保存しておく必要がある場合があります。

③(1)のデメリットで述べたとおり、電子文書は、紙の文書と比較して、流出や改ざんの危険性が高いと考えられることから、技術的なセキュリティ対策をするとともに、文書の重要性・秘密性に応じてアクセス権限者を制限するなど、文書の性質に応じた管理をする必要があります。

④文書の管理にあたっては、文書情報管理規程を設けて文書管理体制や管理方法等を決めておくことが有用です。既に社内に文書情報管理規程が存在する場合、それが電子文書に対応していない可能性もありますので、見直しを図る必要があります。

 

電子契約の導入や文書管理の見直しをご検討の方は、池田総合法律事務所にご相談ください。

<川瀬裕久>

身元保証は必要?約束するのなら契約を見直しましょう!

春は就職の季節。新しいスタートでいろいろな書類を会社に提出することが求められます。求められたら提出するのが当たり前という意識が雇う側にも雇われる側にもあり、従来の慣行をそのまま続けているということも少なくないと思います。

 

気を付けていただきたいものの一つが身元保証契約書です。企業が採用した被雇用者の身元を第三者である身元保証人に保証させる書類です。身元保証人が被雇用者の経歴や素性に問題がないか、万一、被雇用者が会社に損害を与えた場合に被雇用者と連帯して賠償責任を負うことを約束する文面になっています。

このような場合、多くは親や兄弟が保証人になることが多いと考えられます。会社によっては、身元保証人を両親等一定の関係にある親族に指定する場合もあると聞きます。

 

身元保証契約に関する法律では、保証期間は5年が限度、保証期間を定めなければ期間は3年。契約の更新が可能ですが、保証期間や内容に変更があればそれを保証人に遅滞なく通知しなければ責任を問えないと規定されています。契約の更新を通知された保証人はそれ以降の契約を解除することができます。

 

また、2020年4月に改正された民法では、保証人が支払いの責任を負う金額の上限額を定める必要があります。連帯保証人の保護強化を目的に、極度額(上限額)の定めのない連帯保証は契約自体が無効とされることになりました。身元保証契約においても、今後は保証の上限額を定めておかなければならないことと解され、注意が必要です。ひな型を用意しておられる場合には、連帯保証条項の見直しをしましょう。

 

賠償の上限額ですが、仮に1億円と定めて身元保証を交わしても、起きた事象について、業務上の横領のような従業被雇用者(従業員)の側に責任が明確にあるような場合はともかく、事故等の多くは、雇用者(会社)側に過失はなかったのか、従業員となった社員の仕事の変化や状況など一切の事情を検討すべきことが多く、身元保証契約を締結する時点で、具体的な金額の定めをしたから、それで足りるということにはならないものです。実際、身元保証書を交わしている事案でも、多額の請求額が要求された場合に、裁判所が情状酌量して減額を命じた(認容額において)裁判例もあります。

被雇用者に支払われる給与額を考慮した現実的な上限を一つの目安として、例えば月給の12ケ月分といった具体的な内容を念頭に置いておくべきではないでしょうか。1億円というような法外な上限額を定めたとしても実質的にみて上限額を定めたことにならず無効とされる余地もあります。

 

以上のような諸点を前提として、身元保証を交わす意味はどこにあるのかですが、若い従業員が、例えば、精神疾患を発症したといった場合には、将来のことも考えて、身元保証人がいれば、休職や退職をめぐる話し合いにおいて身元保証人が重要な役割を果たすということを期待することができると考えられます。金銭保証の意味合いよりも人物保証としての意義を考えれば、身元保証を得ておくことは、それなりの意味はあるものとも思います。しかし、ネットなどで本人の素性など個人情報もある程度確認できる時代ですから、従来の慣行だからそのまま続けるというのではなく、身元保証を約束する意味があるか否かを、今一度検討していただきたいものです。

また、従業員の身元保証に関しては、就業規則にも定めて、従業員に周知しておかれるとトラブル防止にもつながると思います。                                                         <池田桂子>

