新型コロナウイルス感染症と賃料・テナント料

1 はじめに

新型コロナウイルス感染症により、店舗やオフィスを賃貸借している法人・個人事業主では、売上げが十分に立たないため、賃料・テナント料の支払いが苦しくなってきています。

他方、貸主である大家も、法人や個人事業主であることが多く、その場合、大家も金融機関からの融資の返済や固定資産税等の納税のため、賃料・テナント料の収入がなくなると、経営が立ちゆかなくなることが起こりえます。

なお、賃料・テナント料については、現在,政府が支援策を検討しているようですので、その動向に注意する必要があります。

 

2 賃借している法人・個人事業主(いわゆる「店子」)の場合

店舗やオフィスを賃借している法人・個人事業主については、賃貸借契約書上、新型コロナウイルスの影響で賃料を減額する権利があるとは言えないことが多いと思われます。

そうすると、大家側に対して、現在の経営状況、店舗であれば営業自粛要請の対象業種のために売上げが減少あるいは消滅したことを丁寧に説明して、大家の理解を得て、賃料減額に結びつける必要があります。

大家側としても、現在の経済情勢から、新しく賃借人を探しても、入居者がなかなか見つからず空室を抱えるリスクがありますので、平時よりも積極的に減額に応じてくれる場合があると思われます。

まずは、大家に対する現状の丁寧な説明から始める必要があります。

 

3 賃貸している法人・個人事業主(いわゆる「大家」)の場合

店舗やオフィスを賃貸している法人・個人事業主については、月額で返済している融資の返済額、固定資産税等の納税額、所有物件の維持・メンテナンス費用等のコストから導かれる損益分岐点までであれば、賃料の減額に応じることも検討する必要があります。

それは、上記のとおり、店子が退去した場合、空室のリスクが生じますので、現在の経済情勢では空室リスクを抱える期間の予測が全く不可能であるためです。

そこで,例えば,合意によりあらかじめ元の賃料に戻る時期を定めた一時的な減額をするという方法なども考えられるところです。

そして,賃料の減額に応じた場合には,損金算入が可能となる場合が例示されています(https://www.mlit.go.jp/common/001343017.pdf)ので,減額に応じて損金算入し,将来的な税負担を軽減するという考え方もありえます。

また、店子からの賃料減額については、単純に賃料の減額に応じた場合、新型コロナウイルスの問題が落ち着いたあとも、減額した賃料のままで賃貸借をしたいと言われ、元の賃料水準に戻せないリスクもあります。このリスクを回避するためには、一度、満額での賃料を受領し、そのうちの一部を経営の支援として、大家から店子に支払う(返金する)という方法もあり得ると思われます。この場合,国税庁の例示で損金算入できる場合に当たり得るのかは別途判断する必要があります。

〈小澤(こざわ)尚記(なおき)〉

新型コロナウイルス感染症と雇用関係

 はじめに

新型コロナウイルス感染症と雇用関係等について、厚生労働省が詳細なQ&Aを公開しています。

厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html)をご参照ください。

 

2 従業員を休業させる場合

新型コロナウイルス感染症を原因として、従業員を休業させる場合、休業手当を支払うべき義務があるかどうかは議論のあるところです。

雇用主に責任がある場合の休業の場合、雇用主は休業期間中の休業手当(平均賃金の60%以上)を支払わなければなりません。

しかし、政府による緊急事態宣言が出ており、かつ、営業の自粛要請が出ている業種について、在宅勤務も不可能であれば、雇用主に責任がある休業とはいえず、休業手当を支払う必要が無いとも解釈できるためです。

もっとも、どの法人、個人事業主でも、雇用している従業員を無給のまま休業させ、生活ができないような状況にするのは本意ではないはずですので、可能な限りで休業手当を払うことになるのではないかと思われます。

 

3 従業員を解雇せざるを得ない場合

法人や個人事業主が、人件費負担をしたままでは事業を残すことができないと判断した場合、従業員を解雇せざるを得ない場合があります。

こういった場合のことを「整理解雇」と言いますが、整理解雇は裁判例において、4つの要件があって解雇が有効とされています。

具体的には、①人員整理を行う必要性、②できる限り解雇を回避するための措置を尽くしたか、③解雇労働者の選定基準が客観的・合理的であるか、④労働組合との協議や労働者への説明が行われているか、の4点です。

新型コロナウイルスの影響で、事業継続が立ちゆかなくなりつつある場合には、整理解雇の有効性は認められやすいと思いますが、従業員に対して例えば「新型コロナウイルスのために解雇します」という説明だけでは④の点が不十分と評価される可能性がありますので、できる限り詳細に説明を行い、説明した事実を書面で残しておくことが必要となります。

 

〈小澤(こざわ)尚記(なおき)〉

賃貸アパート経営における民法改正の影響(連帯保証について)

