法的な紛争と税制の関係④  生前贈与するなら気をつけたいこと

令和6年からの贈与税のルール変更その他

1 相続が開始すれば、遺言に従って、遺言がなければ法律の定めるところに従って、財産が承継されます。相続を待たずに、確実に財産を承継させたいという場合には生前に贈与を選択します。贈与は契約ですから、受ける方もしっかりとした契約意識が必要です。

相続税対策として、生前贈与で活用されているのは「暦年贈与」です。年間110万円以下の場合は贈与税は発生せず、税申告も不要です。そして、これまで、相続開始時から3年以内の相続人への贈与分は控除にならず持ち戻し相続財産に加算しなければなりませんでした。今年2024年の税制改正により、持ち戻しは3年加算から7年加算に拡大されました。年110万円の暦年贈与は開始から7年以上経過していないと非課税効果を得ることができなくなりました。

もっとも、加算の対象は、遺産を相続する相続人だけであり、相続権のない孫、子の配偶者(嫁や婿)への生前贈与なら、加算はされません。相続権のない親族への生前贈与こそ検討するに値します。

 

2 相続時精算課税制度、60歳以上の親や祖父母が18歳以上の子や孫に行う累計2500万円までの贈与がいったん非課税で行える(贈与税非課税、2500万円を超えた分は一律20%の課税あり)というものですが、この制度を利用すれば、毎年110万円までの贈与分は相続時に加算されません。2024年から110万円まで基礎控除が認められ、相続時の加算無しで、年110万円の生前贈与が可能です。

 

3 生前贈与をより効果的にするためには、生命保険を利用するという方法もあります。例えば、親が子どもに資金を贈与し、子どもはもらった資金で保険料を支払います。この場合の保険契約は、親を被保険者、子どもを契約者・受取人とします。親が亡くなるまで保険金は下りないため、贈与資金の無駄遣いを防ぐことができます。

 

4 最近よく聞くNISA、口座開設の年の1月1日現在において18歳(2022年12月31日以前は20歳)以上の者を対象として、非課税口座で取得した上場株式等について、その配当やその上場株式等を売却したことにより生じた譲渡益が非課税とされる制度です。2024年からの「新しいNISA」では、資産所得倍増などの観点から、非課税期間が無期限となり、非課税保有限度額が拡大されました。生前贈与の資金を新しいNISAを利用して運用するといった方法が考えられます。

 

5 生前贈与の活用を検討するケースとはどんなケースかと言えば、財産を贈与したい人や贈与する目的が決まっているものの、遺言で財産を承継させることに不安がある場合だと思います。被相続人の財産が基礎控除以下の場合は相続税がかかりません。相続税の基礎控除額は相続人の数により変動し、相続人が1人の場合は3,600万円です。これより財産が少ないようであれば、相続税の計算上、生前贈与を行なうメリットはないとも言えます。

 

6 生前贈与は、相続に当たり、特別受益として相続の対象に持ち戻されることがありますので、その点に注意が必要です。共同相続人の中に被相続人から生前贈与などの特別の利益を受けた人がいる場合、相続人間の不公平を是正するため、この特別の利益を特別受益として相続財産に持ち戻す制度があります。各相続人の相続分を計算するときは、相続発生時において有した財産の価額に特別受益にあたる贈与の価額を加えます。特別受益にあたる生前贈与を受けた人は、特別受益を加えて計算した相続分から特別受益を除いた額の財産を受け取ります。生前贈与が特別受益として相続財産に持ち戻されるケースは、婚姻、養子縁組、生計の資本として贈与を受けた場合です。つまり、婚姻や養子縁組の際の持参金や開業資金、住宅購入資金などが該当し、通常の扶養の範囲に含まれるものは該当しません。

被相続人が特別受益の持ち戻しを免除する意思表示をした場合は持ち戻しの対象になりません(ただし、前記遺留分の制約は受けます)。また、婚姻期間が20年以上の夫婦間の居住用不動産の贈与についても持ち戻しの対象になりません。

 

財産の承継は、必要に応じて、また諸制度をよく考えて活用する必要があります。迷ったときには相談をされることをお勧めします。

<池田桂子>

 

法的な紛争と税制の関係③  離婚と税金

紛争の場面で税金が問題になる場合の連載第3回のテーマは,『離婚と税金』です。

離婚をしたからといって原則として税金が課税されることはありませんが,例外的に税金がかかる場合があり,注意が必要です。

以下では,離婚に伴って典型的に税金が問題となるケースを取り上げます。

 

