商標について 2 ~商標登録手続き、費用の概要~

事業者や新たに起業される方から、「商標登録はした方が良いのですか」という相談を受けることがあります。

そこで、本コラムでは、4回にわたって、商標について取り上げたいと思います。

 

第2回は、商標登録手続や費用の概要を説明します。

 

1 商標登録手続

(1)手続きの流れ

 

(2)手続の大まかな期間

審査期間は通常の商標登録出願であれば、目安として10か月程度(出願する分野や国際出願かなどの事情により前後します)が必要です。

また、拒絶理由通知があった場合には、それに対応するために更に時間を要します。

 

2 費用

商標は、自社の商品・サービスと他社の商品・サービスを区別する機能を果たすものです。

そこで、商標登録出願に際しては、商品・役務(サービス)を分野別に分類した「区分」(第1類から第45類まであります)ごとに、自社のマークなどを登録して権利を得ることになり、権利を得たい区分ごとに出願料や登録料を特許庁に納付する必要があります。

具体的には、

・出願料 3,400円+(8,600円×区分数)

・登録料 32,900円×区分数(10年分の一括納付として)

がかかります。

また、池田総合法律事務所・池田特許事務所では、電子出願をしていますが、もし書面で手続をする場合には、

・電子化手数料として 2,400円+(800円×書面のページ数)

を特許庁に納付する必要があります。

例えば、指定商品・役務を『3区分』として、商標権を得たい場合には、

・出願料

3,400円+(8,600円×3区分)=29,200円

・登録料

32,900円×3区分=98,700円

となり、特許庁に納付する費用として合計127,900円がかかります(電子化手数料は省略)。

なお、池田総合法律事務所・池田特許事務所がご依頼を受け、代理人として商標登録申請をする場合には、所定の報酬・実費をいただきます。報酬・実費についての詳細はお問い合わせください。

 

3 先行商標調査

商標登録しようと考えている商標案を考えた場合、「1」の商標登録手続よりもまず、他人が既に同一・類似の商標を登録しているかを調査する必要があります。

厳密には、マークなどの商標が類似し、かつ、先行登録されている商品・役務が類似するものが先に商標登録されている場合には、商標案は商標登録される見込みがありません。

また、すでに商標案の利用を始めている場合には、登録されている商標権を侵害していることになりますので、速やかに商標案の使用を中止すべきという判断に至ります。

したがって、商標を登録しようと考える場合には、登録手続よりも先行商標調査に費やす時間の方が多いことが一般的です。

 

 

以上が、商標登録手続と費用のおおまかな説明になります。

商品やサービスの提供にあたり、商標が大きな意義・効果をもっていることは、多くの事業の成功例からも分かります。

池田総合法律事務所・池田特許事務所では、商標を利用したフランチャイズ展開などのビジネススキームについての法的サポートもさせていただいております。

商標登録や知的財産を中心としたビジネス法務についてご相談がありましたら、池田総合法律事務所・池田特許事務所までご連絡ください。

 

※以上は令和4年(2022年)8月16日時点の情報です。実際には特許庁の最新の手数料額等を確認する必要があります。

(小澤尚記(こざわなおき))

商標について ~商標とは~

事業者や新たに起業される方から、「商標登録はした方が良いのですか」という相談を受けることがあります。

そこで、本コラムでは、今回から4回にわたって、商標について取り上げたいと思います。

 

第1回は、商標とは何か、というテーマで、商標制度の概要を説明します。

 

1 商標とは

商標とは、事業者が、自己の取り扱う商品やサービスを他の事業者のものと区別するために使用するマーク(識別標識)のことです。

例えば、テレビにはメーカーのロゴがプリントされていることが多いですが、テレビの購入を考えている人は、ロゴを見ることで、そのテレビがどのメーカーが製造したものなのかすばやく認識をすることができますし、街角でゴールデンアーチ(「M」のような形をしたマクドナルドのロゴ)を見かけると、そこにファーストフードレストランのマクドナルドがあることがすぐにわかります。

 

2 商標の機能

上記のとおり、商標は、自社の商品・サービスと他社の商品・サービスと区別する機能を果たしますが、商標の持つ機能はそれだけではありません。

例えば、私たちは、あるメーカーのロゴがついたテレビを見たときに、「このメーカーの製品だから安心だ」と考えて購入することがあります。これは、事業者が商品やサービスの提供を通じて消費者の信用を積み重ねることにより、商標自体に「信頼できる」「安心」といったブランドイメージがついてくるという例です。このように、「同一の商標が使用される商品・サービスの品質が同一であることを示す機能」のことを品質保証機能といいます。

商標には、それ以外にも、出所表示機能(同一の商標が使用される商品・サービスの出所が同一であることを示す機能)や宣伝広告機能(商標が多く使用されることにより、需要者に記憶され、商品・サービスの需要を拡大・喚起する機能)があるといわれています。

 

3 商標の保護

商標は様々な機能を有することから、商標を他人に無断で使用されると、事業者は、その商標から得られたはずの利益を他人に奪われることになります。そのため、商標を保護する必要性が生じます。

その必要性から、一定の要件を満たす場合に、商標を保護することを定めているのが、商標法です。商標法は、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的と」しています(商標法1条)。

 

