2024年の重大問題-時間外労働に関する法改正と未払残業代請求のリスク

1 時間外労働に関する規制の適用拡大(猶予期間の終了)(202441日~)

働き方改革の一環として、労働基準法が改正され、時間外労働(いわゆる残業)の上限が法律で以下のとおり定められました(労働基準法36条3項ないし6項)。

 

原則:1か月あたり45時間、年間360時間(限度時間)以内

例外:臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合には、1か月あたり100時間未満(休日労働含む)、複数月の場合には月平均80時間以内(休日労働含む)、限度時間を超えて時間外労働を延長できるのは年間6か月以内

 

この上限は、2019年4月から大企業に、2020年4月からは中小企業にも適用されていましたが、以下の業種については、適用が猶予されていました。その猶予期間が、2024年3月で終了し、同年4月からは以下の業種についても時間外労働の上限が適用されます。

工作物の建設の事業/自動車運転の業務/医業に従事する医師/鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業(ただし、業種によっては上記の規制がそのまま適用されないものがあります。詳しくは https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/topics/01.html をご参照ください)

 

 

2 中小企業の月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引き上げ(202341日から適用済み)

使用者が、労働時間を延長し、または休日に労働させたときは、その時間又はその日の労働について、割増賃金を支払わなければいけません(労働基準法37条1項)。この割増賃金を計算する際の、月60時間を超えた部分の割増賃金率について、従前、大企業は50%、中小企業は25%とされていたのが、2023年4月1日より、中小企業についても50%となりました。

 

3 残業代未払がある場合の制裁

上記のとおり、使用者が労働者に対して時間外労働をさせる場合には、上限を超えないように注意する必要がありますし、上限の範囲内であっても割増賃金(いわゆる残業代)を支払わなければなりません。適正な割増賃金が支払われない「サービス残業」が問題になることが少なく有りませんが、そうした割増賃金の未払については次のような制裁があります。

(1)残業代未払に対する罰則

時間外労働や休日労働をさせた場合に、法律に従った割増賃金を支払わないと、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金を科せられる可能性があります(労働基準法119条1号)。

(2)未払残業代の請求

割増賃金を支払っていない場合、労働者から未払分の請求をされる可能性があります(未払残業代の請求)。現在の法律では、賃金に関する請求権(退職手当を除く)の時効期間は3年とされています(労働基準法115条、同附則143条3項)。

残業代の未払が生じている場合には、法律の計算で算出された割増賃金に加えて、遅延損害金が発生します。この遅延損害金は、通常は民法で定められた年率(現在は3%)で計算をしますが、対象となる労働者が既に会社を退職している場合には、退職の日の翌日から年率14.6%の遅延損害金が発生します(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項、賃金の支払の確保等に関する法律施行令1条)。

更に、未払残業代の請求が訴訟でなされた場合、裁判所に裁量により、未払賃金と同額の付加金の支払いを命ぜられることがあります(労働基準法114条)。

したがって、退職した労働者に対する残業代の未払が200万円あり、それを訴訟で請求された場合には、400万円以上の支払をしなければならない可能性があります。

 

4 おわりに

使用者として、時間外労働の上限が設定されたり、割増賃金率が上がったりすることは、一時的には負担に感じられるかも知れません。しかしながら、従業員に働きやすい環境を整備することは、長期的に見ると業務にも良い影響を与えるものと思われます。

なお、労働時間の縮減や年次有給休暇の促進に向けた環境整備等に取り組む中小企業事業主は、その実施に要した費用の一部を助成する「働き方改革推進支援助成金」を受けられる可能性があります。こうした助成金なども活用しつつ、環境整備などをされると良いと思います。

(働き方改革推進支援助成金については、労働時間短縮・年休促進支援コースや1で説明した建設業等を対象とする適用猶予業種等対応コースなど5つのコースがあります。詳しくは、

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/jikan/index.html

の「働き方改革推進支援助成金」の項目をご参照ください)

何をして良いのかわからない、どのようにやっていくか相談したいという方は、ぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。

(川瀬 裕久)

 

「働き方」に関する労働法制について

2018年にいわゆる働き方改革関連法が成立し、以後、①長時間労働是正のための規制(残業時間の上限規制、1年あたり5日の年次有給休暇の義務化、労働時間の客観的把握の義務化等)や、②格差是正のための規制(不合理な待遇差の禁止、差別的取扱いの禁止、労働者に対する待遇に関する説明義務の強化等)が進められてきました。

 

長時間労働や格差といった、従来の日本型雇用に内在する大きな社会問題の解決のための改革が推進された背景には、人口減少と少子高齢化に伴う働き手の減少と、個々の事情に応じた働き手のニーズの多様化という大きな社会環境の変化がありました。

社会環境の変化という点では、2020年以降のコロナ禍とそれに伴う社会的な枠組みの大きな動揺もありました。感染防止対策のためにリモートワークが一気に推進されました。しかし、感染対策についての社会的コンセンサスが変化し、リモートワークの弊害(生産性の低下、マネジメントの効率低下、コミュニケーション不足等)も指摘される中で、その後のコロナ禍の収束とともにリモートワークの割合は一時期に比べ低下しているようです。

コロナ禍を経て、従前の働き方に回帰する動きがある一方で、物価高や一層の人手不足はコロナ前よりも状況はより深刻な状況です。働く側の交渉力が相対的に大きくなり、従来の日本型雇用をモデルとする「働き方」像とは違った形の「働き方」を選ぶ方も増えることが予想されます。

 

そのような状況下で、2024年4月からは働き方改革関連法の中心的な位置を占めた残業時間の上限規制について、猶予期間を設けられていた物流・運送事業や建設業にも残業時間の上限規制が適用されます。また、増加するフリーランサーを保護するための法制も動き始めます。