1 財産分与と税金

夫婦が婚姻中に築き上げた共有財産は,離婚時あるいは別居時を基準として,基本的に2分の1ずつに分けることになります。

これを『財産分与』(ざいさんぶんよ)と言います。

(1)財産分与が金銭で支払われる場合

財産分与が金銭で支払われる場合には,原則として税金はかかりません。

これは,財産分与を渡す側(分与者)にも,分与を受ける側でも同じです。

(2)財産分与が金銭以外の財産で行われる場合

しかし,金銭以外の財産(例えば,不動産)で財産分与をする場合には,譲渡所得税の対象となり,課税がされます。法的には,譲渡所得税の課税要件である「資産の譲渡」(所得税法33条1項)に該当し,譲渡所得が生じますので,この所得に対して所得税が課税されることになります。

そして,譲渡所得の額は財産分与時の時価で算出されることになります(時価であって,相続税評価額などで譲渡所得の額が計算されるわけではないことに注意が必要です)。

具体的には,離婚する場合に,例えば夫名義の所有物件(時価5000万円・購入価格4500万円)に夫婦が居住していたものの,夫が別居して自宅を出て行った場合に,妻が財産分与として夫名義の物件の財産分与を求めて,所有物件が夫から妻に財産分与された場合には,夫には時価5000万円の不動産を譲渡したことでの譲渡所得税が課税される可能性がある(時価5000万円に対して,そもそもの購入額=取得費4500万円ですので,その差額分が利益になり,利益分の500万円に対して譲渡所得がかかります)ことになります(実質的に夫婦共有財産であれば,分与する者が有した持分のみが譲渡所得の対象となる財産の移転と考えられるとする東京高裁判決もありますので,裁判例にも注意を払う必要があります)。

なお,居住用不動産については,税制上の優遇措置もあるので,優遇措置の視野に入れる必要があります。

(3)まとめ

したがって,弁護士として,離婚のご依頼をいただく場合,特に財産を分与する側にとって,金銭以外での財産分与は税金でさらに財産が減少するリスクがありますので,この点も十分考慮に入れて頂く必要があります。

 

2 慰謝料と税金

法的な紛争と税制の関係①(https://ikeda-lawoffice.com/law_column/)で詳しく触れていますが,離婚に伴う慰謝料も基本的には損害賠償金と捉えられますので,慰謝料を受け取った側に所得税が課税されることはありません。

実務的には,調停や訴訟での和解の場合,『慰謝料』という言葉を使わずに,『解決金』という用語で金銭の支払いを定めることがあります。

この場合には,『解決金』が損害賠償金の実質があるかどうかが問題となり,仮に損害賠償金の実質が無いということであれば,解決金を受け取った側に贈与税が課税される可能性があります。

税務署の調査にも対応できるように,調停の資料や訴訟資料は保管しておくことが大切です。

 

3 養育費と税金

(1)毎月払いの養育費の場合

毎月支払うことと定められている養育費は,養育費を受け取る側に贈与税は課税されません。

これは,養育費の支払いは,親の子に対する扶養義務を果たすためですので,通常必要と認められている金額であれば非課税とされているためです(相続税法21条の3第1項2号)。

同居している夫婦が生活費や教育費を出しても,生活費や教育費を受け取った側に贈与税が課税されないのと同じことです。

(2)一括払いの養育費の場合

養育費は原則,(1)のように,毎月後払いですが,合意により一括で受け取ることもありうるところです。

養育費を一括して受け取る場合,扶養義務を果たすために通常必要と認められる金額を超えるとして,受け取る側に贈与税が課税される可能性があります。

同居している夫婦が,子が例えば20歳になるまでの10年間分の生活費や教育費を前払いすることは基本的に無いことはご理解いただけることだろうと思います。

ご依頼を受ける中では,離婚した後も養育費をきちんと毎月支払ってくれるか心配なので,離婚時に一括で養育費を受け取りたいというご要望をいただくこともあります。

養育費を一括で受け取る場合には,贈与税が課税され,贈与税の税率は高率ですので,想定よりも多額の税金が課税され,実質的に養育費が目減りするという事態が生じえます。

(3)まとめ

したがって,将来にわたって養育費を受け取り続けられるかという心配はありますが,弁護士としては基本的に毎月払いでの養育費をおすすめすることになります。

 

4 最後に

最初にも触れていますが,離婚にともなって税金が課税されることは基本的にありません。しかし,場合によっては税金が生じますし,税金の点も含めて適切に対応する必要があります。

池田総合法律事務所では,税理士とも協働しながら,適切な解決に向けた対応をさせていただくことが可能ですので,離婚などでお悩みの方は池田総合法律事務所にご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉

法的な紛争と税制の関係② 相続と税金

1 はじめに

法的紛争の中でも、相続の分野は、税金との関わりが大きい分野の1つです。我々弁護士が依頼を受ける時も、税理士さんと協力し合いながらすることもありますし、そもそも弁護士より先に税理士さんにご相談されているケースも少なくありません。

以下では、相続が開始した時の税金に関する留意点、法的紛争に至った際の税金に関する留意点をご紹介します。

 

2 相続が開始時の税金に関する留意点

⑴ 相続による遺産の承継

人が死亡すると相続が開始します(民法882条)。

相続が開始すると、相続人は、相続放棄をしない限り、被相続人(亡くなった方)の財産(遺産)を引き継ぎます(民法896条・939条)。

このときに、被相続人の遺言がある場合には、その遺言の記載に従って財産を引き継ぐことになりますが、遺言書がなく、相続人が複数いる場合には、相続人間で遺産分割協議をして、誰がどの財産を引き継ぐかを決めます(民法907条1項)。協議でまとまらない場合には、家庭裁判所で調停や審判の手続をします。

このように、相続が開始すると、遺言もしくは遺産分割協議や調停・審判によって遺産の引継ぎ方を決めることになりますが、それと並行して、税金のことを考える必要があります。

一般的に検討を要することが多いのが、相続税申告と所得税の準確定申告の要否です。

⑵ 相続税申告

相続や遺贈によって財産を取得するなどした人は、相続税を納める義務があります(相続税法1条の3)。もっとも、相続税については、基本的に相続財産が基礎控除額(3000万円+600万円×相続人の数)以下であれば申告の必要がありません。ただし、例えば相続財産が現預金だけであれば金額の計算がしやすいですが、不動産など金額の評価が難しい財産がある場合には、税理士さんにご相談されることをお勧めします。また、相続財産の金額自体は基礎控除額を超えるが、いわゆる小規模宅地の特例や配偶者の税額軽減の適用を受けることによって相続税がかからない場合という場合でも、相続税の申告自体はする必要があります。

⑶ 所得税の準確定申告

被相続人が亡くなった年の1月1日から死亡した日までに得た収入については、相続人において、所得税の準確定申告という手続をしなければなりません。例えば、被相続人が生前に賃貸物件を所有しており、賃料収入を得ていた場合には、この準確定申告をすることになります。相続人は、相続が開始したことを知った日から4か月以内に申告・納税をしなければなりません。

 

3 遺産分割と相続税

⑴ 遺産分割の期限と相続税申告の期限

上記のとおり、遺言書がなく、相続人が複数いる場合には、相続人間で遺産分割協議をします。遺産分割協議自体に期限はないため(ただし相続開始から10年を経過すると特別受益と寄与分の主張ができなくなります(民法904条の3))、分割の仕方でもめているケースでは、相続開始(被相続人の死亡)後、遺産分割協議や調停・審判が成立するまでに2,3年以上かかることも少なくありません。一方で、相続税の申告・納付期限は、相続開始を知ったときから10か月です。相続税の申告期限までに遺産分割協議や調停・審判が成立していなかったとしても、申告・納税自体は可能ですし、しなければなりませんが、未分割のままですと、その時点では、小規模宅地の特例や配偶者の税額軽減を受けることができなくなります(定められた手続きをすることで、後で遡って適用を受けられる可能性はあります)。

したがって、この10か月の申告に間に合うように協議をすることが最初の目標となります。なお、調停・審判手続に移行した場合には、10か月以内に成立させることはなかなか困難です。

⑵ 未分割のまま申告をするケース

未分割のまま申告をした場合には、その時点で各相続人が負担する相続税の金額と、遺産分割が成立した段階で各相続人が負担する相続税の金額が異なることがあります。このような場合には、その差額の清算をどのようにして行うのか(当事者間で清算をするのか、最終的な遺産分割の内容に従って修正申告や更正の請求をするのかなど)を決めておく必要があります。

⑶ 遺産分割と相続税申告における相違

ア 財産の取扱いの違い

次に、遺産分割の場面と相続税申告の場面では、同じ財産についても扱いが異なることがあるため、注意が必要です。例えば、死亡保険金は、遺産分割の場面では原則として受取人固有の財産であり遺産ではないという扱いをしますが、相続税申告の場面ではみなし相続財産として相続税課税の対象となります(相続税法3条)。また、相続人に対する生前贈与については、遺産分割の場面では相続財産ではないことを前提に、一定の条件の下で「特別受益」として分割に影響を与える扱いになりますが(民法903条)、相続税の場面では、相続人の死亡から遡って一定期間内になされた生前贈与については相続税課税がなされます(相続税法19条)。