4 商標法で保護される要件

(1)商標法で保護される商標とは

商標法における「商標」とは以下の要件を満たすものをいいます(商標法2条1項)。

「人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。

①業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの

②業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)」

このように、商標法上は、単なる「標章」ではなく、「標章」とそれを使用する商品・サービスを組み合わせたものを保護の対象としています。

(2)保護を受けるための要件

商標法上の保護を受けるためには、特許庁に商標登録出願をする必要があります(商標法5条)。特許庁では、出願された商標が以下のような登録できない商標に当たらないかを審査し、いずれにも該当しない場合に登録査定を行い、登録料が納付されると、商標権の設定登録を行います。

①自己の商品・役務と、他人の商品・役務とを区別することができないもの

②公益に反する商標

③他人の商標と紛らわしい商標

(商標の出願・登録については、次回コラムで詳しくご説明します。)

 

5 商標登録の効果

商標登録がなされると、権利者は、登録の際に指定した商品(指定商品)又は指定したサービス(指定役務)について登録商標を独占的に使用できるようになります。

権利を侵害する者に対しては、侵害行為の差し止め、損害賠償等を請求できます。

 

6 商標権の存続期間

商標権の存続期間は、設定登録の日から10年で終了します。ただし、存続期間の更新登録の申請をすることによって、何度でも更新することが可能です。

 

以上が商標制度の概要となります。

次回は、商標登録手続きやその際にかかる費用について説明します。

 

(川瀬 裕久)

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第6回~

入居者(借主)が亡くなった場合の法的対応はどうしたらよいか?

 

 アパート経営をされている大家の場合、借家人が亡くなった時には、どのような法的な処理が必要となるでしょうか。

 賃借権も財産的権利の一つですし、また、家財道具も借主の所有していたものですから、勝手な処理はできません。亡くなった人の相続が開始していますので、遺言があれば、それに従い、なければ、借主の法定相続により遺産分割により最終的に相続する人が決定するまでは、相続人が複数いれば準共有という状況にあたります。

 借主が死亡する前に生じていた未払いの賃料支払い債務は、可分債務として当然に分割されて、共同相続人が各自の相続分に応じて支払うことになります。また、死亡後に部屋を明け渡してもらえない状況が続けば、共同相続人それぞれに対して、債務の不可分性から、全員に対して、相当期間を定めた催告や契約解除の意思表示をすることになります。死亡後の賃料は不可分債務として、全額をそれぞれに支払い請求することができます。

 また、相続人全員に賃貸借契約の解除もしくは解除の意思表示をすることになります。

 

 賃貸借契約では、借主が死亡しても、賃貸借契約は終了しません。従前の経過で借主に賃料の滞納があれば、解除事由があるといえますが、そうでないとすれば、死亡によって解除とはなりませんので、相続人の把握に努めるとともに、賃貸借契約を継続するのか否かを確認する必要があります。

 

 相続人の調査を行い、相続人の契約の継続か解除かの意向を確認します。

 相続人が夫婦の場合は、契約の継続を望まれることもあるでしょう。相続人がいない場合でも、内縁関係にある人や事実上の養子の関係にある人で同居していた場合には、同居者に賃貸借契約の賃借人の地位が承継されることがあります(借地借家法36条1項)。この場合、賃貸人としては、配偶者等に承継されることを前提として、賃貸借契約の権利義務を扱う必要があります。承継する人を確認し、承継する契約内容を確認しておかれた方が望ましいといえます。

 

 入居者が高齢者で一人暮らしという場合、入居者の死亡によって、孤独死による片付け等が進まず、近隣からの苦情も心配されるケースもあると思います。まずは、入居者の家族として知りえる人や連帯保証人に連絡を取り、連絡が取れなければ、警察に連絡をして、現場確認(安否確認)をします。現場確認は、家族等の立ち合いを求め、それが求められない場合は警察に立ち会ってもらいます。貸主だけで室内に立ち入ることは避けましょう。

 遺体の引取り、さらには、室内の清掃や汚損箇所の修復などの原状回復の作業を早期に実施し、作業を進めるにあたっての見積もりなども場合によっては取って、関係者に納得してもらいつつ、進める必要があります。

 ケースによって御心配事も異なると思いますので、気軽にご相談いただけるとよろしいかと思います。

 

 池田総合法律事務所では、こうした事件を多く取り扱っておりますので、賃借人が死亡して、契約関係の後始末等でお困りの家主様は、是非、御相談下さい。

   <池田桂子>

環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載9

~アップサイクルと廃棄物処理法~

 

1 「アップサイクル」とは

アップサイクルは,捨てられるはずだった製品に新しい価値を与えて,元の製品よりも価値が高いモノを生み出すことを言います。

リサイクル(再循環)は,例えばポリエステルからできているペットボトルを粉砕してフレークやペレットといった原材料に一度戻し,食品トレイや繊維などに再生させることですので,元の製品よりも価値が高くなるものではないという点で,アップサイクルとは異なります。また,例えばマテリアルリサイクルの場合は,原材料に戻す過程でエネルギーを投入する必要もあります。

これに対し,アップサイクルは,例えば履かなくなったジーンズからバッグを作ったり,繊維の端材を組み合わせて衣服にしたり,木っ端の木材を組み合わせて家具や日用雑貨にする場合などがあります。いずれも捨てられるはずだった製品に,ジーンズであれば風合いのある生地という新しい価値が備わったバッグが生み出されています。

このアップサイクルの概念は,SDGsの理念にリサイクル以上によく当てはまるものです。ごみは,実は宝物に代わるサスティナブルな次の一手になる可能性があります。その実例も続々と現れています。

 

※「ダウンサイクル」という概念もあります。例えば,古くなったタオルを雑巾にするという場合は,元の製品に新しい価値は特に与えられておらず,一般的にタオルよりも雑巾の方が価値が低いと捉えられることが多いので,ダウンするサイクルになります。

 

2 廃棄物処理法での「廃棄物=不要物」

では,「捨てられるはず」だった製品に新しい価値を与えるアップサイクルについて,廃棄物処理法はどのように適用されるでしょうか?

