副業・兼業について(労働者側の注意点)

厚生労働省は、平成30年1月に、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成しました。このガイドラインは、令和2年9月、令和4年7月の2度に渡って改訂されています。このようなガイドライン策定・改訂は、働き方が多様化する中で、ルールを明確化することにより働く方が安心して副業・兼業に取り組める環境を整備するためのものです。

副業・兼業のあり方は雇用、業務委託、起業の組み合わせによって様々な形式がありますが、ここでは既に雇用されている労働者を念頭に、別の仕事を掛け持ちする場合に注意すべき点について説明します。

 

会社に雇用されている方が副業・兼業を始めようとする場合、まずは既に働いている会社(会社での業務を「本業」と言うことがあります)の就業規則や雇用契約書において、副業・兼業が可能か、また可能だとしてどのような手続が必要かを検討する必要があります。

なお、労働基準法では、原則1日8時間、週40時間を超えて労働させてはならないこと等の労働時間に関する規制がなされているところ、本業と副業・兼業のそれぞれの労働時間を合算した時間が当該労働者の労働時間となります。そのため、形式上手続を踏めば副業・兼業が可能な場合でも、フルタイムで働いている場合には実際には本業への影響を懸念して副業・兼業が許可されなかったり、禁止されたりすることがありえます。このような場合には、元々の雇用契約上の労働日や労働時間を減らすなどの交渉・調整が必要となるでしょう。副業・兼業の経験やスキルが本業にも活かせると示すことや、自身の有する職務上の権限やノウハウ等の引継期間を調整するなどして準備をすることなどが必要でしょう。

 

副業・兼業では、労働者として留意すべき点があります。

まず、働く時間が長くなる可能性があるため、働く側で自律的に労働時間や体調を管理する必要があります。副業・兼業の場合、働く側が就業先に労働時間を自己申告することになります。そのため、無理に過重な労働をしようとすれば無理ができてしまいますし、場合によっては事情が変わって当初の申告と実際の副業・兼業による労働時間が乖離してしまうこともあるでしょう。その場合、少なくとも正確な労働時間の訂正の申告をしていないことによる処分のおそれがありますし、無理がたたって本業での働きぶりに悪影響が出れば、職務専念義務との関係でも問題が生じます。

また、本業での処分との関係では、秘密保持義務には注意を要しますし、本業と関連する業務を副業とする場合には競業避止義務にも配慮が必要です。

さらに、雇用保険との関係でも注意が必要です。1週間の所定労働時間が20時間より短い業務を複数行う場合には、実際の通算労働時間は長いのに、雇用保険の対象とならないという事態も有り得るので注意が必要です。その他にも、雇用保険に加入している会社を退職したとき、副業を続けていると失業給付の対象外となる場合があります。具体的には、離職票をハローワークへ提出し、求職の申し込みをした時点で副業を週20時間以上している場合は失業の状態とみなされず、失業保険の給付を受けられません。

加えて、求職の申し込み後から通算7日間の待機期間中は、副業することも禁止されていますので、待機期間中に副業をしてしまって不正受給にならないよう注意が必要です。

(山下陽平)

 

フリーランス保護法(正式名称:「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)について

フリーランスに業務委託を行う発注事業者とフリーランスとの間には、通常、交渉力等について大きな格差があることから、それを是正するために発注事業者側に最低限の規律を設けることにより、その取引関係の適正を図ることを目的として、上記のフリーランス保護法が令和5年4月28日に成立し、5月12日に公布されております。

まだ施行日は決まっておりませんが、公布日から1年6ヶ月以内で、今後政令で決められます。

同様の取引関係を規制する法律として、下請法(正式名称「下請代金支払遅延等防止法」)があります。同法は、親事業者、下請の双方の資本金額で適用の有無を決めていますが、フリーランス保護法は、実際に事業に従事する人の人数で決まります。

フリーランス保護法と下請法は、保護範囲と規制範囲に違いがあります。下請法は、原則として、資本金1000万円超の事業者を対象としますが、フリーランス法では資本金の大小を問いません。

以下もう少し詳しく説明します。

1.対象となる事業者や取引について

業務委託を受け、本法の対象となる受託者は、「特定受託事業者」と定義され、「従業員を使用しない個人又は従業員を使用せず、かつ、その代表者以外に他の役員がいない法人」、つまり従業員を持たない事業者が対象です。委託者のほうは、「業務委託事業者」と定義され、「従業員を使用する個人又は従業員を使用しているか、もしくは2以上の役員がいる法人」が対象です。したがって、従業員のいない個人、あるいは、社長1人の会社が委託者となって、業務委託をするような場合は対象外です。

従業員の有無が要件となっていますが、短時間、短期間の一時的な雇用である等の場合には、本法の適用上は、「従業員」に含まれず、「従業員を使用した」とは認められないことになります。

「業務委託」は、事業者からの事業のために、他の事業者に、物品の製造、情報成果物(ソフトウェア、映像コンテンツ等)の作成を委託すること、又は、他の事業者に役務の提供を委託することをいいます。下請法の役務提供委託には該当しないとされている、受託事業者が発注事業者に対して直接役務を提供する類型の役務(いわゆる自家利用役務)も該当します。

2.取引の適正化のための方策

下請法と同様、以下に述べるような規制があります。

(1)取引条件の明示

業務委託事業者は、特定受託事業者に対し業務委託をした場合には、直ちに、書面又は電磁的方法により取引条件を明示しなければいけません。発注は口頭ではだめで、文書で行なわなければいけません。

