介護報酬改定で令和6年4月から導入された「高齢者虐待防止の促進」について

令和3年度の介護報酬改定において,「高齢者虐待防止の推進」(全ての介護サービス事業者を対象に,利用者の人権の擁護,虐待の防止等の観点から,虐待の発生・再発を防止するための委員会の開催,指針の整備,研修の実施,担当者を定めること)が義務づけられ,3年間の経過措置も定められていましたので,令和6年度から全サービス事業者に「高齢者虐待防止の推進」が義務づけられています。

具体的には,

①運営規程に「虐待の防止のための措置に関する事項」を追加する必要があり,

②虐待の防止のための対策を検討する委員会(虐待防止検討委員会)の定期的開催

③虐待防止のための指針整備

④研修の実施

⑤虐待防止に関する措置を適切に実施するための担当者の設置

が求められています。対応できない場合には,介護報酬の減算となる可能性もあります。

池田総合法律事務所では,自治体の第三者委員会や,企業の外部通報窓口の運用,各種の研修講師なども担当させていただいており,虐待という問題に対して,法律専門家として,法律家の目線から助言や研修講師をさせていただくことが可能です。

 

介護保険に関わる事業者の方で,「高齢者虐待防止の推進」に弁護士も加えて対応したい方や,研修講師を必要とされている方は,是非一度,池田総合法律事務所にご相談ください。

 (小澤尚記(こざわなおき))

裁判のIT化で裁判実務はどこまで変わるか

1 民事司法の手続きは、いつまでに、どう変わっていくのか

裁判は時間がかかると言われ、また、これまで全ての手続きが紙ベースで提出を求められ、裁判所への出頭と裁判官との対面を基本としてきた日本の司法ですが、裁判のIT化で大きく変わろうとしています。裁判のIT化が進めば、遠方からでも裁判期日にリモートで参加することができます。訴訟記録の閲覧・謄写がオンラインでできるようになれば当事者の利便性は急速に高まります。裁判所のペーパーレス化も進み事務負担の軽減につながりそうです。また、ハンディキャップのある方には移動の必要がなくメリットが大きいと推察されます。

 

2022年5月裁判のIT化を定める改正民事訴訟法が成立し、すでに審理の手続きは変わってきています。2026年5月までに完全施行が予定されています。

2023年3月に弁論準備手続(主張や証拠の整理手続)の完全オンライン化、和解期日(和解の可能性を検討したり、和解案の調整を行う)のオンライン化は施行済みです。Web 会議での口頭弁論の実施は2024年5月までに施行されます。

現在、訴状を提出するには紙の書類での提出が必須ですが、2026年5月までに訴状のオンライン提出が認められる予定です。同様に訴訟記録の閲覧や謄写がオンラインでできるように設計されています。訴訟代理人である弁護士には、訴状のオンライン提出が義務付けられます。なお、先行して、支払督促手続きはオンライン申立てが2010年から稼働しており、金融機関などの大量に申立てを行うユーザーには広く利用されています。

判決書のオンラインでの閲覧・謄写、電子判決書(判決文)のオンライン送達も新たに導入され、今後進められていきます。

裁判手続きばかりでなく、家事事件などの調停手続においても、すでにWebでの運用が始まり、当事者は出頭、電話、オンラインでの面談など、自分のスタイルに合った手続きの選択が希望できるようになりました。家裁調査官による調査がWebでできるようになり、長い期間手続きを空転または調査のためにストップすることなく、進行させることができるようになってきました。

 

一方で、情報セキュリティーの問題も課題となっており、提出時の誤送信、なりすまし、裁判データのハッキングなどをどう防止するかなどの検討が必要です。

e提出→e法廷→e事件管理となれば、透明性も高まり、またデータベース化により、当該事件の解決ばかりでなく、検索、情報の再利用、分析などにつながると期待されます。

ビジネス環境で後れを取っているといわれる日本ですが、司法のIT化もその一因をなしていると考える人も少なくないと思います。社会全体の要請に、法曹関係者はもちろんのこと、当事者も協力して、使い勝手の良いIT化を図っていく必要があると考えます。

