ペットに関する法律問題

1.はじめに

街を歩いていると散歩中の犬を見かけます。また、テレビをつけるとペットに関する番組を目にします。ペットは私たちの生活に欠かせない存在となっています。

これから2回に分けてペットに関する法律問題について解説します。

第1回目は、ペットを飼うことで生じうる問題です。第2回目は、ペットを扱う事業者等を取り巻く問題について解説します。

 

2.ペットを購入する際に起こりうる問題

購入したペットに病気や障がいがあった場合、買主はペットショップに対しどのような請求が出来るでしょうか。

ペットを購入する契約は、売買契約にあたり、売買の目的物に問題があった場合には、売主は契約不適合責任を負います(民法562条1項)。

すなわち、買主は、売主に対し、治療費の負担、別のペットとの交換、契約解除、代金の返還などを請求できる可能性があります。

ただし、買主が契約不適合を知ってから1年以内に売主に通知することが必要です。

 

3.ペットが人に怪我をさせた場合

飼い犬を散歩させていたところ、人に突然吠えたため、驚いた人が転倒して怪我をしてしまった場合、飼い主はいかなる責任を負うことになるでしょうか。

ペットの飼い主は、ペットが他人に危害を加えた場合、被害者に生じた損害を賠償する責任があります(民法718条1項)。したがって飼い主は、怪我を負った人に対し、治療費や慰謝料等を支払う義務があります。

ただし、飼い主が、「相当の注意」をもってペットを管理していたと認められる場合には、飼い主は責任を負いません。「相当の注意」とは、動物の種類や性質、管理の状況等の様々な事情によって判断されますが、「相当の注意」が認められるケースは中々少ないと言えます。

そのため、ペットを飼う際には、大きな責任を負う可能性があるいうことを忘れず、適切に管理することが必要です。個人賠償責任保険は、ペットが人に怪我をさせた場合も、基本的に補償の対象となるようですので、入っておくと安心です(ただし、保険加入の際には約款等で適用の有無をご確認ください)。

 

4.ペットが自動車等にひかれて怪我をした場合

飼い犬を散歩させていたところ、自動車が突然飛び出してきて犬に衝突し、犬が怪我をした場合、自動車の運転者に対しいかなる責任を問うことができるでしょうか。

飼い主は、まず犬の治療費を請求することが出来ます。仮に犬が死亡した場合には、時価相当額を請求することが出来ます。時価相当額は、犬の購入価格や平均寿命などを参考にして決められます。

一方、犬は法律上は「物」として扱われるため(民法85条、86条2項)、基本的に慰謝料は認められません。しかし、近年ではペットを家族同然に大切にしていたことによる精神的苦痛が慰謝料として認められる事例も見られるようになっています。

 

5.おわりに

ペットは家族同然の存在であることから、ペットに関する問題が生じた場合、当事者同士で話を進めようとすると、感情的になり話が縺れる可能性があります。お困りの際は、池田総合法律事務所までご相談ください。

(石田美果)

交通事故と刑事手続 ~危険運転致死傷罪その他~

1 交通事故における刑事手続

交通事故の中でも,事故の相手が死亡する,怪我をするという人身被害(人身損害)が生じた人身事故の場合は,刑事手続の問題も出てきます。

なお,物損事故の場合は,当て逃げの場合は道路交通法違反(道路交通法72条(交通事故の場合の措置)の規定違反についての117条及び119条),で刑事手続になる可能性はありますが,本コラムでは省略します。

では,人身事故の場合に適用される可能性のある刑罰を順にご説明します。

 

2 過失運転致死傷罪

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(平成25年法律第86号。自動車運転処罰法)第5条は,「自動車の運転上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,7年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処する。ただし,その傷害が軽いときは,情状により,その刑を免除することができる。」としており,これが過失運転致死傷罪になります。

この過失運転致死傷罪は,「自動車の運転上必要な注意を怠った」,つまり過失(≒ミス)によって,人が死傷した場合を処罰するものですので,自動車を運転する上でのミスが問題になるものです。そして,ほとんどの交通事故は自動車の運転上のミスによるものですので,この過失運転致死傷罪が適用される刑罰になることは多くなります。

なお,刑の免除(免除も有罪判決の一種ですが,判決で刑の言い渡しをしない,というものです)が定められていますが,実際に刑の免除をされたのは,

①東京高等裁判所平成17年5月25日判決

いずれも中学生の被害者のうち1名が加療約3日間を要する腰部挫傷,もう1名が加療約2週間を要する腰部挫傷,右股関節捻挫の事案で,いずれも傷害が軽いこと,保険から既に十分な損害賠償がなされていること,運転者が被害者2名に怪我をさせたことについて確かな認識があったのに現場から立ち去ったとまでは認められないとして,免除をした

②横浜地方裁判所平成28年4月12日判決

信号のある交差点で一時停止した後,信号にしたがって左折中に,横断歩道を移動中の自転車に気づかず,自転車に衝突し,被害者に加療約1週間の頸椎捻挫等の怪我をさせた事案で,運転者が当初から事実をほど認め,被害者に謝罪していたこと,一度不起訴処分となったものを起訴したものであるといった事情を考慮して免除した

