不正競争防止法における営業秘密保護3

~第3回 退職者の営業秘密持ち出しに対する対応~

 

企業の秘密漏洩の原因としては、2021年3月の情報処理推進機構の調査によると、退職者による持ち出しが36.3%と最も多く、また、2009年のトレンドマイクロ社の調査では、転職時に会社の情報を持ち出す人が53.9%にも達しているそうです。

転職にあたって有利な条件を獲得したい、また、独立して起業をする場合に、新規ではなく既存客へのアプローチの方が労力が省けるといったことから、退職者の退職にあたっては企業側としても十分にその動向に注意する必要があります。

 

どんなに厳重に秘密管理をしても、秘密漏洩を完全に防ぐことは事実上不可能で、今回は秘密漏洩が発生した場合の企業側の対応について、お話をします。

 

まず、初動の段階で、だれによってどの情報がどの程度、範囲で漏洩しているのかを迅速に把握して、被害拡大を防ぐ必要があります。

どの程度、初動調査が出来、適切な対応が速やかにできるかは、結局、予防策がどの程度整備されていたかによります。適切な情報管理がしてあれば、情報にアクセスした人物、漏洩情報の範囲や時期等を確認することができることになりますが、予防策が杜撰であれば、情報漏洩が、だれによってどの程度の拡がりをもって漏洩したかが迅速に把握できず、対応が後手となってしまうことは避けられないことです。

 

営業秘密の漏洩については、その態様に応じて、窃盗罪、不正競争防止法上の営業秘密侵害罪等にも該当することがありますので、警察への相談、被害届、場合によっては告訴手続を行うことが必要となってきます。

漏洩の規模やその与える影響が大きく、多くの個人情報が含まれているような場合は、ホームページ等での告知、場合によってはマスコミへの発表も必要ですし、個別に個人情報が漏洩された可能性のある個人には、その旨の通知も必要となります。これらの処置が迅速になされないと、会社のレピュテーションが急速に悪化するので、公表するのかどうか、するとしてどの範囲で行うかは、迅速に決断しなくてはなりません。

 

また、民事的には、退職者に対して、不正競争防止法違反や機密保持契約違反(労働契約、あるいは就業規則を根拠に、あるいは退職時に機密保持を約束させる書面を取ることによって、その違反を問うことができます。)を理由に、損害賠償の請求をすることが出来ます。

 

次に、漏洩等の不祥事を作出した者に対しては、退職金(就業規則上に根拠規定があることが原則)の不支給、あるいは既に支払済みの場合には、退職金の返還を求めることも検討するべきでしょう。

 

ただし、これらの請求をするについては、客観的な証拠が必要です。池田総合法律事務所でも、これまで退職者に対する損害賠償請求の案件の取り扱いがありますが、予防策が十分でない場合には、漏洩の事実や被害立証が困難を極めることが多いのが実情です。事が起こったときを視野におき、普段からその予防に力を入れるべきです。

(池田伸之)

不正競争防止法における営業秘密保護2

~第2回 営業秘密の管理方法について~

 

1 はじめに

会社の営業秘密は,『秘密』として管理されていなければ,営業秘密になりません。

不正競争防止法第2条6項は,

①秘密として管理されている【秘密管理性】

②生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報【有用性】

③公然と知られていない【非公知性】

のある情報を,不正競争防止法の保護を受けられる『営業秘密』と定義しています。

この点は,連載第1回目で解説していますので,こちら(不正競争防止法における営業秘密保護1)をご参照ください。

 

2 秘密管理性の具体的方法

秘密管理性を満たすために必要な秘密管理措置の内容や程度は,企業規模,業態,従業員の職務,情報の性質その他の事情によって異なります。

(1)紙媒体の場合

紙媒体の場合,もっとも簡単な秘密管理措置は,「マル秘」など秘密であることを表示することです。

しかし,「マル秘」とされていても,誰でも閲覧できる資料と同じファイルに綴じられていては,秘密として管理されているとは言えません。

最低限,「マル秘」の資料を別ファイルに綴って保管することが必要です。

また,ファイリングではなく,鍵をかけられる金庫やキャビネットに秘密となる文書を入れ,鍵を限られた社員が管理するという方法でも秘密管理性は満たすことができます。

なお,秘密に管理していることと,秘密に管理している書類が外部に情報漏えいすることは別の問題です。秘密に管理されているものでも,社員によるスマートフォンによる写真撮影などによる漏えいはあり得ます。それに対しては,例えば特定の部屋に秘密として管理する書類を鍵付きのキャビネットに収納し,そのうえで部屋に入室する場合にはスマートフォンの持込を禁じるといった方法や携帯電話の電波を遮断するなどの方法もありますが,結局のところ情報漏えい対策はどこまでのコストをかけるかという問題でもあり,難しい問題であると言えます。