(2)報酬の支払義務

報酬は、原則として、給付を受領した日(検収終了日ではありません。)から60日以内のできるだけ短い期間で定めなければいけません。

検収完了により引渡完了とする合意をしても、無効です。但し、再委託の場合には一定条件の下、例外的に元委託契約の支払期日から起算して30日以内の支払期日とすることも認められています。

(3)受領拒否の禁止、返品の禁止

(4)報酬減額の禁止

(5)買いたたきの禁止

(6)購入、利用強制の禁止

委託者による自社商品、サービス等の押し付け販売を禁止するものです。

(7)不当な経済上の利益の提供要請の禁止

たとえば、名目を問わず、協賛会への協力を要請したりするような行為が該当します。

3.特定受託業務従事者の就業のための整備

特定受託業務従業者というのは、「特定受託事業者」である個人または法人の代表者その人を指します。法人が「特定受託事業者」である場合、法人それ自体へのハラスメント等は観念されないので、個人又は法人の場合の代表者その人である自然人をこのように別途定義したものです。

その自然人たる特定受託業務従事者の就業環境を整備するため、以下のような方策をとるべきとしています。

(1)募集情報の的確表示

募集にあたって、虚偽表示や誤解を生じさせる表示を禁止し、正確かつ最新の内容を保たなければいけないとされています。

(2)育児介護等と業務の両立に対する配慮

政令で今後定める以上の期間にわたって業務委託をした場合には、特定受託事業者からの申出に応じ、育児介護等と業務の両立ができるように、必要な配慮をしなければいけないとされています。

この配慮は、申出を契機として配慮することを定めているもので、申出のないすべての特定受託事業者について配慮を求めているものではなく、また、配慮は努力義務で、可能な範囲で対応すればよく、申出内容を必ず実現することまで求められているわけではありません。

(3)ハラスメント対策に係る体制整備等

各種のハラスメントにより特定受託業務従事者の就業環境が害されることのないよう、相談対応のための体制整備その他の必要な措置を講じなければならないとされ、ハラスメント相談を行ったことを理由として、契約の解除や報酬の減額その他の不利益な取り扱いをしてはならないとしています。

(4)中途解約などの事前予告及び理由の開示

解除や不更新の場合は、30日前までにその旨の予告をして、求めがあれば、その理由の開示をしなければならないとされています。

理由の開示については、第3者の利益を害するおそれのある場合等に一定の例外が認められて、省令で定められる予定です。

4.違反した場合の対応

本法の違反が疑われる場合は、公正取引委員会、中小企業庁長官は、必要に応じ報告徴収、立入検査が可能で、違反が認められた場合には、勧告、勧告に従わない場合の命令及び命令の公表を行うことができるとされています。

また、前述の3(2)(3)を除く就業環境の整備への違反が疑われる場合は、厚生労働大臣は、上記と同様の調査及び措置を講ずることができます。

また、上記(3)の違反の疑われるときは、厚生労働大臣は、報告徴収を行うことができ、違反が認められた場合は、勧告と勧告に従わない場合の公表が認められています(命令は認められていません。)。

また、上記の命令、勧告のほか、必要に応じて公正取引委員会、中小企業庁長官および厚生労働大臣は、指導、助言をすることができるとされており、また上記報告徴収、立入検査の妨害、命令違反に対しては、罰金、厚生労働大臣の報告徴収の妨害に対しては、過料の制裁が課されます。

下請法における事例等からみて、はじめての違反や軽微な違反についてはこの指導、助言が活用されるのではないかと予想されます。

池田総合法律事務所では、この新法のフリーランス保護法のみならず、優劣関係のある取引関係の規制を目的とした、独占禁止法、下請法、建設業法等の案件を取り扱っておりますので、関連の紛争やお悩みがありましたらご相談ください。

                          (池田伸之)

社会保険の適用拡大、賃金デジタル払い解禁、育休取得状況公表義務化 ~働き方改革への対応は十分ですか~

1.はじめに

働き方改革の一環として、2023年4月に、賃金デジタル払いの解禁、育児休暇取得状況の公表義務化に関する改正省令が施行されました。

また、2016年から社会保険の適用が段階的に拡大されており、2024年にはさらなる適用範囲の拡大化が予定されています。

本コラムでは、これらの内容についてご説明します。

 

2.社会保険の適用拡大化

厚生年金保険、健康保険、介護保険などの社会保険は、労働者の健康や退職後の生活を支える大切な制度です。

労働者の働き方、企業による雇い方の選択において、社会保険制度における取扱いによって選択を歪められたり、不公平を生じたりすることがないよう、出来るだけ多くの労働者に社会保険を適用することが目標とされています。

一方で、社会保険適用の拡大化は、事業主の負担増に直結し、経営への影響も大きいため、これまで段階的に適用拡大化が進められてきました。

2016年10月から、「従業員数501人以上の企業」が対象となりましたが、2022年10月からは「従業員数101人以上の企業」に拡大、2024年10月からさらに対象が拡大され、「従業員数51人以上の企業」が対象となります。

また、2016年10月から、対象企業の拡大と同時に、被保険者の範囲についても見直しが行われ、「①週所定労働時間が20時間以上、②月額賃金8.8万円以上、③勤務期間1年以上」 の要件を満たす短時間労働者(ただし学生は適用除外)への適用が実現され(③については2022年10月に撤廃)、2017年4月からは、労使の合意に基づき、企業単位で短時間労働者への適用拡大が可能となりました。