というものがあります。しかし,いずれも特別な事情があるものですので,免除の判決は例外的なものにすぎません。

 

3 危険運転致死傷罪

(1)危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法2条のもの)の概要

自動車運転処罰法第2条は,アルコール等の影響により正常な運転が痕案な状態で自動車を走行させる行為などの行為をし,人を負傷させた者は,15年以下の拘禁刑に処し,人を死亡させた者は1年以上の有期拘禁刑に処する,としています。

具体的には,

①アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為

②その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

③その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為

④人又は車の通行を妨害する目的で,走行中の自動車の直前に進入し,その他通行中の人又は車に著しく接近し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

⑤車の通行を妨害する目的で,走行中の車(重大な交通の危険が生じることとなる速度で走行中のものに限る。)の前方で停止し,その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為

⑥高速自動車国道(・・中略・・)又は自動車専用道路(・・中略・・)において,自動車の通行を妨害する目的で,走行中の自動車の前方で停止し,その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより,走行中の自動車に停止又は徐行(自動車が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。)をさせる行為

⑦赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

⑧通行禁止道路(・・中略・・)を進行し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

の8個の類型が定められています。

この危険運転致死傷罪は,故意犯(8個の類型の運転をする故意や,8個の類型の運転にあたる可能性があることが分かっていながら運転をした未必の故意の場合)ですので,過失を前提とする過失運転致死傷罪とは全く違う刑罰です。

(2)危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法3条のもの)の概要

自動車運転処罰法3条は,2条とは別に,「アルコール又は薬物の影響により,その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で,自動車を運転し,よって,そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り,人を負傷させた者は12年以下の拘禁刑に処し,人を死亡させた者は15年以下の拘禁刑に処する」(3条1項)と定めています。

2条と違って3条は,走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転することが犯罪に該当するとしている点が異なります。

(3)危険運転致死傷罪の判断の難しさ

①アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難

危険運転致死傷罪のアルコールの影響は,道路交通法の酒酔い運転(道路交通法117条の2第1項)の「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」とは概念が異なります。危険運転致死傷罪では,ハンドル,ブレーキ等を適切に操作したり,前方を注視したりすることが現に困難な状態であることが必要になります。

そうすると,人によって,飲酒のスピード,量,体調等で,同じアルコールの摂取量であっても,ハンドル,ブレーキを適切に操作できる場合もあれば,できない場合もあるのではないかという問題があります。

②進行を制御することが困難な高速度

的確な運転操作を行うことが困難になるほどの高速度である必要があります。

しかし,路面状況,車の車種やその状態,荷物の積載状況といった様々な要因で,的確な運転操作を行うことが困難な高速度か否かが変わることになります。アスファルト舗装されているか、砂利道か,雨が降っているか,アイスバーンか,車のタイヤがノーマルタイヤかスタッドレスタイヤか,過積載かといった様々な要因で,どの程度の速度で,的確な運転操作が困難になるかは違ってきます。

法定速度の何倍といった形で定められていないので,これも適用するにあたって検討すべき事情が多数あります。

③進行を制御する技能を有しないで走行

ハンドル,ブレーキ等の基本的な運転装置を操作する初歩的な技能も持っていないのに自動車を走行させる場合になります。

しかし,無免許運転であっても,基本的な運転操作ができるのであれば,進行を制御する技能を有しないで走行したことには該当せず,危険運転致死傷罪は成立しません。

④著しく接近

著しく接近は,例にすぎませんので,幅寄せすること,煽ること等も含まれる概念です。

⑤重大な交通の危険を生じさせる速度

重大な交通の危険を生じさせる速度は,自車が相手方に衝突すれば大きな事故を生じさせると一般に認められる速度,相手方の動作についていくなどして大きな事故になることを回避することが困難であると一般に認められる速度のことを言い,高速度であることは求められていません。

しかし,何をもって大きな事故を生じさせると一般に認められる速度かは明確に定められていませんので,この適用には難しさがあります。

(4)法制審議会-刑事法(危険運転による死傷事犯関係)部会の議論状況

以上のように,危険運転致死傷罪は抽象的な概念が多数入っており,危険運転致死傷罪が適用されるかどうかの判断には難しさがあります。

そこで,法改正が検討されており,現在の法制審議会では,血中アルコール濃度を法律上明記したり,道路の最高速度と「困難な高速度」との関係を明確に定めることができるかなどが議論されています。

 

 

4 まとめ

危険運転致死傷罪で逮捕勾留された場合であっても,本当に危険運転致死傷罪が適用できる事案かを分析し,捜査機関側とどのように対峙していくかを検討する必要があります。また,もし起訴されたとしても刑事裁判でどのように対応していくかも慎重な検討を要します。

池田総合法律事務所では,交通事故による刑事事件も含む刑事事件を取り扱っていますので,刑事事件でお困りの方は,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉

自転車に関する昨今の道路交通法改正 ~自転車事故を起こさない・逢わないために~

交通事故において、自転車は加害者にもなれば被害者にもなりえます。

高校生の運転する自転車と高齢者が接触し、高齢者が死亡して多額の損害賠償をされた報道を目にした方もおられるかも知れません。スピードが出た状態で自転車が歩行者に衝突すれば、死亡事故にもつながりかねず、その場合損害賠償の金額は極めて多額になることもあります。