大きな社会環境の変化の中、いわゆる働き方改革はまだ途上ですし、今後の法制度の変化も少なくありません。当事務所のブログでは、次回以降、2023年夏時点での「働き方」に関わる法改正や規制内容について解説を行おうと思います。

 

解説することがらの概略はつぎのとおりです。

①物流・運送に関わる時間外労働についての法改正

2024年4月1日から物流・運送に関する自動車運転業務や建設業に関しての時間外労働の上限規制が適用されます。

②中小企業のハラスメント防止措置や時間外労働についての法改正

中小企業に対する規制もより強化されています。2022年4月1日から職場のパワーハラスメント防止措置が義務化され、2023年4月1日から時間外労働に関する規制が適用となっています。

③その他23年改正と24年改正

賃金デジタル払い解禁、育休取得状況公表義務化やパート・アルバイトの社会保険適用拡大など、直近にも諸々の改正があります。

④フリーランス保護法制

フリーランサーは、労働基準法等が適用されないため、取引上弱い立場にあり、雇用される者と比べて不当な不利益を課されることもありました。2023年4月28日、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案」(フリーランス・事業者間取引適正化等法案。いわゆる「フリーランス保護新法」)が成立しました。施行日は未定ですが、遅くとも2024年秋頃までには施行されると思われます。

⑤副業に関する労働法制上の諸問題

2018年1月に厚生労働省が、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成したことにより、副業・兼業が認められやすくなりました。物価高や人材不足もあり、副業・兼業がより選択されやすい状況も生じていると思います。労働者側、使用者側それぞれの立場から解説します。

山下陽平

 

これからの経営者報酬の設計について

1.はじめに

従来、日本企業の役員報酬は欧米に比べて、水準が低く、業績との連動もあまり考慮されていない、と言われてきました。一旦就任すると、定められた在任年数や役員定年までは確実に在任し続けるといった状況が常態化している背景にあります。最近は、経営者が新しいビジネスに果敢に取り組むためのインセンティブを働かせるため、金銭的・非金銭的の両面を含め、見直しが図られています。

企業統治の強化の観点から、役員報酬の設計と開示の在り方が、上場企業はもとより、中小企業においても、検討課題に挙がっているこの頃、見直すとすればどのようなことを検討すべきなのか、整理してみたいと思います。

2.会社法の規定は

会社法は、役員報酬について、決定する手続きと情報開示の二つの面から規制を置いています。役員報酬は、定款又は株主総会の決議(指名委員会等設置会社にあっては報酬委員会の決議)を必要としています。また、事業報告において重要な事項の記載を必要とするとしています。これは取締役自らがお手盛りをすることのないように、また、自己検証をするための規制です。もっとも、会社法は、報酬の種類や支給財源については特段の規制を置いていません。

3.CGコードは

そのような中、2015年6月に東京証券取引所が策定したコーポレートガバナンスコード(CGコード)において、上場企業を対象に、経営者報酬の設計、決定プロセス及び開示の観点から指針が示されました。設計の面では、持続的な成長に向けてインセンティブが働くように、中長期的な業績と連動する報酬や自社株報酬の割合を適切に設定すべきとされました。

また、プロセスの面では、独立社外取締役の主体的な関与、報酬委員会の設置が養成され、情報発信も行うべきであると盛り込まれました。

金融庁が設置したスチュワードシップコード及びコーポレートガバナンスコードのフォローアップ会議(2018年3月)では、実効的な「コンプライ・オア・エクスプレイン」を促すとして、「投資家と企業の対話ガイドライン」を公表し、さらに2021年6月に改訂され、経営陣の報酬制度を、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けた健全なインセンティブとして機能するように設計し、適切に具体的な報酬額を決定するための客観性・透明性のある手続きが確立されているか、手続きを実効的なものにするために、独立した報酬委員会が必要な権限を備え、活用されるように要請しています。

4.株式報酬の定め方

(1)その後、株式報酬型ストップオプションや株式交付信託と言って実務的な工夫がなされたり、譲渡制限付株式の付与の方法として、役員に業績に連動した将来の金銭報酬債権を付与し、役員が債権を現物出資して払い込みを行い、会社が特定譲渡制限付株式を発行する方法が実務的に行われるようになりました。いずれにせよ、決議すべき事項が詳細に定められ、取締役に報酬として株式を直接交付することが技術的には可能になりました。

(2)固定報酬部分、短期のインセンティブが働く部分(例えば、賞与)、長期のインセンティブが働く部分の組み合わせを工夫しながら、設計が行われています。

賞与の在り方も、業績指標や個人業績の目標を明確に定め、達成度合いによって賞与額が決定される、業績目標においても売上高、営業利益が取り上げられることが多いものの、ESGsの要素を取り入れる動きも少なくありません。

長期的な報酬としては、企業価値を意識して自社株報酬を用いることも一般的になってきました。

5.まとめ

また、最近では、人材確保のために、従業員に株で報酬を渡す企業も、国内に500社を越えているようです。従業員が株の価値向上を享受できるような自社株の割り当て(一定期間売却制限付き)といったことも、今後増えてくるでしょう。

株主と企業価値を共有し、かつ経営者への適正な監督が図られているかの指標として、報酬のあり方についてのステークホルダーの関心は、上場企業でなくとも、ますます高まっていると考えられます。業績との連動は避けては通れないところであり、現にある報酬制度の変更を検討してみてはいかがでしょうか。もっとも新しい報酬制度の導入に当たっては、いろいろな点での検討が必要です。例えば、不正会計がなされたり、投資に伴なう巨額損失や大幅な業績下方修正、不祥事の発生などがあった場合には、既に支払い済みの役員報酬を強制的に返還させるクローバック条項を定めることは必須事項です。工夫をしつつ、新たな報酬制度を導入することは企業の目標達成のための一助となります。