アパート等を賃貸する際に、家賃等の支払いを担保するため、個人の連帯保証人をつけることが一般的によく行われています。そうした保証について、2020年4月から施行された新しい民法(新民法)では、いくつかの重要な改正がなされました。
今回は、不動産を賃貸する際の個人の連帯保証人に関して、実務上大きな影響を及ぼすと考えられる改正点について説明します。

1 契約を締結する段階
連帯保証契約を締結する(連帯保証人をつける)段階で注意すべき点として、
①契約書に連帯保証の極度額(上限)を定めることが必要になったこと
②「事業用に」賃貸するにあたって、賃借人(借主)から連帯保証人に対する財産の状況などの情報提供がなされているか確認する必要が生じたこと
について説明します。

(1)①契約書に連帯保証の極度額(上限)を定めることが必要になったこと
ア 改正の概要
アパート等の賃借人が家賃や原状回復費などの支払いをしなかった場合、賃貸人(大家)としては、保証人に請求することができます。保証人としては、賃貸借契約から生じるあらゆる賃借人の債務について保証することになるのですが、このような継続的債権関係から生じる不特定の債権を担保するための保証を、法律上「根保証(ねほしょう)」といいます。
ところで、これまでの賃貸借契約に伴う保証契約(賃借人の債務の保証)では、保証する金額の上限が特に決まっていなかったため、例えば、賃借人が何年も家賃を支払っていなかった場合など、思いもよらない金額を請求されることもありました。
今回の改正では、個人が根保証の保証人となる個人根保証契約について、予め契約書に保証する金額の上限(「極度額」といいます)を記載しておかなければ、保証契約自体が無効になるようになりました(新民法第465条の2)。
イ 具体的な対応
賃借人の債務を保証する連帯保証契約(ただし個人が連帯保証人になるもの)のうち、2020年4月1日以降に締結するものについては、契約書に極度額を記載する必要があります。
この際の極度額の記載方法は、「●●円」と金額を明示する方法や「家賃の●か月分」と記載する方法が考えられます。「●●円」という記載は特に問題がありませんが、「家賃の●か月分」という記載の場合には、同じ契約書の中に家賃の金額(「賃料月額10万円」など)が記載されている必要があります。また、「家賃の●か月分」という記載の場合に、後に賃料が増額された場合であっても、極度額は変わりません。
例:賃料10万円 極度額:家賃の3か月分と記載した場合
→ 極度額は30万円で確定
(後に家賃が11万円に増額されたとしても、極度額は30万円のまま)
賃料の変動にあわせて極度額を変更したいと考え、「賃料額が増額された場合には極度額も変更される」といった特約をもうけてしまうと、極度額が適切に定められていないとして連帯保証契約自体が無効になると考えられていますので注意が必要です。

(2)事業のために賃貸借契約を締結する場合の情報提供義務
ア 改正の概要
新民法では、事業のために負担する債務について、個人に保証の委託をする場合に、主債務者は、保証の委託を受けた者に対して、①財産及び収支の状況、②主債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況等について情報を提供しなければならないと規定されました(新民法第465条の10第1項・第3項)。
主債務者がこの情報提供義務を怠ったために保証人が主債務者の財産状況等について誤認をし、それによって保証契約を締結した場合には、情報提供義務違反があったことを債権者が知っていたか、もしくは知り得たことを条件に、保証契約の取消しができます。
イ 具体的な対応
賃貸借契約においても、対象の物件が店舗や事務所等の事業用に使用される場合には、この条項が適用されます。
したがって、賃借人としては、賃貸借契約と連帯保証契約を締結するにあたって、賃貸物件の使用目的が事業用か否かを確認するとともに、事業用である場合には、賃借人が情報提供をしたことを確認する必要があります。

2 賃貸借契約の継続中や連帯保証人への請求段階
賃貸借契約の継続中や連帯保証人に請求する段階で注意すべき点として、
①賃借人の家賃等の支払い状況に関する情報提供義務が定められたこと
②賃借人や連帯保証人が死亡した後に生じた債務については、連帯保証人に請求できなくなったこと
について説明します。

(1)賃借人の家賃等の支払い状況に関する情報提供義務
ア 改正の概要
新民法では、債権者は、主債務者から委託を受けて保証人となった者から請求された場合には、遅滞なく、債務の不履行(未払い)がないか、不履行がある場合がある場合にはその金額等の情報提供をする義務が生じることとなりました(新民法第458条の2)。
イ 具体的な対応
賃貸借契約においても、債権者である賃貸人は、連帯保証人から請求されときには、家賃等の未払いがあるかどうかや、家賃等の未払いがある場合の金額等について、連帯保証人に情報を提供しなければなりません。
賃貸人としては、連帯保証人から請求があった場合に対応ができるよう、予め準備をしておく必要があります。