加害者にならないよう、安全運転のための交通ルールを改めて確認しておくことが重要です。自転車は道路交通法「軽車両」に分類されるため、原則として車道を走行しなければならないですし、道路の左側を走行しなければならないとされています。そのため、自転車が関係する事故では、自転車が右側通行をしている事実は、自転車側の過失を増やす方向に働きます。

無論、飲酒しての運転は厳禁ですし、いわゆる、ながらスマホの自転車も罰則が強化されました(令和6年11月)。自転車運転中に「ながらスマホ」をした場合には、6か月以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金が、自転車運転中の「ながらスマホ」により交通事故を起こすなど交通の危険を生じさせた場合には、1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金が科されることがあります

当然ながらスマホなどの法令違反も右側通行と同様、自転車側の過失を増やす方向に働く事情になりえます。警察庁「令和7年上半期における交通死亡事故の発生状況」によると、事故に遭った自転車運転者の法令違反ありの割合は約7割から8割で高止まり、とされています。令和8年4月1日には自転車の運転にも青切符も導入されますので、改めて、安全確保のための交通ルールの確認が重要です。

加害者にならないのがなによりですが、万が一、加害者になってしまったときのために、損害保険などへの加入が推奨されます。

 

自転車は被害者にもなり得ます。自転車運転者を守る法改正もあります。

歩行者の安全のため、自転車は軽車両なので車道を走らなければならない、頭では分かっても、猛スピードで車が追い越していく車道のすみっこを自転車で走行するのはおそろしい体験です。自転車の右側面が接触する事故防止のため、自転車を自動車が追い越す場合のルールも新設されました。

自動車が自転車を追い越す場合、自転車との間に十分な間隔を空けて追い越す必要があり、具体的には1.5m以上が十分な間隔の目安とされています。狭い道などで、自転車との間隔が十分にとれない場合は、安全な速度で走行する義務が生じます。これらに違反した場合、3か月以下の懲役または5万円以下の罰金が科されることがあります。自転車の脇を自動車が追い越していくというのは日常的によく目にする光景でしたが、遅くとも令和8年5月23日には罰則の対象になり得るので、自動車を運転する方も要注意です。

(山下陽平)

オンライン(リモート方式)で公正証書遺言が作成できるようになりました

遺言書には、自筆で作成する自筆証書遺言と公証役場で作成してもらう公正証書遺言があります。それぞれメリット・デメリットがありますが、①法律上の要件を満たさず無効になるという心配がほぼない、②紛失の心配がない、③遺言者死亡後の手続きが簡易、などの理由により、多くのケースでは公正証書遺言を作成することをお勧めしています。

 

公正証書遺言を作成するには、一般的に公証役場に出向いて作成をしてもらいます。入院中であるなど、何らかの理由で公証人に来てもらって作成することも可能ですが、出張料金などがかかります。

 

そんな中、2023年の公証人法改正により、今年(2025年)10月1日以降に公証人が作成する公正証書は、原則として電磁的記録で作成されることとなりました(改正公証人法36条:公正証書のデジタル化)。公正証書は、従前は紙で作成されていましたが、今後はPDF形式の電磁的記録で作成され、そこに電子サインや電子署名が付されたものが原本となります。

 

公正証書のデジタル化に伴い、公正証書の作成にあたっても、①公正証書作成の依頼者(嘱託人)の申し出があり、②他の嘱託人に異議がなく、③公証人が相当と認めた場合には、公証役場に行かなくても、ウェブ会議により公証人や他の列席者と相互の状況を確認する方法(リモート方式)で公正証書を作成できるようになりました(改正公証人法31条)。

※リモート方式で作成できるのは、上記①~③の要件を満たすときですので、そもそもリモート方式を希望しない場合には、従前通り、公証人と対面で作成します。

 

具体的な手続きは以下の通りです。

⑴ リモート方式に必要な機器等

まず、ウェブ会議に参加するための機材として、①パソコンと②カメラ、マイク、スピーカーが必要です。タブレット型PCやスマートフォンなどは、「電子サインを行う際に、公証人や他の列席者が、画面上の電子サインの状況と電子サインを行っている列席者の様子を同時に確認することができないため」、不可とされています(日本公証人連合会ウェブサイト 公正証書( https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow01 )Q8)。

また、公正証書のPDF原本に電子サインをする必要があるため、③タッチ入力が可能なディスプレイ又はペンタブレット及びタッチペンが必要になります。

さらには、手続きを進めるため、④ウェブ会議中に使用するパソコンで送受信可能なメールアドレスが必要になります。

⑵ リモート方式の申し込み

リモート方式の申し込みにあたっては、まず、公証人に事前相談をすることになります。公証人が事前相談の結果、リモート方式が相当であると判断した場合には、ウェブ会議利用申出書を提出します。