情報管理-個人情報保護法改正と情報セキュリティ-

顧客のニーズの変化をとらえて、うまく新商品やサービスに反映させていくためにも、企業にとって、個人情報を含むデータの分析、利活用は重要です。また、データ主体の権利利益を害さないよう、安全かつ慎重なデータの取扱いが企業に求められます。

現行の個人情報保護法は、情報の利活用に関する施策の見直し、個人権利保護の拡充等の観点から、改正がされ(令和2年度)、令和4年4月1日に全面施行の予定です。

本ブログでは、令和2年度改正個人情報保護法の改正点をいくつかピックアップしてご紹介します。

①「仮名加工情報」概念の新設

「仮名加工情報」は、他の情報と照合しない限り特定個人を識別できないように個人情報を加工して得られる個人に関する情報とされています。氏名や個人識別符号の削除、別情報への置換等が加工の態様として想定されています。

元の情報との容易照合性が排されない限り、原則として仮名加工情報も個人情報に該当します。そのため、安全管理等の個人情報の取扱い一般に課される義務は、仮名加工情報についても課されます。他方、漏洩等セキュリティインシデントが発生した場合の個人情報保護委員会(政府から独立した機関)への報告義務、個人からの開示請求等の権利行使の対象からは除外されています。

そして、仮名加工情報には、事業者の内部利用に限定する、個人の識別行為を行わないという制限がありますが、加工前の個人情報を取得した際の利用目的とは異なる新たな利用目的に利用できるというメリットがあります。例えば、特異な値が重要な医療分野での研究や、当初の利用目的を達成した情報を将来的な統計分析のために保管しておくうえで、仮名加工情報の利活用が期待されています。

②提供先で個人データにあたることが想定される情報の第三者提供の制限

個人データ(データベースを構成する個人情報)の第三者提供にあたっては、本人の同意を得る等の規制がありますが、「個人データ」への該当性は、提供元の事業者にとって個人データに該当するかどうかで判断されています。

ところが、令和元年、リクルートキャリア(提供元)が、顧客企業(提供先)において就活生個人を特定可能であることを知りつつ、就活生の内定辞退率データ(提供元にとっては個人データではない)を顧客企業に提供していたことが問題視されました。

そこで、今回の改正では、提供元で個人データに該当しなくても、提供先で個人データとなることが想定される情報については、提供元は、提供先において本人から当該情報を個人データとして利用することの同意を得ていることを、提供先に対し確認することとされています。

③漏洩等の報告等の義務化

これまで、漏洩等が発生した際の個人情報保護委員会への報告は努力義務にとどまっていましたが、改正により報告が義務化されます。加えて、本人への通知義務も義務化されます。

④利用停止等の個人の請求権の行使要件緩和

これまで、本人が、事業者にその個人データの利用停止、消去を請求するには、事業者が不正取得をした場合等に制限されていました。

しかし、改正により、事業者がデータを利用する必要がなくなった場合、前述③の漏洩等の通知を受けた場合、本人の権利・正当な利益の侵害の恐れがある場合(例えば、事業者が、本人から配信停止依頼があったにもかかわらず繰り返しDMを配信している場合)等も、利用停止、消去請求の対象になります。

⑤開示請求があった場合の開示方法の見直し

本人が事業者に対し、自身の個人データの開示を求めるにあたり、開示の方法(電磁的記録の提供による方法その他個人情報保護委員会規則で定める方法)についても本人が指示できることになります。

⑥オプトアウト規制強化

一定の手続(第三者提供されるデータの項目等の本人への予めの通知や公表等)をとることで、本人の同意なしに個人データの第三者提供を可能にすることをオプトアウトといいます。

要配慮個人情報についてはオプトアウトにより第三者提供できないとされています。

更に、改正により、不正取得した情報のオプトアウトによる第三者提供、オプトアウトで取得した情報を再びオプトアウトにより第三者提供することが禁止されます。

⑦越境移転の規制強化

外国(EU、英国除く)にある第三者(自社グループの外国法人も含む)に個人データを提供する場合は、オプトアウトを利用できず、本人の同意を得なければならないとされています。