廃棄物処理法は「廃棄物」とは,『ごみ・・・(中略)・・・不要物』とされており(2条1項),不要物=廃棄物となり,そもそも廃棄物とは何かが良く分からない規定になっています。

そして,有名な「おから」判決(最判平成11年3月10日刑集275号499頁)は,『「不要物」とは,自ら利用し又は他人に有償で譲渡することができないために事業者にとって不要になった物をいい,これに該当するか否かは,その物の性状,排出の状況,通常の取扱い形態,取引価値の有無及び事業者の意思等を総合的に勘案して決するのが相当である。』としました。

この判例は,おから等を処理して飼料を生産する事業をしていた被告人が,乾燥機の故障などで廃棄物処理法上の許可を得ていた工場での乾燥処理が追いつかなくなり,無許可で工場を新設しておからの乾燥・熱処理を行っていたところ,無許可での産業廃棄物処理業として刑事裁判に至った事案です。

この事案では,最高裁は「おからは豆腐製造業者によって大量に排出されているが,非常に腐敗しやすく,本件当時,食用などとして有償で取り引きされて利用されるわずかな量を除き,大部分は,無償で牧畜業者等に引き渡され,あるいは,有料で廃棄物処理業者にその処理が委託されており,被告人は,豆腐製造業者から収集,運搬して処分していた本件おからについて処理料金を徴していたというのであるから」として,おからが「不要物」にあたり,「産業廃棄物」に該当するとしました。

この最高裁の考え方を『総合判断説』と言います。

そして,実務的には,取引価値の有無が大きな判断基準であると捉えていることが多いと思われます。

 

3 アップサイクルと廃棄物処理法

もっとも,おから判決が示した総合判断説も,総合判断である以上,不要物=廃棄物であるかどうかは時代とともに変わります(判決でも「本件当時」とされています)。

アップサイクルの素材となる製品等を入手する場合,捨てられるはずだった製品である点では事業者にとって不要になった物ではあり,不要物にあたる可能性はあります。

しかし,新しい価値を加えるアップサイクルの素材として利用するのであれば,廃棄物処理費用を別途支払って処理をする必要もなく,無償での引き取りであっても取り引きをする価値があることになるので,事業者の意思を考えれば,「不要物」にはあたらないとも十分に考えられますし,そのように考えることがSDGsなどの現代の価値観により適すると評価できます。

そこで,基本的にはアップサイクルの素材を引き取って,加工をし,新しい価値を与えることに廃棄物処理法の適用は無いと考えられます。

 

4 最後に

以上のとおりですが,アップサイクルとして廃棄物処理法の適用を受けないのか,受ける可能性も無いのか,法的なリスクは無いのかなどについては慎重な法的判断が必要になることは十分に考えられます。

池田総合法律事務所では廃棄物処理関係の支援や助言なども行っておりますので,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第5回~

今回は、賃貸建物が老朽化した場合に、賃借人に退去を求めていくための手続きについて説明します。

賃貸借契約が長くなるとともに、不動産は老朽化していきます。適切に修繕を重ねても、最終的に建物の老朽化は避けられません。あまりに老朽化が進むと、台風や地震などで建物が倒壊したり損壊したりするリスクが高まります。賃貸建物倒壊や損壊によって賃借人や近隣住民や歩行者が怪我をした場合、賃借人との賃貸借契約や、土地の工作物の所有者責任(民法717条1項)にもとづき、損害賠償請求を受けることになりかねません。

あまりに老朽化が進んだ建物を賃貸することは、そのような法的リスクがあります。貸主の立場としては、老朽化した建物について賃貸借契約を適時に解約できれば良いのですが、実際には老朽化を理由に一方的な解約ができることはほぼありません。

 

その理由の一つが、賃貸人の修繕義務(民法606条)の存在です。修繕によって、建物が使用可能であるのであれば、修繕を施す必要があります。一方で、大修繕を要し莫大な費用がかかる場合まで、賃貸人が必ず修繕しなければならないというわけではありません。

とはいえ、そのような場合でも、やはり一方的な解約はできません。借地借家法28条で借家契約の解約の申し入れに正当事由が必要とされているからです。この正当事由には、相応の立退料の支払いも考慮要素となります。これは、生活の基盤たる住居を明け渡すことが、賃借人にとって重大な不利益にあたることを考慮し、相当の補償がなされなければならないためです。

したがって、賃借人に老朽化に基づく立ち退きを求めるには、老朽化の事実を前提として、相応の立退料を提示することが必要になります。なお、賃借人が話し合いに応じない場合には訴訟を提起する必要がありますが、裁判でも同様に、老朽化が進んでいることと、相当の立退料を支払うことを証明する必要があります。賃貸借契約を解約する「正当な事由」があるかが裁判の争点となり、判決では、立退料の金額が定められ、その支払いと引き換えに立ち退きが命じられることとなります。

 

なお、立退料の金額は、一律に決まるわけではありません。賃貸人側の事情と賃借人側の事情が両方考慮されるからです。たとえば、取り壊しの必要性のほか、従前からの賃貸借契約の履行状況(修繕の有無や賃料が低額に過ぎないか、賃料滞納がないかなど)が考慮されますし、賃借人が商売をしているような場合では営業補償などが立退料として考慮される余地があります。とはいえ、倒壊の恐れがあるほど老朽化した建物を住居として利用している場合には、あらたな住居で生活ができる程度の立退料として、引っ越し費用や敷金などの費用と一定期間の差額家賃などが一応の目安になるでしょうか。