 

2 刑事司法の手続は、どのような変化が予定されているか

刑事法制審議会(法相の諮問機関)の検討に基づき、法務省は2024年の通常国会に法改正案を提出し、26年度にも一部制度の導入を目指しています。刑事事件の捜査はIT化により大幅に効率化するとみられ、書面や対面を原則としてきた刑事司法の転換点となります。

試案が示す新制度は大きく2つ要点があります。

一つは、令状や証拠の電子化です。現在、逮捕や捜索などの令状は警察官らが管内の裁判所に赴いて発付を求めるところ、場合によってそのやり取りに数時間から長ければ一日かかっていたものが、新制度ではオンラインで即座に請求できるようになり、捜査機関側にとって恩恵が大きいと言えます。また、弁護人側では証拠書類の電子化が始まり、現在は裁判所や検察などが書面で保有する証拠を謄写していますが、謄写に費用と時間がかかっていることが相当程度、軽減されることが予想されます。

二つ目は、公判のオンライン化が進むことであり、病気や障害で出廷が困難な証人などを対象に、法廷と映像と音声をつなぐ「ビデオリンク方式」が拡大されます。現行制度が認めていない被告の遠隔出廷についても、検察や弁護側の意見を聴いた上で、出廷した場合に危害が加えられる恐れがある場合などに限り認められ、また、鑑定人、通訳などの遠隔出廷も条件が緩和されます。

試案では、被疑者の主張を聴く「弁解録取手続き」や裁判官が勾留の是非を判断する「勾留質問」もオンラインで実施できるとした一方、「オンライン接見」は含まれなかったなどの課題も残されています。

捜査や公判の効率化を図ることが、被疑者や被告人の権利が置き去りにすることにならないのか、また、真に適切な運用がなされるかどうか、など十分に検証する必要があるものと思われます。

<池田桂子>

フリーランス保護法(正式名称:「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)について-その②

フリーランス保護法については、私のブログ(令和5年11月1日付)で法律の内容についてのご説明はしました。同法については、本年11月に施行予定とのことで、正式の施行日は、未定です。

本法の内容については、上記の私のブログを見て頂くことにして、今回は、この法律の適用対象となる「特定受託事業者」とはどういう人なのか、労働者とはどう違うのか(いわゆる「なんちゃってフリーランス」の問題)について、取り上げてみたいと思います。

2021年に公表されたフリーランス・ガイドラインによれば、

「フリーランスとして請負契約や準委任契約などの契約で仕事をする場合であっても、労働関係法令の適用に当たっては、契約の形式や名称にかかわらず、個々の働き方の実態に基づいて、「労働者」かどうかを判断する。労基法上の「労働者」と認められる場合は、労働基準法の労働時間や賃金等に関するルールが適用される。」

とされており、契約書が、「請負」「準委託」といった独立した事業者間の契約の形式をとっていたとしても、その業務の実態が「雇用」関係である場合には、フリーランス保護法の適用はなく、「労働者」として、労基法その他の労働法制の適用があるということです。

したがって、労働者であるかどうかをどのように判断するかが、キーポイントとなり、これについては、学説や裁判例等、諸説入り乱れている状況ですが、概ね労働者の判断基準については、以下のように整理されます。

(1)「指導監督下の労働」といえるかどうか

・仕事の依頼や指示について、それを拒否する事由があるかどうか。

・業務遂行にあたっての指導監督を受けるかどうか。

・勤務場所や勤務時間に関する指示があるかどうか。

・労働提供について代替性があるかどうか。

(2)報酬が労働に対する対価性が認められるかどうか、

(3)その他、特定の相手の間に専属性が認められるかどうか、

採用の経過、公租公課はどちらがもつのか、等

特に(1)の点が重要です。労災の適用があるかどうかの事例ですが、以下にご紹介します(横浜南労基署長(旭紙業)事件、最高裁平成8年11月28日判決、この判例は、裁判所の裁判例検索サイトで見ることが出来ます。)。