更に、改正により、事業者は、本人の同意取得に際し、当該外国における個人情報の保護に関する制度、当該外国にある第三者が講じる個人情報保護のための措置の内容といった情報を本人に提供しなければならないとされています。提供するべき情報として、当該外国の国名、個人情報保護制度の有無・概要、当該外国にある第三者のプライバシーポリシー等が想定されています。

今回の個人情報保護法改正をうけ、改めて、取り扱っている情報の棚卸し、今後社内で想定される情報の利活用の態様の整理、漏洩等セキュリティインシデント対応の体制整備、開示請求・利用停止等請求対応の体制整備、社員教育の資料の見直しをお薦めします。お困りの事業者様はぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。

<藪内遥>

スタートアップの資金調達について

1 VB(Venture Business)、「ベンチャー企業」は和製英語で、英語では”startup company”, “startup”と呼ばれ、どちらかというと、最近では日本でも「スタートアップ」という言葉が主にIT業界を中心に使用されるようになっており、その差は明確にされないことが多いように思われます。ベンチャーは新規の起業が想起されることが多いのですが、起業だけでなく既存の大企業が新たな取り組みに挑戦することもその範疇に入ります。

新たな市場分野の開拓、新規の雇用の創出、新たな技術やビジネスモデル(イノベーション)の創出、特に、ビジネスモデル(イノベーション)の創出に関しては、規制や業界の常識を覆すことが必要であり、企画力・実行力が重要になってきています。

 

2 新型コロナウィルス禍で難しさが増したという声もありますが、2020年4月から12月の会社設立件数は前年比で微減でした。スタートアップの1つの目標であるIPO(新規株式公開)市場は結構活況を呈しており、20年のIPOは、3月4月には延期した企業もありましたが、19年を上回っています。

スタートアップ時の資金調達方法として、まず考えられるのは、大別して、

① 自社の既存資産を基に資金調達する「アセット・ファイナンス」・・・土地や建物が生み出すキャッシュフローや、売掛債権などを裏付けに資金調達する手法

② 銀行借入や債券発行による「デット・ファイナンス」・・・一定の金利を支払い、返済期日まで資金を借り入れる方法

③ 株式の発行による「エクイティ・ファイナンス」・・・株式を発行して資本の調達を行う方法

その他、最近では

④ クラウドファンディングー自らのアイデアをネット上でプレゼンテーションして賛同者を募り資金援助を得る方法

⑤ 補助金や助成金の活用―地域の貢献や雇用創出などを要件として、中小企業対象の操業助成金や非正規雇用労働者を正社員化した場合のキャリアアップの促進助成金など。年度ごとに制度が変更されること多いと思われますので、要件に注意。

があります。

資産の乏しいスタート時に①は難しく、②は差し入れる十分な担保がある場合や事業のキャッシュフローの蓋然性が高い場合に可能であり、信用力の高まった上場ベンチャーではよく活用されています。③の株式発行は、デット・ファイナンスのように返済義務がない分、資金の出し手である投資家の期待するリターンは高くなります。

 

3 上場企業となれば、③のエクイティ・ファイナンスは、大きく「公募増資」「第三者割当増資」「新株予約権による資金調達」の3つに分類することができます。

ア公募増資は、上場企業が証券会社を通じて行う資金調達です。特徴は証券会社が株を引き受けてくれるとすぐに資金の調達が実現する点です。国内の公募増資では合理的な事業計画に基づく厳格な資金使途の設定が求められることや、将来のM&A資金を今確保しておきたいというニーズには活用が難しいという点に留意する必要があります。

イ特定の第三者に株式を割り当てる第三者割当増資は、割り当て可能な第三者というのはそう簡単には見つかりませんし、割当先からはどのようなシナジーが見込めるのかや今後の経営権をどうするかなど、さまざまなポイントを検討する必要があります。

ウ近年よく使われる新株予約権による資金調達は、第三者に新株予約権の割り当てを行い、割り当てを受けた第三者が新株予約権を直前の株価に基づいた行使価格で行使することで上場企業が資金を調達する手法です。この手法の特徴は、公募増資や第三者割当増資とは違い、資金調達が一定期間を通じて行われる点です。上場ベンチャーにとっては資金調達が一度で完了しないデメリットがある一方、株価に連動する形で調達額も変動するため、将来成長を見込んでいる企業にとっては、株価が上昇する局面であれば、同じ株数であってもより大きな資金調達が可能になるというメリットがあります。調達のタイミングは慎重に行う必要があります。