これにより、フルタイムで働く厚生年金の被保険者約4480万人(2020年現在)に加え、上記要件を充たす短時間労働者約232万人が被保険者として新たに加わることになりました。

 

3.賃金デジタル払いの解禁

労働基準法では、賃金は現金払いが原則となります。昔は、毎月給料日になると、現金の入った給料袋が従業員に配られるといった光景が見られました。

しかし、現在は現金で支払っている会社はごく一部に限られ、多くの会社では、労働者の同意のもと、銀行口座などへ振り込む方法により支払われているものと思います。

今後は、さらに進んで、キャッシュレス決済の普及や送金手段の多様化のニーズに対応するため、一部の資金移動業者(○○Payなど)の口座への賃金支払いが認められ、電子マネーとして給料を受け取ることができるようになります。

会社が賃金のデジタル払いを始めるには、まず、①利用する資金移動業者の指定などを内容とする労使協定を締結する必要があります。その上で、②労働者が、賃金のデジタル払いを希望する場合、会社に同意書を提出することが必要です。

なお、万が一、指定資金移動業者が破綻したときには、保証機関から支払いが行われるようになっています。

 

4.育休取得状況公表の義務化

2023年4月1日から、常時雇用する労働者が1000人を超える事業主は、育児休業等の取得の状況を年1回公表することが義務付けられるようになりました。

常時雇用する労働者とは、雇用契約の形態を問わず、事実上期間の定めなく雇用されている労働者を指し、具体的には、①期間の定めなく雇用されている者、②過去1年以上の期間について引き続き雇用されている者、又は日々雇用される者で、その雇用期間が反復更新されて、事実上①と同等と認められる者(アルバイト、パートを含む)を言います。

今回、男性の育児休業取得促進のために、男性の育児休業等取得率の公表も義務付けられています。

育児休業は、「子を養育するための休業」であり、男女がともに育児に主体的に取り組むために、労働者が希望するとおりの期間の休業を申出・取得できるよう、会社は、育児休業を取得しやすい雇用環境を整備することが重要です。

 

5.おわりに

会社の経営者の立場から見ると、賃金のデジタル払いはともかくとして、育休状況の公表義務化や社会保険の適用拡大化は、経営の負担を増大することになると思われます。

しかし、国民の価値観やライフスタイルが多様化し、働き方の多様化がますます進む中、どのような働き方をしてもセーフティネットが確保され、誰もが安心して希望どおりに働くことができる環境を作っていくことは、長期的に見れば、人材の安定的な確保、会社の信用向上等、会社にも良い影響を与えるものと考えます。

池田総合法律事務所では、労務管理等についても経験豊富な弁護士が複数いますので、お気軽にご相談ください。

(石田美果)

パワハラの定義と対応(「働き方」に関する労働法制連載)

1 はじめに

労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」。旧雇用対策法)により,2020年6月から大企業においてパワーハラスメント防止が義務化されていますが,2022年4月から中小企業でもパワーハラスメント防止が法的な義務として定められるに至っています。

パワーハラスメントは,企業内で不正・違法行為があったとしても,それを隠蔽するベクトルで作用することが往々にしてあり,場合によってはコンプライアンス経営ができていないとして企業の存続すら左右する最初のきっかけになりかねません。

例えば,上司が部下に対して日常的にパワーハラスメントに当たるような行為を繰り返したうえで,上司が部下に過大なノルマを課す,製品の品質管理等で違法な指示を出すなどした場合には,部下は上司に対する恐怖などから違法不当な指示でも抵抗できなくなり,それが常態して,後任に引き継がれて,問題が顕在化したときには取り返しのつかない企業不祥事に至っていることもあります。

そこで,パワーハラスメントとは何か,企業としてどのような対応をしていくかについて,「働き方」に関する労働法制の連載の一つとしてコラムとして紹介させていただきます。

 

2 パワーハラスメントの定義(労働施策総合推進法30条の2)

労働施策総合推進法30条の2は,パワーハラスメント(パワハラ)を法的に定義しています。

同法の定義は,

①優越的な関係を背景とした

②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により

③就業環境を害すること(身体的もしくは精神的な苦痛を与えること)

の3要素すべてを満たすものとされています。

①の「優越的な関係を背景とした」については,典型的には上司から部下に対する言動があたりますが,同僚や部下の言動であっても該当する場合があります。例えば,同僚や部下が業務遂行上で必要な知識等を有していて,その同僚や部下の協力がなければ業務の円滑な遂行を行うことが困難な場合などでは優越的な関係を背景にしているといえます。

次に,②の「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」は,業務上明らかに必要性の無い言動などです。例えば,上司が部下に対して「いますぐ辞めろ」「死ね」「親の顔がみてみたい」といった発言をすれば,それは業務上何らの必要性も相当性もありませんので,パワハラにあたることは異論の無いところだと思います。

最後に,③の「就業環境が害される」については,社会一般の労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかが基準となります。 上記の例でいえば,「いますぐ辞めろ」というのは会社から追い出されるかもしれない,このまま就業を続けることができないと感じさせるものですので,通常は,就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動にあたります。

 

3 パワーハラスメントへの対応

(1)どうやって把握するか

パワーハラスメントが会社内で起こっていたとしても,それをどうやって把握していくかが最初のハードルになります。

パワーハラスメントの場合,例えばパワハラをされている部下などが,パワーハラスメントの存在を会社のしかるべき部署に報告・通報しても,パワーハラスメントをしている上司を通じて握りつぶされるのではないか,報復があるのではないかという恐怖心から報告・通報できないことが多いと思われます。加えて,パワハラをしている者,されている者の周囲の同僚も,あえて報告・通報してトラブルに巻き込まれるのは避けようとしがちです。