トラックの積み込み運転手が、積み込み作業中に負傷した場合に、労災保険が給付されるかどうかが争われた事例で、運転手は、専属的に当該会社に運送業務に携わっており、会社の運送係の指示を拒否する自由はなく、毎日の始業、就業時割は、運送係により事実上決定されていたこと、運送料が基準価格よりも1割5分低く設定されていた等労働者性を認める要素がある一方、運転手が業務用としてトラックを自ら所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従事し、会社側は、運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指示をしていた以外には、業務遂行に関し、特段の指導監督をしていなかったこと、時間的、場所的な拘束の程度も一般の従業員と比較してはるかに緩やかであり、会社の指揮監督の下で業務を提供していたと評価するには足りないとして、労働者ではないとしております。

フリーランスには、労働者保護のための法制、すなわち、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法等の適用がなく、労働者とフリーランスとの差は大きく、フリーランスとして、仕事を委託する、あるいは、受託する場合には、契約書の文面や条項が全てではなく、業務の実態に注目して判断されることを念頭において対応をすべきものということが言えます。

フリーランス保護法や労働規制に関する相談は、池田総合法律事務所で取扱いをしておりますので、何かお困りごとがございましたら、是非、ご相談下さい。

(池田伸之)

 

民法改正による嫡出推定制度に関する変更点

民法の改正により、令和6年4月1日より嫡出推定制度が変わりました。そこで、今回は嫡出推定制度についてご紹介します。

 

1 嫡出推定制度とは

生まれた子の父親が、法律上誰であるのかを早期に確定するための制度です(民法772条1項)。

婚姻中の夫婦の間に生まれた子どもを嫡出子と言います。母子関係は出産により当然に発生する一方、父子関係は認知しない限り法律に当然に発生しません。子どもの地位や身分が不安定にならないよう嫡出推定制度があります。

法改正前は、同制度により、婚姻が成立した日から200日を経過した日より後に生まれた子、または離婚等により婚姻を解消した日から300日以内に生まれた子は、夫の子と推定されることとされていました。従って、母親が前の夫との離婚後300日以内に子を出産した場合、その子は、嫡出推定制度によって前の夫の子と推定されることになります。

そのため、離婚後に生まれた子どもが前の夫の子どもとして扱われることを避けるため、母親が出生届を出さず、子どもが「無戸籍」になってしまうというケースが社会問題となっていました。

今回の法改正は、この無戸籍者問題を解消することを目的としています。

 

2 嫡出推定制度、その他規定の見直しのポイント

(1) 婚姻解消の日から300日以内に生まれた子であっても、母が前の夫以外の男性と再婚した後に生まれた場合、再婚後の夫の子と推定されることになります。

つまり、前の夫と離婚後300日以内に生まれた子どもでも、母親が再婚していれば、再婚後の夫の子どもと推定され、再婚後の夫の戸籍に入ることになります。

これにより、子どもが「無戸籍」になってしまうケースは、大きく減るものと思われます。

(2) また、これまでの民法では、女性に限って離婚から100日間は再婚を禁止する旨の規定がありました。

しかし、上述のとおり嫡出推定制度が変わることにより、前の夫との離婚後に生まれた子どもでも、再婚後に生まれた場合には、再婚後の夫の子どもと推定されるため、前の夫と再婚後の夫とで法律上、父親が重複する可能性がなくなります。

そのため、女性の再婚禁止期間についても廃止されることとなりました。

(3) また、これまでの民法では、生まれた子どもを「本当の親子ではない」と否認する「嫡出否認」の権利は、父親にしか認められていませんでしたが、子及び母にも認められるとともに、嫡出否認の訴えの出訴期間が1年から3年に伸長されました。

なお、原則として、上記の改正は、令和6年4月1日以降に生まれた子に適用されますが、同日以前に生まれた子どもやその母親も、同日から1年間に限り、嫡出否認の訴えを提起して、血縁上の父親ではない者が子どもの父親と推定されてる状態を解消することが可能です。

 (石田美果)