(2)電子媒体の場合

電子媒体でも,電子ファイルやフォルダに「マル秘」と表記するというのが最も簡単な方法になりますが,電子ファイルやフォルダにパスワードをかける,社内ネットワークでアクセスできるエリアを社員ごとに限定するアクセス制御などの方法もあります。

また,外部のクラウド(ドロップボックス,AWSベースのシステムなど)に情報をアップロードする場合でも,非公開設定のクラウドで,かつ,アクセス制御がなされていれば,秘密管理性は充足できると考えられます。

なお,電子媒体の場合でも紙媒体と同様,秘密管理性と情報漏えい対策は別の問題です。情報漏えい対策としては単純なパスワード管理ではなく,生体認証や2段階認証といったシステム的な対応や,物理的にUSBポートを使用できないようにポートレスにするなどの対応が考えられますが,この点もどこまでのコストをかけるかという問題とも直結します。

(3)試作品等について

新製品の試作品や金型など,秘密情報が物の形をとっている場合には,保管室に「関係者以外立ち入り禁止」と看板を設置したり,保管室の鍵を特定の社員のみが扱えるように管理したり,入室に際してIDカードでの認証を求めるなどの対応をして,秘密管理性を確保することが考えられます。

(4)ノウハウなどについて

社員がもっているノウハウ,社員の頭の中に入っている顧客情報,特許などの権利化されていない技術情報などについては,そのままでは秘密管理性を満たすことができません。

そこで,企業として,どういったノウハウや顧客情報が営業秘密になるのかをリストアップして社員に示すことで,営業秘密であると周知し,秘密管理性を満たすようにする必要があります。また,社員に対して口頭や書面で秘密であると伝えることで秘密管理性を充足できる場合もありますが,ケースバイケースで判断するしかありません。

(5)複数法人間で同一情報を保有する場合について

グループ会社等の複数法人間で同一の情報を共有する場合には,秘密保持契約(NDA)を取り交わすことが基本的な対応になります。

 

3 「有用性」確保の具体的方法

有用性については,連載第1回目で解説していますので,こちら(不正競争防止法における営業秘密保護1)をご参照いただければと思いますが,過去に失敗した研究データであっても,失敗をもとに試行錯誤を繰り返すことで,トータルの研究費用を削減できるのであれば,その失敗した研究データも有用性は認められます。また,製品の欠陥情報であっても,どのような欠陥があり,それを検出するためにはどういったシステムやAIが必要かといった技術開発には有益な情報ですので,やはり有用性は肯定されると考えられます。

 

4 「非公知性」の考え方

営業秘密が秘密であるためには,当然,広く公に知られていない必要があります。

そこで,営業秘密といえるためには,合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載された情報ではない,公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析できないなど,秘密として管理している事業者以外では一般的に入手できないことが必要になります。

 

5 まとめ

秘密管理性については,企業の事業活動のうえで,すべてを厳格に秘密管理していると事業が円滑に進まないという側面もあります。他方,重要な営業秘密が社外に流出してしまえば,取り返しがつかない損失が発生する可能性もあります。

池田総合法律事務所では,例えば,本コラムを担当している小澤(こざわ)は,かつて顧客情報の情報漏えいでの不正競争防止法違反の刑事事件も担当したこともあり,会社の実態を踏まえた上で,何をすべきかのご提案させていただくことが可能です。

営業秘密の管理方法や現在の管理状態で問題無いかなど,営業秘密の管理について疑問や不安がある事業者の方は,一度,池田総合法律事務所にご相談ください。

(小澤尚記(こざわなおき))

不正競争防止法における営業秘密保護1

~第1回 営業秘密の3要件と漏洩罰則について~

 

1 はじめに

企業経営において様々な情報やスキル、ノウハウなどが非常に重要な経営資源であることは異論のないところと思われます。

情報の中には、公開と引き換えに特許などの法的保護を受けることができるものもありますが、むしろ、公開せずその企業のみが有するからこそ価値のある情報も少なくありません。

