大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第5回~

今回は、賃貸建物が老朽化した場合に、賃借人に退去を求めていくための手続きについて説明します。

賃貸借契約が長くなるとともに、不動産は老朽化していきます。適切に修繕を重ねても、最終的に建物の老朽化は避けられません。あまりに老朽化が進むと、台風や地震などで建物が倒壊したり損壊したりするリスクが高まります。賃貸建物倒壊や損壊によって賃借人や近隣住民や歩行者が怪我をした場合、賃借人との賃貸借契約や、土地の工作物の所有者責任(民法717条1項)にもとづき、損害賠償請求を受けることになりかねません。

あまりに老朽化が進んだ建物を賃貸することは、そのような法的リスクがあります。貸主の立場としては、老朽化した建物について賃貸借契約を適時に解約できれば良いのですが、実際には老朽化を理由に一方的な解約ができることはほぼありません。

 

その理由の一つが、賃貸人の修繕義務(民法606条)の存在です。修繕によって、建物が使用可能であるのであれば、修繕を施す必要があります。一方で、大修繕を要し莫大な費用がかかる場合まで、賃貸人が必ず修繕しなければならないというわけではありません。

とはいえ、そのような場合でも、やはり一方的な解約はできません。借地借家法28条で借家契約の解約の申し入れに正当事由が必要とされているからです。この正当事由には、相応の立退料の支払いも考慮要素となります。これは、生活の基盤たる住居を明け渡すことが、賃借人にとって重大な不利益にあたることを考慮し、相当の補償がなされなければならないためです。

したがって、賃借人に老朽化に基づく立ち退きを求めるには、老朽化の事実を前提として、相応の立退料を提示することが必要になります。なお、賃借人が話し合いに応じない場合には訴訟を提起する必要がありますが、裁判でも同様に、老朽化が進んでいることと、相当の立退料を支払うことを証明する必要があります。賃貸借契約を解約する「正当な事由」があるかが裁判の争点となり、判決では、立退料の金額が定められ、その支払いと引き換えに立ち退きが命じられることとなります。

 

なお、立退料の金額は、一律に決まるわけではありません。賃貸人側の事情と賃借人側の事情が両方考慮されるからです。たとえば、取り壊しの必要性のほか、従前からの賃貸借契約の履行状況(修繕の有無や賃料が低額に過ぎないか、賃料滞納がないかなど)が考慮されますし、賃借人が商売をしているような場合では営業補償などが立退料として考慮される余地があります。とはいえ、倒壊の恐れがあるほど老朽化した建物を住居として利用している場合には、あらたな住居で生活ができる程度の立退料として、引っ越し費用や敷金などの費用と一定期間の差額家賃などが一応の目安になるでしょうか。

 

以上述べたように、老朽化を理由とした立ち退きは様々な要素が考慮され簡単ではありません。また、妥当な立退料を算定するにも複雑な要素を考慮する必要があります。あまりに低額な立退料を提示すれば借主の態度も硬化するでしょうし、一方で借主から高額な立退料を請求されることもあります。

当事務所には立ち退き交渉等に経験豊富な弁護士が在籍しております。老朽化に伴う立ち退きに関しても池田総合法律事務所にお気軽にご相談ください。

 

山下陽平

 

 

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第4回~

前回は、家賃の滞納が発生したときに、どのような手順を踏んで回収を進めていくべきかについてご説明しました。

今回は、家賃の回収が出来なかった場合に、借主に明渡しを求める方法についてご説明します。

 

1.賃貸借契約の解除

(1)借主に明渡しを求めるには、まずは占有(建物や部屋を使っている状態のこと)の根拠となる賃貸借契約の解除をすることが必要です。

そこで、内容証明郵便で借主に対し、「〇年〇月〇日までに未払賃料〇円を支払うこと、支払いがない場合は、改めて通知することなく、債務不履行により賃貸借契約を解除する」旨を通知します。

内容証明郵便は、文書の内容、差出人、及び名宛人を公的に証明するためのものです。これ自体に特別な法的効力はありませんが、後に裁判等紛争に発展した場合には、有効な証拠となります。内容証明郵便が借主に配達されたことを証するため、送付の際には配達証明付にしておきます。

(2)上記内容証明郵便で設定した期限までに借主から支払いが無い場合は、借主に対し、賃貸借契約解除を理由に明渡しを求めることになります。

借主に直接明渡しを求めても退去をしない場合には、裁判を起こすことになります。

裁判をした場合にかかる期間は、借主が争ってこなければ3か月程度で判決が出る場合もありますが、通常は半年~1年程度かかります。

裁判では、明渡しに加え、未払いの賃料と明渡しまでの賃料相当損害金の支払いを併せて請求することができます。

 

2.強制執行による強制退去

裁判で、明渡しを命じる判決が出た場合は、借主は自分から退去をする場合が多いと言えます。これは仮に退去を拒んだとしても、後述する強制執行の手続があり、最終的には退去を拒むことが出来ないからです。

仮に借主が出ていかない場合、判決があるとはいえ、貸主が実力で借主を追い出すことは出来ません。このような行為は自力救済といい、違法な行為であり、民事上の損害賠償の対象となるだけでなく、刑事上も罪に問われる可能性があります。

借主を適法に退去させるには、訴訟手続とは別に強制執行手続が必要となります。

強制執行は、裁判所に申し立てて行います。裁判所の執行官は、借主に対し指定の期日までに明渡しをするよう求める催告書を送付します。借主が指定の期日までに明渡しをしない場合、執行官が家具、家財などを撤去し、鍵を交換することで、強制的に明渡しを実現します。

強制執行にかかる費用は、原則として貸主が負担することになります。執行官や業者の人件費、出張費、家財家具の運搬費など様々な費用がかかります。

 