イ 遺産分割のやり直しにおける違い

さらには、遺産分割協議のやり直しの場面でも違いが生じます。遺産分割協議自体は、すべての相続人が同意をすれば、何度でもやり直すことができますが、税金的には、遺産分割協議をやり直して各相続人が取得する遺産が変わった場合、贈与があったとみなされて贈与税が課税される可能性があります。

 

4 遺留分侵害額請求と相続税

遺留分侵害額請求をして、請求者が一定の金額を受け取った場合、その者には受け取った金額に応じた相続税が課され、支払者は支払った金額を控除して算出された相続税額を課されることになります。

相続税の申告期限までに遺留分侵害額請求に関する紛争が解決している場合には、遺留分侵害額を踏まえた相続税申告をすれば足りますが、申告期限までに紛争が解決しなかった場合には、まずは遺留分侵害額請求がない前提での申告・納税を行い、後に当事者間で清算をするか、もしくは各々修正申告と更正の請求をすることになります。

(川瀬 裕久)

法的な紛争と税制の関係①  交通事故と所得税

1 法的な紛争と税制の関係

事業などの経済活動やそれに付随する紛争、また親族間の離婚・相続などでは、現預金やその他の財産などの財産的価値の移転を伴うことが少なくありません。そのような場合無視できないのが税金の問題です。最適だと思われた解決案や手段も、発生する税金の点を合わせ考えると別の解決案や手段の方が望ましいということもありえます。今回から、何回かに分けて、紛争の場面で税金がどのような形で問題になるか、解説します。

 

2 交通事故の損害賠償と所得税

(1) 損害賠償と所得税

初回の本記事では、交通事故などの不法行為の損害賠償の場面で、所得税がどのような関わりを持ってくるかについて、基本的な考え方について説明します(なお、具体的な事例に応じた課税、非課税の判断には、専門的な知識が必要ですので、迷われた場合には税理士へのご相談が必須です)。

交通事故の場合、物損の修理費用や事故当時の時価額、お怪我についての慰謝料、休業損害や後遺障害による将来の逸失利益などが損害賠償の対象になり、損害賠償金を受け取ることができ、これらの損害賠償金は高額になることもあります。多額の賠償金を受け取った場合、所得税が課税されるのでしょうか。

(2) 結論と、「所得」についての大まかな考え方

結論として、基本的に、所得税は課税されません。受け取る損害賠償金が高額であるかではなく、「所得」に該当するか、が問題となるからです。

なにが所得に当たるかは、所得税法の細かな規定の説明も必要で、単純明快な説明は困難です。そこで、大枠の考え方を説明すると、一定の期間中の所得は、一定の期間中の財産的価値の増加分とされています。そのような財産的価値の増加分の把握・測定の仕方は一工夫が必要で、一定の期間の消費額と期間前後の財産的価値の増加分を足し合わせることによって把握・測定するとされています(より詳細な説明としては「サイモンズの定式」で検索すると、理論的な説明が出てくるはずです)。

従前からの資産の蓄積部分(いわゆる、元手や資本に近いといえます)は所得には当たらないのです。そして、先に挙げた損害賠償金は、このような元手や資本が毀損された部分の補填に当たり、元手や資本が形を変えたものにすぎないので、所得には当たらない、というのが理論的な説明です。お怪我に対する賠償が元手や資本が毀損された部分の補填にあたる、というのはやや違和感がありますが、健康の大切さを俗に「体が資本」と表現したりするのと近い考え方かと思います。

(3) 損害費目に応じた説明

ただ、先にあげた損害項目のうち、休業損害や将来の逸失利益は、事故がなければ所得税が課税されるべき部分とも考えられます。この点について、昭和36年の税制調査会答申が、「理論にのみはしらず、常識に支持されるものでなければならない」というスタンスを示したようで、結果、次のような整理がなされました。

慰謝料や休業補償などの人的損害に対する補償については、仮に事業所得の補償であっても非課税にするのが常識的との観点から、慰謝料も含む「心身に加えられた損害」は非課税とされ(所得税法9条1項18号)、給与の補償については非課税であることが政令に明記されています(所得税法施行令30条1号括弧書き)。

物的損害に対する補償については、「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」は非課税とされました(所得税法9条1項16号、所得税法施行令30条2号)。ただし、暴走した自動車が店舗に飛び込んだケースで、売り物にならなくなった棚卸資産や休業損害は、所得税が課税されるので注意が必要です。

