相続人がいないときの財産の遺し方

1 相続人がいない場合の相続財産の行き先

2025年12月17日のコラム「増えている相続財産清算人制度の利用」でもご紹介しましたとおり、亡くなった方に相続人がいない場合(法定相続人全員が相続放棄をした場合を含む)には、亡くなった方の相続財産(遺産)は、相続財産清算人が管理し、最終的には国庫に帰属することとなります。

 

2 生前に相続財産の譲渡先等を決めておく方法

「法定相続人はいないが、ある程度の相続財産があるので、国庫帰属となるよりは生前にお世話になった人に渡したい」という場合、2026年1月15日のコラム「相続財産清算人制度(特別縁故者に対する相続財産分与)相続財産清算人制度(特別縁故者に対する相続財産分与)」でご紹介した方法により、生前に世話をした人が特別縁故者に当たるとして、相続財産の全部又は一部がその人に渡る可能性もあります。しかしながら、この方法は、特別縁故者が申立てをする必要がありますし、最終的に分与を受けられるか否かは、裁判所が決めるため、確実に渡せるわけではありません。

そこで、相続人ではない誰かに確実に相続財産の全部又は一部を渡したいと考えた場合には、事前に遺言書を作成したり、民事信託契約を締結したりするなどして、準備をしておくことが望ましいです。

具体的には、例えば以下の様なケースが考えられます。

<想定されるケースの例>

①婚姻関係の無い同居人やパートナーに相続財産を渡したい。

②生前飼っていたペットの世話をしてもらいたい。

③理念に共感できる団体に寄付をして活動に役立ててもらいたい。

 

3 遺言による準備の例

⑴ 遺言とは

ある人の最終意思が一定の方式で表示されたもので、例えば、その人が所有している自宅や預貯金を誰に承継させたいか等を記載したものです。

遺言書には自ら作成する自筆証書遺言と公証役場で作成してもらう公正証書遺言があり、自筆証書遺言については法務局で保管することができます(2024年12月15日コラム「遺言書保管制度のその後 」参照)。

⑵ 利用例と注意点

ア 2のケース①

同居人やパートナーである「Aさんに、全財産を遺贈する」などと記載することにより、Aさんに相続財産を渡すことができます。なお、このような書き方にすると、Aさんにプラスの財産(不動産、預貯金等)だけでなくマイナスの財産(借金、連帯保証債務等)も引き継がれるため注意が必要です。

イ 2のケース②

例えば、生前のペット仲間で世話をしてもらえそうなBさんに相続財産を全て渡す代わりに、ペットの世話をすることを条件とする遺言を作成することが考えられます(このような渡し方を「負担付遺贈」と言います)。

負担付遺贈を受けた人がその負担した義務を履行しない場合には、相続人が家庭裁判所に遺言の取消しを求めることができますが(民法1027条)、このケースのように、相続人がおらず、かつ、世話の対象がペットである場合には、実際のところ、Bさんが本当にペットの世話という義務を履行しているかをチェックすることは難しい点に注意が必要です。

また、このような内容の場合には、いきなり遺言書に書くのではなく、事前にBさんとよく話をして、具体的に世話の仕方などを取り決めた上でお願いしておくべきでしょう。

ウ 2のケース③

遺言に、寄付する先を記載しておくことになります。日本赤十字社のようにウェブ上で寄付について記載している団体もありますし、生前に身の回りの世話をしてもらった法人等に寄付をすることもあり得るでしょう。

寄付をしたいと考える場合には、事前に、寄付先の団体に、寄付の方法等を相談しておくと良いと思います。

エ 遺言執行者の指定

せっかく遺言書を作成しても、それが実現されなければ意味がありません。遺言書には必ず遺言書の内容を実現する遺言執行者を指定しておきましょう。

 

4 民事信託による準備の例

⑴ 民事信託とは

民事信託とは、ある信頼できる人(受託者)に対して、土地や金銭などの財産(信託財産)を移転し、ある人(受益者)のためにその財産を管理・処分等をしてもらう制度のことを言います。

民事信託は、依頼をする人(委託者)と受託者との契約で設定することができるほか、遺言によって設定することも可能です。

⑵ 利用例と注意点

ア 2のケース①

前述のとおり、遺言書で同居人やパートナーであるAさんに相続財産を渡すことは可能ですが、Aさんが高齢であったりして財産管理が難しいような場合には、信頼できるCさんに不動産や金銭等を渡し、毎月少しずつ生活費相当額をAさんに渡したり、Aさんの代わりに不動産を管理したりしてもらうような信託をすることが考えられます。

イ 2のケース②

遺言書でペット仲間のBさんに一度に財産を渡してしまうと、その後、ちゃんとペットの世話をしてもらえるか分からないため、信頼できるCさんに金銭等を渡し、毎月少しずつBさんに渡してもらうような信託をすることが考えられます。

ウ 2のケース③

この場合は、基本的には遺言による対応で特に問題は無いと思いますが、渡すタイミングや渡し方等で何か細かく決めておきたいことがある場合には、信託による方法も選択肢に入るかもしれません。

エ 受託者や信託を監督する者の指定

信託を設定するあたり、最も悩ましいのが受託者を誰にするかです。基本的には信頼ができる誰かにお願いをすることになりますが、そのような人が見つからず信託を断念するケースも少なくありません。

また、信託を設定する際に、受託者の財産管理状況を監督する人(信託監督人や受益者代理人)を指定しておくことが望ましいと思います。

 