 

以上述べたように、老朽化を理由とした立ち退きは様々な要素が考慮され簡単ではありません。また、妥当な立退料を算定するにも複雑な要素を考慮する必要があります。あまりに低額な立退料を提示すれば借主の態度も硬化するでしょうし、一方で借主から高額な立退料を請求されることもあります。

当事務所には立ち退き交渉等に経験豊富な弁護士が在籍しております。老朽化に伴う立ち退きに関しても池田総合法律事務所にお気軽にご相談ください。

 

山下陽平

 

 

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第4回~

前回は、家賃の滞納が発生したときに、どのような手順を踏んで回収を進めていくべきかについてご説明しました。

今回は、家賃の回収が出来なかった場合に、借主に明渡しを求める方法についてご説明します。

 

1.賃貸借契約の解除

(1)借主に明渡しを求めるには、まずは占有(建物や部屋を使っている状態のこと)の根拠となる賃貸借契約の解除をすることが必要です。

そこで、内容証明郵便で借主に対し、「〇年〇月〇日までに未払賃料〇円を支払うこと、支払いがない場合は、改めて通知することなく、債務不履行により賃貸借契約を解除する」旨を通知します。

内容証明郵便は、文書の内容、差出人、及び名宛人を公的に証明するためのものです。これ自体に特別な法的効力はありませんが、後に裁判等紛争に発展した場合には、有効な証拠となります。内容証明郵便が借主に配達されたことを証するため、送付の際には配達証明付にしておきます。

(2)上記内容証明郵便で設定した期限までに借主から支払いが無い場合は、借主に対し、賃貸借契約解除を理由に明渡しを求めることになります。

借主に直接明渡しを求めても退去をしない場合には、裁判を起こすことになります。

裁判をした場合にかかる期間は、借主が争ってこなければ3か月程度で判決が出る場合もありますが、通常は半年~1年程度かかります。

裁判では、明渡しに加え、未払いの賃料と明渡しまでの賃料相当損害金の支払いを併せて請求することができます。

 

2.強制執行による強制退去

裁判で、明渡しを命じる判決が出た場合は、借主は自分から退去をする場合が多いと言えます。これは仮に退去を拒んだとしても、後述する強制執行の手続があり、最終的には退去を拒むことが出来ないからです。

仮に借主が出ていかない場合、判決があるとはいえ、貸主が実力で借主を追い出すことは出来ません。このような行為は自力救済といい、違法な行為であり、民事上の損害賠償の対象となるだけでなく、刑事上も罪に問われる可能性があります。

借主を適法に退去させるには、訴訟手続とは別に強制執行手続が必要となります。

強制執行は、裁判所に申し立てて行います。裁判所の執行官は、借主に対し指定の期日までに明渡しをするよう求める催告書を送付します。借主が指定の期日までに明渡しをしない場合、執行官が家具、家財などを撤去し、鍵を交換することで、強制的に明渡しを実現します。

強制執行にかかる費用は、原則として貸主が負担することになります。執行官や業者の人件費、出張費、家財家具の運搬費など様々な費用がかかります。

 

3.以上のとおり、借主に明渡しを求めるには、法的手段が必要となり、時間も費用も費やすことになります。

借主が任意に立ち退かない場合には、その後の手続きも見据えたうえで、段階的に手段を講じていく必要があり、早めの弁護士への相談が有効です。池田総合法律事務所は、このようなご相談にも対応しておりますので、お困りの際には、是非ご相談ください。

(石田美果)

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第3回~

今回は、家賃の滞納が発生したときに、どのように手順を踏んで回収を進めていくべきかご説明します。

 

まず、滞納していることが判明したら、すぐに賃借人に電話、訪問等で連絡をとり、事情を確認しましょう。引落口座の残高不足等でうっかりという滞納であれば、一時的なことで済みますが、多重債務を抱えてしまって支払えない等ということもあります。賃借人が本当のことを話してくれるとは限りませんが、その接触した感覚で一時的なものか、どうかの見当をつけられることもあり、今後の対策が立ちやすくなります。その際、ただ事情を聞くだけでなく、必ず期限を区切って支払を約束してもらうようにし、口頭だけでなく、出来れば文書で書いてもらうようにした方がいいです。

それでも支払をしないときは、直接現地を訪問して、回収をするということも方法のひとつですが、賃借人が支払に応じないときに執拗に請求をしたり、深夜等に訪問すると、トラブルの元ですので、応じない場合には、次に述べるような内容証明郵便による催告という一段進めた請求手続き等に進むべきものと考えられます。

電話や訪問でも支払に応じないときには、配達証明付の内容証明郵便によって、期限を切って支払の催告をし、それだけでなく、さらに滞納金額が概ね3ヶ月以上に及んだときには、期限内に支払のないときは、契約を解除する旨の意思表示をすることも考えられます。内容証明郵便によれば、家賃支払を強制できるというわけではありませんが、心理的に圧迫を加えることが出来、今後、裁判等を法的手続きをとるときには、催告、契約解除の証拠となります。

また、連帯保証人や家賃保証契約をしているときは、連帯保証人や保証会社に請求をして回収をはかることを考えましょう。滞納金額が嵩んでくると、保証人の方で支払えなかったり、どうして早く連絡をしてくれなかった等のクレームも出てきますので、賃借人からの回収が困難と判断されるときは、早急に連絡をとって請求をすることが大事です。