<池田桂子>

会社の機関設計 「監査等委員会設置会社」という選択について

監査等委員会設置会社は、2014年(平成26年)の改正会社法により導入された機関設計です。上場を目指して、その準備を進めていく過程で、この頃、よく耳にします。またすでに上場している会社においても監査役会を廃止して、監査等委員会設置会社に移行する会社が増加している傾向があるように思います。2022年7月の東京証券取引所の状況では、監査役会設置会社が全上場会社の60.7%を占めるものの、監査等委員設置会社は36.9%で、前年よりも増加しています。

取締役らの経営方針の決定と執行を監査する監査役の制度は、幾度かの会社法の改正で機能強化が図られてきました。日本の企業においては、これまで、取締役会は監督ではなく意思決定の場であり、また、取締役は従業員が長年の勤務の先に昇進する場であると認識されていた面も強いと思います。しかしながら、近年、コーポレートガバナンスの議論が進展し、監査役ではなく、取締役会や取締役による監督をガバナンスの中心において機関設計を行うという考え方がとられるようになりました。

監査等委員会設置会社においては、監査役でなく、社外取締役を中心として構成される監査等委員会が取締役の職務の執行の監査を担います(会社法399条の2第3項1号)。監査等委員は、取締役として、代表取締役等の業務執行者の選任、解任、をはじめとする取締役会決議における議決権があり、監査等委員会は株主総会において代表取締役等の選任、解任、辞任や報酬について意見を述べる権限を有しています(会社法342条の2、361条6項)。すなわち、監査に加えて、監督機能を果たすことが予定されています。
監査等委員会設置会社では、取締役の過半数が社外取締役であるか、定款に定めがある場合には重要な業務執行の決定は取締役に委任することができます(会社法399条の13)。会社法上、監査等委員会設置会社では、常勤の監査等委員の選定は義務付けられてはいないのですが、大半の場合、やはり常勤者を選任しています。また、監査等委員会設置会社は、大会社であるか否かに関わらず、会社法の機関である会計監査人の設置が義務付けられています(会社法327条5項)。これに対して、監査役会設置会社は、大会社でなければ会計監査人の設置は義務付けられていません。上場後は別として、上場会社は会計監査人の設置の必要があるため(上場規程)、上場段階では、違いがあるということになります。

監査役会設置会社では、取締役3名以上、かつ、監査役3名以上の役員により役員が構成されることが求められています。一方、監査等委員会設置会社では、業務執行権を持つ取締役1名以上、かつ、業務執行権限を持たない監査等委員たる取締役3名以上により取締役会を構成するとされており、最低、4名の取締役のみ(監査役は不要)で足りるという点で、準備がしやすいという特徴があるように考えられているように思います。

もっとも、監査役会設置会社と監査等委員会設置会社とで、機関設計の優劣があるというのではないと考えられます。組織をどう動かすのか、その機動性の確保と構成員による監督、監査により透明性、妥当性、適法性などを確保している姿勢を会社の成長スピードや発展方向において、よく検討し、幅広く有用な経営に資する人材を配置できるかにかかっています。
上場準備に向け、事業規模の拡大や投資を呼び込む経営方針をスピード感を持って議論を進めるには、機関設計も重要なポイントです。

<池田桂子>

第6回 所有者不明土地・建物の管理制度

日本の国土の内、実に22%が、相続登記が未了であったり、住所変更の登記がなされていないため、所有者が不明の不動産であるといわれています(平成29年国交省調査)。こうした土地は、管理が適正に行われていないことが多く、荒廃、老朽化が進み周囲に危害を及ぼしている、あるいは、その危険があり社会問題化しています。

こうした場合、現行の法制度では、①所有者が不在として不在者管理人、②所有者が死亡し相続人が不明の場合は、相続財産清算人、③法人が解散して清算人となる人がいないときは清算人の、各選任を裁判所に申し立て、その選任を経て、適切な財産管理をしてもらうということが可能です。

 

しかし、これらの制度はいずれも、管理が不適切となっている不動産だけでなく、不明となっている人や法人の財産全般を管理する「人単位」の建付けとなっているので、財産管理が非効率になりがちで、利用者にとっても負担が重く、また、そもそも所有者が全く特定できないときはこれらの制度が利用できません。

そのため、新制度では、効率的な不動産の適切な管理を実現し、また、所有者が特定できず、所有者が誰だかわからないケースでも対応可能なように、問題となっている特定の土地・建物のみに特化し管理を行う、「所有者不明土地管理制度」及び「所有者不明建物管理制度」が創設されました(新民法264条の2~264条の8)。

申立人は、当該土地建物の管理について利害関係を有する人や地方公共団体の長で、不動産の所在地を管轄する地方裁判所へ申立てをします。

申立の要件としては、調査を尽くしても所有者またはその所在を知ることができないこと(登記簿、住民票、戸籍などの公文書調査や現地調査など)及び管理人による管理を必要とする状況にあることです。

 

裁判所は、1か月以上の異議申し出期間を定めて公告し、申立を相当と認めるときは、管理人による管理命令を発令し、不動産にその旨登記されます。管理人は、弁護士、司法書士、土地家屋調査士などが予定され、対象不動産の管理処分権を専属し(当該不動産だけでなく、不動産内の所有者の動産、管理人が得た売却代金などの金銭等の財産、建物の場合はその敷地利用権を含みます。)、管理人は、対象不動産に対する保存・利用・改良行為のほか、裁判所の許可を得て、対象財産の売却,取壊し等の処分が出来ます。不動産の売却などで、管理の必要性がなくなったときは、管理人は売買代金などの金銭を供託し、裁判所は、その旨の公告をして、管理命令を取消し、管理命令の登記を抹消して終了となります。管理人は、裁判所の定める金額の費用の前払いや報酬を受けることができます。

 