2024年労働基準法施行規則の改正内容

1 2024年労働基準法施行規則改正の概要

2024年4月1日施行で労働基準法施行規則,有期労働契約の締結更新及び雇止めに関する基準が改正されました。
詳細は,2024年4月から労働条件明示のルールが変わります ー 厚生労働省|厚生労働省 (mhlw.go.jp)をご参考いただきたいと思いますが,要点は次のとおりです。

 

2 労働条件の明示事項等の変更

(1)すべての労働者について(有期契約労働者を含む)
2024年4月1日以降に雇用契約を締結する場合,有期労働契約を更新する場合には,『就業場所・業務の変更の範囲』を明示する必要があります(労働基準法施行規則5条)。この就業場所・業務の変更の範囲の明示は,2024年4月1日以降に締結される労働契約(雇用契約)に適用されるものですので,すでに雇用している方については明示する必要はありません。ただし,有期雇用の場合には,契約更新の際に明示する必要があります。
例えば,雇い入れた後,しばらくしてテレワークを行うことも通常想定される場合には,変更の範囲として,労働者の自宅や会社指定のサテライトオフィスなどのテレワーク可能な場所を明示する必要があります。
また,例えば,雇い入れた後に業務が変更になることが想定されている場合には,変更の範囲として,配置転換される可能性のある業務を明示する必要があります。もっとも,『会社の定める業務』といった記載でも可能ですので,労働者の予測可能性と会社において明示できる限度を考慮して,明示するにあたっての文言を検討する必要があります。
(2)有期契約労働者について
有期雇用の労働者とは,①有期雇用の労働契約(雇用契約)締結と契約更新のタイミングごとに,更新上限の有無と内容を明示する必要があります。例えば,『契約の更新回数は●回まで』や『契約期間は通算●年を上限とする。』といった明示をする必要があります。
次に,②無期転換申込権が発生する更新タイミングごとに,無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)の明示が必要になります。労働契約法18条は,同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間が5年を超える労働者が,無期雇用契約の転換の申込をすれば,使用者は無期の雇用契約への転換を強制されることになります。この無期転換の申込機会があることを有期契約労働者に対して明示する必要があります。

 

3 まとめ

以上のように,労働契約書(雇用契約書)や雇入条件通知書などの書式を,労働基準法施行規則の内容に沿って改訂する必要があります。
これを機会として,労働契約書(雇用契約書)や雇入条件通知書などの書式や,就業規則等の改正などをお考えの事業者の方は,池田総合法律事務所にご相談ください。

(小澤尚記(こざわなおき))

相続登記を免れるために相続放棄をしたらどうなるか

前回の記事でご説明したように、相続人は、相続登記が義務となりますが、「相続放棄をした者は初めから相続人とならなかったものとみなす」(民法939条)とされているので、相続放棄した場合は相続登記をする義務はありません(なお、特定の財産だけの相続放棄はできないので、相続放棄の是非については相続財産や負債などを把握した上での検討が必要です)。

今回は、相続放棄した不動産の管理の問題についてご説明します。

 

不動産の所有者は、適切に不動産を管理する責任があります。そのため、その所有する建物が倒壊したり、瓦などが落下して通行人が怪我をしたような場合には、所有者は損害賠償責任を負う可能性が有ります(民法717条1項)。

そしてこの責任は、相続により不動産を所有するに至った場合でも負うことになります。つまり、相続人は、不動産の所有権だけでなく、被相続人の所有不動産を適切に管理する責任をも引き継ぐことになります。

では、相続放棄をした場合はどうなるのでしょうか。令和5年4月に法律が改正されるまで、相続の放棄をしても相続財産たる不動産についての管理責任は免れず、別に相続する後順位の相続人や相続財産管理人に引き渡すまで管理をし続ける必要がある、といった説明がされることもあったようです。しかし、不動産登記法の体系書を著した山野目章夫教授の著書によると、このような説明は「都市伝説である」ということです(「土地法制の改革」有斐閣2022年257頁)。

このような「都市伝説」的な説明がなされたのは、そのようにも読める民法940条1項の条文にも一因があったことから、その規定が改正されました(令和5年4月1日施行)。この改正により、その存在すら知らないような親名義の不動産について、建物倒壊による通行人からの損害賠償責任を負わないことが明確化されました。