そうした情報の一部は、不正競争防止法で「営業秘密」として保護されています。

盗み取る等の不正な行為によって「営業秘密」を取得し、それを使用するなどして他人の営業上の利益を侵害したときには、それによって生じた損害を賠償しなければなりませんし(民事上の制裁)、場合によっては、10年以下の懲役若しくは2千万円以下の罰金に処されることもあります(刑事上の制裁)。

例えば、昨年は、楽天モバイルの元社員が前職のソフトバンクから機密情報を不正に持ち出したとして、不正競争防止法違反(営業秘密領得)容疑で警視庁に逮捕された事件がありました。この件に関しては、ソフトバンクは、楽天モバイルと元社員に対し「約1000億円の損害賠償請求権」を主張する訴訟を東京地裁に提起しています。

愛知県でも、愛知製鋼(愛知県東海市)の磁気センサー(MIセンサ)に関する秘密情報を漏らしたとして、不正競争防止法違反(営業秘密侵害)の罪に問われた同社元専務と元社員の公判(刑事裁判)が昨年12月23日、名古屋地裁で結審し、判決は今年の3月18日に言い渡される予定となっています。

 

本コラムでは、今後3回にわたって、この「営業秘密」について取り上げたいと思います。

今回は、第1回として、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するための要件と「営業秘密」を侵害した際の罰則についてご紹介します。

 

2 「営業秘密」の3要件

(1)営業秘密の定義とそこから導かれる要件

「営業秘密」について、不正競争防止法第2条第6項では以下のように定義しています。

 

この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。

 

この定義から、「営業秘密」に該当するためには、

①秘密として管理されていること(秘密管理性)

②有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)

③公然と知られていないこと(非公知性)

の3つの要件を全て満たす必要があると理解されています。

 

(2)秘密管理性について

秘密管理性が認められるためには、当該情報について秘密に管理しているという情報保有企業の意思(秘密管理意思)が、秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要があると理解されています。

例えば、情報が記載されている書類や情報が保存されている電子記録媒体に「マル秘」の表示がなされている、あるいは、秘密保持契約等により対象が特定されていることが考えられます。

この点については、本コラムの第2回で詳しく説明します。

 

(3)有用性について

当該情報が、実際に事業活動に利用されたり、現実に利用されていないとしても、利用されることによって経営上役立つものであることが必要です。

例えば、製造ノウハウや顧客リストなどは有用性があると言えます。

これに対し、会社が行っている違法行為に関する情報は、会社としては秘密に管理しているという意思はあるかもしれませんが、法が保護すべき正当な事業活動ではありませんので、有用性は否定されると考えられます。

 

(4)非公知性について

一般に知られてない情報であることが必要です。

第三者がたまたま同じ情報を保有していたとしても、当該第三者もその情報を秘密として管理していれば、非公知性は満たすと考えられます。

 

3 罰則について

(1)行為の態様

営業秘密の侵害に対する罰則の対象となる行為には、大きく分けて以下の4つのパターンがあります(不正競争防止法第21条第1項、第3項)。

ア 不正な手段(詐欺・恐喝・不正アクセスなど)による取得パターン

不正な利益を得る目的又は営業秘密保有者に損害を与える目的(「図利(とり)加害目的」といいます)で、営業秘密が記載されている書類を盗んだり、営業秘密が記録されているパソコンに外部から不正にアクセスして情報を取得したりする行為がこれにあたります。

営業秘密を取得する行為だけでなく、不正に取得した営業秘密を、図利加害目的で使用または開示する行為も罰則の対象となります。

イ 正当に営業秘密が示された者による背信的行為のパターン

営業秘密を保有している会社から、営業秘密が記録されたUSBなどを正当な手続で受け取った者が、図利加害目的で、そのUSBの複製を作成するなどして情報を取得したり、取得した情報を使用又は開示したりする行為です。