【管理不全土地・建物管理制度】

所有者が不明の場合だけでなく、所有者による管理が適切に行われず、建物が倒壊の恐れがあったり、植樹が道路上に覆いかぶさったり、あるいは、ゴミの不法投棄などにより、臭気や害虫発生により、近隣の人々、通行人に、危害を生じる恐れがあるケースや健康被害を生じさせているケースが見受けられ、地域の問題となっています。

現行の制度では、こうした管理不全の不動産の所有者宛、物権的な請求権を根拠に危害を及ぼす物件の撤去を求め、あるいは、慰謝料などの損害賠償の請求を訴訟上請求し、判決を得て、強制執行をする等で対応はできますが、手続きが煩瑣で手間暇を要します。また、不動産の管理権自体を所有者から取り上げるわけではなく、管理をしない所有者に代わって管理を行うという観点がないため、実際の不動産の状況に応じた、継続的で適切な管理ができないという限界がありました。

そのため、新制度では、管理不全土地・建物について、裁判所が、管理人による管理を命ずることができるとする、「管理不全土地・建物管理制度」を創設しました(新民法264条の9~264条の14)。

 

申立人は、管理不全土地・建物の管理についての利害関係を有する利害関係人、市町村長です。倒壊の恐れのある建物などの隣地所有者や、ゴミ屋敷化により臭気や害虫が発生するなどの健康被害を受けている被害者等も、申立人になることができます。

不動産所在地を管轄する地方裁判所に申立てますが、管理人によって管理費用を確保しておく必要性があるため、原則的に予納金の納付が必要となります。

緊急性があるような場合を除き、原則として、所有者からの陳述聴取が必要で、そのうえで、裁判所は、申立を相当と認めるときは、管理人による管理命令を発令します。管理人は、弁護士、司法書士などが選任されます。管理命令は、不動産への登記は予定されていません。

管理命令は、所有者に告知され、所有者、利害関係人は、即時抗告により不服申立ができ、この場合、決定が確定するまで、命令は効力を生じません。

管理命令の及ぶ範囲、管理人の権限、裁判所の許可を得て売却などもできることは、上記の所有者不明の管理人制度と同様ですが、土地建物の売却などの処分をするときは、所有者の同意も必要です。また、管理処分権限を所有者から完全に取り上げるものではなく、管理人に専属するものではありません。

管理人への費用の前払い、報酬支払、売却の場合の供託、公告、管理の継続の必要がないときの管理命令の取消し等は、所有者不明の管理人制度と同様です。

 

これら二つの新制度の創設により、既存の不在者財産管理人などの制度が廃止されるわけではなく、どの財産管理制度を利用するかは、手続きの目的、対象財産の状況、管理人の権限の違いなどを検討して、申立人が適切な制度を選択するということになります。

 

このほか今回の改正では、①相続人不存在の場合、3回の公告を統合して2回として、手続きの短縮化を図ったり、②相続放棄をした場合の財産の管理継続義務につき、放棄時に現に占有する相続財産につき、相続財産の清算人に引き渡すまでの間として、その対象、終期を明らかにするなどの改正が行われている。

 

池田総合法律事務所では、従来から、所有者不明問題を含む、不動産の共有問題全般について、セミナーなどを通じて皆様に情報提供し、また、具体的な案件を担当しておりますので、お困りの案件がございましたら、ご相談できれば有益なアドバイスができると思いますので、ご気軽にご相談ください。

(池田伸之)

第5回 共有物の変更・管理に関する見直し

2021年の民法の改正により、2023年4月1日から、共有物の変更・管理に関するルールが大きく変わりました。

本コラムでは、その内容についてご説明します。

 

1 共有物の「管理」の範囲の拡大・明確化

これまでは、共有状態にある土地、建物に変更を加える場合、それが軽微な変更であっても、共有者全員の同意が必要でしたが、民法改正により、軽微な変更については、持分の過半数で決定することができるようになりました。

軽微な変更に当たる例としては、砂利道のアスファルト舗装や、建物の外壁・屋上防水等の修繕工事が挙げられます。

 

2 共有物を使用する共有者がいる場合のルール

これまでは、一部の共有者が共有物を使用している場合に、他の共有者が共有物を使用することは事実上困難でした。

民法改正により、持分の過半数で管理に関する事項を決定することができるようになったため、共有物を使用する共有者がいる場合でも、共有物を使用する共有者以外の共有者に共有物を使用させる旨決定することが可能となりました。

なお、管理に関する事項の決定が、共有者間の決定に基づいて共有物を使用する共有者に特別の影響を及ぼすときは、その共有者の承諾を得なければならないとされています。

この「特別の影響」とは、対象となる共有物の性質に応じて、決定の変更等をする必要性と、その変更等によって共有物を使用する共有者に生じる不利益とを比較して、共有物を使用する共有者に受忍すべき程度を超えて不利益を生じさせることをいい、その有無は、具体的事案によって判断されます。

例えば、A、B、Cが各3分の1の持分で建物を共有している場合において、過半数の決定に基づいてAが当該建物を住居として使用しているとします。Aが他に住居を探すのが容易ではなく、Bが他の建物を利用することも可能であるにもかかわらず、BとCの賛成によって、Bに建物を事務所として使用させる旨を決定するといったケースです。この場合、Aが承諾しなければ、Bに建物を事務所として使用させるといった決定は出来ないということになります。

なお、共有物を使用する共有者は、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負います。

また、共有者は、善良な管理者の注意をもって、共有物の使用をしなければなりません。

 

3 賛否を明らかにしない共有者がいる場合の管理

共有者の中で賛否を明らかにしない共有者がいる場合には、裁判所の決定を得て、その共有者以外の共有者の持分の過半数により、管理に関する事項を決定することができます。

例えば、A、B、C、D、E共有(持分各5分の1)の砂利道につき、A、Bがアスファルト舗装をすることについて、他の共有者に事前に連絡をしたが、D、Eは賛否を明らかにせず、Cが反対した場合には、AとBは裁判所の決定を得た上で、アスファルト舗装をすることができます。