3.以上のとおり、借主に明渡しを求めるには、法的手段が必要となり、時間も費用も費やすことになります。

借主が任意に立ち退かない場合には、その後の手続きも見据えたうえで、段階的に手段を講じていく必要があり、早めの弁護士への相談が有効です。池田総合法律事務所は、このようなご相談にも対応しておりますので、お困りの際には、是非ご相談ください。

(石田美果)

【法律コラム 目次】

 

掲載日 テーマ 執筆者
R4.6.17 大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第5回~) 山下
R4.6.2 大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第4回~) 石田
R4.5.16 大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第3回~) 伸之
R4.5.2 大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第2回~) 小澤
R4.4.15 大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回) 川瀬
R4.4.7 環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載8 小澤
R4.4.1 労働審判の手続きで解決できる場合・できない場合とは 桂子
R4.3.28 労働審判手続きでの残業代請求について 山下
R4.3.4 労働審判制度の概要 石田
R4.3.1 紙の約束手形の廃止方針と廃業 小澤
R4.2.15 不正競争防止法における営業秘密保護3 伸之
R4.2.3 不正競争防止法における営業秘密保護2 小澤
R4.1.17 不正競争防止法における営業秘密保護1 川瀬
R4.1.13 環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載7 小澤
R3.12.21 環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載6 小澤
R3.12.13 賃貸物件の建物明け渡しの強制執行 山下
R3.12.7 子どもの引き渡しを強制的に求める方法は? 桂子
R3.11.26 環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載5 小澤
R3.11.16 預貯金債権に関する情報の取得手続について 石田
R3.11.12 環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載4 小澤
R3.10.28 給与債権に関する情報の入手手続きについて 伸之
R3.10.15 環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載3 小澤
R3.10.11 改正民事執行法~不動産に関する情報取得手続と利用の実情~ 小澤
R3.9.30 民事執行法の改正内容と財産開示手続の利用の実情 川瀬
R3.9.22 環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載2 小澤
R3.9.17 環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載1 小澤
R3.9.13 会社法改正に伴う事業報告書の記載事項の変更について 伸之
R3.9.3 社債に関する改正点 山下
R3.8.23 株式交付に関する規定の新設 石田
R3.8.16 土壌汚染対策法の概要 小澤
R3.8.2 会社補償・役員賠償責任保険のルールの新設 小澤
R3.7.20 取締役の報酬に関する規律の見直し 川瀬
R3.7.2 社外取締役を置くことの義務付けについて 伸之
R3.6.7 中小企業とリース契約 小澤
R3.6.1 ハラスメント防止のための社内体制の強化を! ~ハラスメントはどこにでも起こりうる意識をもって~ 山下
R3.5.28 令和に入って初めての会社法の改正~株主総会の運営や取締役の職務執行の一層の適正化~ 桂子
R3.5.18 不正競争防止法を意識していますか 石田
R3.4.26 債権回収の進め方 小澤
R3.4.19 デジタル時代の契約書と文書管理について 川瀬
R3.4.6 身元保証は必要?約束するのなら契約を見直しましょう! 桂子
R3.4.1 情報管理-個人情報保護法改正と情報セキュリティ- 藪内
R3.3.16 スタートアップの資金調達について 桂子
R3.3.3 廃業の前に事業承継の検討を! 伸之
R3.3.3 事業再構築補助金について 小澤
R3.2.18 「最近の正規・非正規の格差解消をめぐる判例」 石田
R3.2.5 アフターコロナを見据えた働き方改革の枠組 山下
R3.1.18 はじめに
ポストコロナに向けて事業見直しの視点~コロナ禍危機下でここからが経営者の勝負どころ~
桂子
R3.12.18 立会人型電子契約に関する論点 藪内
R2.12.10 遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求権への改正による影響について 伸之
R2.11.24 コロナ版ローン減免制度について 石田
R2.11.9 若い人も遺言書を作成してみませんか 川瀬
R2.10.27 非接触事故でも、賠償請求ができますか その2 単独事故として処理された場合  山下
R2.10.2 公益通報者保護法の改正について 小澤
R2.9.18 スタートアップ(独立・起業)で大切にしたい商標と商号 桂子
R2.8.25 法務局における遺言書の保管制度が始まりました 伸之
R2.8.10 発信者情報開示請求 石田
R2.7.17 定期金賠償(令和2年7月9日最高裁)について 川瀬
R2.7.13 孤独死後の法律問題 山下
R2.6.11 土壌汚染が疑われる土地売買その他の注意点 小澤
R2.5.26 テレワークの推進に向けて 桂子
R2.5.21 商標等の「商標的使用」は許されるか、-「商標としての使用」を比較して- 伸之
R2.5.18 新型コロナウィルス感染拡大防止対策に関連する個人情報取り扱いの留意点 藪内
R2.5.12 パワハラ防止法について 石田
R2.5.8 事業の継続、廃止に向けた手続きについて 伸之
R2.5.8 新型コロナウイルス感染症と賃料・テナント料 小澤
R2.5.8 新型コロナウイルス感染症と雇用関係 小澤
R2.5.1 賃貸アパート経営における民法改正の影響(連帯保証について) 川瀬
R2.4.2 民法改正による交通事故の損害賠償請求の影響は? 山下
R2.3.2 刑事事件での『司法取引』について~最近の3事案を参考にして~ 小澤
R2.2.19 発明の進歩性判断~「予測できない顕著な効果」~について 桂子
R2.2.13 【配偶者居住権が新設されます】 藪内
R2.1.28 遺産分割の仕方により、相続税総額が違ってくることはご存知ですか。 伸之
R2.1.20 法定相続情報証明制度について 石田

 

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第3回~

今回は、家賃の滞納が発生したときに、どのように手順を踏んで回収を進めていくべきかご説明します。

 

まず、滞納していることが判明したら、すぐに賃借人に電話、訪問等で連絡をとり、事情を確認しましょう。引落口座の残高不足等でうっかりという滞納であれば、一時的なことで済みますが、多重債務を抱えてしまって支払えない等ということもあります。賃借人が本当のことを話してくれるとは限りませんが、その接触した感覚で一時的なものか、どうかの見当をつけられることもあり、今後の対策が立ちやすくなります。その際、ただ事情を聞くだけでなく、必ず期限を区切って支払を約束してもらうようにし、口頭だけでなく、出来れば文書で書いてもらうようにした方がいいです。