詳しくご説明します。

相続人が被相続人と同じような所有者としての責任を負う場合について、改正された民法940条1項では「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは」という文言が追加されました。「現に占有」というのは、事実上、支配や管理をしていることをいい、分かりやすい例として、実際に親名義の建物に居住している場合(直接の占有)や家族や従業員等に住まわしている場合(間接の占有)などが考えられます(なお、相続開始時に親名義不動産で居住した相続人が相続放棄までに当該不動産を退去している場合に、現に占有していない・事実上の支配や管理がないと言い切れるかは、処分に過分の費用のかかる家具が残置されていないかなど、ケースバイケースの余地もあるのではないかと思います。)。

このように、直接、間接に占有していた不動産については、従前と同様に相続放棄者として、後順位の相続人や相続財産管理人に引き渡すまで管理をし続ける必要がありますし、相続した建物倒壊による通行人への損害賠償責任(民法717条)を負うことになると考えられます。一方で、被相続人の名義だとは知らないような場合はもちろん、親名義の所有だと知っている場合であっても現に占有していなければ、相続放棄することにより管理責任は免れることができます。

山下陽平

 

相続登記の義務化がスタートしました!

過去に本コラムでも取り上げましたが、令和6年4月1日より、相続登記の義務化がスタートしました。今回は、その内容をもう少し詳しく見たいと思います。

 

1 どんな人が対象となるのか

今回の相続登記の義務化によって、義務が課されることとなったのは、相続によって不動産を取得した人と遺贈によって不動産を取得した相続人です(不動産登記法76条の2第1項)。

遺贈によって不動産を取得した人であっても、その取得者が相続人でない場合には、義務の対象とはなりません。

また、制度が始まったのは令和6年4月1日ですが、それより前に相続や遺贈で不動産を取得した人(相続人に限る)も義務の対象となります。

 

2 どんな義務が課されるのか

基本的義務として、対象となる相続人が、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、その不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をする義務が課されます(不動産登記法76条の2第1項)。

また、追加的義務として、遺産分割協議が成立した場合には、成立した日から3年以内に、その内容に従った相続登記の申請をする義務が課されます(不動産登記法76条の2第2項)。

令和6年4月1日より前に相続が開始していたケースでは、令和9年3月31日まで(不動産を相続で取得したことを知った日が令和6年4月以降の場合は、その日から3年以内)に相続登記をする必要があります(民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則第5条第6項)。

 

3 期限までに相続登記ができそうにない場合はどうすればよいか

期限までに相続登記に必要な書類の収集が終わらない、あるいは、遺言書がなく、期限までに遺産分割協議が成立しないなど、期限までに相続登記ができない場合には、より簡易な手続きである「相続人申告登記」を期限までにすることで、2の基本的義務を果たしたことになります(不動産登記法76条の3第1項、2項)。この点については、後記5でも詳しく述べます。

 

4 義務違反をした際の制裁はあるのか

正当な理由がないのに相続登記の申請義務を怠ったときは、10万円以下の過料の対象となる可能性があります(不動産登記法第164条第1項)。

もっとも、期限までに相続登記の申告をしなかったからといって、直ちに過料の対象になるという訳ではありません。

まず、登記官は、相続登記の申請義務の違反を把握した場合、違反した者に対し、相当の期間を定めて相続登記の申請をすべき旨を催告します。そのような催告をされたにもかかわらず、正当な理由なくその期間内にその申請をしなかった場合にはじめて、管轄の地方裁判所にその事件の通知がなされ、裁判所が過料の対象とするか否かを判断するという仕組みです(不動産登記規則第187条第1号)。

ですので、法務局から相続放棄の申請をすべき旨の催告があった場合には、必ず何らかの対応をするようにしましょう。

また、上記のとおり「正当な理由」があれば、期限までに相続登記の申請をしなくても過料の対象にはなりません。

法務省のウェブサイト( https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00599.html#mokuji6 )では、一般的に「正当な理由」があると認められる事情として、以下のようなものが挙げています。