また、営業秘密を保有している会社の従業員や退職者が、在職中に得た営業秘密を使用又は開示する行為もこの類型にあたります。

ウ 転得者による使用・開示のパターン

ア・イの罪にあたる開示によって取得した(転得した)営業秘密を、図利加害目的で、使用又は開示する行為がこれにあたります。

エ 営業秘密侵害品の譲渡等のパターン

図利加害目的で、ア~ウの罪にあたる使用によって生産された物を、譲渡・輸入する行為がこれにあたります。

(2)罰則の内容

10年以下の懲役若しくは2千万円以下の罰金(又はこれの併科)です。

また、法人に対しても5億円以下の罰金が科される可能性があります(22条1項2号)。

(3)海外重罰について

アに記載したような行為が海外でなされた場合等には、罰金の金額がより重くなります(個人が3000万円以下、法人が10億円以下)(21条3項)。

(4)罰則が適用された実例

営業秘密の侵害について不正競争防止法違反の罪に問われた例は、冒頭で取り上げた以外にも、以下のようなものがあります。

ア 従業員等による競業会社への持ち出しのケース

建設用塗料のデータを、転職先である競合会社の従業員に開示するなどしたとして、2020年3月27日、名古屋地裁で、懲役2年6月、執行猶予3年と罰金120万円(求刑懲役4年、罰金200万円)を言い渡された事例。

イ 海外への流出(海外からの接触)のケース

スマートフォンなどに用いられるタッチセンサー技術の情報を、転職先の中国企業で使用する目的で不正に持ち出したとして、2021年3月17日、京都地裁で、懲役2年、罰金200万円(求刑懲役3年、罰金300万円)の実刑判決が言い渡された事例。

(川瀬 裕久)

                                   以 上

環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載7

~プラスチック資源循環促進法~

 

1 プラスチック資源循環促進法

令和4年(2022年)4月1日に「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」(略して「プラスチック資源循環促進法」)が施行されます(予定)。

最近,使い捨てのプラスチック製のストロー,フォークなどが紙製品となったり,有料化されるなどの社会的な動きがありますが,これはプラスチック資源循環促進法が4月1日から施行されることに関係しています。

プラスチック資源循環促進法は,海洋プラスチックゴミ問題,気候変動問題,廃棄物輸入規制強化などへの対応をきっかけとして,日本国内においてプラスチックの資源循環を一層促進するための法律です。

 

2 プラスチック資源循環促進法の個別措置事項

(1)設計・製造

 製造事業者等が務めるべき環境配慮設計に関する指針を主務大臣が策定し,指針に適合した製品であることを認定する仕組みが導入されます。

(2)販売・提供

 プラスチック製ストローや使い捨てのプラスチック製フォーク・スプーンなどのワンウェイプラスチックの提供事業者が取り組むべき判断基準が策定され,ワンウェイプラスチックを多く提供する事業者への勧告・公表・命令の措置が導入されます。

(3)排出・回収・リサイクル

 ①製造・販売事業者等による自主回収

  製造・販売事業者等が主務大臣の認定をうければ,認定事業者は廃棄物処理法の業許可を受ける必要がなくなり,自主回収できることになります。

プラスチック製品であっても,廃棄された廃棄物を回収しようとすれば,廃棄物処理法に基づく収集運搬・処分の許可が必要となるのが原則ですが,認定事業者は廃棄物処理法上の例外となります。

 ②排出事業者の排出抑制・再資源化

 主務大臣が排出事業者において排出抑制や再資源化等の取り組むべき判断基準を策定し,主務大臣の指導・助言,プラスチックを多く排出する事業者への勧告・公表・命令の制度が導入されます。

また,排出事業者等が再資源化計画を作成し,主務大臣が認定すれば,認定事業者は廃棄物処理法の業許可が不要となり,自社で再資源化が可能になります。これも廃棄物処理法の例外となります。

 

3 最後に

事業者によってはプラスチック資源循環促進法への対応も必要となると予想されます。池田総合法律事務所では廃棄物処理関係の支援や助言なども行っておりますので,プラスチックに関わる企業の方は,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉

環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載6

~太陽光発電と規制② 山林の場合~

 

1 森林法について

前回の「環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載」では,太陽光発電設備に対する条例の規制,農地法の規制を取り上げましたが,太陽光発電設備を大規模に設置する場所としては「山」もあります。

山については森林法の規制があります。

森林法は,民有地の民有林行政のもととなる我が国の森林に関する基本的な法律です。

森林法は,森林計画,保安林その他の森林に関する基本的事項を定めて,森林の保続培養と森林生産力の増進とを図り,もって国土の保全と国民経済の発展とに資することを目的とする法律です。