それでも支払をしないときは、直接現地を訪問して、回収をするということも方法のひとつですが、賃借人が支払に応じないときに執拗に請求をしたり、深夜等に訪問すると、トラブルの元ですので、応じない場合には、次に述べるような内容証明郵便による催告という一段進めた請求手続き等に進むべきものと考えられます。

電話や訪問でも支払に応じないときには、配達証明付の内容証明郵便によって、期限を切って支払の催告をし、それだけでなく、さらに滞納金額が概ね3ヶ月以上に及んだときには、期限内に支払のないときは、契約を解除する旨の意思表示をすることも考えられます。内容証明郵便によれば、家賃支払を強制できるというわけではありませんが、心理的に圧迫を加えることが出来、今後、裁判等を法的手続きをとるときには、催告、契約解除の証拠となります。

また、連帯保証人や家賃保証契約をしているときは、連帯保証人や保証会社に請求をして回収をはかることを考えましょう。滞納金額が嵩んでくると、保証人の方で支払えなかったり、どうして早く連絡をしてくれなかった等のクレームも出てきますので、賃借人からの回収が困難と判断されるときは、早急に連絡をとって請求をすることが大事です。

それでも、支払をしてこない場合には、裁判(訴訟手続)によって解決を求めることになります。契約を解除して建物の明渡を求めるのではなく、家賃だけの支払を求めるのであれば、支払督促や少額訴訟という簡易な方法も有効です。

家賃支払を命ずる判決が出されてもなお支払をしないときには、裁判所に強制執行の申立をして、財産を差押えて回収を図っていくことになります。

勤務先が契約書等の記載でわかっているときは給与の差押え、家賃の引落口座から取引銀行が判明していれば預貯金から回収ができることがあります。第三者からの情報を取得する手続きもあります。

任意の請求で埒が明かずに回収に困難を来している場合には、その後の手続も見据えたうえで、効果的な手段を講じていく必要があり、早めの弁護士への相談が有効です。池田総合法律事務所は、このようなご相談にも対応しておりますので、お困りの際には、是非、ご相談ください。

(池田伸之)

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第2回~

はじめに

本ブログでは、今回から全6回にわたって、概ね以下のスケジュールで大家さん(賃貸人)向けの記事を連載します(あくまで予定であり、予告なく変更となる可能性がありますので、ご了承ください)。

第1回 令和4年4月15日 契約書作成の際の注意点(掲載済)

第2回 (今回)令和4年5月1日 賃貸期間中のトラブルへの対応(本記事)

第3回 令和4年5月15日 家賃の未払への対応(その1・家賃の回収)

第4回 令和4年6月1日 家賃の未払への対応(その2・明渡請求)

第5回 令和4年6月15日 賃貸物件の取壊しのための立退き請求

第6回 令和4年7月1日 賃借人(入居者)が死亡したときの対応

 

相続税対策といわれて賃貸アパートを建築したり、親から賃貸物件を引き継いだりして、賃貸経営に携わるようになったという方も少なくないと思います。

順調に賃料が支払われている間は良いですが、ひとたびトラブルが生じると、大家さんにかかる負担は小さくありません。

本コラムでは、よくある相談内容をもとに、弁護士の視点から発生しやすいトラブルについてご紹介をしますので、参考としていただければと思います。

 

第2回 賃貸期間中のトラブルへの対応

 

Q1 契約書にペット飼育禁止と明示してあるにもかかわらず,内緒で室内犬を飼育している入居者がいます。どのように対応したら良いでしょうか?

A1 ペット禁止と契約上で明示されているのであれば,室内犬を飼うことは賃貸借契約に違反していることになります。

そこで,賃貸人(大家)としては,室内犬を飼育していることを把握した場合には即時,ペットが居室内に入ることは認めない旨を書面で通知すべきです。

そのうえで,入居者が任意に退去しないのであれば,賃貸借契約に違反しているとして契約を解除して退去を求め,それでも退去しないのであれば訴訟で明け渡しを求めていくことになります。

一般的に室内犬などのペットの飼育が発覚するのは,鳴き声,排泄物等の異臭,犬猫等のペットの毛などに対するアレルギーがある方がいればアレルギー反応が出ているなどがきっかけになります。トラブルとして徐々に大きなものに発展していきかねませんので,早急に対応をする必要があります。

 

Q2 ある入居者の2階室内で水漏れが発生し,1階にまで水が流れてしまい,1階入居者のテレビなどの電化製品が壊れてしまいました。私は大家として損害賠償責任を負いますか?

A2 賃貸物件内の水漏れには色々な原因があります。例えば,壁内や床下に配置されている配管が破損したことが原因での水漏れであれば,賃貸人(大家)が2階入居者と1階入居者が被った損害を賠償する責任があります。

しかし,仮に2階室内での水漏れが,2階入居者がトイレに大量の異物を流したことが原因であったり,風呂の排水口の毛髪等のよる目詰まりを掃除しなかったことが原因であるなど,2階入居者に原因がある場合には,賃貸人(大家)は2階居室と1階居室の修繕工事にかかった費用を2階居住者に請求することができます。

また,上記の場合など,2階入居者に原因があることを明記した方が誤解がないと思います。1階入居者の家電製品が壊れたことについて,賃貸人(大家)としては特に責任があるわけではありませんので,1階入居者に対しては2階入居者に対して損害賠償を求めるよう伝えることになります。

質問の内容では2階居室の水漏れの原因が分かりませんので,正確に原因を調査したうえで,上記の場合分けにそって対応していく必要があります。

 

Q3 賃貸物件に備え付けられたエアコンが故障したり,トイレの詰まりで便器の故障が発生した場合,賃貸人(大家)として何かしなければなりませんか?