ただし、変更行為や賛否を明らかにしない共有者が共有持分を失うことになる行為(抵当権の設定等)は、決定することができません。

なお、所在等が不明の共有者がいる場合も、裁判所の決定を得て、同共有者以外の共有者全員の同意により、共有物に変更を加えることができます。

また、所在等不明共有者以外の共有者の持分の過半数により、管理に関する事項を決定することができます。

 

4 共有物の管理者

旧民法には共有物の管理者に関する明文規定がありませんでしたが、民法改正により、共有物の管理者を選任し、管理を委ねることが出来るようになりました。

管理者の選任・解任は、共有物の管理のルールに従い、共有者の持分の過半数で決定します。共有者以外を管理者とすることも可能です。

選任された管理者は、管理に関する行為をすることができますが、軽微でない変更を加えるには、共有者全員の同意を得なければなりません。

 

5 裁判による共有物分割

旧民法では、裁判による共有物の分割方法として、現物分割と競売分割が挙げられており、裁判所はまず現物分割の可否について検討した上で、現物分割が困難な場合に競売分割を命じることができるとされています。

しかし、賠償分割、つまり共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を金銭で支払わせる方法については明文の規定がありませんでした。

民法の改正により、裁判による共有物分割の方法として、賠償分割が可能であることが明文化されました。

また併せて、①現物分割・賠償分割のいずれもできない場合、又は②分割によって共有物の価格を著しく減少させるおそれがある場合、に競売分割を行うこととして、検討順序を明確化しています。

 

共有物の管理・処分をめぐるトラブルについては、池田総合法律事務所において、ご相談・受任の上、解決した例が多くあります。共有物に関してお困りの方は、経験豊富な池田総合法律事務所にご相談ください。

(石田美果)

第4回 民法の相隣関係の改正について

令和5年(2023年)4月1日から,いわゆる「所有者不明土地」関係に伴う民法改正の中で,相隣関係(そうりんかんけい)の民法の規定も改正され,既に施行されています。この相隣関係を含む民法物権編の大改正は明治時代以来です。

相隣関係は民法物権編・第209条~238条に定められています。

 

1 相隣関係とは

 そもそも相隣関係とは,隣地,簡単に言えば「おとなり」との関係のことで,民法の相隣関係に関する規定は,おとなりさんとの関係を調整する規定です。

今回の改正では,「隣地使用権」「ライフラインの設備の設置・使用権」「越境した竹木の枝の切り取り」の各規定が見直しされています。

 

2 隣地使用権

(1)旧規定の問題点

改正前の民法では,「土地の所有者は,境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で,隣地の使用を請求することができる」(旧209条1項本文)と定められていました。

しかし,「隣地の使用を請求することができる」が具体的に何を指しているのかが明確ではなく,「障壁又は建物の築造・修繕」以外の目的で隣地を使用できるかどうかも不明確でした。

特に,隣地所有者が所在不明の場合などには,隣地使用権を使うことができないという問題があったため,所有者不明土地関係の法改正に伴って改正がなされています。

(2)改正法

そこで,改正法では次のとおりルールが明確化されました。

 ①隣地使用権の明確化

「土地の所有者は,次に掲げる目的のため必要な範囲内で,隣地を使用することができる。ただし,住家については,その居住者の承諾がなければ,立ち入ることはできない。

・境界又はその付近における障壁,建物その他の工作物の築造,収去又は修繕

・境界標の調査又は境界に関する測量

・越境した竹木の枝の切り取り」

と民法209条1項が改められました。

これにより,土地所有者は隣地について,上記の3つの目的のためであれば,隣地を使用する権利が明確に定められています。

ただし,権利として明確になっただけですので,例えば隣地に居住している隣地所有者が使用を拒否した場合には,裁判所に対して妨害排除の裁判等を提起して,判決に基づいて使用すべきことになります。

もっとも,法務省によれば,事案ごとの判断ではあるものの,隣地が空き地で,実際に使っている者もおらず,隣地使用を妨害する者がいない場合には,裁判を経なくても隣地を使用できるとの見解も示されています。

土地家屋調査士による確定測量では,隣地に立ち入って境界杭を確認し,測量をする必要がある場合がありますが,隣地所有者に対して測量のための立入りの権利があると明確に説明できるようになった点で,土地家屋調査士の業務が円滑に進みやすくなる法理論が増えたことになります。

②隣地所有者・隣地使用者(賃借人等)の利益への配慮

隣地使用権が明確になりましたが,隣地を使用する場合には,

・隣地使用の日時・場所・方法は,隣地所有者や隣地使用者のために損害が最も少ないものを選択しなければならない,とされています(民法209条2項)

・隣地使用をする場合には,

(原則)

あらかじめ,日時・場所・方法を隣地所有者(隣地所有者とは別に隣地使用者がいる場合には隣地使用者にも)通知をしなければならない(民法209条3項本文)

※『あらかじめ』は法務省によれば,通常は「2週間程度」前とされています。

(例外)

あらかじめ通知することが困難なときは,隣地使用を開始した後,遅滞なく通知する(民法209条3項但書)

【たとえば】

・隣地所有者が特定できない場合

・隣地所有者が所在不明である場合

⇒これらの場合,隣地所有者が特定されたり,所在が判明した後に遅滞なく通知すれば足ります。

 

3 ライフラインの設備の設置・使用権

(1)旧規定の問題点

電気の引き込み線,ガス管,水道管,電話線,インターネット用光ファイバーといったライフライン設備を引き込みたいが,そのためには隣地を通す(隣地を使用する)必要があっても,法律に明文がないため,とくに隣地所有者が所在不明である場合などには,ライフライン設備を引き込めないという問題が生じていました。