森林は例え民有林であっても,無秩序に伐採等されて荒廃すれば,土砂崩れの原因となり,保水力がなくなることで水害なども発生する原因ともなり,その影響は人の生命身体財産を損なうことにもつながります。

そこで,国(農林水産大臣)が全国森林計画を定め,都道府県知事が地域森林計画をたて,市町村長が市町村森林整備計画を定めることになっています。

そして,地域森林計画の範囲に含まれる民有林は,開発をする場合には,原則として都道府県知事の許可を受ける必要があります(森林法10条の2)。

 

2 太陽光発電設備に対する森林法の規制

(1)原則

森林法10条の2の開発行為の許可については,「開発行為の許可制に関する事務の取扱いについて」(平成14年3月29日付け13林整治第2396号農林水産事務次官依命通知),「開発行為の許可基準の運用細則について」(平成14年5月8日付け14林整治第25号林野庁長官通知)その他の関係通知に基づき審査されてきました。

(2)太陽光発電設備の場合の運用細則

そして,令和元年12月24日付け元林整治686号「太陽光発電施設の設置を目的とした開発行為の許可基準の運用細則について」で,切土,盛土を行わなくても傾斜地に設置可能であるという太陽光発電設備の特殊性を考慮して,運用細則として異なる規制がなされています。

具体的には,①事業終了後の原状回復等を行うことを事後措置に盛り込むことを事業者に促すことができ,②自然傾斜に設置する場合には擁壁または排水設備を整備するよう求め,③周辺部に残置森林を残すとともに,開発面積を1箇所あたり概ね20ヘクタール以下とするなどとし,④住民説明会の実施や景観への配慮を求めることができるとされています。

 

3 森林の場合の注意点

森林を伐採して山地に太陽光発電設備を設置する場合,地域森林計画の対象地域内になるかどうかを確認する必要があります。

また,森林を伐採したことにより,土地の地盤が緩くなるなどして土砂崩れが発生して,周辺の住民等の生命身体財産が害された場合には,民法717条の土地の所有者責任を追及され,多額の賠償義務を負うおそれもあります。

特に一度伐採されてしまった森林跡に植樹をしても,樹が大きくなり,地盤を支えられるようになるには相当の期間が必要であり,樹の成長を待たずして多額の費用をかけて土留め工事などを行わなければならないリスクもあり,太陽光発電設備の売電収入には到底見合わないコストが生じる可能性もあります。

 

4 最後に

池田総合法律事務所では太陽光発電設備等のビジネスの構築の支援や助言なども行っておりますので,土地の所有者(地主の方)や開発を検討されている企業の方は,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉

賃貸物件の建物明け渡しの強制執行

不動産の賃料の不払いが続く場合には、貸主と借主の信頼関係が破壊されたとして賃貸借契約を解除することができます。しかし、実際に大きな問題となるのは、賃貸借契約を解除したのに、借主が建物を明け渡してくれない状況です。

 

契約を解除したにもかかわらず借主が自ら退去しない場合、建物明け渡しのために貸主は、裁判所に訴訟を提起して勝訴判決を得た上で強制執行を申し立てなければなりません。

しかし、建物明け渡しの強制執行には、強制執行を担う執行官の費用、部屋の中の荷物を搬出する費用、荷物を保管する費用、鍵を交換する費用など、多くの費用がかかります。法的には、強制執行の費用は借主の負担ですが、実際には回収は困難です。また、滞納された賃料の回収さえもうまくいかないことが少なくありません。

そもそも、収入や財産等が十分にある賃借人は賃料を滞納しないはずで、数ヶ月以上滞納が続いた場合の多額の賃料や執行費用をまとめて支払う能力のある賃借人は多くありません。滞納賃料が多額になってから訴訟を提起し判決をとって回収しようとしても、相手方に差し押さえるべき財産がなく、執行費用や滞納賃料の回収ができない状況も、ままあるのです。

また、執行官に任せておけるというわけではなく、明け渡しの催告時には立ち会う必要があることや、各種業者の手配など、事実上の負担も軽いものではありません。

以上のような状況を避けるためには、滞納賃料が多額にならないうちに、なんらかの対応をとる必要があります。たとえば、明け渡し期限を区切って、期限前に立ち退いた場合には滞納賃料を一部減額することを提案するなど、貸主からの譲歩により早期の任意立ち退きを促し、最終的に貸主が負担せざるをえないトータルコストを下げる方法も検討すべきです。