そこで,パワハラを把握するためには,パワハラがあると報告・通報した者が守られる制度を構築する必要があります。

会社内で十分な人的資源があるところであれば,自社内の監査部門が対応することが多いでしょうし,外部の弁護士事務所にも通報窓口となることを依頼していることも多くあります。当事務所も公益通報の窓口として,パワハラ・セクハラの通報も受け付ける外部通報窓口業務をご依頼いただいています。

また,会社内に十分な対応ができない会社であっても,外部の弁護士事務所が通報窓口となって情報を収集することは可能ですし,中小企業でもパワーハラスメントの防止義務がある以上,何らかの対応策を講じる必要があります。

(2)どうやって調査するか

パワーハラスメントの報告・通報があったからといって,報告・通報は調査に入り,会社をより良くしていくためのきっかけにすぎません。

報告・通報があれば,調査を行い,事実を確認し,確認できた事実から処分などを検討する必要があります。

しかし,どうやって調査をし,事実を確認していくかは,会社員であれば経験したことの無い業務ですので,難しいと感じられることが多い印象です。

当事務所でのハラスメントの調査をしている,あるいは社内での調査をサポートさせていただいていても,ハラスメントかどうかが明確にならないこともあります。

そういった場合でも,弁護士として調査をどうすべきか,確認できる事実は何かを協議させていただきながら,一件一件の事案に対応させていただいています。

 

4 最後に

当事務所では,パワーハラスメント防止に向けた研修,ハラスメントを含む公益通報の外部窓口,ハラスメントの企業側調査のサポートなどを日常的に行っています。

ハラスメントを防止するように日常から従業員に意識付けをもたせ,ハラスメントが起こった場合でも一貫して対応できる体制,知識,経験がありますので,池田総合法律事務所にご相談ください。

(小澤尚記(こざわなおき))

2024年の重大問題-時間外労働に関する法改正と未払残業代請求のリスク

1 時間外労働に関する規制の適用拡大(猶予期間の終了)(202441日~)

働き方改革の一環として、労働基準法が改正され、時間外労働(いわゆる残業)の上限が法律で以下のとおり定められました(労働基準法36条3項ないし6項)。

 

原則:1か月あたり45時間、年間360時間(限度時間)以内

例外:臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合には、1か月あたり100時間未満(休日労働含む)、複数月の場合には月平均80時間以内(休日労働含む)、限度時間を超えて時間外労働を延長できるのは年間6か月以内

 

この上限は、2019年4月から大企業に、2020年4月からは中小企業にも適用されていましたが、以下の業種については、適用が猶予されていました。その猶予期間が、2024年3月で終了し、同年4月からは以下の業種についても時間外労働の上限が適用されます。

工作物の建設の事業/自動車運転の業務/医業に従事する医師/鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業(ただし、業種によっては上記の規制がそのまま適用されないものがあります。詳しくは https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/topics/01.html をご参照ください)

 

 

2 中小企業の月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引き上げ(202341日から適用済み)

使用者が、労働時間を延長し、または休日に労働させたときは、その時間又はその日の労働について、割増賃金を支払わなければいけません(労働基準法37条1項)。この割増賃金を計算する際の、月60時間を超えた部分の割増賃金率について、従前、大企業は50%、中小企業は25%とされていたのが、2023年4月1日より、中小企業についても50%となりました。

 

3 残業代未払がある場合の制裁

上記のとおり、使用者が労働者に対して時間外労働をさせる場合には、上限を超えないように注意する必要がありますし、上限の範囲内であっても割増賃金(いわゆる残業代)を支払わなければなりません。適正な割増賃金が支払われない「サービス残業」が問題になることが少なく有りませんが、そうした割増賃金の未払については次のような制裁があります。

(1)残業代未払に対する罰則

時間外労働や休日労働をさせた場合に、法律に従った割増賃金を支払わないと、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金を科せられる可能性があります(労働基準法119条1号)。

(2)未払残業代の請求

割増賃金を支払っていない場合、労働者から未払分の請求をされる可能性があります(未払残業代の請求)。現在の法律では、賃金に関する請求権(退職手当を除く)の時効期間は3年とされています(労働基準法115条、同附則143条3項)。

残業代の未払が生じている場合には、法律の計算で算出された割増賃金に加えて、遅延損害金が発生します。この遅延損害金は、通常は民法で定められた年率(現在は3%)で計算をしますが、対象となる労働者が既に会社を退職している場合には、退職の日の翌日から年率14.6%の遅延損害金が発生します(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項、賃金の支払の確保等に関する法律施行令1条)。

更に、未払残業代の請求が訴訟でなされた場合、裁判所に裁量により、未払賃金と同額の付加金の支払いを命ぜられることがあります(労働基準法114条)。

したがって、退職した労働者に対する残業代の未払が200万円あり、それを訴訟で請求された場合には、400万円以上の支払をしなければならない可能性があります。

 

4 おわりに

使用者として、時間外労働の上限が設定されたり、割増賃金率が上がったりすることは、一時的には負担に感じられるかも知れません。しかしながら、従業員に働きやすい環境を整備することは、長期的に見ると業務にも良い影響を与えるものと思われます。