A3 これもエアコンが故障した原因やトイレが詰まった原因が設備そのものにあるのか,入居者が原因であるかによって,賃貸人(大家)としての対応が変わります。

もし,備え付けのエアコンが経年劣化などによって壊れた場合には,大家として交換する必要があります。

もっとも,入居者がエアコンのフィルターを掃除せず,フィルターが汚いといったこともあるかもしれませんが,直接故障につながったと断定できるほどに汚い場合は入居者にエアコンの修理代や新調代を請求できる可能性はあるかもしれませんが,断定をすることは一般的には困難だと思いますので,現実的には賃貸人(大家)負担で,エアコンを修理したり交換したりせざるをえません。

トイレの詰まりについても同様で,入居者が1ロール全部といった大量のトイレットペーパーをトイレに流したことにより詰まったのであれば,入居者にトイレの修理代を請求することはできます。しかし,入居者は通常の使用をし,それ以外の理由で故障したのであれば,やはりトイレの修理は賃貸人(大家)負担となるでしょう。

 

Q4 賃貸アパートの敷地の塀が倒れて通行人がケガをしました。どうやら2週間ほど前にあった大きめの地震で塀にヒビが入っており,それが原因で倒れたようです。私は通行人のケガについて損害賠償をしなければならないでしょうか?

A4 賃貸物件の敷地内における事故は,原則として賃貸人に責任があります。特に,敷地内の塀の倒壊の場合,民法717条1項は,「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは,その工作物の占有者は,被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし,占有者が損害の発生を防止するに必要な注意をしたときは,所有者がその損害を賠償しなければならない。」として工作物責任を定めています。

そして,この所有者の工作物責任は,無過失責任ですので,賃貸人(大家)として過失が無くても,通行人に対して賠償責任を負うことになります。

これは,例えば塀を設置する工事に手抜きがあるなど工事業者に責任があるのではないかと思われる場合も,所有者=賃貸人(大家)は,通行人に対して賠償責任を負わなければならないことを意味しています。

つまり,通行人としては,塀の倒壊によってケガをした賠償を求めるにあたって,工事業者か所有者のいずれでも構わないので,まずは賠償を受ける必要があり,工事業者と所有者の金銭負担の割合などは所有者と工事業者との間の内部的な問題なので関知しないということです。

以上のとおりですので,ご質問いただいた点については,塀の所有者として通行人の方のケガに対する賠償責任を負うことになります。

 

Q5 入居者の1人が夜中に大きな音で音楽を聴いたり,人を呼んで宴会をしていることがしばしばあり,他の入居者から苦情が来ています。貸主として何か対応する必要がありますか?

A5 アパートの住民による騒音等のトラブルは賃貸物件ではしばしば見受けられます。日勤や夜勤の方など生活時間は人それぞれですし,音に対する感受性もやはり人それぞれです。

したがって,明らかに過剰な騒音などを発生させているのではない限り,トラブルとなっている入居者同士の解決に委ね,賃貸人(大家)として関与するのであれば管理会社に委託していれば管理会社に間に入ってもらい,全戸に書面での注意を呼びかけるといった対応しか現実的には取れません。

しかし,近隣住民から警察に通報されるような騒音や迷惑行為が度重なるようであれば,賃貸借契約書の内容にもよりますが,賃貸借契約を解除することも可能な場合もあります。特にトラブルを発生させる入居者を放置していては,他の入居者が退去したり,新しい入居者が見つからないなど,入居率の低下も招くことになります。

入居率の低下は,特に建築資金を借り入れでまかなっている場合には,資金繰りにすら影響を与える重大な問題につながります。

そこで,明らかに騒音等のトラブルを繰り返し発生させている入居者に対しては,賃貸借契約を解除し,必要であれば訴訟で明渡しを求めるといった断固とした対応をする必要がある場合もあります。

 

まとめ

賃貸物件の入居率を維持するためには,賃貸人(大家)として賃貸期間中のトラブルに対しても適切に対応していく必要があります。

もちろん,入居者同士のトラブルであれば,賃貸人が積極的にトラブルに介入する必要はありません。

しかし,トラブルも対応を誤ると,評判の低下につながり,最終的には入居率の低下につながります。

そこで,管理会社に委託するというのも一つの方法ですが,さらに積極的にトラブルを解決していくということでれば,弁護士の助言や助力は必要不可欠と思います。

賃貸物件をお持ちのオーナーの皆さまで,継続的に弁護士のサポートが必要な方は,池田総合法律事務所にご相談ください。

(小澤尚記(こざわなおき))

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)

はじめに

本ブログでは、今回から全6回にわたって、概ね以下のスケジュールで大家さん(賃貸人)向けの記事を連載します(あくまで予定であり、予告なく変更となる可能性がありますので、ご了承ください)。

第1回(今回)  令和4年4月15日   契約書作成の際の注意点

第2回         令和4年5月 1日   貸期間中のトラブルへの対応

第3回         令和4年5月15日   家賃の未払への対応(その1・家賃の回収)

第4回         令和4年6月 1日   家賃の未払への対応(その2・明渡請求)

第5回         令和4年6月15日   賃貸物件の取壊しのための立退き請求

第6回         令和4年7月 1日   賃借人(入居者)が死亡したときの対応

相続税対策といわれて賃貸アパートを建築したり、親から賃貸物件を引き継いだりして、賃貸経営に携わるようになったという方も少なくないと思います。

順調に賃料が支払われている間は良いですが、ひとたびトラブルが生じると、大家さんにかかる負担は小さくありません。

本コラムでは、よくある相談内容をもとに、弁護士の視点から発生しやすいトラブルについてご紹介をしますので、参考としていただければと思います。

 

第1回 契約書作成の際の注意点

 

Q 親の代から賃貸アパート経営をしていますが、管理会社を入れずに独自の契約書を使用しています。内容は非常に簡素なもので、これで足りるか心配なのですが、契約書にはどのような内容が入っている必要がありますか。