(2)改正法

①設備設置権(他の土地にライフラインの設備を設置する権利)の明確化

他の土地に設備を設置しなければ,電気,ガスまたは水道水の供給その他これらに類する継続的給付を受けることができない土地の所有者は,必要な範囲で,他の土地に設備を設置する権利を有することが明文で定められました(民法213条の2第1項)。

②設備使用権(他人が所有するライフラインの設備を使用する権利)の明確化

他人が所有する設備を使用しなければ,電気,ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を引き込むことができない土地所有者は,必要な範囲で,他人の所有する設備を使用する権利を有することも明文で定められました(民法213条の2第1項)。

③場所・方法の限定

ただし,設備の設置,使用の場所・方法は,他の土地や他人の設備のために損害が最も少ないものにする必要があります(民法213条の2第2項)。

④権利の実現方法

設備設置権・使用権がある場合でも,その設置や使用を拒否された場合には,裁判所に対し妨害禁止の裁判を提起し,判決に基づいて設置権や使用権を実現していくことが原則になります。

ただし,他の土地が空き家になっており,実際に使用している者がおらず,かつ,設備の設置や使用が妨害されるおそれもない場合には,裁判を経なくても適法に設備の設置や使用ができると,法務省は見解を示しています。

また,設備の設置工事などのために一時的に隣地を使用する場合には,上記の「隣地使用権」を活用することになります(民法213条の2第4,5項)。

⑤事前通知

他の土地に設備を設置し,または他人の設備を使用する土地の所有者は,あらかじめ,その目的,場所,方法を他の土地・設備の所有者に通知する必要があります(民法213条の2第3項)

・「あらかじめ」とは

通知の相手方が設備設置使用権の行使に対する準備をするのに足りる合理的な期間をおく必要があります。

法務省は,事案によるが,2週間~1か月程度としています。

・他の土地に設備を設置する場合には,他の土地に所有者とは別に使用者(賃借人等)がいるときは,使用者にも通知をする必要があります。

・通知の相手方が特定できない,所在不明といった場合でも,例外なく,通知が必要です(この点が隣地使用権と異なります)。

特定できない場合や所在不明の場合は,『公示による意思表示』(民法98条)を活用する必要があります。

 ⑥償金・費用負担の規律

 ア 設置の場合

土地の所有者は,他の土地に設備を設置する際に

・設備設置工事のために一時的に他の土地を使用する場合は,実損害を償金とし て一括払いをする必要があり,

・設備の設置により土地が継続的に使用できなくなる場合には,設備設置部分の使用料相当額を償金として支払う(この場合は1年毎に定期払が可能)必要が

あります。

【土地が継続的に使用できなくなる場合とは】

例えば,水道管を地上に設置し,水道管の設置部分の土地が使用できなくなる場合などです。

したがって,水道管が地下に設置された場合は,地上の利用は制限がないことが通常ですので,償金の支払義務が無い場合もあります。

【償金以外に承諾料を支払わなければならないのか】

償金以外に設備を設置するに際して,承諾料を求められても,償金以外には支払義務がないので,承諾料の支払いを拒否することができます。

イ 使用の場合

・土地の所有者は,設備の使用開始の際に損害が生じた時は,償金を一括払いで支払う必要があります。

(たとえば)

水道管を接続する際に,一時的に断水したことに伴って生じた損害

・土地の所有者は,利益を受ける割合に応じて,設備の修繕・維持等の費用を負担する必要があります。

 

4 越境した竹木の枝の切り取り

(1)旧規定の問題点

もともと隣地から越境した竹木の『根』は,土地所有者が切り取ることができるとされていました。この点は,改正後も変更ありません。

これに対し,隣地から越境した竹木の「枝」を,土地所有者が切り取ることができるとする規定はなく,隣地の竹木所有者に枝を切るよう求める必要がありました。

もっとも,竹木所有者に枝の切除を求めても,竹木所有者が枝を切り取らない場合には,裁判所に訴訟を提起し,枝の切除を命じる判決を得て,強制執行する必要がありました。

しかし,植物である以上,枝は適宜剪定しない限り伸び続けるものですので,枝が越境するたびに訴えを提起しなければならないとするのは現実的ではありませんでした。

また,隣地の竹木が共有林の場合には,越境した枝を切るためには,竹木共有者全員の同意が必要と考えられており,特に財産的価値に乏しく放置されている共有林については,竹木共有者全員を探し出し,意思を確認して,全員の同意を得ることも現実的ではありませんでした。

(2)改正法

①越境された土地所有者による,越境した枝の切除する権利の明確化

越境された土地の所有者は,

・竹木の所有者に越境した枝を切除するよう催告したが,竹木の所有者が相当期間内に切除しないとき

【相当期間】

法務省は「基本的に2週間程度」と考えられるとしています。

・竹木の所有者を特定できず,または竹木所有者が所在不明のとき

・急迫の事情があるとき

には,自ら越境した枝を切除することができる,とされました(民法233条3項)。

この場合の枝の切り取り費用は,竹木所有者が剪定費用を免れたと考えれば民法703条に基づき費用相当額を請求できると考えられています。

②竹木共有者各自による枝の切除

竹木が共有物である場合,各共有者が越境している枝を切り取ることができる,と定められました(民法233条2項)

 ③枝が越境している竹木の幹を切れるか

隣地に生えていて枝が越境している竹木の幹は,隣地所有者が所有する竹木そのものに手を加えることになりますので,今回の民法改正でも対象外です。

枝は毎年伸びるので,根本的に竹木を伐採してもらいたいと希望したとしても,幹から伐採することはできません。

 

5 相隣関係の弁護士の関与

相隣関係では,特に自宅を購入して,そこで長く住み続けている場合には,ご近所の目や今後住みづらくなるかもしれないという懸念もあります。

今回の相隣関係の改正の中でも,ライフラインの設備の設置・使用は,電気・水道・ガスという生活の根幹にかかわる事柄です。弁護士としてご依頼を受ければ,解決に向けての一助になることもできると思いますので,一度,池田総合法律事務所にご相談ください。

(小澤尚記(こざわなおき))

第3回 相続土地国庫帰属制度について

令和5年4月27日から、「相続土地国庫帰属制度」が始まりました。

本コラムでは、この制度についてQA方式で概要を説明します。

 

Q1 相続土地国庫帰属制度とは何ですか?