 

4 非公開会社新株発行における新株発行の手続きの概要について、整理しておきたいと思います。

募集事項の決定には株主総会の特別決議が必要で、総会の1週間前までに株主に対して招集通知を送付しますが(ただし、全員の同意があれば、招集手続は不要)、非公開会社では取締役に委任することが可能で、株主総会決議から1年以内に払込期限を設定します(会社法200条)。

ベンチャー企業が株式を用いて第三者から資金調達をする場合、実際には新株発行を行うことを決定する時点で、誰が何株を引き受けるかが決まっていることが通常です。簡略化された、募集事項及び割当先の決定→出資の履行→変更登記といった手続で進めることが可能です。総数引き受け契約を締結する場合には、株主総会の決議を省略(または株主総会の特別決議に基づく取締役会決議)を行い、同日払い込みを行えば、1日で新株を発行することも可能です(会社法205条など)。

このような場合、引受人と会社の間で、募集株式の総数引受契約書を交わしておきます。

また、経営への関与を行うのかなどについて、バリエーションを付けるため、種類株式を発行することも考えられます。

なお、株式など有価証券の募集については、金融商品取引法の規制を意識する必要があります。もっとも、①特定の投資家のみを相手方とする特定投資家私募や、②適格機関投資家のみを相手にする場合(プロ私募)、③50名未満の者を相手方とする少人数私募は例外として定められていますので、ベンチャー企業の場合、③の例外を利用して金商法の開示規制を受けないこととする場合が多いものと思われます。

副業としてスタートアップ起業すること、会社の別部門としての立ち上げなど、いろいろなスタートがあると思います。業種や規模に応じてということになりますから、ご相談ください。

<池田桂子>

事業再構築補助金について

1 はじめに

中小企業庁が,令和3年3月から中小企業等事業再構築促進事業として事業再構築補助金制度を開始しました。

新型コロナウイルス感染症の影響により,業態変更,事業再構築をする必要に迫られている事業者にとっては,資金的な手助けになる制度です。

事業再構築補助金の制度を利用するには,経営革新等支援機関の関与が不可欠ですが,池田総合法律事務所には経営革新等支援機関の認定を受けた弁護士が複数在籍しておりますので,一度ご相談ください。

 

2 事業再構築補助金の主要申請要件

①申請前直近6か月間のうち,任意の3か月の合計売上高が,コロナ以前(2019年または2020年1~3月)の同3か月の合計売上高と比較して10%以上減少

②事業再構築指針に沿った新分野展開,業態転換,事業・業種転換等を行う

③認定経営革新等支援機関とともに事業計画を策定する

※補助金額が3000万円を超える案件は金融機関も参加して策定する

 

3 補助額

(1)中小企業

通常枠:補助額100万円~6000万円 補助率2/3

卒業枠:補助額6000万円~1億円   補助率2/3

※卒業枠は,中小企業から中堅企業へ成長をする企業向けの特別枠(400社限定)

(2)中堅企業

通常枠:補助額100万円~8000万円 補助率1/2(4000万円超は1/3)

グローバルV字回復枠:補助額8000万円超~1億円 補助率1/2

※グローバルV字回復枠は,グローバル展開を果たす事業等向け

 

4 中小企業・中堅企業の範囲

(1)中小企業の範囲

①製造業その他 資本金3億円以下の会社or従業員300人以下の会社・個人

②卸売業    資本金1億円以下の会社or従業員100人以下の会社・個人

③小売業    資本金5000万円以下の会社or従業員50人以下の会社・個人

④サービス業  資本金5000万円以下の会社or従業員100人以下の会社・個人

(2)中堅企業の範囲

中小企業の範囲に入らない会社のうち,資本金10億円未満の会社(現在,中小企業庁で調整中)

 

5 補助対象経費

基本的に設備投資を支援する補助金ですが,建物の建設費,改修費,撤去費,システム購入費,新事業開始に必要となる研修費,広告宣伝費,販売促進費も対象

※専門家経費も補助対象となります。

 