 

とはいえ、譲歩の提案も受け入れられず奏功しないことはあるでしょう。そのような場合には、やはり最後の手段として、賃料を滞納している借主に対して訴訟を提起し勝訴判決を得て、強制執行という手順を踏まざるを得ません。別の借主に賃借し不動産を活用するためには、避けられない手続きです。

建物明け渡しの強制執行に際して、収入も財産もない借主の場合には、上で述べたように貸主の持ち出しとなる結果になってしまうかもしれません。しかし、収入はないが財産はある借主に対しては、財産開示の手続きを活用することによって、差し押さえ可能な財産が見つかるかもしれません。なお、民事執行法の改正により、財産開示手続きへの不出頭や虚偽の陳述に対して、刑事罰(6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金)が科されることになりました。法改正の後、家賃滞納者が財産開示手続きに出頭しなかったとして摘発された例もあるようです(※財産開示に関する記事へのリンクは 民事執行法の改正内容と財産開示手続の利用の実情です)。

財産開示手続きに関する刑事罰が設けられたことにより、実際に回収につながるかどうかは個別事案によります。罰則の存在が威嚇となって、借主を話し合いのテーブルに着かせる場面はあるように思います。

<山下陽平>

子どもの引き渡しを強制的に求める方法は?(子の引き渡しの強制執行)

子どもが親の間で引き裂かれるのは良いことではありませんが、例えば、親権のない親が子どもを連れ去ってしまった場合、裁判で子どもの引き渡しを命じられることがあります。子どもは物ではないのですが、だからこそ、どう引き渡しという命令を実現するのか、難しいところです。

従前、旧民事執行法には子供の引き渡しの強制執行につき、明文規定がなく、間接強制(債務者に対して金銭の支払いを命じるなど一定の不利益を課すことで心理的に圧迫し義務の履行を強制する)の方法のほか、動産の引き渡しの規定(民事執行法169条)を類推適用していました。引き渡しの現場ではどこまでの行為が許されるのか、判断が困難な事案も生じていたと思います。執行官が引き渡しを求めに現場に行って呼びかけても、居留守を使って子どもの引き渡しに応じない場合には強制的に押し入ることを断念せざるを得ない事態も生じていました。

 

一昨年法改正が行われ、民事執行法及び「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」の一部を改正する法律が成立して、ルールが変更され、2020年4月1日から子の引き渡しの強制執行に関する規定が施行されました。

 

先日、フランスの司法当局がフランス人の夫の申立に基づき、子どもを連れ去った日本人妻に逮捕状を発布したというニュースがありました。国をまたがる子どもの返還要求事件も少なくありません。国際的な事案での子の引き渡しに関しての規律として、ハーグ条約があります。

裁判所が親権のない親に対して引き渡すように命じた義務を裁判所の執行官に代わり実現するとし、引き渡しに協力しない場合には一日あたり支払う額を決めて金銭の支払いを求めることで義務を果たすように促す方法が、ハーグ条約の批准に伴い国内法の規律を定める一足先に、規定されていました。ハーグ条約では、前もって間接強制を行うことや引き渡しを命じられた親が同席することが必要とされていました。これに比べて、国内法は実効性がないということになり、改正をすることになったものです。

 

強制執行の申立ては、①間接強制の決定の確定した日から2週間経過したときだけでなく、②間接強制では引き渡しの見込みがあると認められないときや③子の窮迫の危険を防止するために必要があるときに認められます(民事執行法174条2項)。日本法では必ずしも、間接強制を前にする必要はありません。

また、実際の強制執行の手続きを行う際、執行官は子どもの住んでいる家屋に引き渡しの義務を負う親の同意なくとも立ち入り、子どもを探して連れてくることができます。従前には必要とされていた引渡しを命じられた親の同席は、不要です。その代わり、引き渡しを受ける親が引き渡しの現場に同席して、子どもが不安がらないように配慮することが可能です。

また、債務者が住居外に連れ出してしまった場合、執行不能になるのでしょうか。いえ、債務者の住居その他に占有する場所以外においても、相当と認められるときには、占有者の同意や許可を受けて引き渡しを受けることができるようになりました(新民事執行法175条2項)。ですから、学校や幼稚園・保育所などで子どもの安全やプライバシーに配慮しながら執行することができます。