5 まとめ

今回は、相続人がいない場合に、相続財産がそのまま国庫に帰属してしまわないよう、生前にできる対策についてご説明しました(なお、これらの対策は、相続人がいる場合にも利用可能です)。

こうした制度を活用し、お世話になった人やのこされるペットのために相続財産を使いたいとお考えの方は、池田総合法律事務所にご相談ください。

(川瀬 裕久)

 

相続財産清算人制度(特別縁故者に対する相続財産分与)

1 制度概要

相続人がいない場合、相続財産は最終的に国庫に帰属するのが通常ですが、特別縁故者に対する財産分与の制度により、被相続人(亡くなった方)と特別な関係にあった方が、「特別縁故者」として家庭裁判所に申し立てることで、財産の一部または全部を受け取れる可能性があります。

この制度は、被相続人と長年生活を共にしてきた内縁の配偶者や療養看護に尽力してきた親戚、被相続人の事業を支えた友人など、被相続人の生前に深く関わった者が何らの財産を承継できずに相続財産が国庫に帰属することが、被相続人の意思に沿わない不合理な結果となることへの対応として創設されました。

 

2 特別縁故者とは

相続人がいない場合に相続財産の分与を請求できる特別縁故者は、以下のとおりです(民法958条の2)。

⑴被相続人と生計を同じくしていた者

⑵被相続人の療養看護に努めた者

⑶その他被相続人と特別の縁故があった者

これらに該当する方は、相続人捜索の公告期間満了後3か月以内に、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に申立てを行うことにより、相続財産の分与を請求することができます。

 

3 財産分与の相当性

特別縁故者に該当する場合であっても、財産分与を受けるには家庭裁判所が相当であると認めることが必要です。この相当性の判断は、家庭裁判所の広範な裁量に委ねられていますが、主に、被相続人と特別縁故者との関係の密接性、継続性(一時的な関係ではなく、長期にわたる関わりがあるか)、被相続人への貢献・関与の内容(介護や生活援助など、被相続人の生活に不可欠だったか)、被相続人の意思(財産を残したい意思が言葉や行動でうかがえるか)などが考慮されます。

これらの事実を立証するため、客観的な書類や写真、証言などを証拠として提出することが有効です。

なお、財産分与が認められた場合であっても、必ず全財産が取得できるわけではありません。貢献度や財産額に応じて、一部のみ分与と判断されることもあります。

しかし、法定相続人でなく遺言も残されていないという場合には、長年に亘り尽力してきた方には十分にそれを報いることのできる制度です。

 

4 特別縁故者に対する財産分与をお考えの方は、ぜひご相談を!

特別縁故者に対する財産分与が認められるためには、上記のポイントを押さえた証拠の準備が不可欠です。弁護士に相談することで、手続きの漏れや不利な判断を防ぎ、申立てをスムーズに進めることができます。

「相続人がいない場合、自分に財産を請求できるか知りたい」「長年介護してきた被相続人の財産をどう扱ってもらえるか不安」などのお悩みがある方は、ぜひ池田総合法律事務所に相談ください。

                         (栗本真結)

増えている相続財産清算人制度の利用

1 どのような制度か

少子化、非婚化の進行を背景にして、亡くなった時点で相続人がいないということが増えています。空き家など管理が必要な遺産が放置されて、近隣に迷惑を及ぼす危険なども、社会問題として時折取り上げられることもあります。

こうした場合に活用される制度があります。相続財産清算人は、相続人がいない場合(被相続人の戸籍上相続人の存在が認められない場合)や相続人全員が相続放棄をしてしまった場合に、管理を必要とする遺産があれば、亡くなった人の財産を管理し清算する業務を担う役割を果たします。従前は相続財産管理人と呼ばれていましたが、令和5年に名称が変更されました。

誰にも相続されない財産は最終的に国庫に帰属しますが、戸籍上相続人がいない場合でも実際に相続人が存在しないことを確認したり、遺産に債務があった場合には債権者の立場を保全して、債務を返済したりする必要があります。そこで、相続人がいない場合、放置しておくことはできませんので、被相続人の財産は法人とみなして、債権者などの利害関係者から家庭裁判所に相続財産清算人の選任を求め、選任されると、清算人が清算手続きを行っていきます。

 

2 相続財産法人化から国庫帰属までの手続きの流れ(民法951~959条)

① 相続財産清算人選任の申立て

選任請求をするのは債権者や受遺者なので利害関係者、あるいは検察官です。家庭裁判所が清算人を選任すると公告されます。公告期間が定められ、この間に相続人が判明しないと、債権者等は弁済の請求ができます。

従前、相続人の捜索の公告は、相続債権者・受遺者に対する請求申出の後に行われていましたが、民法改正により、令和5年4月1日以降の選任事案では、清算人選任の公告とまとめて同時に相続債権者・受遺者に対する請求申出の公告を行うことになりました。

② 相続人探索の公告 6ケ月以上の期間で定められます。

③ 相続債権者・受遺者に対する請求申出 2か月以上の公告。

④ 債務の弁済

⑤ 特別縁故者への分与

なお、内縁関係にあったとか療養監護に尽くしたといった事情で被相続人と特別な関係にあった者であると、家庭裁判所に認められることがあれば、特別縁故者として、相続財産の一部や大半を承継することができます。特別縁故者の申立ては、相続人の探索の公告機関の満了後3ケ月以内です。

⑥ 国庫への帰属

 

3 税金の扱いについて

相続財産法人には、被相続人の納税を行う業務も発生します。所得税、固定資産税などの支払いが発生している場合には、それも清算されます。

 

4 被相続人の財産に不動産がある場合、また共有不動産の場合

被相続人の財産の中に不動産が場合には、相続人不存在による所有権登記名義人氏名変更を行うことがあります。この登記は、選任された相続財産清算人が登記申請人になって申請します。相続財産清算人が管理する不動産を売却するには、家庭裁判所の許可(審判)を得て売却します。

共有者が死亡した場合は、その持分は、他の共有者の持ち分となります(民法255条)。但し、特別縁故者が財産の分与を認められた場合には、縁故者が優先することになります(判例とこれによる通達あり)。

 

5 相続人がいない場合には、生前に対応を!