なお、労働時間の縮減や年次有給休暇の促進に向けた環境整備等に取り組む中小企業事業主は、その実施に要した費用の一部を助成する「働き方改革推進支援助成金」を受けられる可能性があります。こうした助成金なども活用しつつ、環境整備などをされると良いと思います。

(働き方改革推進支援助成金については、労働時間短縮・年休促進支援コースや1で説明した建設業等を対象とする適用猶予業種等対応コースなど5つのコースがあります。詳しくは、

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/jikan/index.html

の「働き方改革推進支援助成金」の項目をご参照ください)

何をして良いのかわからない、どのようにやっていくか相談したいという方は、ぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。

(川瀬 裕久)

 

「働き方」に関する労働法制について

2018年にいわゆる働き方改革関連法が成立し、以後、①長時間労働是正のための規制(残業時間の上限規制、1年あたり5日の年次有給休暇の義務化、労働時間の客観的把握の義務化等)や、②格差是正のための規制(不合理な待遇差の禁止、差別的取扱いの禁止、労働者に対する待遇に関する説明義務の強化等)が進められてきました。

 

長時間労働や格差といった、従来の日本型雇用に内在する大きな社会問題の解決のための改革が推進された背景には、人口減少と少子高齢化に伴う働き手の減少と、個々の事情に応じた働き手のニーズの多様化という大きな社会環境の変化がありました。

社会環境の変化という点では、2020年以降のコロナ禍とそれに伴う社会的な枠組みの大きな動揺もありました。感染防止対策のためにリモートワークが一気に推進されました。しかし、感染対策についての社会的コンセンサスが変化し、リモートワークの弊害(生産性の低下、マネジメントの効率低下、コミュニケーション不足等)も指摘される中で、その後のコロナ禍の収束とともにリモートワークの割合は一時期に比べ低下しているようです。

コロナ禍を経て、従前の働き方に回帰する動きがある一方で、物価高や一層の人手不足はコロナ前よりも状況はより深刻な状況です。働く側の交渉力が相対的に大きくなり、従来の日本型雇用をモデルとする「働き方」像とは違った形の「働き方」を選ぶ方も増えることが予想されます。

 

そのような状況下で、2024年4月からは働き方改革関連法の中心的な位置を占めた残業時間の上限規制について、猶予期間を設けられていた物流・運送事業や建設業にも残業時間の上限規制が適用されます。また、増加するフリーランサーを保護するための法制も動き始めます。

大きな社会環境の変化の中、いわゆる働き方改革はまだ途上ですし、今後の法制度の変化も少なくありません。当事務所のブログでは、次回以降、2023年夏時点での「働き方」に関わる法改正や規制内容について解説を行おうと思います。

 

解説することがらの概略はつぎのとおりです。

①物流・運送に関わる時間外労働についての法改正

2024年4月1日から物流・運送に関する自動車運転業務や建設業に関しての時間外労働の上限規制が適用されます。

②中小企業のハラスメント防止措置や時間外労働についての法改正

中小企業に対する規制もより強化されています。2022年4月1日から職場のパワーハラスメント防止措置が義務化され、2023年4月1日から時間外労働に関する規制が適用となっています。

③その他23年改正と24年改正

賃金デジタル払い解禁、育休取得状況公表義務化やパート・アルバイトの社会保険適用拡大など、直近にも諸々の改正があります。

④フリーランス保護法制

フリーランサーは、労働基準法等が適用されないため、取引上弱い立場にあり、雇用される者と比べて不当な不利益を課されることもありました。2023年4月28日、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案」(フリーランス・事業者間取引適正化等法案。いわゆる「フリーランス保護新法」)が成立しました。施行日は未定ですが、遅くとも2024年秋頃までには施行されると思われます。

⑤副業に関する労働法制上の諸問題

2018年1月に厚生労働省が、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成したことにより、副業・兼業が認められやすくなりました。物価高や人材不足もあり、副業・兼業がより選択されやすい状況も生じていると思います。労働者側、使用者側それぞれの立場から解説します。

山下陽平

 

これからの経営者報酬の設計について

1.はじめに

従来、日本企業の役員報酬は欧米に比べて、水準が低く、業績との連動もあまり考慮されていない、と言われてきました。一旦就任すると、定められた在任年数や役員定年までは確実に在任し続けるといった状況が常態化している背景にあります。最近は、経営者が新しいビジネスに果敢に取り組むためのインセンティブを働かせるため、金銭的・非金銭的の両面を含め、見直しが図られています。

企業統治の強化の観点から、役員報酬の設計と開示の在り方が、上場企業はもとより、中小企業においても、検討課題に挙がっているこの頃、見直すとすればどのようなことを検討すべきなのか、整理してみたいと思います。

2.会社法の規定は

会社法は、役員報酬について、決定する手続きと情報開示の二つの面から規制を置いています。役員報酬は、定款又は株主総会の決議(指名委員会等設置会社にあっては報酬委員会の決議)を必要としています。また、事業報告において重要な事項の記載を必要とするとしています。これは取締役自らがお手盛りをすることのないように、また、自己検証をするための規制です。もっとも、会社法は、報酬の種類や支給財源については特段の規制を置いていません。

3.CGコードは

そのような中、2015年6月に東京証券取引所が策定したコーポレートガバナンスコード(CGコード)において、上場企業を対象に、経営者報酬の設計、決定プロセス及び開示の観点から指針が示されました。設計の面では、持続的な成長に向けてインセンティブが働くように、中長期的な業績と連動する報酬や自社株報酬の割合を適切に設定すべきとされました。