それでも、支払をしてこない場合には、裁判(訴訟手続)によって解決を求めることになります。契約を解除して建物の明渡を求めるのではなく、家賃だけの支払を求めるのであれば、支払督促や少額訴訟という簡易な方法も有効です。

家賃支払を命ずる判決が出されてもなお支払をしないときには、裁判所に強制執行の申立をして、財産を差押えて回収を図っていくことになります。

勤務先が契約書等の記載でわかっているときは給与の差押え、家賃の引落口座から取引銀行が判明していれば預貯金から回収ができることがあります。第三者からの情報を取得する手続きもあります。

任意の請求で埒が明かずに回収に困難を来している場合には、その後の手続も見据えたうえで、効果的な手段を講じていく必要があり、早めの弁護士への相談が有効です。池田総合法律事務所は、このようなご相談にも対応しておりますので、お困りの際には、是非、ご相談ください。

(池田伸之)

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)~第2回~

はじめに

本ブログでは、今回から全6回にわたって、概ね以下のスケジュールで大家さん(賃貸人)向けの記事を連載します(あくまで予定であり、予告なく変更となる可能性がありますので、ご了承ください)。

第1回 令和4年4月15日 契約書作成の際の注意点(掲載済)

第2回 (今回)令和4年5月1日 賃貸期間中のトラブルへの対応(本記事)

第3回 令和4年5月15日 家賃の未払への対応(その1・家賃の回収)

第4回 令和4年6月1日 家賃の未払への対応(その2・明渡請求)

第5回 令和4年6月15日 賃貸物件の取壊しのための立退き請求

第6回 令和4年7月1日 賃借人(入居者)が死亡したときの対応

 

相続税対策といわれて賃貸アパートを建築したり、親から賃貸物件を引き継いだりして、賃貸経営に携わるようになったという方も少なくないと思います。

順調に賃料が支払われている間は良いですが、ひとたびトラブルが生じると、大家さんにかかる負担は小さくありません。

本コラムでは、よくある相談内容をもとに、弁護士の視点から発生しやすいトラブルについてご紹介をしますので、参考としていただければと思います。

 

第2回 賃貸期間中のトラブルへの対応

 

Q1 契約書にペット飼育禁止と明示してあるにもかかわらず,内緒で室内犬を飼育している入居者がいます。どのように対応したら良いでしょうか?

A1 ペット禁止と契約上で明示されているのであれば,室内犬を飼うことは賃貸借契約に違反していることになります。

そこで,賃貸人(大家)としては,室内犬を飼育していることを把握した場合には即時,ペットが居室内に入ることは認めない旨を書面で通知すべきです。

そのうえで,入居者が任意に退去しないのであれば,賃貸借契約に違反しているとして契約を解除して退去を求め,それでも退去しないのであれば訴訟で明け渡しを求めていくことになります。

一般的に室内犬などのペットの飼育が発覚するのは,鳴き声,排泄物等の異臭,犬猫等のペットの毛などに対するアレルギーがある方がいればアレルギー反応が出ているなどがきっかけになります。トラブルとして徐々に大きなものに発展していきかねませんので,早急に対応をする必要があります。

 

Q2 ある入居者の2階室内で水漏れが発生し,1階にまで水が流れてしまい,1階入居者のテレビなどの電化製品が壊れてしまいました。私は大家として損害賠償責任を負いますか?

A2 賃貸物件内の水漏れには色々な原因があります。例えば,壁内や床下に配置されている配管が破損したことが原因での水漏れであれば,賃貸人(大家)が2階入居者と1階入居者が被った損害を賠償する責任があります。

しかし,仮に2階室内での水漏れが,2階入居者がトイレに大量の異物を流したことが原因であったり,風呂の排水口の毛髪等のよる目詰まりを掃除しなかったことが原因であるなど,2階入居者に原因がある場合には,賃貸人(大家)は2階居室と1階居室の修繕工事にかかった費用を2階居住者に請求することができます。

また,上記の場合など,2階入居者に原因があることを明記した方が誤解がないと思います。1階入居者の家電製品が壊れたことについて,賃貸人(大家)としては特に責任があるわけではありませんので,1階入居者に対しては2階入居者に対して損害賠償を求めるよう伝えることになります。

質問の内容では2階居室の水漏れの原因が分かりませんので,正確に原因を調査したうえで,上記の場合分けにそって対応していく必要があります。

 

Q3 賃貸物件に備え付けられたエアコンが故障したり,トイレの詰まりで便器の故障が発生した場合,賃貸人(大家)として何かしなければなりませんか?

A3 これもエアコンが故障した原因やトイレが詰まった原因が設備そのものにあるのか,入居者が原因であるかによって,賃貸人(大家)としての対応が変わります。

もし,備え付けのエアコンが経年劣化などによって壊れた場合には,大家として交換する必要があります。

もっとも,入居者がエアコンのフィルターを掃除せず,フィルターが汚いといったこともあるかもしれませんが,直接故障につながったと断定できるほどに汚い場合は入居者にエアコンの修理代や新調代を請求できる可能性はあるかもしれませんが,断定をすることは一般的には困難だと思いますので,現実的には賃貸人(大家)負担で,エアコンを修理したり交換したりせざるをえません。

トイレの詰まりについても同様で,入居者が1ロール全部といった大量のトイレットペーパーをトイレに流したことにより詰まったのであれば,入居者にトイレの修理代を請求することはできます。しかし,入居者は通常の使用をし,それ以外の理由で故障したのであれば,やはりトイレの修理は賃貸人(大家)負担となるでしょう。

 

Q4 賃貸アパートの敷地の塀が倒れて通行人がケガをしました。どうやら2週間ほど前にあった大きめの地震で塀にヒビが入っており,それが原因で倒れたようです。私は通行人のケガについて損害賠償をしなければならないでしょうか?