相続人がいない場合、遺産は第三者によって分配や処理がなされることになります。自分が納得できる財産の行方を生前に決めておくことが望まれます。

遺言や民事信託の活用を考えておくことも大切です。

次回以降、こうした話題を取り上げます。こうした問題に関心がおありでしたら、お気軽にご相談ください。

<池田桂子>

ペットにかかる法律問題2(事業者編)

今回は、ペットにかかわる事業者の法律問題について、お話したいと思います。法律上は、「ペット」という用語はなく、「動物」としていますが、以下、家族で飼育されている動物を主な対象として、ペットと表現して話を進めます。

1.ペットの販売業の経営について

(1)犬猫等のペットを業として繁殖あるいは販売する場合(「第一種動物取扱業」と呼ばれます)は、動物愛護管理法(以下、法といいます。)によって、都道府県知事、あるいは指定都市の長への登録が必要となります。

「業として行う」ことが要件ですので、自分の飼い犬が子を産んで、子犬を知人等に単発で譲渡するだけでは、これに該当しません。一回だけのことであれば「有償」で譲渡する場合も同様に該当しません。但し、その後も売却を前提に繁殖を続けたり、複数回にわたって有償で販売するような意思がある場合は、「業として」と評価される可能性が高いので、注意が必要です。

(2)また、生後56日(8週)齢未満の犬猫等は、業者については、販売や販売のための展示が禁止されています。これは、業としてではなく知人に無償で譲渡するような場合には、適用はありませんが、社会性を育てる等の必要から、母・兄弟と出来るだけ一緒に一定期間過ごすのが望ましいとされています。

(3)また、繁殖業者や販売業者は、マイクロチップ装着と登録が義務付けられており、販売の際には、その登録事項の変更の手続が必要となります。

一般家庭で生まれた子犬にマイクロチップを装着する義務はありませんが、一旦装着をした場合は譲渡の際に登録事項の変更が必要です。

(4)また、販売にあたっては、対面での譲渡が義務付けられており、ネット上のやりとりだけでの販売は禁じられています。

 

2.ペットクリニック(動物病院)の経営

(1)動物病院の場合は、1に記載したように動物愛護の観点からの規制のほか、「医療行為」の側面から獣医師法や薬事法、廃棄物処理法等の規制があり、これらも意識して経営をしていく必要があります。

診療行為を行うには、必ず獣医師免許が必要であり、無免許による診療行為は違法であり、刑事罰の対象となります。

また、診療記録については、人の場合と同様診療記録の作成・保管義務があり、特定の感染症については、保健所への報告義務があります。

治療行為に使用した器具等は、医療用産業廃棄物として、特別な処理が必要ですし、薬品管理については、抗生物質、麻薬類等をはじめとして、厳重な管理が義務付けされます。

(2)また、治療ミス等で死亡事故等起こした場合は、民事上の損害賠償責任が問われます。但し、民法上、ペット(動物)は、物(動産)として扱われますので、逸失利益や休業損害は、原則認められません。

また、精神的苦痛に対する飼主の慰謝料についても、物の損害に対する慰謝料が一般論として認められないということがありますが、ペットに関しては、「家族の一員として愛情の対象」となりつつあるという社会的な了解もあることもあって、慰謝料を認める裁判例も出てきております。死亡事故でも数10万円から100万円程度のものが多く、人の場合と比してかなり低額なのが、実情です。

 

3.ペットショップの廃業

(1)ペットショップの経営が行き詰って、廃業をする場合、特に注意を要する点があります。

ペット等を遺棄(置き去り)にしたり、売れないからとして殺処分をすれば、刑事罰の対象となります(1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)。

(2)廃業後は30日以内に、都道府県知事(保健所等)等へ廃業届を提出する必要があります。また、ペットの引取先が確保できるまで、動物の適正飼育義務は残るので、早急に引き取り先を捜す必要があります。

自治体は、ペットショップの在庫としての動物達の引取りを拒否することが出来(法35条但書)、他の動物取扱業者(販売店、ブリーダー等)への譲渡、認定NPO、保護団体へ相談をした上での引取り、また、個人への譲渡等を考えていく必要があります。但し、廃業後に、有償譲渡は出来ませんので、廃業届は、それが終了してからということになります。

(3)また、破産などの法的な倒産手続きの申立をする際も、飼育義務は破産管財人に引渡すまでは継続しますので、飼育するための餌やそれを購入する財源がないからといって動物を放置したり、勝手に殺処分したりすることは、違法となります。

したがって多数の在庫としてのペットを抱えているときは、出来る限り早めに、裁判所の間で、事前相談をし、やむをえず、動物達を無償で譲渡したり、他の業者へ一括して売却処分するような場合には、後日、破産管財人に処分行為を否認されないためにも、裁判所との事前相談の際に早期処分の必要性や処分代金の適正さを説明しながら、処分を進めていく必要があります。