 

平成28年から令和2年末までの5年間の子の引き渡し強制執行の対応件数は477件。連れ戻しに成功したのは約3割ということです。

日本では、離婚時に共同親権が認められていないので、父または母いずれかを親権者と取り決めることになっています(単独親権)。司法統計によると裁判所の審判や判決で子の引き渡しが確定したのに命じられた片方の親が命令に従わず強制執行申し立てに至ったのは年間50件超、引き渡しが成功したのは33.3%ということです。

 

子どもには子どもの意思や感情があり、無理やり連れ去ればトラウマを残すことにもなりかねません。子どもの最善の利益は何か、目の前のことだけでなく、子どもにとっての配慮をくれぐれも忘れないようにしたいものです。

<池田桂子>

野上陽子の摩天楼ダイアリー⑬

いよいよ12月に入ります。クリスマスが近づいてまいります。

 

ニューヨーク五番街の58丁目、アップルストアー前に現れた巨大な郵便ポスト。この郵便ポストは2メートル以上もあります。そして、そこには「サンタへの手紙」と書かれています。これは、サンタさんへ便りを送る専用ポストです。クリスマスまでずっとサンタクロースへのメッセージを受け付けています。

アメリカでは、昔から子供がサンタクロースへ手紙を書く習慣があります。最近では、クリスマスの前日に世界中を回るサンタの動きがコンピューターで追えるようになっていたりします。

わたしの友人の中には、クリスマスの頃の忙しく郵便本局に行きサンタクロースの代わりに返事を書くボランテアをしていた人がいました。

今回見つけた2メートル以上の高さがある大きな郵便ポストは初めて見ましたが、同じものがメーシーズデパートの中にもあるそうです。あまり気に留めていなかったのは、サンタさん専用のポストが設置されていなくても、サンタクロース宛の手紙は、通常のポストに投函するか、または郵便局配達員に渡せば配達されるからです。

米国郵政省は、普通郵便として正式に11月1日から12月10日までサンタクロースへの手紙を受け付けます。この場合は、宛先は、Santa Claus, 123 Elf Road, North Pole 88888。返事が欲しい場合は、返信用封筒に差出人住所を書き切手を貼ったものを同封します。

このお知らせは、USPS(郵便局サイト)にサンタクロースへの手紙のテンプレートや送り方も丁寧に判りやすく載っています。どのくらいの手紙が送られるのでしょうか? 楽しみです。興味のある方はぜひ見ご覧いただきたいです。
https://about.usps.com/holidaynews/operation-santa.htm#faq

この時期になると、11月25日の感謝祭後からは、なんとなく暖かな気持ちになります。ロックフェラーの大きなツリーの点灯式も12月1日です。12月の風物行事はいろいろありますが、コロナでの自粛や行事中止で物寂しい感じが 少し戻ってきて嬉しい感じです。

メリークリスマス!!

野上陽子(ニューヨーク市マンハッタン在住、コンサルタント会社を経営)

サイトのご案内  https://www.ynassociates.net/

 

環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載5

~太陽光発電と規制~

1 FIT制度のもとでの太陽光発電の普及と弊害

2012年,固定価格買取制度(FIT制度。Feed in Tariff)が導入されたあと,再生可能エネルギーとして太陽光発電の普及が進みました。

しかし,太陽光発電設備が,山林を切り開いて設置されるなど,環境への悪影響も同時に表れてきました。

そこで,条例などにより規制が設けられることになり,現在に至ります。

 

2 太陽光発電設備に対する条例の規制

(1)条例の制定状況

太陽光発電設備に対する条例は,一般社団法人地方自治研究機構(http://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/005_solar.htm)によれば,2021年10月1日時点で県では4条例(兵庫県,和歌山県,岡山県,山梨県),市町村が161条例の合計165条例があるとされています。

愛知県であれば,瀬戸市,大府市,東栄町に条例があります。

岐阜県では,御嵩町,中津川市,恵那市,関市,瑞浪市,可児市に条例があります。

三重県では,志摩市,鳥羽市,南伊勢町,名張市に条例があります。

(2)条例の種類

市町村条例では,太陽光発電設備の抑制地域を設定し,抑制地域内の事業は許可しないとするものや,許可制とするもの,届出制として市との事前協議を求めるものなど様々です。