(4) 「損害賠償金」かどうかの実質的判断

ここまで損害賠償は基本的に所得税の対象とならないとの説明をしてきました。交通事故の場合、損害の賠償であることが明確な場合が多いので問題は少ないとは思います。もっとも、損害賠償にあたるかは実質的に判断されるので、名目を「損害賠償金」として支払えば全額が非課税になるわけではないので、注意が必要です。

実際に、マンション建設業者が反対住民に、損害賠償のためと明確に合意して支払った310万円のうち、実際の損害の填補部分は30万円以上ではないとして、残額については「建設の承諾を受けるための対価」であり一時所得とした裁判例(大阪地判昭和54年5月31日行集30巻5号1077頁)があります。

先にも触れましたが、事例に応じた課税、非課税の判断には、原則だけでなく細かな例外の知識や、通達や判例の専門的な知識が必要ですので、迷われた場合には税理士などの専門家へご相談ください。

山下陽平

 

介護報酬改定で令和6年4月から導入された「高齢者虐待防止の促進」について

令和3年度の介護報酬改定において,「高齢者虐待防止の推進」(全ての介護サービス事業者を対象に,利用者の人権の擁護,虐待の防止等の観点から,虐待の発生・再発を防止するための委員会の開催,指針の整備,研修の実施,担当者を定めること)が義務づけられ,3年間の経過措置も定められていましたので,令和6年度から全サービス事業者に「高齢者虐待防止の推進」が義務づけられています。

具体的には,

①運営規程に「虐待の防止のための措置に関する事項」を追加する必要があり,

②虐待の防止のための対策を検討する委員会(虐待防止検討委員会)の定期的開催

③虐待防止のための指針整備

④研修の実施

⑤虐待防止に関する措置を適切に実施するための担当者の設置

が求められています。対応できない場合には,介護報酬の減算となる可能性もあります。

池田総合法律事務所では,自治体の第三者委員会や,企業の外部通報窓口の運用,各種の研修講師なども担当させていただいており,虐待という問題に対して,法律専門家として,法律家の目線から助言や研修講師をさせていただくことが可能です。

 

介護保険に関わる事業者の方で,「高齢者虐待防止の推進」に弁護士も加えて対応したい方や,研修講師を必要とされている方は,是非一度,池田総合法律事務所にご相談ください。

 (小澤尚記(こざわなおき))

裁判のIT化で裁判実務はどこまで変わるか

1 民事司法の手続きは、いつまでに、どう変わっていくのか

裁判は時間がかかると言われ、また、これまで全ての手続きが紙ベースで提出を求められ、裁判所への出頭と裁判官との対面を基本としてきた日本の司法ですが、裁判のIT化で大きく変わろうとしています。裁判のIT化が進めば、遠方からでも裁判期日にリモートで参加することができます。訴訟記録の閲覧・謄写がオンラインでできるようになれば当事者の利便性は急速に高まります。裁判所のペーパーレス化も進み事務負担の軽減につながりそうです。また、ハンディキャップのある方には移動の必要がなくメリットが大きいと推察されます。

 

2022年5月裁判のIT化を定める改正民事訴訟法が成立し、すでに審理の手続きは変わってきています。2026年5月までに完全施行が予定されています。

2023年3月に弁論準備手続(主張や証拠の整理手続)の完全オンライン化、和解期日(和解の可能性を検討したり、和解案の調整を行う)のオンライン化は施行済みです。Web 会議での口頭弁論の実施は2024年5月までに施行されます。

現在、訴状を提出するには紙の書類での提出が必須ですが、2026年5月までに訴状のオンライン提出が認められる予定です。同様に訴訟記録の閲覧や謄写がオンラインでできるように設計されています。訴訟代理人である弁護士には、訴状のオンライン提出が義務付けられます。なお、先行して、支払督促手続きはオンライン申立てが2010年から稼働しており、金融機関などの大量に申立てを行うユーザーには広く利用されています。

判決書のオンラインでの閲覧・謄写、電子判決書(判決文)のオンライン送達も新たに導入され、今後進められていきます。

裁判手続きばかりでなく、家事事件などの調停手続においても、すでにWebでの運用が始まり、当事者は出頭、電話、オンラインでの面談など、自分のスタイルに合った手続きの選択が希望できるようになりました。家裁調査官による調査がWebでできるようになり、長い期間手続きを空転または調査のためにストップすることなく、進行させることができるようになってきました。

 