 

 

1 最低限必要な内容

賃借人との間で賃貸借契約書を取り交わすにあたって、契約書には最低限以下の記載が必要です。

・賃貸の対象に関する記載(例えば駐車場を含むか否かなど)

・賃料や敷金等の定め(途中で金額が変更されている場合には、別途賃料変更の合意書を作成するか、新たな賃貸借契約書を作成することが望ましいです)

・契約の当事者の署名・押印と契約締結の日付

これらの条項以外にも、契約書には、契約の期間、賃貸物件の取扱いに関する取り決め(用法遵守義務)に関する定め、契約の解除に関する定め等を入れるのが一般的ですが、以下では、特に問題となりやすい、原状回復義務、連帯保証人、更新のない賃貸借契約に関してご説明します。

 

2 原状回復義務について

賃貸アパートに入居中に、入居者(賃借人)があやまって壁などを傷つけた場合、大家さん(賃貸人)は、賃借人に対して、元に戻すように(修理に要する費用を負担するよう)に請求することができます(賃借人の原状回復義務といいます)。しかしながら、通常の使い方によって生じた損耗(通常損耗)や経年劣化による損耗(自然損耗)については、原則として賃借人には原状回復義務はありません。

もし、こうした通常損耗についても賃借人に原状回復を求めたい場合には、契約書において、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲を具体的に明記するなど、原状回復義務に関する規定を設けておく必要があります。

 

3 連帯保証人について

(1)契約書への記載内容について

ア 連帯保証を含む保証契約は、書面でしなければ効力が生じません(民法446条2項)。口約束で連帯保証契約を結んでも無効です。

したがって、連帯保証人を付ける場合には、契約書に連帯保証に関する規定を入れておく必要があります。

イ また、2020年4月以降に連帯保証契約を結ぶ場合には、連帯保証の極度額(上限)を契約書に記載しておかないと、連帯保証契約自体が無効になります。

独自の契約書を使用されている場合には、極度額の欄を追加しましょう。

(2)連帯保証人の署名・押印の方法

契約書には、連帯保証人にも署名・押印を求めることが一般的です。その際には、後から「そんな保証をした覚えはない」と言われないよう、自署をしてもらうと共に、実印による押印と印鑑証明書の提出を求めましょう。

(3)連帯保証人死亡への対応

連帯保証人が死亡した場合には、その相続人が連帯保証人の地位を引き継ぎます。しかしながら、2020年4月以降に連帯保証契約を結んだケースでは、賃貸借が続いている間に連帯保証人が死亡すると、原則としてその時点で発生していた未払分しか連帯保証人の相続人に請求できません。

このような事態が発生することを避けるためには、①連帯保証人を複数人にする、②連帯保証人が死亡した時には、直ちに別の連帯保証人を付けることを契約内容としておく、③家賃保証会社を利用する、といった手段が考えられますので、事前に検討しておきましょう。

 

4 更新のない賃貸借契約の締結

賃貸アパートの賃貸借契約書には、賃貸借の期間が記載されていることが多くあります。しかしながら、建物に関する通常の賃貸借契約では、入居者(賃借人)が契約の継続(更新)を望む際に、大家さん(賃貸人)から一方的に更新を拒絶することはなかなか認められません。

そこで、賃貸借契約期間の終了時に契約の更新をしないことを予め定めておくことができます(このような契約を「定期建物賃貸借契約」といいます)。

もっとも、この定期建物賃貸借契約を結ぶためには、あらかじめ、建物の賃借人に対し、当該契約には更新がなく期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、そのことを記載した書面を交付して説明しなければならないとされるなど一定の要件が定められています。要件を満たさない場合には、更新をしないという定め自体が無効となってしまいますので注意が必要です(借地借家法38条)。

 

5 まとめ

賃貸借契約においてトラブルが生じた場合には、まず、契約内容がどうなっていたかを契約書で確認することになります。事前に契約書で適切な定めをしておかなかったがために、思いもよらぬ負担を強いられることもあります。また、法改正や裁判所の新たな判断があった場合には、その改正等を踏まえて契約書を修正していく必要もあります。特に、独自の契約書を使用されている方は、定期的に専門家のチェックを受けることをお勧めします。

賃貸借契約書についてチェックをしてもらいたい、改訂をしたいとお考えの方は、ぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。

 

(川瀬 裕久)

環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載8

~野焼きと廃棄物処理法~

1 「野焼き」と廃棄物処理法

屋外でゴミを燃やしている場面は,かつてはあちこちで見かけることがありました。また,現在でも田畑などで燃やしている場面を見かけることがあります。

しかし,周辺環境への影響から,現在は厳しく規制がかけられています。主に刑事事件になった事案の裁判例もあり,うっかり燃やしてしまった,昔から燃やしていたでは社会的に許されなくなってきています。

そこで,身近にある問題として,野焼きと産業廃棄物の問題を取り上げます。

まず,廃棄物,すなわちゴミ=価値が無い物,を屋外で焼却する「野焼き」は,廃棄物処理法16条の2(焼却禁止)で,原則として禁止されています。この焼却禁止の16条の2は,平成12年の廃棄物処理法改正で導入されたものです。

そして,もし廃棄物処理法16条の2の焼却禁止に違反して,野焼きをした場合,廃棄物処理法25条1項15号により,「5年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金」と定められており,場合によっては懲役も罰金も科される(「併科」といいます)場合もあります。

さらに,会社の従業員が,会社の業務に関して野焼きをした場合には,廃棄物処理法32条1項1号により,会社についても「3億円以下の罰金刑」が科される場合があります。

「野焼き」の罰則は,皆さまが重っているよりも重いものですし,会社の従業員が「野焼き」に業務上関わった場合には,会社も罰金を科されるリスクも負うことになります。

 