(池田伸之)

ペットに関する法律問題

1.はじめに

街を歩いていると散歩中の犬を見かけます。また、テレビをつけるとペットに関する番組を目にします。ペットは私たちの生活に欠かせない存在となっています。

これから2回に分けてペットに関する法律問題について解説します。

第1回目は、ペットを飼うことで生じうる問題です。第2回目は、ペットを扱う事業者等を取り巻く問題について解説します。

 

2.ペットを購入する際に起こりうる問題

購入したペットに病気や障がいがあった場合、買主はペットショップに対しどのような請求が出来るでしょうか。

ペットを購入する契約は、売買契約にあたり、売買の目的物に問題があった場合には、売主は契約不適合責任を負います(民法562条1項)。

すなわち、買主は、売主に対し、治療費の負担、別のペットとの交換、契約解除、代金の返還などを請求できる可能性があります。

ただし、買主が契約不適合を知ってから1年以内に売主に通知することが必要です。

 

3.ペットが人に怪我をさせた場合

飼い犬を散歩させていたところ、人に突然吠えたため、驚いた人が転倒して怪我をしてしまった場合、飼い主はいかなる責任を負うことになるでしょうか。

ペットの飼い主は、ペットが他人に危害を加えた場合、被害者に生じた損害を賠償する責任があります(民法718条1項)。したがって飼い主は、怪我を負った人に対し、治療費や慰謝料等を支払う義務があります。

ただし、飼い主が、「相当の注意」をもってペットを管理していたと認められる場合には、飼い主は責任を負いません。「相当の注意」とは、動物の種類や性質、管理の状況等の様々な事情によって判断されますが、「相当の注意」が認められるケースは中々少ないと言えます。

そのため、ペットを飼う際には、大きな責任を負う可能性があるいうことを忘れず、適切に管理することが必要です。個人賠償責任保険は、ペットが人に怪我をさせた場合も、基本的に補償の対象となるようですので、入っておくと安心です(ただし、保険加入の際には約款等で適用の有無をご確認ください)。

 

4.ペットが自動車等にひかれて怪我をした場合

飼い犬を散歩させていたところ、自動車が突然飛び出してきて犬に衝突し、犬が怪我をした場合、自動車の運転者に対しいかなる責任を問うことができるでしょうか。

飼い主は、まず犬の治療費を請求することが出来ます。仮に犬が死亡した場合には、時価相当額を請求することが出来ます。時価相当額は、犬の購入価格や平均寿命などを参考にして決められます。

一方、犬は法律上は「物」として扱われるため(民法85条、86条2項)、基本的に慰謝料は認められません。しかし、近年ではペットを家族同然に大切にしていたことによる精神的苦痛が慰謝料として認められる事例も見られるようになっています。

 

5.おわりに

ペットは家族同然の存在であることから、ペットに関する問題が生じた場合、当事者同士で話を進めようとすると、感情的になり話が縺れる可能性があります。お困りの際は、池田総合法律事務所までご相談ください。

(石田美果)

交通事故と刑事手続 ~危険運転致死傷罪その他~

1 交通事故における刑事手続

交通事故の中でも,事故の相手が死亡する,怪我をするという人身被害(人身損害)が生じた人身事故の場合は,刑事手続の問題も出てきます。

なお,物損事故の場合は,当て逃げの場合は道路交通法違反(道路交通法72条(交通事故の場合の措置)の規定違反についての117条及び119条),で刑事手続になる可能性はありますが,本コラムでは省略します。

では,人身事故の場合に適用される可能性のある刑罰を順にご説明します。

 

2 過失運転致死傷罪

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(平成25年法律第86号。自動車運転処罰法)第5条は,「自動車の運転上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,7年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処する。ただし,その傷害が軽いときは,情状により,その刑を免除することができる。」としており,これが過失運転致死傷罪になります。

この過失運転致死傷罪は,「自動車の運転上必要な注意を怠った」,つまり過失(≒ミス)によって,人が死傷した場合を処罰するものですので,自動車を運転する上でのミスが問題になるものです。そして,ほとんどの交通事故は自動車の運転上のミスによるものですので,この過失運転致死傷罪が適用される刑罰になることは多くなります。

なお,刑の免除(免除も有罪判決の一種ですが,判決で刑の言い渡しをしない,というものです)が定められていますが,実際に刑の免除をされたのは,

①東京高等裁判所平成17年5月25日判決

いずれも中学生の被害者のうち1名が加療約3日間を要する腰部挫傷,もう1名が加療約2週間を要する腰部挫傷,右股関節捻挫の事案で,いずれも傷害が軽いこと,保険から既に十分な損害賠償がなされていること,運転者が被害者2名に怪我をさせたことについて確かな認識があったのに現場から立ち去ったとまでは認められないとして,免除をした

②横浜地方裁判所平成28年4月12日判決

信号のある交差点で一時停止した後,信号にしたがって左折中に,横断歩道を移動中の自転車に気づかず,自転車に衝突し,被害者に加療約1週間の頸椎捻挫等の怪我をさせた事案で,運転者が当初から事実をほど認め,被害者に謝罪していたこと,一度不起訴処分となったものを起訴したものであるといった事情を考慮して免除した

というものがあります。しかし,いずれも特別な事情があるものですので,免除の判決は例外的なものにすぎません。

 