一方で、情報セキュリティーの問題も課題となっており、提出時の誤送信、なりすまし、裁判データのハッキングなどをどう防止するかなどの検討が必要です。

e提出→e法廷→e事件管理となれば、透明性も高まり、またデータベース化により、当該事件の解決ばかりでなく、検索、情報の再利用、分析などにつながると期待されます。

ビジネス環境で後れを取っているといわれる日本ですが、司法のIT化もその一因をなしていると考える人も少なくないと思います。社会全体の要請に、法曹関係者はもちろんのこと、当事者も協力して、使い勝手の良いIT化を図っていく必要があると考えます。

 

2 刑事司法の手続は、どのような変化が予定されているか

刑事法制審議会(法相の諮問機関)の検討に基づき、法務省は2024年の通常国会に法改正案を提出し、26年度にも一部制度の導入を目指しています。刑事事件の捜査はIT化により大幅に効率化するとみられ、書面や対面を原則としてきた刑事司法の転換点となります。

試案が示す新制度は大きく2つ要点があります。

一つは、令状や証拠の電子化です。現在、逮捕や捜索などの令状は警察官らが管内の裁判所に赴いて発付を求めるところ、場合によってそのやり取りに数時間から長ければ一日かかっていたものが、新制度ではオンラインで即座に請求できるようになり、捜査機関側にとって恩恵が大きいと言えます。また、弁護人側では証拠書類の電子化が始まり、現在は裁判所や検察などが書面で保有する証拠を謄写していますが、謄写に費用と時間がかかっていることが相当程度、軽減されることが予想されます。

二つ目は、公判のオンライン化が進むことであり、病気や障害で出廷が困難な証人などを対象に、法廷と映像と音声をつなぐ「ビデオリンク方式」が拡大されます。現行制度が認めていない被告の遠隔出廷についても、検察や弁護側の意見を聴いた上で、出廷した場合に危害が加えられる恐れがある場合などに限り認められ、また、鑑定人、通訳などの遠隔出廷も条件が緩和されます。

試案では、被疑者の主張を聴く「弁解録取手続き」や裁判官が勾留の是非を判断する「勾留質問」もオンラインで実施できるとした一方、「オンライン接見」は含まれなかったなどの課題も残されています。

捜査や公判の効率化を図ることが、被疑者や被告人の権利が置き去りにすることにならないのか、また、真に適切な運用がなされるかどうか、など十分に検証する必要があるものと思われます。

<池田桂子>

フリーランス保護法(正式名称:「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)について-その②

フリーランス保護法については、私のブログ(令和5年11月1日付)で法律の内容についてのご説明はしました。同法については、本年11月に施行予定とのことで、正式の施行日は、未定です。

本法の内容については、上記の私のブログを見て頂くことにして、今回は、この法律の適用対象となる「特定受託事業者」とはどういう人なのか、労働者とはどう違うのか(いわゆる「なんちゃってフリーランス」の問題)について、取り上げてみたいと思います。

2021年に公表されたフリーランス・ガイドラインによれば、

「フリーランスとして請負契約や準委任契約などの契約で仕事をする場合であっても、労働関係法令の適用に当たっては、契約の形式や名称にかかわらず、個々の働き方の実態に基づいて、「労働者」かどうかを判断する。労基法上の「労働者」と認められる場合は、労働基準法の労働時間や賃金等に関するルールが適用される。」

とされており、契約書が、「請負」「準委託」といった独立した事業者間の契約の形式をとっていたとしても、その業務の実態が「雇用」関係である場合には、フリーランス保護法の適用はなく、「労働者」として、労基法その他の労働法制の適用があるということです。

したがって、労働者であるかどうかをどのように判断するかが、キーポイントとなり、これについては、学説や裁判例等、諸説入り乱れている状況ですが、概ね労働者の判断基準については、以下のように整理されます。

(1)「指導監督下の労働」といえるかどうか

・仕事の依頼や指示について、それを拒否する事由があるかどうか。

・業務遂行にあたっての指導監督を受けるかどうか。

・勤務場所や勤務時間に関する指示があるかどうか。

・労働提供について代替性があるかどうか。

(2)報酬が労働に対する対価性が認められるかどうか、

(3)その他、特定の相手の間に専属性が認められるかどうか、

採用の経過、公租公課はどちらがもつのか、等

特に(1)の点が重要です。労災の適用があるかどうかの事例ですが、以下にご紹介します(横浜南労基署長(旭紙業)事件、最高裁平成8年11月28日判決、この判例は、裁判所の裁判例検索サイトで見ることが出来ます。)。