リモート方式を利用する場合には、本人確認資料として、印鑑登録証明書又は署名用電子証明書の提出が必要です。

ウェブ会議への参加は、ウェブ会議利用申込書に記載したメールアドレスに送付されるウェブ会議の招待メールから参加します。

 

公正証書を電磁的記録として作成できるようになる日は、公証人によって異なります(改正公証人法7条の2参照)。東京の公証人から順次可能になる予定です。

日本公証人連合会ウェブサイト:

https://www.koshonin.gr.jp/news/nikkoren/20250929.html

 

リモート方式を利用すれば、公証役場に出向くことが困難な場合でも、以前より気軽に公正証書遺言が作成できるようになります。もっとも、リモート方式を利用したいが、パソコンなどの扱いになれておらず、心配に思われる方もいらっしゃると思います。

その場合には、弁護士のような専門家が、遺言書の内容から作成に至るまで、お手伝いをさせていただくことが可能です。

遺言書の作成についてお悩みの方は、池田総合法律事務所にご相談ください。

                                                          (川瀬 裕久)

下請法改正(2)

前回の下請法改正(1)に引き続き,製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(略称:中小受託取引適正化法、通称:取適法)の概要を解説します。

 

1 運送委託の対象取引への追加

前回の下請法改正(1)でもふれましたが(リンクはる),発荷主と元請運送事業者との関係にも取適法が適用されることになります。

これまでは,製造,修理,情報成果物の作成,役務(サービス)提供の委託取引に下請法の規制は限定されていました。この役務提供の委託取引は,「再委託」を指していたので,運送業者が別の運送業者に運送というサービスを再委託した場合には,下請法の規制が及んでいました。

他方,メーカーや卸売事業者等が,荷主として,自社で製造した製品や自社で販売する商品の顧客向けの運送を運送業者に委託したとしても,「再委託」ではなく,下請法の規制が及ばないので,メーカーや卸売事業者等と,その物流を担う運送業者との間には独占禁止法以外の規制がありませんでした。

しかし,メディアなどでも取り上げられているように,メーカーや卸売事業者等の発荷主が運送業者に対して,無償で荷役をさせたり,指定された日時に物品を納入することを求めた結果等で荷待ちを求められたりという問題が顕在化してきました。

そのため,取適法2条5項で新たに「特定運送委託」という取引が定められ,発荷主と運送業者との間にも,取適法の規制が及ぶようになります。

そこで,発荷主としては,取適法の規制対象となる運送業者との取引の洗い出しを行ったうえで,取適法4条が定める代金の額,サービスの内容,支払期日・支払方法その他の事項が明示された書面を中小受託事業者に対して交付するように運用を修正する必要があります。加えて,取適法3条が定める運送サービスの提供を受けた日から60日の代金支払も遵守する必要があります。

また,運送業者としては,取適法の規制する特定運送委託に該当するかを,個々の荷主毎に検討し,燃料費や人件費の高騰での運送事業の採算悪化を改善できるよう,荷主側と交渉するきっかけにできれば,事業継続がし易くなると思われます。

 

2 従業員基準の追加

下請法では,下請法の規制対象となる場合を資本金を基準として定めていました。

しかし,事業規模に比べて資本金が少額である事業者には下請法の規制が及ばず,さらには減資をすることで下請法の規制を免れる事例や,そもそも受注者側に増資を求めて規制を免れようとする事例もあったとのことです。

そこで,取適法では,従業員数の基準が新設されます。

具体的には,

①製造委託,修理委託,情報成果物作成委託(プログラムの作成に限定),役務提供委託(運送,物品の倉庫保管,情報処理に関するものに限定),特定運送委託

「従業員300人超」の事業者が,「従業員300名以下(個人も含む)」に製造委託する場合

②①以外の情報成果物作成委託・役務提供委託

「従業員100名超」の事業者が,「従業員100名以下(個人も含む)」に情報

成果物作成委託,役務提供委託をする場合

が従業員数の基準となります。

そこで,取適法の規制が始まる前に,取引先の従業員数も確認しておき,規制に備えておく必要があります。

 

 

3 最後に

今回の改正により、取適法の規制が始まる前に事業者として準備する必要がある事項があります。

今回の改正では,事業を所管する事業所管省庁にも指導・助言権限が付与されることになりますので,コンプライアンスの観点からも,取適法の内容を正確に把握し,事業が法規制に合致しているのかを整理していく必要があります。

事業をするうえでコンプライアンスに関するアドバイスは,池田総合法律事務所でも多数の事業者様に提供している主要なサービスの1つです。御社の対応は万全ですか。是非、一度,当総合法律事務所にご相談ください。

(小澤尚記(こざわなおき))

下請法改正(1)

下請法改正の概要

「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」(改正下請法)が令和7年5月16日に成立し、同月23日に公布されました。施行日は令和8年1月1日とされています。

改正により、従来の「下請代金支払遅延等防止法」という名称は、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(略称:中小受託取引適正化法、通称:取適法)に改められます。

近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を受け、物価上昇を上回る賃上げを実現するためには、事業者がこの原資を確保する必要があります。そして、中小企業をはじめとする事業者が各々賃上げの原資を確保するためには、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させることが重要と考えられます。今回の改正は、発注者と受注者の対等な関係を基盤に、事業者間の価格転嫁や取引の適正化を進めることを目的としています。