A4 賃貸物件の敷地内における事故は,原則として賃貸人に責任があります。特に,敷地内の塀の倒壊の場合,民法717条1項は,「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは,その工作物の占有者は,被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし,占有者が損害の発生を防止するに必要な注意をしたときは,所有者がその損害を賠償しなければならない。」として工作物責任を定めています。

そして,この所有者の工作物責任は,無過失責任ですので,賃貸人(大家)として過失が無くても,通行人に対して賠償責任を負うことになります。

これは,例えば塀を設置する工事に手抜きがあるなど工事業者に責任があるのではないかと思われる場合も,所有者=賃貸人(大家)は,通行人に対して賠償責任を負わなければならないことを意味しています。

つまり,通行人としては,塀の倒壊によってケガをした賠償を求めるにあたって,工事業者か所有者のいずれでも構わないので,まずは賠償を受ける必要があり,工事業者と所有者の金銭負担の割合などは所有者と工事業者との間の内部的な問題なので関知しないということです。

以上のとおりですので,ご質問いただいた点については,塀の所有者として通行人の方のケガに対する賠償責任を負うことになります。

 

Q5 入居者の1人が夜中に大きな音で音楽を聴いたり,人を呼んで宴会をしていることがしばしばあり,他の入居者から苦情が来ています。貸主として何か対応する必要がありますか?

A5 アパートの住民による騒音等のトラブルは賃貸物件ではしばしば見受けられます。日勤や夜勤の方など生活時間は人それぞれですし,音に対する感受性もやはり人それぞれです。

したがって,明らかに過剰な騒音などを発生させているのではない限り,トラブルとなっている入居者同士の解決に委ね,賃貸人(大家)として関与するのであれば管理会社に委託していれば管理会社に間に入ってもらい,全戸に書面での注意を呼びかけるといった対応しか現実的には取れません。

しかし,近隣住民から警察に通報されるような騒音や迷惑行為が度重なるようであれば,賃貸借契約書の内容にもよりますが,賃貸借契約を解除することも可能な場合もあります。特にトラブルを発生させる入居者を放置していては,他の入居者が退去したり,新しい入居者が見つからないなど,入居率の低下も招くことになります。

入居率の低下は,特に建築資金を借り入れでまかなっている場合には,資金繰りにすら影響を与える重大な問題につながります。

そこで,明らかに騒音等のトラブルを繰り返し発生させている入居者に対しては,賃貸借契約を解除し,必要であれば訴訟で明渡しを求めるといった断固とした対応をする必要がある場合もあります。

 

まとめ

賃貸物件の入居率を維持するためには,賃貸人(大家)として賃貸期間中のトラブルに対しても適切に対応していく必要があります。

もちろん,入居者同士のトラブルであれば,賃貸人が積極的にトラブルに介入する必要はありません。

しかし,トラブルも対応を誤ると,評判の低下につながり,最終的には入居率の低下につながります。

そこで,管理会社に委託するというのも一つの方法ですが,さらに積極的にトラブルを解決していくということでれば,弁護士の助言や助力は必要不可欠と思います。

賃貸物件をお持ちのオーナーの皆さまで,継続的に弁護士のサポートが必要な方は,池田総合法律事務所にご相談ください。

(小澤尚記(こざわなおき))

大家さんが知っておきたい、賃貸経営トラブルへの対処法(連載・全6回)

はじめに

本ブログでは、今回から全6回にわたって、概ね以下のスケジュールで大家さん(賃貸人)向けの記事を連載します(あくまで予定であり、予告なく変更となる可能性がありますので、ご了承ください)。

第1回(今回)  令和4年4月15日   契約書作成の際の注意点

第2回         令和4年5月 1日   貸期間中のトラブルへの対応

第3回         令和4年5月15日   家賃の未払への対応(その1・家賃の回収)

第4回         令和4年6月 1日   家賃の未払への対応(その2・明渡請求)

第5回         令和4年6月15日   賃貸物件の取壊しのための立退き請求

第6回         令和4年7月 1日   賃借人(入居者)が死亡したときの対応

相続税対策といわれて賃貸アパートを建築したり、親から賃貸物件を引き継いだりして、賃貸経営に携わるようになったという方も少なくないと思います。

順調に賃料が支払われている間は良いですが、ひとたびトラブルが生じると、大家さんにかかる負担は小さくありません。

本コラムでは、よくある相談内容をもとに、弁護士の視点から発生しやすいトラブルについてご紹介をしますので、参考としていただければと思います。

 

第1回 契約書作成の際の注意点

 

Q 親の代から賃貸アパート経営をしていますが、管理会社を入れずに独自の契約書を使用しています。内容は非常に簡素なもので、これで足りるか心配なのですが、契約書にはどのような内容が入っている必要がありますか。

 

 

1 最低限必要な内容

賃借人との間で賃貸借契約書を取り交わすにあたって、契約書には最低限以下の記載が必要です。

・賃貸の対象に関する記載(例えば駐車場を含むか否かなど)

・賃料や敷金等の定め(途中で金額が変更されている場合には、別途賃料変更の合意書を作成するか、新たな賃貸借契約書を作成することが望ましいです)