6 事業計画の策定

合理的で説得力のある事業計画を,認定経営革新等支援機関と協議しつつ定める策定する必要があります。

 

7 補助金の支払時期

他の補助金・助成金等も後払いが多いですが,事業再構築補助金も基本的に補助事業期間(1年程度)の後の実績報告・確定検査の後に補助金が支払われます。

従って,資金繰りに余裕のある段階で,早期に補助金を利用するのであれば,認定経営革新等支援機関と相談して,補助金の利用を検討する必要があります。

 

8 最後に

新型コロナウイルス感染症により需要が瞬間蒸発する,あるいは人の行動様式が変化したことにより,従来のビジネスモデルでは限界に直面している企業・個人事業主も多いことと思います。

今後の企業としての生き残り,再成長のために,国の施策で利用できる施策は利用し,事業を再度軌道に乗せ,社会に貢献し続ける企業・個人事業主でありつづける努力が必要となります。

池田総合法律事務所には経営革新等支援機関の認定を受けている弁護士も複数おり,弁護士のみでは対応できない点についても,他士業等とも連携をとって業態転換への協力させていただくことも可能です。

廃業等も一つの選択肢ですが,事業再構築補助金の利用等をして業態転換等を図ることを検討されている企業,個人事業主の方は,一度,池田総合法律事務所にご相談ください。

〈小澤尚記〉

廃業の前に事業承継の検討を!

中小企業は、我が国の企業数の99%を占め、2020年には、中小企業経営者の主要な年齢層が66才前後となると言われています。また、あるシンクタンクの2016年に公表した調査では、60才以上の経営者の半数が廃業を予定し、その理由として、後継者不在を挙げる経営者が3割近くとなっています。

他方、廃業の理由として、「当初から自分の代でやめようと思っていたから」という回答が最多数の回答で、実に、4割近くにも達しています。実際、会社の資産を売却して、従業員の退職金や金融機関からの借金を支払って多少でも残っていればよし、と考えている経営者の方もいらっしゃいますが、こうした手法は、最後の最後に考える方法で、一旦立ち止まって、事業を生かして誰かに承継してもらうことも考えられてはどうでしょうか。

従業員や仕入れ先等、会社の周囲にはそれで生活を支えている関係者も多く、また、特別な技術やノウハウをもつ場合に、これを消滅させてしまうことは、社会的にも損失というべきです。

事業の承継というと、株式を承継させて代表者を交代することを考え、自分の子ども等を対象にその可能性をさぐってみるという、親族内での承継が典型的ですが、それに尽きるものではありません。従業員による承継M&A等による社外の事業体への承継といった手法もあり、それぞれにメリット、デメリットがあります。また、事業承継を円滑に進めるために、法律が改正、整備され、種類株式(議決権制限種類株式、取得条項付種類株式等)を利用した方法、後継者の株式取得による税負担をなくしたり、他の親族からの遺留分行使に一定の枠をかけることが出来る制度等が用意されています。

また、最近では、信託を利用した事業承継の方法も利用され、先代経営者や後継者の意向にそった財産や経営権の移転が可能となっています。こうした中小企業の事業承継をサポートする支援機関も広がっており、また、中小企業庁の肝入りで、「事業引継ぎガイドライン~M&A等を活用した事業承継の手続き~」という手引きも公表されており、一人で0から考える必要は全くありません。

何から手をつけてよいかわからないという方もいらっしゃいますので、まず自社の分析を第三者に行ってもらうのはいかがでしょうか。分析をデューディリジェンスといいますが、自社を客観的に捉えられます。

池田総合法律事務所では、中小企業支援に関する専門的知識や実務経験があるとして国の認定を受けた支援機関(認定支援機関といいます。)の資格を有する者が複数名所在し、こうした中小企業の事業承継についても、税理士、公認会計士等の専門士業とも連携して業務を行っておりますので、お気軽にご相談下さい。また、当事務所のホームページにも、「事業承継」を特集した記事もありますので、こちらもご参考にして下さい。

https://ikeda-lawoffice.com/law_cat/business/)(池田伸之)