主な改正内容としては、規制内容の追加(価格協議の義務化、手形払等の禁止)、適用範囲の拡大(特定運送委託の追加、従業員数基準の導入)を中心に、執行の強化、法律名・用語の変更などが含まれています。

本記事では、規制内容の追加、法律名・用語の変更、及びその他の改正事項について、詳述します。

なお、改正により法律名・用語の変更がなされていますが、混乱を避けるため、本記事では従来の用語(「下請法」「下請事業者」「親事業者」等)を使用しています。

 

1 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止(取適法5条2項4号)

近年のコスト上昇の中、協議することなく価格を据え置いたり、コスト上昇に見合わない価格を一方的に決めたりするなど、上昇したコストの価格転嫁が問題視されています。

改正前においても、「買いたたき」(発注する物品・役務等に通常支払われる対価に比べ著しく低い下請代金を不当に定めること)は禁止されていました。しかし、通常支払われる対価とは同種又は類似品等市価を指すため、買いたたきに該当するかを判断する際には、市価の認定が必要となります。買いたたきとは別途、対等な価格交渉を確保する観点から、適切な価格転嫁が行われる取引環境の整備が求められています。

そこで、改正により、親事業者が、下請事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、親事業者が必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に下請代金を決定することが禁止されます。

例えば、運送会社A(親事業者)が、運送会社B(下請事業者)から代金の引き上げについて協議を求められたにもかかわらず、これを無視して協議に応じなかった場合や、機械メーカー(親事業者)が、部品メーカー(下請事業者)から代金の引下げの説明を求められたにもかかわらず、具体的な理由の説明や根拠資料の提供をすることなく、代金の額を引き下げた場合などが該当し、こういった行為が禁止されます。

これにより、発注者と受注者が対等に価格交渉を行い、適切な価格転嫁が進むことが期待されます。

 

2 手形払等の禁止(取適法5条1項2号)

改正前においては、下請代金の支払いにおける手形利用は一定の条件の下で認められていましたが、親事業者が下請事業者に資金繰りに係る負担を求める商慣習が問題視されていました。

そこで、改正により、下請代金の支払いに手形を使用することが全面的に禁止されます。また、その他の支払手段(電子記録債権やファクタリング等)についても、支払期日までに下請代金に相当する金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難なものは禁止されます。

手形等を用いて下請代金の支払いを行っている場合、速やかに対応を検討する必要があります。

 

3 運送委託の対象取引への追加(取適法2条5項、同条6項)

改正前においては、下請法の適用対象となる取引は、「製造委託」、「修理委託」、「情報成果物作成委託」、「役務提供委託」の4つでした。

このうち、「役務提供委託」とは、他者から運送やビルメンテナンスなどの各種サービス(役務)の提供を請け負った事業者が、請け負った役務の提供の全部または一部を他の事業者に委託すること(再委託)をいいます。メーカーや卸売事業者等が、自社で製造した製品や自社で販売する商品を顧客に向けて運送する際、荷主として運送を運送事業者に委託することは、いわゆる自己利用役務に当たり、適用対象外とされていました。

しかし、立場の弱い物流事業者が、荷役や荷待ちを無償で行わされているなど、荷主・物流事業者間の問題がありました。

そこで、改正により、事業者が、販売する物品、製造を請け負った物品、修理を請け負った物品又は作成を請け負った情報成果物が記載されるなどした物品について、その取引の相手方(当該相手方が指定する者を含む。)に対して運送する場合に、その運送の行為を他の事業者に委託すること(=「特定運送委託」)が、下請法の対象取引として追加されます。

これにより、物流業界における適正取引が進み、立場の弱い事業者の保護の強化が期待できます。

 

4 法律名・用語の変更(取適法2条8項、同条9項)

従来使用されていた「下請」や「親事業者」という用語は、上下関係を連想させ、発注者と受注者が対等な関係ではないという語感を与えるといった批判がありました。また、時代の変化に伴い、発注者である大企業の側でも「下請」という用語は使われなくなっています。

そこで、改正により、以下の法律名・用語が変更されます。

「親事業者」→「委託事業者」

「下請事業者」→「中小受託事業者」

「下請代金」→「製造委託等代金」

「下請代金支払遅延等防止法」→「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」

新たな法律名の略称は「中小受託取引適正化法」、通称として「取適法」が想定されています。

これに伴い、旧名称を使用した社内規程やマニュアル類、帳票類の修正が求められます。

 

5 その他の改正事項

⑴ 製造委託の対象物(取適法2条1項)

改正前においては、メーカー等の物品の販売や製造を行っている事業者が、自社製品を製造するための型等の製造を他の事業者に委託する場合において、専ら物品等の製造に用いられる金型のみが製造委託の対象物とされており、木型、治具等については、製造委託の対象物とされていませんでした。

そこで、改正により、専ら物品等の製造に用いられる木型、治具等についても、金型と同様に製造委託の対象物として追加されます。

 

⑵ 発注内容等の明示義務(取適法4条)