(1)相続登記の義務に係る相続について、相続人が極めて多数に上り、かつ、戸籍関係書類等の収集や他の相続人の把握等に多くの時間を要する場合

(2)相続登記の義務に係る相続について、遺言の有効性や遺産の範囲等が相続人等の間で争われているために相続不動産の帰属主体が明らかにならない場合

(3)相続登記の義務を負う者自身に重病その他これに準ずる事情がある場合

(4)相続登記の義務を負う者が配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)第1条第2項に規定する被害者その他これに準ずる者であり、その生命・心身に危害が及ぶおそれがある状態にあって避難を余儀なくされている場合

(5)相続登記の義務を負う者が経済的に困窮しているために、登記の申請を行うために要する費用を負担する能力がない場合

 

5 相続登記の申請義務化に伴う環境整備策

相続登記の申請義務化にあたり、対象者が義務を果たしやすくするため、以下のような制度が設けられたり、措置が講じられたりしています。

(1)相続人申告登記

相続登記の申請をする場合には、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等を取得し、法定相続人や法定相続分を確定する必要があります。こうした準備は、相続が何代にもわたっている場合などとして法定相続人が多数に上る場合には期限内に行うことが困難なケースもあります。

そこで、期限内に相続登記を申請することが難しいケースにおいて、簡単に相続登記の申請義務を履行することができるよう、「相続人申告登記」の制度が設けられました(不動産登記法76条の3)。

この相続人申告登記は、申出人自身が登記記録上の所有者の相続人であることを示せば足りるものです。

この登記をすることで、上記2の基本的義務を果たしたことになります(追加的義務の方を果たしたことにはならないので注意しましょう)。

(2)登録免許税の免税措置

相続登記を促進するため、以下の①、②のいずれかに該当する土地の相続登記については、登録免許税の免税措置を受けることができます。免税期間は令和7年3月31日までです。

①相続により土地を取得した者が相続登記をせずに亡くなった場合の相続登記

②不動産の価額が100万円以下の土地にかかる相続登記

(3)所有不動産記録証明制度

登記官において、自らが所有権の登記名義人として記録されている不動産を一覧的にリスト化し、証明する制度が新たに設けられました(不動産登記法第119条の2)。令和8年2月2日からの施行が予定されています。

この制度を用いて、被相続人が所有権の登記名義人として記録されている不動産を把握し、相続登記をするということが想定されます。

 

6 まとめ

令和6年4月1日にスタートした相続登記の義務化は、過去に相続した人も含まれ、多くの人が対象となります。義務を果たさないと過料の制裁もあり、無視をすることはできないものですが、制度を理解して正しく対応すれば過料の対象となることはありません。

相続登記の義務化について相談したいという方は、池田総合法律事務所までご連絡ください。

(川瀬 裕久)

最高裁判例⑤自筆遺言に関する最高裁判例のご紹介

遺言は公証人役場に出向く、または公証人に出張してもらって作る公正証書遺言も利用されますが、自筆遺言も大いに利用されています。これは、全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければなりません(民法968条1項)。

遺言はなくなってから権利義務が実現することになるため方式が法律に定められ、本人に確認することはできませんから、法定の作成要件を守らないと方式違反で無効ということになります。遺言がなければ法律の定める通り遺産分けをすることになりますが、遺言が残されていれば、その有効無効を先に決することになり、自筆遺言については残された相続人らの間で争われることが少なくありません。

今回は、控訴審判決を覆した最高裁判決について、ご紹介します。

 

ご紹介する事案では、自筆遺言証書に、真実に遺言が成立した日と相違する日付が記載されているからといって、遺言が直ちに無効となるものではないと、判断されたものです。これを参考に自筆遺言を作成するときの問題を考えてみたいと思います。

 

<事案の概要>

亡くなったAさんは、入院先の病院で、4月13日の日付の遺言の全文、同日の日付、氏名を自書し、退院して9日後の5月10日に、弁護士立ち合いの下、押印しました。Aさんの妻である上告人らが、遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているなどと主張して、Aさんの内縁の妻らである被上告人らに対して、遺言が無効であることの確認等を求めました。