A1 相続土地国庫帰属制度とは、相続又は遺贈(相続人に対する遺贈に限られます)により取得した土地を手放して、国庫に帰属させる制度です。

 

Q2 なぜこのような制度が設けられたのですか。

A2 土地利用ニーズの低下等により、不動産によっては所有する負担の方が大きいケースが増えてきました。

いらない不動産は手放すことができればこうした負担は無くなるのですが、これまでは不動産を手放す、放棄するという手段がなく、ひとたび所有した不動産は原則として誰かに譲渡するまで保有し続けなければなりませんでした。

その結果、特に、相続等により自ら望まずに土地を取得した場合に、管理が十分になされないという事態を招いていました。

こうした事態を改善するため、所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直しの一環として、令和3年4月21日に、「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が成立し、令和5年4月27日より、土地を手放すための制度として、相続土地国庫帰属制度が開始しました。

 

Q3 相続放棄との違いは何ですか。

A3 欲しくない土地を相続しない方法としては、「相続放棄」をするという方法もありますが、相続放棄は、基本的に全ての遺産を相続しないという制度ですので、特定の土地のみを相続しないという選択をすることができません。

それに対して、特定の土地を手放すことができるのがこの制度の特徴です。

 

Q4 どんな土地を手放すことができるのですか。

A4 制度の対象となるのは、相続または遺贈(相続人に対する遺贈に限られます)により取得した土地です。したがって、売買や贈与で取得した土地は原則として対象とはなりません。また、後述の通り、土地についていくつかの要件がありますので、それらの要件を満たす必要があります。

一方で、相続によって取得した土地であれば、令和5年4月27日より前に取得した土地も対象となり得ます。

 

Q5 この制度を利用するにはどのような手続をとれば良いのですか。

A5 ①手放す(国庫帰属する)事を望む土地を管轄する法務局・地方法務局に国庫帰属の承認申請書を提出し、審査手数料(※)を納付します。

法務局担当官により、②書面審査、③実地調査、が行われ、法律上の要件を満たすか否かを判断します。

法律上の要件を満たすと判断された場合には、④法務大臣・管轄法務局長による承認がなされます。

⑤承認後30日以内に負担金(※)を納付することにより、国庫帰属がなされます。

※審査手数料と負担金の詳細についてはQ7をご覧ください。

 

Q6 法律上の要件とはどのようなものがありますか。

A6 法律上の要件は、(1)当該事由があると国庫帰属の承認申請すらできないという却下要件と、(2)当該事由があると承認が認められない不承認要件があります。

(1)の却下要件は以下のとおりです。

a 建物がある土地

b 担保権(抵当権など)や使用収益権(賃借権など)が設定されている土地

c 他人の利用が予定されている土地 例:現に道路として利用されている土地

d 特定有害物質により土壌汚染されている土地

e 境界が明らかでない土地・所有権の存否や帰属、範囲について争いがある土地

(2)の不承認要件は以下のとおりです。

a 一定の勾配・高さの崖があって、かつ、管理に過分な費用・労力がかかる土地

b 土地の管理・処分を阻害する有体物が地上にある土地

有体物の例:果樹園の樹木、建物には該当しない廃屋、放置車両など

c 土地の管理・処分のために、除去しなければいけない有体物が地下にある土地

有体物の例:産業廃棄物、地下にある既存建物の基礎部分やコンクリート片

d 隣接する土地の所有者等との争訟によらなければ管理・処分ができない土地

e その他、通常の管理・処分に当たって過分な費用・労力がかかる土地

具体例:

(a)災害の危険により、土地周辺の人や財産に被害を生じさせるおそれを防止するため、措置が必要な土地、

(b)土地に生息する動物により、土地や土地周辺の人、農産物、樹木に被害を生じさせる土地

 

Q7 費用はどのくらいかかりますか。

A7 承認申請をした段階で、審査手数料として土地一筆当たり14,000円が必要となるほか、承認がなされた後に、10年分の土地管理費相当額を負担金として納める必要があります。

審査手数料は、承認申請書に収入印紙を貼付して納付します。複数の土地をまとめて承認申請する場合であっても、特に軽減はなく(例えば5筆の土地をまとめて申請する場合には、14,000円×5筆=70,000円)、また、申請を途中で取り下げたり、却下をされたりした場合であっても返還されません。

負担金は、20万円が基本となっていますが、市街化区域等の宅地・農地や森林については、土地の面積に応じて別途算定されます。

例:面積が100㎡の市街化区域内の宅地 548,000円

面積が100㎡の農用地区域内の農地 329,000円

面積が100㎡の森林               215,000円

こうした例外にあたるケースの算定式については、法務省のウェブサイト( https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00471.html )上に記載をされていますし、負担金額の自動計算シートも公開されていますので、そちらを用いて計算をすることが可能です。

 

制度の概要は以上のとおりです。

A6に記載したとおり、国庫帰属の承認を受けるためには様々な要件があり、手放したいと考える土地が却下要件、不承認要件のいずれかに該当してしまうということも少なくないと思います。また、A7に記載したとおり、国庫に帰属させるためにはそれなりの費用もかかります。

しかしながら、負担となっている土地を手放すことができる制度が出来たこと自体は画期的なことですし、不承認要件該当性の判断については、今後の運用に委ねられている部分もあります。

本制度を利用して土地を手放したい、あるいは、本制度を利用できそうか知りたいという方は、ぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。

(川瀬裕久)