口頭発注による様々なトラブルを未然に防止するため、親事業者は発注に当たり、発注内容(給付の内容、代金の額、支払期日、支払方法)等を書面又は電子メールなどの電磁的方法により明示しなければなりません。

改正前においては、明示方法について、下請事業者から事前の承諾を得たときに限り、書面の交付に代えて、電磁的方法によることができるとされていました。

しかし、改正により、下請事業者の承諾がなくとも、電磁的方法によることができるようになります。

 

⑶ 遅延利息を支払う義務(取適法6条2項)

改正前においては、下請代金の支払遅延について、親事業者に対し、その下請代金を支払うよう勧告するとともに、遅延利息を支払うよう勧告することとされていましたが、減額については規定がありませんでした。

そこで、改正により、親事業者が、下請事業者に責任がないのに、発注時に決定した下請代金の額を減じた場合、起算日から実際に減じた額の支払いをするまでの期間について、減じた額に対して遅延利息を支払う義務が新たに追加されます。

 

⑷ 勧告規定の整備(取適法10条)

改正前においては、受領拒否等をした親事業者が勧告前に受領等をした場合や、支払遅延をした親事業者が勧告前に代金を支払った場合に、勧告ができるかどうかが規定上明確となっていませんでした。

そこで、改正により、既に違反行為が行われていない場合等の勧告に係る規定を整備し、勧告時点において委託事業者の行為が是正されていた場合においても、再発防止策などを勧告できるようにします。

 

終わりに

今回の改正により、発注者と受注者の関係がより対等なものとなり、取引環境の適正化が期待されます。特に価格転嫁の問題や手形払の禁止、運送委託の対象取引追加など、実務に直接的な影響を与える改正が多く含まれています。この改正法の施行により、下請事業者の立場が一層強化され、健全な取引環境が整備されることが期待されます。

(栗本真結)

 

区分所有法の改正2025~マンション等の区分所有建物の再生と管理を円滑に~

多数の所有者が維持管理する集合住宅は専用部分と共用部分からなり、建物全体の管理や修繕、建替えなど重要なことについて、所有者皆の意見を反映するようにする必要があります。こうしたことを規律するのが区分所有法という法律です。制定されたのは1962年で社会の変化に応じて、改正が度々行われてきました。

今回は、2025年5月に改正された内容について整理してみます。施行の予定は来年4月です。

 

集合住宅の老朽化が進行し、5棟に1棟は築40年を超えている状態だと言われます。また、居住者の高齢化も進みます。さらにこの頃は、所有者の中にも居住していない空き家が増えています。

 

マンションなどの共同住宅では、維持、管理、建替えに、決議要件が定められています。多数要件を充たすのが難しくなり、徐々に緩和することが必要となってきました。改正の要点は以下の通りです。

<決議要件の緩和>

〇建替え 区分所有者及び議決権の賛成の要件

これまで、5分の4以上 ⇒ 4分の3以上

〇共用部分の構造にかかわる大規模な修繕

所有者の4分の3以上 ⇒ 集会出席者もしくは所有者の3分の2以上

〇共用部分の変更(やバリアフリー基準への適合のための変更)

4分の3以上 ⇒ 3分の2以上

〇共用部分の修繕

所有者の過半数 ⇒ 集会出席者の過半数

 

<管理の円滑化>

〇所在不明の所有者がいる場合

裁判所が管理人を指名することができます

〇海外在住の所有者への対応

所有者に海外居住者がいることも当たり前の時代です。これへの対処として、国内の管理人を指名することができます(任意)。

 

重要な財産の価値が下がらないうちに、また、集合住宅の居住者同士気持ちよく隣人生活を送ることができるように、財産の品質を維持し、先のことを考えながら備えたいものです。

当然のことながら、法律が変わることにともない、管理計画や規約の見直しが必要です。

これまで、管理組合の議決により、管理を委託することは行われてきました。技術的なことも含め専門家の知識は欠かせません。外部の専門的な知識を持つ管理者に委託して行われることも、今後法制化が検討されていくようです。

 

さらには、今日的課題として、電子化された総会や議決の確認の連絡方法の見直し災害時の避難や対応ルールなど、検討すべき課題はたくさんあります。検討すべきことはお早めに!

(池田桂子)

公益通報者保護法の一部改正について

本年6月4日に、公益通報者保護法の一部改正が成立しました。公布日から1年6月以内の施行ということになっており、これにより公益通報者の保護が一層強化されますので、これを機会に、既に企業の内部通報制度を運用している企業にあっては見直しを、これから導入しようという企業にあっては、今回の改正を踏まえて制度構築をする必要があります。

今回の改正の概要は以下の通りです。内部通報、公益通報者保護法全般については、これまでのブログを参照して下さい。

(1)従事者指定義務違反をした事業者への対応

常時使用する労働者数が300人超の事業者は、公益通報を受け、調査・是正措置をとる業務への従事者を定めなければならないこととされていますが、従前認められていた内閣総理大臣の指導、勧告権限に加え、勧告に従わない場合の命令権、この命令に違反したときの刑事罰(30万円以下の罰金)を新設しています。