また、プロセスの面では、独立社外取締役の主体的な関与、報酬委員会の設置が養成され、情報発信も行うべきであると盛り込まれました。

金融庁が設置したスチュワードシップコード及びコーポレートガバナンスコードのフォローアップ会議(2018年3月)では、実効的な「コンプライ・オア・エクスプレイン」を促すとして、「投資家と企業の対話ガイドライン」を公表し、さらに2021年6月に改訂され、経営陣の報酬制度を、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けた健全なインセンティブとして機能するように設計し、適切に具体的な報酬額を決定するための客観性・透明性のある手続きが確立されているか、手続きを実効的なものにするために、独立した報酬委員会が必要な権限を備え、活用されるように要請しています。

4.株式報酬の定め方

(1)その後、株式報酬型ストップオプションや株式交付信託と言って実務的な工夫がなされたり、譲渡制限付株式の付与の方法として、役員に業績に連動した将来の金銭報酬債権を付与し、役員が債権を現物出資して払い込みを行い、会社が特定譲渡制限付株式を発行する方法が実務的に行われるようになりました。いずれにせよ、決議すべき事項が詳細に定められ、取締役に報酬として株式を直接交付することが技術的には可能になりました。

(2)固定報酬部分、短期のインセンティブが働く部分(例えば、賞与)、長期のインセンティブが働く部分の組み合わせを工夫しながら、設計が行われています。

賞与の在り方も、業績指標や個人業績の目標を明確に定め、達成度合いによって賞与額が決定される、業績目標においても売上高、営業利益が取り上げられることが多いものの、ESGsの要素を取り入れる動きも少なくありません。

長期的な報酬としては、企業価値を意識して自社株報酬を用いることも一般的になってきました。

5.まとめ

また、最近では、人材確保のために、従業員に株で報酬を渡す企業も、国内に500社を越えているようです。従業員が株の価値向上を享受できるような自社株の割り当て(一定期間売却制限付き)といったことも、今後増えてくるでしょう。

株主と企業価値を共有し、かつ経営者への適正な監督が図られているかの指標として、報酬のあり方についてのステークホルダーの関心は、上場企業でなくとも、ますます高まっていると考えられます。業績との連動は避けては通れないところであり、現にある報酬制度の変更を検討してみてはいかがでしょうか。もっとも新しい報酬制度の導入に当たっては、いろいろな点での検討が必要です。例えば、不正会計がなされたり、投資に伴なう巨額損失や大幅な業績下方修正、不祥事の発生などがあった場合には、既に支払い済みの役員報酬を強制的に返還させるクローバック条項を定めることは必須事項です。工夫をしつつ、新たな報酬制度を導入することは企業の目標達成のための一助となります。

<池田桂子>

会社の機関設計 「監査等委員会設置会社」という選択について

監査等委員会設置会社は、2014年(平成26年)の改正会社法により導入された機関設計です。上場を目指して、その準備を進めていく過程で、この頃、よく耳にします。またすでに上場している会社においても監査役会を廃止して、監査等委員会設置会社に移行する会社が増加している傾向があるように思います。2022年7月の東京証券取引所の状況では、監査役会設置会社が全上場会社の60.7%を占めるものの、監査等委員設置会社は36.9%で、前年よりも増加しています。

取締役らの経営方針の決定と執行を監査する監査役の制度は、幾度かの会社法の改正で機能強化が図られてきました。日本の企業においては、これまで、取締役会は監督ではなく意思決定の場であり、また、取締役は従業員が長年の勤務の先に昇進する場であると認識されていた面も強いと思います。しかしながら、近年、コーポレートガバナンスの議論が進展し、監査役ではなく、取締役会や取締役による監督をガバナンスの中心において機関設計を行うという考え方がとられるようになりました。

監査等委員会設置会社においては、監査役でなく、社外取締役を中心として構成される監査等委員会が取締役の職務の執行の監査を担います(会社法399条の2第3項1号)。監査等委員は、取締役として、代表取締役等の業務執行者の選任、解任、をはじめとする取締役会決議における議決権があり、監査等委員会は株主総会において代表取締役等の選任、解任、辞任や報酬について意見を述べる権限を有しています(会社法342条の2、361条6項)。すなわち、監査に加えて、監督機能を果たすことが予定されています。
監査等委員会設置会社では、取締役の過半数が社外取締役であるか、定款に定めがある場合には重要な業務執行の決定は取締役に委任することができます(会社法399条の13)。会社法上、監査等委員会設置会社では、常勤の監査等委員の選定は義務付けられてはいないのですが、大半の場合、やはり常勤者を選任しています。また、監査等委員会設置会社は、大会社であるか否かに関わらず、会社法の機関である会計監査人の設置が義務付けられています(会社法327条5項)。これに対して、監査役会設置会社は、大会社でなければ会計監査人の設置は義務付けられていません。上場後は別として、上場会社は会計監査人の設置の必要があるため(上場規程)、上場段階では、違いがあるということになります。

監査役会設置会社では、取締役3名以上、かつ、監査役3名以上の役員により役員が構成されることが求められています。一方、監査等委員会設置会社では、業務執行権を持つ取締役1名以上、かつ、業務執行権限を持たない監査等委員たる取締役3名以上により取締役会を構成するとされており、最低、4名の取締役のみ(監査役は不要)で足りるという点で、準備がしやすいという特徴があるように考えられているように思います。