2 「野焼き」の廃棄物処理法上の例外

(1)廃棄物処理法上の例外

 廃棄物処理法上では,廃棄物焼却の例外として,

①一般廃棄物処理基準,産業廃棄物処理基準等に従って行う廃棄物の焼却(16条の2第1項1号)

②他の法令またはこれに基づく処分により行う廃棄物の焼却(16条の2第1項2号)

③公益上もしくは社会の慣習上やむを得ない廃棄物の焼却または周辺地域の生活環境に与える影響が軽微である廃棄物の焼却として政令に定めるもの(16条の2第1項3号)

が定められています。

例えば,②の他の法令等に基づく廃棄物の焼却には,家畜伝染病予防法に基づく家畜の死体の焼却があります。具体的には,鳥インフルエンザに罹患したニワトリの死体の焼却などがあたります。

(2)3号の例外の具体的内容

 廃棄物処理法16条の2第1項3号の政令は廃棄物処理法施行令14条が該当します。施行令14条では,

①国または地方公共団体がその施設の管理を行うために必要な廃棄物の焼却(1号)

②震災,風水害,火災,凍霜害その他の災害の予防,応急対策または復旧のために必要な廃棄物の焼却(2号)

③風俗習慣上または宗教上の行事を行うために必要な廃棄物の焼却(3号)

④農業,林業または漁業を営むためにやむを得ないものとして行われる廃棄物の焼却(4号)

⑤たき火その他日常生活を営む上で通常行われる廃棄物の焼却であって軽微なもの(5号)

が定められています。

②の震災等に伴う廃棄物の焼却としては,例えば,災害時の木くず等の焼却などがありえます。

③の宗教上の行事のための廃棄物焼却としては,たとえば「どんと焼き」「左義長」なども不要となったしめ縄やお札を燃やす点では廃棄物の焼却にあたりますが,3号で例外として認められています。

④の農業等のための廃棄物焼却は,例えば農業従事者が行う稲わら等の焼却,林業従事者が行う伐採した枝葉等の焼却,漁業従事者が行う漁網に付着した海産物の焼却などがあたりえます。

⑤の日常生活を営む上で通常行われる廃棄物の焼却には,例えばキャンプファイヤーで木くずを燃やす場合などがあたります。

以上については,平成12年9月8日衛環78号各都道府県・各政令市廃棄物行政主管部(局)長あて厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課長通知をご参照ください。

(3)裁判例

 廃棄物処理法16条の2(焼却禁止)に関する裁判例は次のようなものがあります。

 ①仙台高裁平成22年6月1日判決

 廃棄物処理法16条の2の「焼却」の意義について,「廃棄物の物理的損壊,滅失に着目して論ずべきではなく,生活環境に与える影響に着目して論ずべきであるということになる。(中略)そうすると,生活環境に有害な影響を与えるがい然性,すなわち,煙,有毒ガスの発生,あるいは周辺に火災が発生する可能性が生ずれば,同条により禁止すべき焼却に該当するといえる。そして,廃棄物がどの程度の燃焼状態に至った段階で生活環境に与える影響があるかといわば,廃棄物が独立して燃焼を継続する状態に至れば,煙などが廃棄物から持続的に発生するなどして,生活環境に有害な影響を与えるがい然性が高いということができるから,この段階で廃棄物を焼却したものということができる。」としています。

②東京高裁令和2年9月20日判決

 自宅敷地内の畑などで梨を主体に梅,柿,ミカンなどを生産し,タケノコを採取していた農家が,自宅敷地内において廃棄物である竹約20.5キロと柿の木の枝等4.25キロを焼却した事案において,『「農業者が行う稲わら等の焼却,林業者が行う伐採した枝条等の焼却,漁業者が行う漁網に付着した海産物の焼却」などと(上記の)課長通知が例示するような焼却は,それぞれの事業に伴って生じる廃棄物を,農地,山林,海岸等その発生場所で焼却する場合には,周辺環境への支障が生じるおそれが少なく,これらの発生場所が一般民家等の人の居住地と離れた場所であれば,市町村の収集などによる通常の処理にもなじまないと考えられることから,従前農業等を営むために行われていたこれらの焼却が,周辺環境への支障を生じるおそれがあるにもかかわらず,社会慣習上やむを得ないものとして受容されてきたことを踏まえ,除外事由と定められたものと解される。したがって,本件竹及び本件柿の木の枝等の焼却が施行令14条4号に該当するか否かの判断に当たっては,それが社会慣習上やむを得ないものとして許容される域にあるかどうかの判断が重要であるものと解される。』として,農家が周辺に一般民家,畑,資材置き場等が混在する旧来の住宅街にあり,重機を使って穴を掘り,その穴の中で焼却したことなどから,焼却の態様及び規模等を考えると,周辺環境への支障が生じるおそれが少ないともいえない,燃やすゴミの収集対象や大型ゴミの収集対象ともなっており,近隣業者に高額ではない金額で受け入れてもらう手段等もあることから,社会慣習上やむを得ない場合にあたらない,としています。

 

3 最後に

廃棄物の焼却にも刑事罰という厳しい処罰が容易されていますし,事業者が許認可を得ている業種の場合には,刑罰により許認可が取り消されるなどするリスクもあります。

木くず等であっても,法令遵守を意識して,適切に処理をしなければ,事業継続ができなくなる可能性も否定できません。

そして,どのような業種でもまったく廃棄物を出さずに事業をしていくことはおよそ不可能ですので,廃棄物処理法を意識する必要があります。

池田総合法律事務所では廃棄物処理関係の支援や助言なども行っておりますので,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉

労働審判の手続きで解決できる場合・できない場合とは

はじめに

2回にわたり、①労働審判手続きの全体像と、②労働審判での残業代請求の特徴と対策としての労務管理について、説明しました。今回は、労働審判での解決策やその限界について説明します。

 

労働審判手続きでの解決に適した事案とは

労働審判の特徴は、原則として3回以内の期日で審理を終結することになるため、申立段階から十分な準備をして、充実した内容の申立書と必要な証拠を提出することが重要です。