トラックの積み込み運転手が、積み込み作業中に負傷した場合に、労災保険が給付されるかどうかが争われた事例で、運転手は、専属的に当該会社に運送業務に携わっており、会社の運送係の指示を拒否する自由はなく、毎日の始業、就業時割は、運送係により事実上決定されていたこと、運送料が基準価格よりも1割5分低く設定されていた等労働者性を認める要素がある一方、運転手が業務用としてトラックを自ら所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従事し、会社側は、運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指示をしていた以外には、業務遂行に関し、特段の指導監督をしていなかったこと、時間的、場所的な拘束の程度も一般の従業員と比較してはるかに緩やかであり、会社の指揮監督の下で業務を提供していたと評価するには足りないとして、労働者ではないとしております。

フリーランスには、労働者保護のための法制、すなわち、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法等の適用がなく、労働者とフリーランスとの差は大きく、フリーランスとして、仕事を委託する、あるいは、受託する場合には、契約書の文面や条項が全てではなく、業務の実態に注目して判断されることを念頭において対応をすべきものということが言えます。

フリーランス保護法や労働規制に関する相談は、池田総合法律事務所で取扱いをしておりますので、何かお困りごとがございましたら、是非、ご相談下さい。

(池田伸之)

 

民法改正による嫡出推定制度に関する変更点

民法の改正により、令和6年4月1日より嫡出推定制度が変わりました。そこで、今回は嫡出推定制度についてご紹介します。

 

1 嫡出推定制度とは

生まれた子の父親が、法律上誰であるのかを早期に確定するための制度です(民法772条1項)。

婚姻中の夫婦の間に生まれた子どもを嫡出子と言います。母子関係は出産により当然に発生する一方、父子関係は認知しない限り法律に当然に発生しません。子どもの地位や身分が不安定にならないよう嫡出推定制度があります。

法改正前は、同制度により、婚姻が成立した日から200日を経過した日より後に生まれた子、または離婚等により婚姻を解消した日から300日以内に生まれた子は、夫の子と推定されることとされていました。従って、母親が前の夫との離婚後300日以内に子を出産した場合、その子は、嫡出推定制度によって前の夫の子と推定されることになります。

そのため、離婚後に生まれた子どもが前の夫の子どもとして扱われることを避けるため、母親が出生届を出さず、子どもが「無戸籍」になってしまうというケースが社会問題となっていました。

今回の法改正は、この無戸籍者問題を解消することを目的としています。

 

2 嫡出推定制度、その他規定の見直しのポイント

(1) 婚姻解消の日から300日以内に生まれた子であっても、母が前の夫以外の男性と再婚した後に生まれた場合、再婚後の夫の子と推定されることになります。

つまり、前の夫と離婚後300日以内に生まれた子どもでも、母親が再婚していれば、再婚後の夫の子どもと推定され、再婚後の夫の戸籍に入ることになります。

これにより、子どもが「無戸籍」になってしまうケースは、大きく減るものと思われます。

(2) また、これまでの民法では、女性に限って離婚から100日間は再婚を禁止する旨の規定がありました。

しかし、上述のとおり嫡出推定制度が変わることにより、前の夫との離婚後に生まれた子どもでも、再婚後に生まれた場合には、再婚後の夫の子どもと推定されるため、前の夫と再婚後の夫とで法律上、父親が重複する可能性がなくなります。

そのため、女性の再婚禁止期間についても廃止されることとなりました。

(3) また、これまでの民法では、生まれた子どもを「本当の親子ではない」と否認する「嫡出否認」の権利は、父親にしか認められていませんでしたが、子及び母にも認められるとともに、嫡出否認の訴えの出訴期間が1年から3年に伸長されました。

なお、原則として、上記の改正は、令和6年4月1日以降に生まれた子に適用されますが、同日以前に生まれた子どもやその母親も、同日から1年間に限り、嫡出否認の訴えを提起して、血縁上の父親ではない者が子どもの父親と推定されてる状態を解消することが可能です。

 (石田美果)

2024年労働基準法施行規則の改正内容

1 2024年労働基準法施行規則改正の概要

2024年4月1日施行で労働基準法施行規則,有期労働契約の締結更新及び雇止めに関する基準が改正されました。
詳細は,2024年4月から労働条件明示のルールが変わります ー 厚生労働省|厚生労働省 (mhlw.go.jp)をご参考いただきたいと思いますが,要点は次のとおりです。

 