 

<最高裁の判断-令和3年1月18日第1小法廷判決>

原審は、遺言書に真実に遺言が成立したと相違する日の日付が記載されている方式違反により無効であるとしました。これに対して、最高裁は、入院中の日に自筆証書による遺言の全文、同日の日付及び氏名を自書し、退院して9日後(全文等の自書日から27日後)に押印したなどの事実関係の下においては、自筆証書に真実に遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからと言って直ちにその自筆証書による遺言が無効になるものではない、と判示して、原審に差し戻しました。

 

遺言書に記載すべき日付けについては、遺言における要式行為性を重視し、法律行為としての遺言の成立日はすべての方式を充たした日とする考え方、と、意思表示を重視して全文自書した日の日付を記載すべきとする考え方があるかと思います。これまでも、複数の日にまたがって作成された遺言について、争われたこともありました。

日付の記載を欠いている場合は、方式違反になり無効となることは争いがありませんが、日付の記載はあるものの、誤って遺言成立日と相違する日付を記載した場合にも方式違反により常に無効となるのかも問題となります。

そもそも、自筆証書遺言の方式として、全文、日付及び氏名の自書並びに押印を要件とした法の趣旨は、遺言者の真意を確保することにあり、あまりに厳格に方式を考えなければならないとすれば、意思の実現が難しくなります。書き損じが明らかで、容易に判明する場合は無効とならない余地があります。また、書き損じではなく、遺言の成立日に関する認識が誤っていた場合には、具体的な事情や作成経過を検討しなければならないことになります。

本件で最高裁は、真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって遺言が無効になるものではないと判示しており、その上で、高裁に差し戻した理由は「本件遺言のその余の無効事由についてさらに審理を尽くされるため」としています。

 

最近では、法務局で、自筆で作成された遺言書を保管する制度もあります。遺言書の原本と画像データを法務局が保管する(保管期間は遺言者の死亡後50年間、画像は150年間)し、保管された遺言書は家庭裁判所の検認(相続人立ち合いの下、裁判官が開封し、検認の日の遺言書の内容を確認する手続き)が不要です。

遺言者が亡くなると、遺言の存在を相続人などに法務局からお知らせすることもできます。①指定者通知-遺言者が指定した人に遺言書が保管されていることを通知する、通知先は3つまで。②関係遺言者保管通知-死後にだれか一人でも相続人や遺言執行者など利害関係者が閲覧したり、遺言情報証明書を取得したら、全員に通知される制度があり、遺言の実現がスムーズになされるような制度改正がなされています。

 

もっとも、日付をはじめ、要件を充たして、遺言が有効となることが前提ですから、作成するときには、注意を払っていただきたいものです。

やむを得ず、自筆証書で遺言を作成する場合にも、遺言の文言など、内容の実現の確実性など、ご相談いただいた方が望ましいといえます。

(池田桂子)

最高裁判例④労働判例についての最高裁破棄判決のご紹介(令和5年3月10日判決)

今回は、残業手当の支払いにつき、労働基準法第37条の割増賃金の支払いにつき、原審(高等裁判所)の判断(判決)に違法があるとして、これを破棄して、原審へ差戻した判例について、ご紹介します。

 

事案としては、トラック運送業の事例です。被告となっている会社の給与体系では、基本給、基本歩合給、時間外手当の3種類の賃金が支給されていました(旧給与体系)。但し、賃金内訳とは無関係に、日々の業務内容等に応じて、従業員ごとに月ごとの賃金総額が決まっており、賃金総額から基本給と基本歩合給を差引いた残りを「時間外手当」としていました。ところが、労働基準監督署から、残業時間が計算されていないと指摘を受け、以後、時間外手当については、残業時間をきちんと計算をして支払い、時間外手当の問題はクリアしたかに見えました。しかし、結局は、旧給与体系で払っていた賃金総額の枠は変わらず、旧給与体系で計算上の残りが「時間外手当」とされていたものが「調整金」という名目の賃金に変わっただけのことでした。すなわち、毎月の労働時間が増えて、時間外手当が増えてくれば、調整金は少なくなり、逆に、労働時間が少なくなれば、時間外手当が少なくなり、調整金が増えるだけで、合計金額は変わらない(新給与体系)という状況に変わりはなかったものです。