解雇や給料の不払いなど、個々の労働者と事業主の間の労働関係のトラブルを、実情に即して、迅速、適正かつ実効的に解決する非公開の手続きです。平均審理期間は77.2日、調停成立での解決が70.3%、労働審判6.5%、併せて4件に3件は手続きの中で解決しています。統計からすると解決事案は申立から3ケ月以内に概ね解決している状況にあります。

 

地方裁判所に申し立てられた事件は40日以内の日に第1回の期日が指定され、双方が呼び出されて、労働審判官(裁判官)と労働審判員からなる労働審判委員会から直接事情聴取を受けますが、話合いの見込みがあれば、調停が試みられます。

 

事案の性質から労働審判での解決になじまないと、労働審判員委員会が判断した場合には、終了することもあります(労働審判法24条終了)し、労使の対立が深刻なケースでは労働審判での合意に達することが難しく、労使はいずれも下された労働審判に異議を申し立てることができるので、会社側では訴訟に移行させたくないといった事案でも、やむなく訴訟に移行するという場合も出てきます。

 

そもそも、3回の期日で整理できない証拠類が提出されるケースは審判にはなじまないといえますし、対立の激しい事案では、例えば会社の方針において、他への波及を考えて対応しなければならないような事案も見られます。

 

訴訟へ移行するとはどういうことか

訴訟に移行した時でも、労働審判申立時に労働者側から出された申立書は、訴訟の担当裁判官に引き継がれます。これに対して、申立書以外の答弁書や書面、証拠等は引き継がれず、訴訟において、改めて、再提出しなければならないことになっています。

 

解決のための金銭支払いについて

例えば、解雇トラブルの事案では、職場復帰の見通しが立ちにくい事態が生じていることも容易に予想されるところですが、職場復帰をしない代わりに金銭支払いで解決を図ることは多くの事案で見られます。解雇が有効と考えられる事案と解雇が無効と考えらえる事案では、解決金として裁判所から示される金額案に大きく異なります。有効と考えられるケースでは1~3ケ月の月額賃金を言う解決例も少なくないと思いますが、解雇の有効性に争いがあるケースでは、それ以上、半年分くらいの月額賃金が求められることもありますし、明らかに無効と思われる事案では、復職を仮定した解雇期間中の未払い賃金額を前提にし、更には、訴訟移行した場合の審理期間を予想して解決金が要求されることも考えられます。

また、残業代請求では、訴訟移行し判決になれば遅延損害金等の支払いが必要になります。

いずれにしても、事前にある程度、予想される争点についての心証を労働審判員や労働審判官の指摘を分析しながら、計算をしておくことが望まれます。月額の賃金ベースはいくらか、何ケ月分だといくらになるか、再就職後の収入を控除するとすればいくらか、などを頭に起きながら、話合いに臨むことをお勧めします。いずれの場合も「解決金の根拠」をどう考えるのか、問われたときに答えられるようにして、期日に臨んでいただくことが望ましいと思います。

 

池田総合法律事務所では、労働審判や労務管理についての経験豊富な弁護士が複数いますので、お気軽にご相談ください。

               <池田桂子>

労働審判手続きでの残業代請求について

はじめに

前回のコラムでは労働審判手続きの全体像について説明しました。今回のコラムでは、前回の内容をふまえて、労働審判での残業代請求の特徴や残業代対策としての労務管理の必要性についてご説明します。

 

労働審判手続きでの残業代請求の特徴

労働審判の特徴は、原則として3回以内で審理を終えるという迅速性にあります。

そのため、残業代請求であればすべてのケースが労働審判になじむというわけではありません。たとえば細かな労働時間についての認識が当事者で全く異なり争いが激しいケースでは、細かく(場合によっては1日ずつ)労働時間を確定する必要があるため、3回という限られた審理しかできない労働審判にはなじみません。

一方で、タイムカードなどの客観的証拠の整っているケースは労働審判になじみやすいとされています。この場合、労働時間がタイムカードから明らかであれば、固定残業代として法定の要件を満たすかや、管理監督者であったか等の法的な論点を中心に審理することになるでしょう。法的な論点については、証拠さえ出ていれば裁判所はある程度見とおしがつくはずで、3回の審理での終結も難しくはないでしょう。

では、タイムカードなどの客観的証拠がほぼない事案は労働審判になじむでしょうか。客観的証拠がない場合、本来であれば細かな事実(PCのログイン記録、携帯電話のGPSのログ等から会社滞在時間を立証するなど)から労働時間を立証する必要があり、時間もかかり労働審判になじみづらいとも思えます。

しかし、労働審判の特徴には、先に述べた迅速性だけでなく、柔軟性もあげることができます。労働審判では、当事者の主張には必ずしも拘束されない事案の実情に応じた柔軟な解決を図ることができるとされているのです。そのため、大づかみの金額でもよいので早期の解決を労働者が望む場合、柔軟な解決が可能な労働審判は、細かな立証を要する訴訟と比べて有効な手続きです。

 

残業代を請求される側からみた労働審判

一方で、迅速かつ柔軟な解決は、残業代を請求される使用者側からしてもメリットになる側面があります。残業代請求は長期化するケースもあります。そして、長期化すると、遅延利息がかさむことも考えられます。遅延利息は通常は3%ですが、特に退職労働者の場合には「賃金の支払の確保等に関する法律」によって年14.6%という高率になるからです。また、訴訟手続きでは、悪質なケースにおいては労働基準法に基づき未払い金と同額の付加金の支払いを命じられるおそれもあります。

使用者側としては、適切な反論をしながら、反論内容を前提とした適切と考える残業代や長期化した場合のコストを考えて、早期解決を図るか、より詳細な主張立証が可能な訴訟手続きに移行するかを判断する必要があります。

 