2 労働条件の明示事項等の変更

(1)すべての労働者について(有期契約労働者を含む)
2024年4月1日以降に雇用契約を締結する場合,有期労働契約を更新する場合には,『就業場所・業務の変更の範囲』を明示する必要があります(労働基準法施行規則5条)。この就業場所・業務の変更の範囲の明示は,2024年4月1日以降に締結される労働契約(雇用契約)に適用されるものですので,すでに雇用している方については明示する必要はありません。ただし,有期雇用の場合には,契約更新の際に明示する必要があります。
例えば,雇い入れた後,しばらくしてテレワークを行うことも通常想定される場合には,変更の範囲として,労働者の自宅や会社指定のサテライトオフィスなどのテレワーク可能な場所を明示する必要があります。
また,例えば,雇い入れた後に業務が変更になることが想定されている場合には,変更の範囲として,配置転換される可能性のある業務を明示する必要があります。もっとも,『会社の定める業務』といった記載でも可能ですので,労働者の予測可能性と会社において明示できる限度を考慮して,明示するにあたっての文言を検討する必要があります。
(2)有期契約労働者について
有期雇用の労働者とは,①有期雇用の労働契約(雇用契約)締結と契約更新のタイミングごとに,更新上限の有無と内容を明示する必要があります。例えば,『契約の更新回数は●回まで』や『契約期間は通算●年を上限とする。』といった明示をする必要があります。
次に,②無期転換申込権が発生する更新タイミングごとに,無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)の明示が必要になります。労働契約法18条は,同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間が5年を超える労働者が,無期雇用契約の転換の申込をすれば,使用者は無期の雇用契約への転換を強制されることになります。この無期転換の申込機会があることを有期契約労働者に対して明示する必要があります。

 

3 まとめ

以上のように,労働契約書(雇用契約書)や雇入条件通知書などの書式を,労働基準法施行規則の内容に沿って改訂する必要があります。
これを機会として,労働契約書(雇用契約書)や雇入条件通知書などの書式や,就業規則等の改正などをお考えの事業者の方は,池田総合法律事務所にご相談ください。

(小澤尚記(こざわなおき))

相続登記を免れるために相続放棄をしたらどうなるか

前回の記事でご説明したように、相続人は、相続登記が義務となりますが、「相続放棄をした者は初めから相続人とならなかったものとみなす」(民法939条)とされているので、相続放棄した場合は相続登記をする義務はありません(なお、特定の財産だけの相続放棄はできないので、相続放棄の是非については相続財産や負債などを把握した上での検討が必要です)。

今回は、相続放棄した不動産の管理の問題についてご説明します。

 

不動産の所有者は、適切に不動産を管理する責任があります。そのため、その所有する建物が倒壊したり、瓦などが落下して通行人が怪我をしたような場合には、所有者は損害賠償責任を負う可能性が有ります(民法717条1項)。

そしてこの責任は、相続により不動産を所有するに至った場合でも負うことになります。つまり、相続人は、不動産の所有権だけでなく、被相続人の所有不動産を適切に管理する責任をも引き継ぐことになります。

では、相続放棄をした場合はどうなるのでしょうか。令和5年4月に法律が改正されるまで、相続の放棄をしても相続財産たる不動産についての管理責任は免れず、別に相続する後順位の相続人や相続財産管理人に引き渡すまで管理をし続ける必要がある、といった説明がされることもあったようです。しかし、不動産登記法の体系書を著した山野目章夫教授の著書によると、このような説明は「都市伝説である」ということです(「土地法制の改革」有斐閣2022年257頁)。

このような「都市伝説」的な説明がなされたのは、そのようにも読める民法940条1項の条文にも一因があったことから、その規定が改正されました(令和5年4月1日施行)。この改正により、その存在すら知らないような親名義の不動産について、建物倒壊による通行人からの損害賠償責任を負わないことが明確化されました。

詳しくご説明します。

相続人が被相続人と同じような所有者としての責任を負う場合について、改正された民法940条1項では「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは」という文言が追加されました。「現に占有」というのは、事実上、支配や管理をしていることをいい、分かりやすい例として、実際に親名義の建物に居住している場合(直接の占有)や家族や従業員等に住まわしている場合(間接の占有)などが考えられます(なお、相続開始時に親名義不動産で居住した相続人が相続放棄までに当該不動産を退去している場合に、現に占有していない・事実上の支配や管理がないと言い切れるかは、処分に過分の費用のかかる家具が残置されていないかなど、ケースバイケースの余地もあるのではないかと思います。)。

このように、直接、間接に占有していた不動産については、従前と同様に相続放棄者として、後順位の相続人や相続財産管理人に引き渡すまで管理をし続ける必要がありますし、相続した建物倒壊による通行人への損害賠償責任(民法717条)を負うことになると考えられます。一方で、被相続人の名義だとは知らないような場合はもちろん、親名義の所有だと知っている場合であっても現に占有していなければ、相続放棄することにより管理責任は免れることができます。

山下陽平