 

原審、原々審は、各賃金項目を個別に検討して、1つずつは問題はなく、適法としていました。しかし、最高裁は、「新給与体系は、その実質について、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労基法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金にあたる基本給歩合給として支払われた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべき」として、この会社の時間外手当の支給について判例上求められる要件、すなわち、

①時間外労働に対する対価として支払われるものであること(対価性要件)

②通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが明確に判別できること(判別性要件)

をいずれも欠き、割増賃金が支払われたものという原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があると判示しました。

 

最高裁判所の判断は、個々の賃金項目を1つずつ分けて、近視眼的に見るのではなく、全体を俯瞰して判断したものであり、常識的な考え方にも沿ったものと思います。池田総合法律事務所では、残業による割増賃金手当の問題を含め労働問題全般も取り扱っておりますので、お悩みの方は、ご相談下さい。

                (池田伸之)

最高裁判例③トランスジェンダーのトイレ使用制限に関する最高裁判例のご紹介

今回は、トランスジェンダーのトイレ使用制限について、制限を適法とした控訴審判決を覆した最高裁判決(最判令和5年7月11日)について、ご紹介します。

 

1 事案の概要

上告人であるXは、生物学的な性別は男性ですが、性同一性障害である旨の医師の診断を受け、平成20年頃から女性として私生活を送るようになりました。

Xは、自らが勤務している経済産業省に対し、女性トイレの使用等についての要望を出しましたが、Xが執務する階とその上下階の女性トイレの使用については認められなかったため、執務階から2階離れた階の女性トイレを使用していました。

Xは、国家公務員法86条に基づき、人事院に対し、職場の女性トイレを自由に使用させることを含め、原則として女性職員と同等の処遇を行うこと等を内容とする行政措置の要求をしたところ、人事院は、いずれの要求も認められない旨の判定をしました。

これに対し、Xは、上記人事院の判定は、裁量権の逸脱濫用があり違法であるとして、その取消しを求める訴訟を提起しました。

 

2 第一審、控訴審、上告審の判断

第一審は、「Xが専門医から性同一性障害との診断を受けている者であり、その自認する性別が女性なのであるから、本件トイレに係る処遇は、Xがその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることという重要な法的利益を制約するものであり(中略)違法の評価を免れない。」として、人事院の判定を違法と判断しました。

これに対し控訴審は、「自己の性別に関する認識(性自認)とは、あくまでも、基本的に個人の内心の問題であり、自己の認識する性と異なる性での生き方を不当に強制されないという意味合いにおいては、個人の人格的な生存と密接かつ不可分なものといい得るとしても、これを社会的にみれば、戸籍上(ないし生物学上)の性別は、民法に定める身分に関する法制の根幹をなすものであって、これらの法制の趣旨と無関係に、自由に自己の認識する性の使用が当然に認められることにはならない。」として、人事院の判断を適法としました。

これに対し最高裁は、「本件の事実関係のもとでは、本件判定が行われた時点では、Xにトイレ使用制限による不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきであり、人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、Xの不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平ならびに能率の発揮および増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。」とし、「職場での女性用トイレ使用に制限を設けないこととする処遇の措置要求(国家公務員法86条)を認めなかった人事院の判定につき、裁量権の逸脱濫用があり違法となるというべきである。」として控訴審の判断を覆し、人事院の判定を違法と判断しました。

 

3 おわりに

上記最高裁判決の結論は、自己の認識する性に基づいて社会生活を送る利益に配慮した判断として注目を集めました。また、令和5年6月23日には、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(LGBT理解増進法)が施行されています。

このような中、企業は、他の従業員に配慮をしつつも、従業員のアイデンティティの多様性に配慮し、より良い就業環境を整備することが一層求められます。

(石田美果)