また、従事者指定義務違反の事実が公益通報の対象事実とされており、指定義務を履行していない事業者については、労働者等から公益通報される危険があり、至急体制を整えて従事者を指定する必要があります。

(2)公益通報者の範囲の拡大

公益通報者の範囲に、フリーランス及び業務委任関係が終了して1年以内のフリーランスが追加され、公益通報を理由とする業務委任契約の解除その他の不利益な取扱いが禁じられています。

(3)公益通報を阻害する要因への対処

事業者が、正当な理由なく、労働者等に公益通報をしないことの合意を求めること等によって、公益通報を妨げる行為をすることを禁止し、これに違反した法律行為は無効とされます。

また、事業者が正当な理由なく、公益通報者を特定することを目的とする行為も禁止しています。

(4)公益通報を理由とする不利益な取扱いについての抑止、救済の強化

公益通報者に対する解雇は従来より無効とされていましたが、改正により、懲戒も無効とされることになりました。通報後1年以内(又は、事業者が外部通報があったことを知って解雇又は懲戒をした場合は、事業者が知った日から1年以内)の解雇または懲戒は、公益通報を理由としてされたものを推定すると定められ、民事訴訟法上の立証責任が、事業者側が負担することになります。すなわち、事業者側で公益通報を理由としたものではないことの立証をする必要があります。

さらに、公益通報を理由として解雇又は懲戒したものに対し、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金が課せられることになり、法人自体についても、3000万円以下の罰金が課せられることになりました。

また、一般職の国家公務員等についても、公益通報を理由とする不利益取扱いを禁止し、これに違反して、分限免職または懲戒処分をした者に対しても、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金刑が適用される旨の規定が新設されました。私企業にとどまらず、公務員を含めて、社会全般の内部通報者保護を拡大していこうとするものです。

当事務所では、複数企業等の内部通報制度の窓口を受任しており、また、従事者に指定されている弁護士も在籍しております。制度導入を検討されているような場合には、是非ともご相談下さい。

(池田伸之)

財産分与に関する改正

1.はじめに

令和6年(2024年)5月、民法の家族法の一部が改正されました。令和8年(2026年)5月24日までに施行される予定です。

今回は、財産分与の改正について解説します。

 

2.財産分与

(1)財産分与の請求期間

従来、財産分与は、離婚から2年以内に請求することが必要でした。

しかし、婚姻期間中に夫からDV等を受けていたため、離婚後も恐怖心から元夫に対して財産分与の請求が出来なかったり、子どもが幼く育児等に追われ、財産分与を請求する余裕がなく、時機を逃してしまったなど、離婚の際の事情によっては、2年以内に財産分与の請求ができないこともあり、離婚後に一方当事者が困窮することになるなどの指摘がありました。

一方で、財産分与の期間を伸ばすことで、財産分与の請求時から財産分与の基準時(通常は、離婚時または別居時のいずれか早い時点)まで、相当長期間遡ることになるため、基準時における財産分与の把握が困難になるおそれがあり、紛争が長期化・複雑化するといった懸念があります。

以上の事情を踏まえ、今回の改正では、5年に伸長されることになりました。

なお、年金分割は、原則として、離婚をした日の翌日から2年を経過すると請求できなくなります。今回の財産分与の期間伸長によっても、年金分割の手続期間は変わりませんので、注意する必要があります。

 

(2)財産分与の法的性質、2分の1ルール等

現行法では、財産分与の目的や考え方が定められていませんでしたが、今回の改正では、これらの点が一定程度明確になりました。

 

現行民法768条3項

家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。

 

 

改正民法768条3項

家庭裁判所は、離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため、当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。この場合において、婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。

 

今回の改正で、財産分与の目的として、「離婚後の当事者間の財産上の衡平を図る」ことが明示されるとともに、新たに追加された「各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入」の文言により、財産分与の法的性質として、清算的要素、扶養的要素、補償的要素を有することが明確になりました。

したがって、今後事案によっては、単純に財産額のみから財産分与額を決するのではなく、上記の事情についてもより積極的に主張していくことが考えられます。

また、財産分与における寄与の割合について、「婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。」として、原則的には2分の1とすることが明記されました。

現在の実務においても、2分の1ルールについては既に定着しているところですが、これが条文に明記された形になります。

 

3.おわりに

財産分与は、離婚後に安定した生活を送るために、重要な制度です。夫婦の共有財産について出来る限りの調査を行い、必要な主張を尽くすことで、最終的に得られる財産分与の額が変わる可能性もあります。

どのようなことを調査するのか、その手掛かりは何かなど考えるポイントがありますので、お悩みの方は池田総合法律事務所までご相談ください。

(石田美果)

養育費に関する民法改正

親子関係の改正民法は令和8年(2026年)5月24日までに施行されます。

今回は,養育費について,どのような改正がされているのかを解説します。

 

第1 法定養育費の導入

1 現在の養育費の定め方

現在,養育費は両親の話し合いで決めるほかは,養育費請求調停で合意する,家庭裁判所の審判で定められるという形で,養育費の具体的な金額が決まっています。

2 改正民法での変化

(1)法定養育費の導入

改正民法766条の3が新設され,離婚の時に両親が養育費の具体的な金額を取り決めていない場合でも,離婚のときから引き続き子どもの監護を主として行う両親のいずれかは,他の親に対して,一定の法定養育費が請求できるようになります。