3 危険運転致死傷罪

(1)危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法2条のもの)の概要

自動車運転処罰法第2条は,アルコール等の影響により正常な運転が痕案な状態で自動車を走行させる行為などの行為をし,人を負傷させた者は,15年以下の拘禁刑に処し,人を死亡させた者は1年以上の有期拘禁刑に処する,としています。

具体的には,

①アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為

②その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

③その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為

④人又は車の通行を妨害する目的で,走行中の自動車の直前に進入し,その他通行中の人又は車に著しく接近し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

⑤車の通行を妨害する目的で,走行中の車(重大な交通の危険が生じることとなる速度で走行中のものに限る。)の前方で停止し,その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為

⑥高速自動車国道(・・中略・・)又は自動車専用道路(・・中略・・)において,自動車の通行を妨害する目的で,走行中の自動車の前方で停止し,その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより,走行中の自動車に停止又は徐行(自動車が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。)をさせる行為

⑦赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

⑧通行禁止道路(・・中略・・)を進行し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

の8個の類型が定められています。

この危険運転致死傷罪は,故意犯(8個の類型の運転をする故意や,8個の類型の運転にあたる可能性があることが分かっていながら運転をした未必の故意の場合)ですので,過失を前提とする過失運転致死傷罪とは全く違う刑罰です。

(2)危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法3条のもの)の概要

自動車運転処罰法3条は,2条とは別に,「アルコール又は薬物の影響により,その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で,自動車を運転し,よって,そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り,人を負傷させた者は12年以下の拘禁刑に処し,人を死亡させた者は15年以下の拘禁刑に処する」(3条1項)と定めています。

2条と違って3条は,走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転することが犯罪に該当するとしている点が異なります。

(3)危険運転致死傷罪の判断の難しさ

①アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難

危険運転致死傷罪のアルコールの影響は,道路交通法の酒酔い運転(道路交通法117条の2第1項)の「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」とは概念が異なります。危険運転致死傷罪では,ハンドル,ブレーキ等を適切に操作したり,前方を注視したりすることが現に困難な状態であることが必要になります。

そうすると,人によって,飲酒のスピード,量,体調等で,同じアルコールの摂取量であっても,ハンドル,ブレーキを適切に操作できる場合もあれば,できない場合もあるのではないかという問題があります。

②進行を制御することが困難な高速度

的確な運転操作を行うことが困難になるほどの高速度である必要があります。

しかし,路面状況,車の車種やその状態,荷物の積載状況といった様々な要因で,的確な運転操作を行うことが困難な高速度か否かが変わることになります。アスファルト舗装されているか、砂利道か,雨が降っているか,アイスバーンか,車のタイヤがノーマルタイヤかスタッドレスタイヤか,過積載かといった様々な要因で,どの程度の速度で,的確な運転操作が困難になるかは違ってきます。

法定速度の何倍といった形で定められていないので,これも適用するにあたって検討すべき事情が多数あります。

③進行を制御する技能を有しないで走行

ハンドル,ブレーキ等の基本的な運転装置を操作する初歩的な技能も持っていないのに自動車を走行させる場合になります。

しかし,無免許運転であっても,基本的な運転操作ができるのであれば,進行を制御する技能を有しないで走行したことには該当せず,危険運転致死傷罪は成立しません。

④著しく接近

著しく接近は,例にすぎませんので,幅寄せすること,煽ること等も含まれる概念です。

⑤重大な交通の危険を生じさせる速度

重大な交通の危険を生じさせる速度は,自車が相手方に衝突すれば大きな事故を生じさせると一般に認められる速度,相手方の動作についていくなどして大きな事故になることを回避することが困難であると一般に認められる速度のことを言い,高速度であることは求められていません。

しかし,何をもって大きな事故を生じさせると一般に認められる速度かは明確に定められていませんので,この適用には難しさがあります。

(4)法制審議会-刑事法(危険運転による死傷事犯関係)部会の議論状況

以上のように,危険運転致死傷罪は抽象的な概念が多数入っており,危険運転致死傷罪が適用されるかどうかの判断には難しさがあります。

そこで,法改正が検討されており,現在の法制審議会では,血中アルコール濃度を法律上明記したり,道路の最高速度と「困難な高速度」との関係を明確に定めることができるかなどが議論されています。

 

 

4 まとめ

危険運転致死傷罪で逮捕勾留された場合であっても,本当に危険運転致死傷罪が適用できる事案かを分析し,捜査機関側とどのように対峙していくかを検討する必要があります。また,もし起訴されたとしても刑事裁判でどのように対応していくかも慎重な検討を要します。

池田総合法律事務所では,交通事故による刑事事件も含む刑事事件を取り扱っていますので,刑事事件でお困りの方は,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉

自転車に関する昨今の道路交通法改正 ~自転車事故を起こさない・逢わないために~

交通事故において、自転車は加害者にもなれば被害者にもなりえます。

高校生の運転する自転車と高齢者が接触し、高齢者が死亡して多額の損害賠償をされた報道を目にした方もおられるかも知れません。スピードが出た状態で自転車が歩行者に衝突すれば、死亡事故にもつながりかねず、その場合損害賠償の金額は極めて多額になることもあります。

加害者にならないよう、安全運転のための交通ルールを改めて確認しておくことが重要です。自転車は道路交通法「軽車両」に分類されるため、原則として車道を走行しなければならないですし、道路の左側を走行しなければならないとされています。そのため、自転車が関係する事故では、自転車が右側通行をしている事実は、自転車側の過失を増やす方向に働きます。