第2回 相続登記が義務化されます!ご注意を

本年令和5年4月1日から、いわゆる「所有者不明土地」にかかわる法律や制度が変わりました。今回は、所有者不明土地の発生を予防する方策の一つとして、今後私たちに影響のある相続登記の義務化についてお話しします。

所有者不明土地が増加する背景には、①相続登記の申請が義務とはされていないため、相続が生じても申請されず、申請しなくとも不利益が課されなかったこと、また、②相続した土地の価値が乏しく、または売却も困難であるといった場合には、登記申請する意欲も湧かないで放置されてしまう傾向にあるといったこと等の事情がありました。遺産分割をしないまま相続がくりかえされると土地の共有者が倍々ゲームのように増えてしまい、更に面倒臭くなります。

そこで、来年令和6年4月1日から相続登記申請は義務化され、また、住所変更登記申請の義務化も進められることになりました。その一方で、相続登記や住所変更登記の手続を簡単に行うようにする方策も採用されました。

 

相続登記の申請義務についての新しいルールは次の通りです。

(1)基本的なルールとして、

相続によって不動産を取得した相続人は、所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならないことにされました。

(2)遺産分割が成立したときは、

遺産分割によって不動産を取得した相続人は、遺産分割が成立した日から3年以内に、その内容を踏まえた登記を申請しなければならないことにされました。

(3)いずれの場合も、正当な理由がないのに義務に違反した場合、10万円以下の過料の適用対象となります。

 

相続登記は大変ではないのか、とご心配になる方もあるやもしれません。そこで、新しく「相続人申告登記」が設けられることになりました。

登記簿上の所有者について相続が開始したこと、自らがその相続人であることを登記官に申し出ることで、相続登記の申請義務を履行することができます。この申し出がなされると、申し出をした相続人の氏名・住所等が登記されますが、持分の割合までは登記されません。つまり、すべての相続人を把握するための資料は不要で、自分が相続人であることがわかる戸籍謄本等を提出すればよいのです。

そもそも相続人間で遺産分割の話し合いがまとまるまでは、すべての相続人で法定相続分の割合で共有した状態になり、共有状態を反映した相続登記をしようとすると、法定相続人の範囲や相続分の割合を確定しなければならないため、結局すべての相続人を把握するための資料を収集しなければなりません。そこで、より簡単に相続登記を促して行ってもらうための仕組みが必要だったというわけです。

 

では、そもそも、親の不動産がどこにあるのか、どう調べたらよいのでしょうか。登記官において、特定の被相続人の登記簿上の所有者として記録されている不動産を一覧的にリスト化し、証明する制度が新たに設けられました。

 

また、住所等の変更登記の申請義務化といって、登記簿上の所有者については、住所を変更した日から2年以内に住所等の変更登記をしなければならないこととされました。

 

相続登記の申請義務の実効性を確保するために、それを促す環境整備も議論され、登記手続きの費用負担を軽減し、登録免許税の免税措置の延長、拡充、また職権登記への非課税措置が導入されることになりました。地方公共団体との連携も必要であり、死亡届の提出者に対する周知や啓発活動が要請されます。

 

新しい制度の導入でご心配な方は、改めて、登記を調査することをお勧めします。そのようなお手伝いやご相談があれば、お力になれると思います。どうぞお気軽にご相談ください。

<池田桂子>

所有者不明の土地に関する法律や制度の改正について(第1回)

民法や不動産登記法が改正され、令和5年4月1日から、いわゆる所有者不明土地にかかわる法律や制度が変わりました(ただし、一部は未施行)。これから何回かに分けて、改正された内容について説明します。第1回目の今回は、民法が改正された背景や、改正の概要について説明します。

今回民法等が改正された背景には、だれが所有者かわからない所有者不明土地の問題がありました。この所有者不明土地とは、不動産登記簿をみても所有者がわからない土地(例えば、明治に登記された後相続登記がされていないケースや、○○他10名などすべての共有者が記載されていないケースなど)や、所有者が判明してもその所在が不明であ

ったり連絡が付かない土地のこと(例えば、転居先が追えないケースや、相続人が膨大なケースなど)です。全国の土地のおよそ24%が所有者不明と言われています。

このような所有者不明土地があると、土地が何ら活用できないままになってしまうだけでなく、公共事業が進まなくなるなど、大きな弊害が生じます。そして、高齢化の進展による死亡者の増加等によって、今後このような所有者不明土地は増加し、深刻化するおそれがあります。今回、民法が改正されたのは、このような所有者不明土地問題の解決のためです。

所有者不明土地が増加する背景には、①相続登記の申請が義務ではなく、申請をしなくてもなんらのペナルティもなかったこと、②遺産分割をしないまま相続がくりかえされると土地の共有者が倍々ゲームのように増えてしまうことなどが指摘されていました。

そこで、所有者不明土地の発生を予防するため、登記がされるような仕組みづくりが進められました。具体的には、一方で相続登記申請義務化(令和6年4月1日から)や住所変更登記申請義務化(いつからかを定める政令は未制定)が進められ、もう一方で相続登記や住所変更登記の手続を簡単にしたり容易にしたりするなどして、登記簿上に現状が反映されるようにしました(第2回で解説します)。また、相続に関する法律や制度も改正されて遺産分割を促進する仕組み作り(一定期間経過後の寄与分や特別受益の主張の制限など)も進められました。

また、あらたに相続土地国庫帰属法が制定され、相続人が土地を手放すための制度である相続土地国庫帰属制度が設けられました(令和5年4月27日から)(第3回)。これも所有者不明土地を予防するための制度です。

その他に、不動産に関連する従前の民法の相隣関係(第4回)や共有関係に関する制度(第5回)が見直されるとともに、所有者不明の土地や建物の利用を円滑にするための所有者不明土地管理制度の見直し(第6回)も進められます。

第2回以降、それぞれの制度について、詳しく説明していきます。

 (山下陽平)