もっとも、監査役会設置会社と監査等委員会設置会社とで、機関設計の優劣があるというのではないと考えられます。組織をどう動かすのか、その機動性の確保と構成員による監督、監査により透明性、妥当性、適法性などを確保している姿勢を会社の成長スピードや発展方向において、よく検討し、幅広く有用な経営に資する人材を配置できるかにかかっています。
上場準備に向け、事業規模の拡大や投資を呼び込む経営方針をスピード感を持って議論を進めるには、機関設計も重要なポイントです。

<池田桂子>

第6回 所有者不明土地・建物の管理制度

日本の国土の内、実に22%が、相続登記が未了であったり、住所変更の登記がなされていないため、所有者が不明の不動産であるといわれています(平成29年国交省調査)。こうした土地は、管理が適正に行われていないことが多く、荒廃、老朽化が進み周囲に危害を及ぼしている、あるいは、その危険があり社会問題化しています。

こうした場合、現行の法制度では、①所有者が不在として不在者管理人、②所有者が死亡し相続人が不明の場合は、相続財産清算人、③法人が解散して清算人となる人がいないときは清算人の、各選任を裁判所に申し立て、その選任を経て、適切な財産管理をしてもらうということが可能です。

 

しかし、これらの制度はいずれも、管理が不適切となっている不動産だけでなく、不明となっている人や法人の財産全般を管理する「人単位」の建付けとなっているので、財産管理が非効率になりがちで、利用者にとっても負担が重く、また、そもそも所有者が全く特定できないときはこれらの制度が利用できません。

そのため、新制度では、効率的な不動産の適切な管理を実現し、また、所有者が特定できず、所有者が誰だかわからないケースでも対応可能なように、問題となっている特定の土地・建物のみに特化し管理を行う、「所有者不明土地管理制度」及び「所有者不明建物管理制度」が創設されました(新民法264条の2~264条の8)。

申立人は、当該土地建物の管理について利害関係を有する人や地方公共団体の長で、不動産の所在地を管轄する地方裁判所へ申立てをします。

申立の要件としては、調査を尽くしても所有者またはその所在を知ることができないこと(登記簿、住民票、戸籍などの公文書調査や現地調査など)及び管理人による管理を必要とする状況にあることです。

 

裁判所は、1か月以上の異議申し出期間を定めて公告し、申立を相当と認めるときは、管理人による管理命令を発令し、不動産にその旨登記されます。管理人は、弁護士、司法書士、土地家屋調査士などが予定され、対象不動産の管理処分権を専属し(当該不動産だけでなく、不動産内の所有者の動産、管理人が得た売却代金などの金銭等の財産、建物の場合はその敷地利用権を含みます。)、管理人は、対象不動産に対する保存・利用・改良行為のほか、裁判所の許可を得て、対象財産の売却,取壊し等の処分が出来ます。不動産の売却などで、管理の必要性がなくなったときは、管理人は売買代金などの金銭を供託し、裁判所は、その旨の公告をして、管理命令を取消し、管理命令の登記を抹消して終了となります。管理人は、裁判所の定める金額の費用の前払いや報酬を受けることができます。

 

【管理不全土地・建物管理制度】

所有者が不明の場合だけでなく、所有者による管理が適切に行われず、建物が倒壊の恐れがあったり、植樹が道路上に覆いかぶさったり、あるいは、ゴミの不法投棄などにより、臭気や害虫発生により、近隣の人々、通行人に、危害を生じる恐れがあるケースや健康被害を生じさせているケースが見受けられ、地域の問題となっています。

現行の制度では、こうした管理不全の不動産の所有者宛、物権的な請求権を根拠に危害を及ぼす物件の撤去を求め、あるいは、慰謝料などの損害賠償の請求を訴訟上請求し、判決を得て、強制執行をする等で対応はできますが、手続きが煩瑣で手間暇を要します。また、不動産の管理権自体を所有者から取り上げるわけではなく、管理をしない所有者に代わって管理を行うという観点がないため、実際の不動産の状況に応じた、継続的で適切な管理ができないという限界がありました。

そのため、新制度では、管理不全土地・建物について、裁判所が、管理人による管理を命ずることができるとする、「管理不全土地・建物管理制度」を創設しました(新民法264条の9~264条の14)。

 

申立人は、管理不全土地・建物の管理についての利害関係を有する利害関係人、市町村長です。倒壊の恐れのある建物などの隣地所有者や、ゴミ屋敷化により臭気や害虫が発生するなどの健康被害を受けている被害者等も、申立人になることができます。

不動産所在地を管轄する地方裁判所に申立てますが、管理人によって管理費用を確保しておく必要性があるため、原則的に予納金の納付が必要となります。

緊急性があるような場合を除き、原則として、所有者からの陳述聴取が必要で、そのうえで、裁判所は、申立を相当と認めるときは、管理人による管理命令を発令します。管理人は、弁護士、司法書士などが選任されます。管理命令は、不動産への登記は予定されていません。

管理命令は、所有者に告知され、所有者、利害関係人は、即時抗告により不服申立ができ、この場合、決定が確定するまで、命令は効力を生じません。

管理命令の及ぶ範囲、管理人の権限、裁判所の許可を得て売却などもできることは、上記の所有者不明の管理人制度と同様ですが、土地建物の売却などの処分をするときは、所有者の同意も必要です。また、管理処分権限を所有者から完全に取り上げるものではなく、管理人に専属するものではありません。