・契約の当事者の署名・押印と契約締結の日付

これらの条項以外にも、契約書には、契約の期間、賃貸物件の取扱いに関する取り決め(用法遵守義務)に関する定め、契約の解除に関する定め等を入れるのが一般的ですが、以下では、特に問題となりやすい、原状回復義務、連帯保証人、更新のない賃貸借契約に関してご説明します。

 

2 原状回復義務について

賃貸アパートに入居中に、入居者(賃借人)があやまって壁などを傷つけた場合、大家さん(賃貸人)は、賃借人に対して、元に戻すように(修理に要する費用を負担するよう)に請求することができます(賃借人の原状回復義務といいます)。しかしながら、通常の使い方によって生じた損耗(通常損耗)や経年劣化による損耗(自然損耗)については、原則として賃借人には原状回復義務はありません。

もし、こうした通常損耗についても賃借人に原状回復を求めたい場合には、契約書において、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲を具体的に明記するなど、原状回復義務に関する規定を設けておく必要があります。

 

3 連帯保証人について

(1)契約書への記載内容について

ア 連帯保証を含む保証契約は、書面でしなければ効力が生じません(民法446条2項)。口約束で連帯保証契約を結んでも無効です。

したがって、連帯保証人を付ける場合には、契約書に連帯保証に関する規定を入れておく必要があります。

イ また、2020年4月以降に連帯保証契約を結ぶ場合には、連帯保証の極度額(上限)を契約書に記載しておかないと、連帯保証契約自体が無効になります。

独自の契約書を使用されている場合には、極度額の欄を追加しましょう。

(2)連帯保証人の署名・押印の方法

契約書には、連帯保証人にも署名・押印を求めることが一般的です。その際には、後から「そんな保証をした覚えはない」と言われないよう、自署をしてもらうと共に、実印による押印と印鑑証明書の提出を求めましょう。

(3)連帯保証人死亡への対応

連帯保証人が死亡した場合には、その相続人が連帯保証人の地位を引き継ぎます。しかしながら、2020年4月以降に連帯保証契約を結んだケースでは、賃貸借が続いている間に連帯保証人が死亡すると、原則としてその時点で発生していた未払分しか連帯保証人の相続人に請求できません。

このような事態が発生することを避けるためには、①連帯保証人を複数人にする、②連帯保証人が死亡した時には、直ちに別の連帯保証人を付けることを契約内容としておく、③家賃保証会社を利用する、といった手段が考えられますので、事前に検討しておきましょう。

 

4 更新のない賃貸借契約の締結

賃貸アパートの賃貸借契約書には、賃貸借の期間が記載されていることが多くあります。しかしながら、建物に関する通常の賃貸借契約では、入居者(賃借人)が契約の継続(更新)を望む際に、大家さん(賃貸人)から一方的に更新を拒絶することはなかなか認められません。

そこで、賃貸借契約期間の終了時に契約の更新をしないことを予め定めておくことができます(このような契約を「定期建物賃貸借契約」といいます)。

もっとも、この定期建物賃貸借契約を結ぶためには、あらかじめ、建物の賃借人に対し、当該契約には更新がなく期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、そのことを記載した書面を交付して説明しなければならないとされるなど一定の要件が定められています。要件を満たさない場合には、更新をしないという定め自体が無効となってしまいますので注意が必要です(借地借家法38条)。

 

5 まとめ

賃貸借契約においてトラブルが生じた場合には、まず、契約内容がどうなっていたかを契約書で確認することになります。事前に契約書で適切な定めをしておかなかったがために、思いもよらぬ負担を強いられることもあります。また、法改正や裁判所の新たな判断があった場合には、その改正等を踏まえて契約書を修正していく必要もあります。特に、独自の契約書を使用されている方は、定期的に専門家のチェックを受けることをお勧めします。

賃貸借契約書についてチェックをしてもらいたい、改訂をしたいとお考えの方は、ぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。

 

(川瀬 裕久)

環境問題と再生エネルギーその他環境に関する連載8

~野焼きと廃棄物処理法~

1 「野焼き」と廃棄物処理法

屋外でゴミを燃やしている場面は,かつてはあちこちで見かけることがありました。また,現在でも田畑などで燃やしている場面を見かけることがあります。

しかし,周辺環境への影響から,現在は厳しく規制がかけられています。主に刑事事件になった事案の裁判例もあり,うっかり燃やしてしまった,昔から燃やしていたでは社会的に許されなくなってきています。

そこで,身近にある問題として,野焼きと産業廃棄物の問題を取り上げます。

まず,廃棄物,すなわちゴミ=価値が無い物,を屋外で焼却する「野焼き」は,廃棄物処理法16条の2(焼却禁止)で,原則として禁止されています。この焼却禁止の16条の2は,平成12年の廃棄物処理法改正で導入されたものです。

そして,もし廃棄物処理法16条の2の焼却禁止に違反して,野焼きをした場合,廃棄物処理法25条1項15号により,「5年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金」と定められており,場合によっては懲役も罰金も科される(「併科」といいます)場合もあります。

さらに,会社の従業員が,会社の業務に関して野焼きをした場合には,廃棄物処理法32条1項1号により,会社についても「3億円以下の罰金刑」が科される場合があります。

「野焼き」の罰則は,皆さまが重っているよりも重いものですし,会社の従業員が「野焼き」に業務上関わった場合には,会社も罰金を科されるリスクも負うことになります。

 