無論、飲酒しての運転は厳禁ですし、いわゆる、ながらスマホの自転車も罰則が強化されました(令和6年11月)。自転車運転中に「ながらスマホ」をした場合には、6か月以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金が、自転車運転中の「ながらスマホ」により交通事故を起こすなど交通の危険を生じさせた場合には、1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金が科されることがあります

当然ながらスマホなどの法令違反も右側通行と同様、自転車側の過失を増やす方向に働く事情になりえます。警察庁「令和7年上半期における交通死亡事故の発生状況」によると、事故に遭った自転車運転者の法令違反ありの割合は約7割から8割で高止まり、とされています。令和8年4月1日には自転車の運転にも青切符も導入されますので、改めて、安全確保のための交通ルールの確認が重要です。

加害者にならないのがなによりですが、万が一、加害者になってしまったときのために、損害保険などへの加入が推奨されます。

 

自転車は被害者にもなり得ます。自転車運転者を守る法改正もあります。

歩行者の安全のため、自転車は軽車両なので車道を走らなければならない、頭では分かっても、猛スピードで車が追い越していく車道のすみっこを自転車で走行するのはおそろしい体験です。自転車の右側面が接触する事故防止のため、自転車を自動車が追い越す場合のルールも新設されました。

自動車が自転車を追い越す場合、自転車との間に十分な間隔を空けて追い越す必要があり、具体的には1.5m以上が十分な間隔の目安とされています。狭い道などで、自転車との間隔が十分にとれない場合は、安全な速度で走行する義務が生じます。これらに違反した場合、3か月以下の懲役または5万円以下の罰金が科されることがあります。自転車の脇を自動車が追い越していくというのは日常的によく目にする光景でしたが、遅くとも令和8年5月23日には罰則の対象になり得るので、自動車を運転する方も要注意です。

(山下陽平)

オンライン(リモート方式)で公正証書遺言が作成できるようになりました

遺言書には、自筆で作成する自筆証書遺言と公証役場で作成してもらう公正証書遺言があります。それぞれメリット・デメリットがありますが、①法律上の要件を満たさず無効になるという心配がほぼない、②紛失の心配がない、③遺言者死亡後の手続きが簡易、などの理由により、多くのケースでは公正証書遺言を作成することをお勧めしています。

 

公正証書遺言を作成するには、一般的に公証役場に出向いて作成をしてもらいます。入院中であるなど、何らかの理由で公証人に来てもらって作成することも可能ですが、出張料金などがかかります。

 

そんな中、2023年の公証人法改正により、今年(2025年)10月1日以降に公証人が作成する公正証書は、原則として電磁的記録で作成されることとなりました(改正公証人法36条:公正証書のデジタル化)。公正証書は、従前は紙で作成されていましたが、今後はPDF形式の電磁的記録で作成され、そこに電子サインや電子署名が付されたものが原本となります。

 

公正証書のデジタル化に伴い、公正証書の作成にあたっても、①公正証書作成の依頼者(嘱託人)の申し出があり、②他の嘱託人に異議がなく、③公証人が相当と認めた場合には、公証役場に行かなくても、ウェブ会議により公証人や他の列席者と相互の状況を確認する方法(リモート方式)で公正証書を作成できるようになりました(改正公証人法31条)。

※リモート方式で作成できるのは、上記①~③の要件を満たすときですので、そもそもリモート方式を希望しない場合には、従前通り、公証人と対面で作成します。

 

具体的な手続きは以下の通りです。

⑴ リモート方式に必要な機器等

まず、ウェブ会議に参加するための機材として、①パソコンと②カメラ、マイク、スピーカーが必要です。タブレット型PCやスマートフォンなどは、「電子サインを行う際に、公証人や他の列席者が、画面上の電子サインの状況と電子サインを行っている列席者の様子を同時に確認することができないため」、不可とされています(日本公証人連合会ウェブサイト 公正証書( https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow01 )Q8)。

また、公正証書のPDF原本に電子サインをする必要があるため、③タッチ入力が可能なディスプレイ又はペンタブレット及びタッチペンが必要になります。

さらには、手続きを進めるため、④ウェブ会議中に使用するパソコンで送受信可能なメールアドレスが必要になります。

⑵ リモート方式の申し込み

リモート方式の申し込みにあたっては、まず、公証人に事前相談をすることになります。公証人が事前相談の結果、リモート方式が相当であると判断した場合には、ウェブ会議利用申出書を提出します。

リモート方式を利用する場合には、本人確認資料として、印鑑登録証明書又は署名用電子証明書の提出が必要です。

ウェブ会議への参加は、ウェブ会議利用申込書に記載したメールアドレスに送付されるウェブ会議の招待メールから参加します。

 

公正証書を電磁的記録として作成できるようになる日は、公証人によって異なります(改正公証人法7条の2参照)。東京の公証人から順次可能になる予定です。

日本公証人連合会ウェブサイト:

https://www.koshonin.gr.jp/news/nikkoren/20250929.html

 

リモート方式を利用すれば、公証役場に出向くことが困難な場合でも、以前より気軽に公正証書遺言が作成できるようになります。もっとも、リモート方式を利用したいが、パソコンなどの扱いになれておらず、心配に思われる方もいらっしゃると思います。

その場合には、弁護士のような専門家が、遺言書の内容から作成に至るまで、お手伝いをさせていただくことが可能です。

遺言書の作成についてお悩みの方は、池田総合法律事務所にご相談ください。

                                                          (川瀬 裕久)

下請法改正(2)

前回の下請法改正(1)に引き続き,製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(略称:中小受託取引適正化法、通称:取適法)の概要を解説します。