この法定養育費は法務省令で別途算定方法などを定めることになっています。

もっとも,法定養育費は,両親が養育費について合意できた時,または審判で定められた時(正確には審判が確定した時),子が18歳に達したときまでの暫定的なものですので,合意や審判などで養育費の具体的な金額が定まれば役割を終えることになります。

現在は,養育費の具体的な金額は,両親のそれぞれの収入状況から養育費の算定表等をもとに定められていますが,給与明細や源泉徴収票の提出が拒否された結果,なかなか養育費が決められないということが実務上はよく起こっています。

しかし,法定養育費が導入されることで,後述の養育費の額を当事者同士で定めた書面が何も存在しない場合でも,給与明細や源泉徴収票などの収入資料が無い場合でも,法定養育費として暫定的な養育費が定められるようになり,さらに法定養育費が一般の先取特権となるため,法定養育費の存在をもって強制執行ができるようになります。

(2)法定養育費の発生

法定養育費は,『離婚の日』から発生し,毎月末までに,その月の分の法定養育費を支払う必要があります。

(3)改正民法施行前の離婚と法定養育費

改正民法の施行前に離婚した場合,法定養育費の定めは適用されません。

改正民法の施行後に離婚した場合に限って,法定養育費が発生します。

 

第2 強制執行手続が容易に

1 現在の養育費の強制執行

これまでは養育費を口頭や夫婦間の覚書などで決めていた場合,養育費を支払うべき側の親が養育費を支払わないときは,公正証書を別途取り交わすか,養育費請求調停を家庭裁判所に申し立て,裁判所の公的な書面である調停調書や審判書が手元になければ,強制執行ができませんでした。

しかし,公正証書は,基本的に夫婦がそろって公証役場におもむいて,公証人の面前で公正証書を作成する必要がありますが,夫婦がそろって公証役場に出向くということ自体,ハードルが高いものです。

また,家庭裁判所で養育費請求調停を申立て,養育費について合意ができた場合には調停調書が作成されますが,すぐに養育費についての合意ができるわけでもなく,調停調書が入手できるまでには相応の時間がかかります。

そのうえで,調停で合意ができなかった場合には,家庭裁判所の裁判官が判断を下す審判がなされることになりますが,これは調停が成立しなかった場合ですので,調停でも時間がかかり,審判が出るまでに時間がかかるので,やはり相当の時間がかかってしまいます。

2 改正民法での変化 ~養育費債権が先取特権へ~

改正民法306条3号が新設され「子の監護の費用」が一般の先取特権になります。

先取特権は,債務者の財産について,他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利(民法303条)をいいます。

簡単に説明すると,養育費を支払わない親が他にも借金をしていても,その借金よりも優先して回収ができる権利が養育費に認められるということです。

そして,養育費が一般先取特権となることで,前述の法定養育費とあわせて,先取特権の存在を示す文書があれば強制執行ができるようになります。

ただし,先取特権が認められる養育費の範囲(金額)は,改正民法308条の2において法務省令で定めることとなっていますので,実際には法務省令で定められた金額の範囲内になります。

したがって,改正民法が施行された後は,養育費の額を当事者同士で定めた書面が何か存在すれば,それが養育費という先取特権の存在を示す文書となって,その文書をもとに強制執行(例えば,給与の差押えや預貯金の差押えなど)を行えるようになります。

また,前述のとおり,養育費の額を当事者同士で定めた書面が何も存在しない場合でも,法定養育費が一般の先取特権になるため,やはり法定養育費の範囲内で強制執行が行えるようになります。

 

第3 その他の養育費請求の利便性向上

1 財産状況に関する情報開示命令

改正人事訴訟法34条の3,家事事件手続法152条の2が新設され,家庭裁判所が子を監護していない親の収入や資産の状況に関して情報を開示するよう命ずる情報開示命令制度が導入されます。

これにより,家庭裁判所の養育費の調停などの際に,給与明細や源泉徴収票の提出を拒否する親に対して,収入や資産状況を開示させることができるようになります。

なお,情報開示命令に対して開示を拒否したり,虚偽の情報を開示した場合には,10万円以下の過料の制裁があります。

2 民事執行の各制度のワンストップ化

改正民事執行法167条の17が新設され,地方裁判所に養育費の支払いを求めるために財産開示手続を申し立てた場合には,同時に市町村に対して養育費の支払い義務者の給与情報の提供を命じる第三者の情報取得制度の申立てがあったことになり,さらに給与を差し押さえる債権差押命令の申立ても同時に申し立てられたとみなされることになり,強制執行手続の一部分がワンストップ化します。

 

第4 まとめ

養育費を支払ってもらえないことが多いという現実の前に,養育費の制度が大きく変革される時期に差しかかっています。

改正された法律を活用して,お子さんのために養育費を確保していくためには,弁護士の関与が必要不可欠です。

池田総合法律事務所では離婚,養育費なども取り扱っていますので,お困りの方は,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