2 「野焼き」の廃棄物処理法上の例外

(1)廃棄物処理法上の例外

 廃棄物処理法上では,廃棄物焼却の例外として,

①一般廃棄物処理基準,産業廃棄物処理基準等に従って行う廃棄物の焼却(16条の2第1項1号)

②他の法令またはこれに基づく処分により行う廃棄物の焼却(16条の2第1項2号)

③公益上もしくは社会の慣習上やむを得ない廃棄物の焼却または周辺地域の生活環境に与える影響が軽微である廃棄物の焼却として政令に定めるもの(16条の2第1項3号)

が定められています。

例えば,②の他の法令等に基づく廃棄物の焼却には,家畜伝染病予防法に基づく家畜の死体の焼却があります。具体的には,鳥インフルエンザに罹患したニワトリの死体の焼却などがあたります。

(2)3号の例外の具体的内容

 廃棄物処理法16条の2第1項3号の政令は廃棄物処理法施行令14条が該当します。施行令14条では,

①国または地方公共団体がその施設の管理を行うために必要な廃棄物の焼却(1号)

②震災,風水害,火災,凍霜害その他の災害の予防,応急対策または復旧のために必要な廃棄物の焼却(2号)

③風俗習慣上または宗教上の行事を行うために必要な廃棄物の焼却(3号)

④農業,林業または漁業を営むためにやむを得ないものとして行われる廃棄物の焼却(4号)

⑤たき火その他日常生活を営む上で通常行われる廃棄物の焼却であって軽微なもの(5号)

が定められています。

②の震災等に伴う廃棄物の焼却としては,例えば,災害時の木くず等の焼却などがありえます。

③の宗教上の行事のための廃棄物焼却としては,たとえば「どんと焼き」「左義長」なども不要となったしめ縄やお札を燃やす点では廃棄物の焼却にあたりますが,3号で例外として認められています。

④の農業等のための廃棄物焼却は,例えば農業従事者が行う稲わら等の焼却,林業従事者が行う伐採した枝葉等の焼却,漁業従事者が行う漁網に付着した海産物の焼却などがあたりえます。

⑤の日常生活を営む上で通常行われる廃棄物の焼却には,例えばキャンプファイヤーで木くずを燃やす場合などがあたります。

以上については,平成12年9月8日衛環78号各都道府県・各政令市廃棄物行政主管部(局)長あて厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課長通知をご参照ください。

(3)裁判例

 廃棄物処理法16条の2(焼却禁止)に関する裁判例は次のようなものがあります。

 ①仙台高裁平成22年6月1日判決

 廃棄物処理法16条の2の「焼却」の意義について,「廃棄物の物理的損壊,滅失に着目して論ずべきではなく,生活環境に与える影響に着目して論ずべきであるということになる。(中略)そうすると,生活環境に有害な影響を与えるがい然性,すなわち,煙,有毒ガスの発生,あるいは周辺に火災が発生する可能性が生ずれば,同条により禁止すべき焼却に該当するといえる。そして,廃棄物がどの程度の燃焼状態に至った段階で生活環境に与える影響があるかといわば,廃棄物が独立して燃焼を継続する状態に至れば,煙などが廃棄物から持続的に発生するなどして,生活環境に有害な影響を与えるがい然性が高いということができるから,この段階で廃棄物を焼却したものということができる。」としています。

②東京高裁令和2年9月20日判決

 自宅敷地内の畑などで梨を主体に梅,柿,ミカンなどを生産し,タケノコを採取していた農家が,自宅敷地内において廃棄物である竹約20.5キロと柿の木の枝等4.25キロを焼却した事案において,『「農業者が行う稲わら等の焼却,林業者が行う伐採した枝条等の焼却,漁業者が行う漁網に付着した海産物の焼却」などと(上記の)課長通知が例示するような焼却は,それぞれの事業に伴って生じる廃棄物を,農地,山林,海岸等その発生場所で焼却する場合には,周辺環境への支障が生じるおそれが少なく,これらの発生場所が一般民家等の人の居住地と離れた場所であれば,市町村の収集などによる通常の処理にもなじまないと考えられることから,従前農業等を営むために行われていたこれらの焼却が,周辺環境への支障を生じるおそれがあるにもかかわらず,社会慣習上やむを得ないものとして受容されてきたことを踏まえ,除外事由と定められたものと解される。したがって,本件竹及び本件柿の木の枝等の焼却が施行令14条4号に該当するか否かの判断に当たっては,それが社会慣習上やむを得ないものとして許容される域にあるかどうかの判断が重要であるものと解される。』として,農家が周辺に一般民家,畑,資材置き場等が混在する旧来の住宅街にあり,重機を使って穴を掘り,その穴の中で焼却したことなどから,焼却の態様及び規模等を考えると,周辺環境への支障が生じるおそれが少ないともいえない,燃やすゴミの収集対象や大型ゴミの収集対象ともなっており,近隣業者に高額ではない金額で受け入れてもらう手段等もあることから,社会慣習上やむを得ない場合にあたらない,としています。

 

3 最後に

廃棄物の焼却にも刑事罰という厳しい処罰が容易されていますし,事業者が許認可を得ている業種の場合には,刑罰により許認可が取り消されるなどするリスクもあります。

木くず等であっても,法令遵守を意識して,適切に処理をしなければ,事業継続ができなくなる可能性も否定できません。

そして,どのような業種でもまったく廃棄物を出さずに事業をしていくことはおよそ不可能ですので,廃棄物処理法を意識する必要があります。

池田総合法律事務所では廃棄物処理関係の支援や助言なども行っておりますので,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記(こざわなおき)〉