 

1 運送委託の対象取引への追加

前回の下請法改正(1)でもふれましたが(リンクはる),発荷主と元請運送事業者との関係にも取適法が適用されることになります。

これまでは,製造,修理,情報成果物の作成,役務(サービス)提供の委託取引に下請法の規制は限定されていました。この役務提供の委託取引は,「再委託」を指していたので,運送業者が別の運送業者に運送というサービスを再委託した場合には,下請法の規制が及んでいました。

他方,メーカーや卸売事業者等が,荷主として,自社で製造した製品や自社で販売する商品の顧客向けの運送を運送業者に委託したとしても,「再委託」ではなく,下請法の規制が及ばないので,メーカーや卸売事業者等と,その物流を担う運送業者との間には独占禁止法以外の規制がありませんでした。

しかし,メディアなどでも取り上げられているように,メーカーや卸売事業者等の発荷主が運送業者に対して,無償で荷役をさせたり,指定された日時に物品を納入することを求めた結果等で荷待ちを求められたりという問題が顕在化してきました。

そのため,取適法2条5項で新たに「特定運送委託」という取引が定められ,発荷主と運送業者との間にも,取適法の規制が及ぶようになります。

そこで,発荷主としては,取適法の規制対象となる運送業者との取引の洗い出しを行ったうえで,取適法4条が定める代金の額,サービスの内容,支払期日・支払方法その他の事項が明示された書面を中小受託事業者に対して交付するように運用を修正する必要があります。加えて,取適法3条が定める運送サービスの提供を受けた日から60日の代金支払も遵守する必要があります。

また,運送業者としては,取適法の規制する特定運送委託に該当するかを,個々の荷主毎に検討し,燃料費や人件費の高騰での運送事業の採算悪化を改善できるよう,荷主側と交渉するきっかけにできれば,事業継続がし易くなると思われます。

 

2 従業員基準の追加

下請法では,下請法の規制対象となる場合を資本金を基準として定めていました。

しかし,事業規模に比べて資本金が少額である事業者には下請法の規制が及ばず,さらには減資をすることで下請法の規制を免れる事例や,そもそも受注者側に増資を求めて規制を免れようとする事例もあったとのことです。

そこで,取適法では,従業員数の基準が新設されます。

具体的には,

①製造委託,修理委託,情報成果物作成委託(プログラムの作成に限定),役務提供委託(運送,物品の倉庫保管,情報処理に関するものに限定),特定運送委託

「従業員300人超」の事業者が,「従業員300名以下(個人も含む)」に製造委託する場合

②①以外の情報成果物作成委託・役務提供委託

「従業員100名超」の事業者が,「従業員100名以下(個人も含む)」に情報

成果物作成委託,役務提供委託をする場合

が従業員数の基準となります。

そこで,取適法の規制が始まる前に,取引先の従業員数も確認しておき,規制に備えておく必要があります。

 

 

3 最後に

今回の改正により、取適法の規制が始まる前に事業者として準備する必要がある事項があります。

今回の改正では,事業を所管する事業所管省庁にも指導・助言権限が付与されることになりますので,コンプライアンスの観点からも,取適法の内容を正確に把握し,事業が法規制に合致しているのかを整理していく必要があります。

事業をするうえでコンプライアンスに関するアドバイスは,池田総合法律事務所でも多数の事業者様に提供している主要なサービスの1つです。御社の対応は万全ですか。是非、一度,当総合法律事務所にご相談ください。

(小澤尚記(こざわなおき))

下請法改正(1)

下請法改正の概要

「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」(改正下請法)が令和7年5月16日に成立し、同月23日に公布されました。施行日は令和8年1月1日とされています。

改正により、従来の「下請代金支払遅延等防止法」という名称は、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(略称:中小受託取引適正化法、通称:取適法)に改められます。

近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を受け、物価上昇を上回る賃上げを実現するためには、事業者がこの原資を確保する必要があります。そして、中小企業をはじめとする事業者が各々賃上げの原資を確保するためには、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させることが重要と考えられます。今回の改正は、発注者と受注者の対等な関係を基盤に、事業者間の価格転嫁や取引の適正化を進めることを目的としています。

主な改正内容としては、規制内容の追加(価格協議の義務化、手形払等の禁止)、適用範囲の拡大(特定運送委託の追加、従業員数基準の導入)を中心に、執行の強化、法律名・用語の変更などが含まれています。

本記事では、規制内容の追加、法律名・用語の変更、及びその他の改正事項について、詳述します。

なお、改正により法律名・用語の変更がなされていますが、混乱を避けるため、本記事では従来の用語(「下請法」「下請事業者」「親事業者」等)を使用しています。

 

1 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止(取適法5条2項4号)

近年のコスト上昇の中、協議することなく価格を据え置いたり、コスト上昇に見合わない価格を一方的に決めたりするなど、上昇したコストの価格転嫁が問題視されています。

改正前においても、「買いたたき」(発注する物品・役務等に通常支払われる対価に比べ著しく低い下請代金を不当に定めること)は禁止されていました。しかし、通常支払われる対価とは同種又は類似品等市価を指すため、買いたたきに該当するかを判断する際には、市価の認定が必要となります。買いたたきとは別途、対等な価格交渉を確保する観点から、適切な価格転嫁が行われる取引環境の整備が求められています。

そこで、改正により、親事業者が、下請事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、親事業者が必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に下請代金を決定することが禁止されます。