管理人への費用の前払い、報酬支払、売却の場合の供託、公告、管理の継続の必要がないときの管理命令の取消し等は、所有者不明の管理人制度と同様です。

 

これら二つの新制度の創設により、既存の不在者財産管理人などの制度が廃止されるわけではなく、どの財産管理制度を利用するかは、手続きの目的、対象財産の状況、管理人の権限の違いなどを検討して、申立人が適切な制度を選択するということになります。

 

このほか今回の改正では、①相続人不存在の場合、3回の公告を統合して2回として、手続きの短縮化を図ったり、②相続放棄をした場合の財産の管理継続義務につき、放棄時に現に占有する相続財産につき、相続財産の清算人に引き渡すまでの間として、その対象、終期を明らかにするなどの改正が行われている。

 

池田総合法律事務所では、従来から、所有者不明問題を含む、不動産の共有問題全般について、セミナーなどを通じて皆様に情報提供し、また、具体的な案件を担当しておりますので、お困りの案件がございましたら、ご相談できれば有益なアドバイスができると思いますので、ご気軽にご相談ください。

(池田伸之)

第5回 共有物の変更・管理に関する見直し

2021年の民法の改正により、2023年4月1日から、共有物の変更・管理に関するルールが大きく変わりました。

本コラムでは、その内容についてご説明します。

 

1 共有物の「管理」の範囲の拡大・明確化

これまでは、共有状態にある土地、建物に変更を加える場合、それが軽微な変更であっても、共有者全員の同意が必要でしたが、民法改正により、軽微な変更については、持分の過半数で決定することができるようになりました。

軽微な変更に当たる例としては、砂利道のアスファルト舗装や、建物の外壁・屋上防水等の修繕工事が挙げられます。

 

2 共有物を使用する共有者がいる場合のルール

これまでは、一部の共有者が共有物を使用している場合に、他の共有者が共有物を使用することは事実上困難でした。

民法改正により、持分の過半数で管理に関する事項を決定することができるようになったため、共有物を使用する共有者がいる場合でも、共有物を使用する共有者以外の共有者に共有物を使用させる旨決定することが可能となりました。

なお、管理に関する事項の決定が、共有者間の決定に基づいて共有物を使用する共有者に特別の影響を及ぼすときは、その共有者の承諾を得なければならないとされています。

この「特別の影響」とは、対象となる共有物の性質に応じて、決定の変更等をする必要性と、その変更等によって共有物を使用する共有者に生じる不利益とを比較して、共有物を使用する共有者に受忍すべき程度を超えて不利益を生じさせることをいい、その有無は、具体的事案によって判断されます。

例えば、A、B、Cが各3分の1の持分で建物を共有している場合において、過半数の決定に基づいてAが当該建物を住居として使用しているとします。Aが他に住居を探すのが容易ではなく、Bが他の建物を利用することも可能であるにもかかわらず、BとCの賛成によって、Bに建物を事務所として使用させる旨を決定するといったケースです。この場合、Aが承諾しなければ、Bに建物を事務所として使用させるといった決定は出来ないということになります。

なお、共有物を使用する共有者は、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負います。

また、共有者は、善良な管理者の注意をもって、共有物の使用をしなければなりません。

 

3 賛否を明らかにしない共有者がいる場合の管理

共有者の中で賛否を明らかにしない共有者がいる場合には、裁判所の決定を得て、その共有者以外の共有者の持分の過半数により、管理に関する事項を決定することができます。

例えば、A、B、C、D、E共有(持分各5分の1)の砂利道につき、A、Bがアスファルト舗装をすることについて、他の共有者に事前に連絡をしたが、D、Eは賛否を明らかにせず、Cが反対した場合には、AとBは裁判所の決定を得た上で、アスファルト舗装をすることができます。

ただし、変更行為や賛否を明らかにしない共有者が共有持分を失うことになる行為(抵当権の設定等)は、決定することができません。

なお、所在等が不明の共有者がいる場合も、裁判所の決定を得て、同共有者以外の共有者全員の同意により、共有物に変更を加えることができます。

また、所在等不明共有者以外の共有者の持分の過半数により、管理に関する事項を決定することができます。

 

4 共有物の管理者

旧民法には共有物の管理者に関する明文規定がありませんでしたが、民法改正により、共有物の管理者を選任し、管理を委ねることが出来るようになりました。

管理者の選任・解任は、共有物の管理のルールに従い、共有者の持分の過半数で決定します。共有者以外を管理者とすることも可能です。

選任された管理者は、管理に関する行為をすることができますが、軽微でない変更を加えるには、共有者全員の同意を得なければなりません。

 

5 裁判による共有物分割

旧民法では、裁判による共有物の分割方法として、現物分割と競売分割が挙げられており、裁判所はまず現物分割の可否について検討した上で、現物分割が困難な場合に競売分割を命じることができるとされています。

しかし、賠償分割、つまり共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を金銭で支払わせる方法については明文の規定がありませんでした。

民法の改正により、裁判による共有物分割の方法として、賠償分割が可能であることが明文化されました。

また併せて、①現物分割・賠償分割のいずれもできない場合、又は②分割によって共有物の価格を著しく減少させるおそれがある場合、に競売分割を行うこととして、検討順序を明確化しています。

 

共有物の管理・処分をめぐるトラブルについては、池田総合法律事務所において、ご相談・受任の上、解決した例が多くあります。共有物に関してお困りの方は、経験豊富な池田総合法律事務所にご相談ください。

(石田美果)