また,抑制地域を定めて,抑制地域外については届出・市の同意を必要とするものなどもあります。

他にも,禁止区域を設定し,禁止区域では事業を禁止し,禁止区域以外では太陽光発電事業を許可制とするものもあります。

さらに,禁止区域を設定したうえで,禁止区域以外に抑制地域を別途設定し,許可制とするものもあります。

禁止区域・抑制地域という区分なしに市町村全域について,届出制とする条例もあります。

 

3 太陽光発電設備と農地法

休耕農地などに太陽光パネルが設置されて,発電をしている光景は郊外では見ることが多くなりました。

しかし,農地については農地法で規制がかかっています。

そこで,農地に太陽光発電設備を設置する場合には,農地法の農地転用許可が必要になります。

許可を得ること無く,無断で太陽光設備を設置すると農地法64条で罰則が定められています。

太陽光発電設備を設置するための農地転用許可については,平成30年度で許可件数1万1105件(1695.5ヘクタール),令和元年度(平成31年度)で1万2256件(1981.8ヘクタール)の実績があると農林水産省は発表(https://www.maff.go.jp/j/nousin/noukei/totiriyo/einogata.html)しています。

 

4 最後に

池田総合法律事務所では太陽光発電設備等のビジネスの構築の支援や助言などを行っておりますので,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉

預貯金債権に関する情報の取得手続について

1.はじめに

裁判をして判決が確定しても債務者が債務を支払ってくれない場合には、債務者の財産に対し、強制執行をして回収することが考えられます。

強制執行には、不動産、給与債権の差押えの他に、預貯金債権の差押えがあります。不動産、給与債権の差押えについては、それぞれ10月11日、10月28日の法律コラムでご紹介しました。

そこで、今回は、預貯金債権の差押えを行う際に必要な預貯金債権情報の取得手続きについてご紹介します。

 

2.預貯金債権情報の取得手続きの要件

預貯金債権情報の取得手続きとは、執行裁判所が、債務名義を有する債権者からの申立てによって、銀行等の金融機関から債務者の預貯金債権等に関する情報を取得する手続です。

申立てには、以下の要件が必要です。

(1)債務名義

裁判等の手続きを経て取得した確定判決、仮執行宣言付判決、仮執行宣言付支払督促、執行証書(強制執行受諾文言付公正証書)など、金銭債権についての強制執行の申立てに必要とされる債務名義を有していることが必要となります(民事執行法207条1項)。

(2)強制執行の不奏功

強制執行又は担保権の実行における配当等の手続きにおいて完全な弁済を得ることができなかったとき、又は知れている財産に対する強制執行を実施しても当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があったとき等、強制執行の不奏功の要件が必要です(法207条1項、197条1項)。

なお、預貯金債権等に関する第三者による情報取得手続においては、財産開示手続の前置は必要とされていません。それは、預貯金債権は処分が容易であるため、事前に財産開示手続を必要とすると、債務者がその間に預金を引き出すなどして財産を隠匿してしまうおそれがあるためです。

 

3.情報提供義務者及び提供される情報等

情報開示を求めることができる第三者は、銀行、信用金庫、農業協同組合等、我が国において預貯金を取り扱う機関です。

債権者が申立てを行う際には、対象となる銀行等を具体的に指摘する必要があります。

上記金融機関から、提供を受けることができる情報は、預貯金債権に対する強制執行等をするのに必要となる情報(法207条1項1号下段)で、具体的には、預貯金債権の種別、口座番号、及び預貯金の額です。

 

4.振替社債等

預貯金の他にも、市場性のある上場株式等については、一般に財産的価値が大きく、その換価も容易であることから、強制執行を行うに有用な財産であると言えます。

そこで、振替機関等から振替社債等に係る情報を取得するための手続きが新設されました。

申立ての要件は、預貯金債権情報の取得手続きと同様です。

上記振替機関等から、提供を受けることができる情報は、債務者の有する振替社債等の存否、並びにその振替社債等が存在するときは、当該振替社債等の銘柄及び額又は数です。

 

5.終わりに

債務名義を持っていても債務者からの支払いがされずにお困りの方、不動産、給与債権及び預貯金債権の差押えを検討されたいという方は、一度池田総合法律事務所にご相談ください。

<石田美果>