例えば、運送会社A(親事業者)が、運送会社B(下請事業者)から代金の引き上げについて協議を求められたにもかかわらず、これを無視して協議に応じなかった場合や、機械メーカー(親事業者)が、部品メーカー(下請事業者)から代金の引下げの説明を求められたにもかかわらず、具体的な理由の説明や根拠資料の提供をすることなく、代金の額を引き下げた場合などが該当し、こういった行為が禁止されます。

これにより、発注者と受注者が対等に価格交渉を行い、適切な価格転嫁が進むことが期待されます。

 

2 手形払等の禁止(取適法5条1項2号)

改正前においては、下請代金の支払いにおける手形利用は一定の条件の下で認められていましたが、親事業者が下請事業者に資金繰りに係る負担を求める商慣習が問題視されていました。

そこで、改正により、下請代金の支払いに手形を使用することが全面的に禁止されます。また、その他の支払手段(電子記録債権やファクタリング等)についても、支払期日までに下請代金に相当する金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難なものは禁止されます。

手形等を用いて下請代金の支払いを行っている場合、速やかに対応を検討する必要があります。

 

3 運送委託の対象取引への追加(取適法2条5項、同条6項)

改正前においては、下請法の適用対象となる取引は、「製造委託」、「修理委託」、「情報成果物作成委託」、「役務提供委託」の4つでした。

このうち、「役務提供委託」とは、他者から運送やビルメンテナンスなどの各種サービス(役務)の提供を請け負った事業者が、請け負った役務の提供の全部または一部を他の事業者に委託すること(再委託)をいいます。メーカーや卸売事業者等が、自社で製造した製品や自社で販売する商品を顧客に向けて運送する際、荷主として運送を運送事業者に委託することは、いわゆる自己利用役務に当たり、適用対象外とされていました。

しかし、立場の弱い物流事業者が、荷役や荷待ちを無償で行わされているなど、荷主・物流事業者間の問題がありました。

そこで、改正により、事業者が、販売する物品、製造を請け負った物品、修理を請け負った物品又は作成を請け負った情報成果物が記載されるなどした物品について、その取引の相手方(当該相手方が指定する者を含む。)に対して運送する場合に、その運送の行為を他の事業者に委託すること(=「特定運送委託」)が、下請法の対象取引として追加されます。

これにより、物流業界における適正取引が進み、立場の弱い事業者の保護の強化が期待できます。

 

4 法律名・用語の変更(取適法2条8項、同条9項)

従来使用されていた「下請」や「親事業者」という用語は、上下関係を連想させ、発注者と受注者が対等な関係ではないという語感を与えるといった批判がありました。また、時代の変化に伴い、発注者である大企業の側でも「下請」という用語は使われなくなっています。

そこで、改正により、以下の法律名・用語が変更されます。

「親事業者」→「委託事業者」

「下請事業者」→「中小受託事業者」

「下請代金」→「製造委託等代金」

「下請代金支払遅延等防止法」→「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」

新たな法律名の略称は「中小受託取引適正化法」、通称として「取適法」が想定されています。

これに伴い、旧名称を使用した社内規程やマニュアル類、帳票類の修正が求められます。

 

5 その他の改正事項

⑴ 製造委託の対象物(取適法2条1項)

改正前においては、メーカー等の物品の販売や製造を行っている事業者が、自社製品を製造するための型等の製造を他の事業者に委託する場合において、専ら物品等の製造に用いられる金型のみが製造委託の対象物とされており、木型、治具等については、製造委託の対象物とされていませんでした。

そこで、改正により、専ら物品等の製造に用いられる木型、治具等についても、金型と同様に製造委託の対象物として追加されます。

 

⑵ 発注内容等の明示義務(取適法4条)

口頭発注による様々なトラブルを未然に防止するため、親事業者は発注に当たり、発注内容(給付の内容、代金の額、支払期日、支払方法)等を書面又は電子メールなどの電磁的方法により明示しなければなりません。

改正前においては、明示方法について、下請事業者から事前の承諾を得たときに限り、書面の交付に代えて、電磁的方法によることができるとされていました。

しかし、改正により、下請事業者の承諾がなくとも、電磁的方法によることができるようになります。

 

⑶ 遅延利息を支払う義務(取適法6条2項)

改正前においては、下請代金の支払遅延について、親事業者に対し、その下請代金を支払うよう勧告するとともに、遅延利息を支払うよう勧告することとされていましたが、減額については規定がありませんでした。

そこで、改正により、親事業者が、下請事業者に責任がないのに、発注時に決定した下請代金の額を減じた場合、起算日から実際に減じた額の支払いをするまでの期間について、減じた額に対して遅延利息を支払う義務が新たに追加されます。

 

⑷ 勧告規定の整備(取適法10条)

改正前においては、受領拒否等をした親事業者が勧告前に受領等をした場合や、支払遅延をした親事業者が勧告前に代金を支払った場合に、勧告ができるかどうかが規定上明確となっていませんでした。

そこで、改正により、既に違反行為が行われていない場合等の勧告に係る規定を整備し、勧告時点において委託事業者の行為が是正されていた場合においても、再発防止策などを勧告できるようにします。

 

終わりに

今回の改正により、発注者と受注者の関係がより対等なものとなり、取引環境の適正化が期待されます。特に価格転嫁の問題や手形払の禁止、運送委託の対象取引追加など、実務に直接的な影響を与える改正が多く含まれています。この改正法の施行により、下請事業者の立場が一層強化され、健全な取引環境が整備されることが期待されます。

(栗本真結)