時効について、労務管理の必要性

民法の改正により令和2年4月1日以降に発生した未賃金について、残業代の時効が従前の2年から3年に延長されました。令和2年3月末時点で支払われているべき未払い賃金は令和4年4月1日には2年の時効にかかっていることになりますが、令和2年4月分の未払い賃金は令和4年5月1日時点ではまだ3年が経過しておらず時効にかかっていないことになります。なお、未払い賃金請求権の時効は、近々5年に延長される予定です(正確には、本来5年となるはずのところ、特例法で3年に短縮しています)。

未払い残業代は1件あたりの金額が比較的まとまった金額にもなりますし、労働者が多くなれば隠れた未払い残業代支払い債務の合計額も多額となります。残業代の未払いは、経営にとって大きなリスクになりえます。就業規則を整備し、労働者の労働時間・時間外労働などの適切な労務管理をすることはリスク管理の観点からも重要です。労働者の企業への信頼や忠誠(ロイヤルティ)を醸成することもつながるでしょう。

池田総合法律事務所では、労働審判や労務管理についての経験豊富な弁護士が複数いますので、お気軽にご相談ください。

 

<山下陽平>

 

労働審判制度の概要

1.はじめに

賃金・残業代の支払い、解雇、配置転換等をめぐって、労働者と会社との間で何らかのトラブルが発生した場合に、当事者間で話し合いを行っても解決に至らないということがあります。その場合には、何らかの法的手続に進まざるを得ません。

通常、裁判手続きは、終結まで1年以上かかり、多大な時間と労力が必要になります。これに対し、労働審判手続きは、申立てから終結まで平均約2か月半と、裁判よりも早期に解決を図ることが期待できます。

そこで、本法律コラムでは、「労働審判」という手続きに焦点をあて、3回に分けて労働審判のご紹介をしていきます。

まず第1回目は、「労働審判」の概要です。

 

2.労働審判制度とは

労働審判制度とは、裁判官1名と労働関係に関する専門的な知識経験を有する審判員2名で構成する労働審判委員会が審理を行い、話し合いによる調停の成立による解決を試み、その解決に至らない場合には、審判を行う非訟手続をいいます。

労働審判は、審判員の専門的知識経験を取り入れ、原則として3回以内の期日で事件の審理を終結することにより、迅速かつ適正な紛争解決の実現を目的としています。

労働審判では、申立件数の約70%が調停成立により終局し、約15%が審判に移行しています(残りは取下げ、棄却、移送等です。)。

労働審判の事件の種類としては、賃金手当等請求など金銭を目的とするものが53.8%、地位確認(解雇)など金銭を目的としないものが46.2%です。

 

3.労働審判手続きの流れ

(1)申立て

労働審判の申立ては、裁判所に対し、申立ての趣旨および理由を記載した申立書を提出することで行います。

労働審判手続に係る事件は、①相手方の住所、居所、営業所もしくは事務所の所在地を管轄する地方裁判所、②個別労働関係民事紛争が生じた労働者と事業者との間の労働関係に基づいて当該労働者が現に就業しもしくは最後に就業した当該事業主の事業所の所在地を管轄する地方裁判所、または③当事者が合意で定める地方裁判所の管轄とされます(労働審判法2条1項)。

(2)第1回期日の指定

労働審判手続きの第1回期日は、特別の事由がある場合を除き、労働審判手続きの申立てがされた日から40日以内の日に指定されます(労働審判規則13条)。相手方に対しては、裁判所から労働審判の申立書、証拠書類の写しとともに、期日呼出状等が送付されます。

(3)相手方による答弁書の提出

相手方は、第1回期日の1週間程度前までに、裁判所に答弁書および証拠書類を提出します。原則として3回の期日で終結する労働審判手続きでは、申立書と同様に答弁書についても出来る限りの主張と証拠を提出することが必要となります(労働審判規則16条)。

(4)審理

第1回期日では、双方から提出された書類の内容をもとに、争いのある点や証拠の整理を行って、当事者の審尋を実施します。

第2回期日以降においても、主張や証拠書類の提出はできますが、それらの提出は、やむを得ない事由がある場合を除き、労働審判手続きの第2回の期日が終了するまでに終えなければなりません(労働審判規則27条)。

(5)審理の進め方

多くの事件では、第1回期日に臨む前に、双方から提出された主張書面、証拠資料を確認のうえ、裁判官と審判員で評議をし、おおまかな心証や解決の方針等を既に持っています。

したがって、申立を受けた側(多くは会社側)は、抗弁として主張出来る事項やその裏付け証拠を、第1回期日前の早い段階で提出しておかなければ、その後の審判が不利な展開となります。

申立てを受ける側は、タイミングも選べず上記の通り十分な時間的余裕もありませんが、集中的に答弁書の作成と証拠収集の作業を行うべきです。

(6)労働審判の終了

多くの場合で、第2回期日までに、労働審判委員会から調停(話し合いによる解決)が試みられ、調停案が提示されます。調停が成立し、調停調書に記載された合意内容は、裁判上の和解と同一の効力を有します。

調停による解決に至らなかった場合には、労働審判委員会は、労働審判手続の経過を踏まえて審判を行います。審判は、当事者が出席している期日において、審判官がその主文および理由の要旨を口頭で告知する方法で行われます。

(7)異議申立てと訴訟への移行

労働審判に対しては、審判所の送達または労働審判の告知を受けた日から2週間以内に、裁判所に対し、異議の申立てをすることができます(労働審判法21条1項)。適法な異議の申立てがあったときは、労働審判はその効力を失い、労働審判手続の申立てに係る請求は、当該労働審判手続の申立ての時に、裁判所に訴えの提起があったものとみなされます(同条3項、22条1項)。

 

4.終わりに

会社が、従業員から労働審判を申し立てられた場合、あるいは従業員が会社に対して労働審判を申し立てる場合等に、必要な証拠の収集や適切な法的主張を行うためには、弁護士に依頼した方が良い場合もあります。

池田総合法律事務所では、労働審判の経験豊富な弁護士が複数いますので、一度ご相談ください。

<石田美果>