(2)賃借人や連帯保証人が死亡した際の注意点
ア 改正の概要
個人根保証契約について、主債務者や保証人が死亡した後に発生した債務については、保証の対象とならないこととされました(新民法第465条の4)。法律上は、主債務者の死亡や保証人の死亡により、元本が確定するといいます。
従前は、連帯保証人が死亡した場合、連帯保証人の相続人は、その法定相続分に応じて、連帯保証債務を相続するものとされていました。
これに対し、新民法では、連帯保証人が死亡した後に発生した債務については、連帯保証の対象とならないことなります。
イ 具体的な対応
上記の改正により、連帯保証人は、賃借人の死亡後に発生した家賃の未払いが生じた場合であっても、家賃を代わりに支払う必要はありませんし、連帯保証人の相続人は、連帯保証人が死亡した時点ですでに未払いとなっていた分だけを支払えば足りることとなります。
このように、連帯保証人としては、責任の範囲が限定されるため、思いもよらない金額を支払わなければならないという事態は少なくなるものと思われます。
他方で、賃貸人としては、賃借人や連帯保証人の死亡後の債務については連帯保証人に請求することができなくなりますので、注意が必要です。
すなわち、賃貸借契約が続いている間に賃借人が死亡した場合、相続人は、賃借人の地位を相続するため、相続人の中で、賃借人が住んでいたアパート等に住みたいという人がいた場合、原則として、賃貸人はそれを拒絶することはできません。しかしながら、こうした相続人が家賃を滞納した場合、賃貸人は連帯保証人に請求することはできないのです。
対策としては、賃借人が死亡した際や連帯保証人が死亡した際には、改めて連帯保証人をつけるよう契約書に明示しておく方法が考えられますが、実際には、滞納が生じて初めて賃借人や連帯保証人が死亡したことに気づくということも十分あり得ます。そのような場合には、連帯保証人に請求することができませんので、未払額が膨らむ前に早めにの対応することが肝心といえます。
また、この改正は連帯保証人が法人の場合には適用されませんので、家賃保証会社等法人による連帯保証を使うのも一つの方法です。

3 新民法の規定の適用時期
これまで説明した新民法の規定は、2020年4月1日以降に締結する契約について適用されます。
したがって、2020年3月31日以前に保証契約を締結していた場合には、こうした新民法の規定は適用されません。

以上のとおり、保証に関する改正は、賃貸アパート経営に大きく影響を及ぼすものと考えられます。契約締結段階から請求段階まで様々な対応が必要となりますので、不安をお持ちの方は、池田総合法律事務所までご相談ください。   (川瀬裕久)

〈5月7日スタート〉法人・個人事業主様向け無料法律相談開始のお知らせ

 池田総合法律事務所では,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による社会情勢の劇的な変化により,事業上で様々な影響を受けている法人・個人事業主様向けに,5月7日から5月末まで期間限定の無料での法律相談を始めます。

 法律相談を希望される法人・個人事業主様は,まず電話(052-684-6290)にて当事務所にお申し込みください(受付時間・平日午前9時30分から午後4時30分まで)。ホームページのお問い合わせフォームに入力していただいて,お申し込みいただくこともできます。

 また,不要不急の外出の自粛が求められておりますので,無料法律相談の方法は,①ZOOM,②Skype,③電話から,お申し込み時に,ご相談様にご指定いただく形式といたします。

 法律相談の内容は,「労務(労働)・雇用」,「家賃」,「事業の継続または廃止に向けた債務整理,再生,破産手続等」に限定させていただきます。

 なお,法律相談時間は最大30分とさせていただき,それ以上の相談時間が必要な場合には有料相談(30分5500円(税込))をご案内させていただきます。

 大変な時期において,弁護士として,少しでも法人・個人事業主様を法的にサポートさせていただきますので,是非お申し込み下さい。

 

野上陽子の摩天楼ダイアリー⑤

「 新型コロナウィルスに悩まされるニューヨークは今・・・ 」

 

日本では、コロナウィルスの感染拡大を防止する「3つの密を作らない」ということが繰り返し言われ、政府や自治体からの要請を繰り返しニュースや報道番組で流しています。しかし、3つの密―密閉、密集、密接―に関する記事(末尾に転載)をよく理解しないと大きな間違いを起こします。こんなことをするのは愚の骨頂です。この三つが重なると危ないのでなく、どれも危険で、してはいけない事です。大事な点は、3つの一つでも感染危機があるということです。

米国では外でも2メートル離れます。個人の家でも10人以上集まらない。ニューヨークで言われているのは、「近づかない、触らない、出かけない」の3つです。それでもすでに広がった感染は止められません。

学校に行くことの危険性を世界でいち早く阻止するために各国が進んで閉鎖しました。日本は衛生的な国だと過信しているのではないでしょうか。マスクをして手洗いをすれば大丈夫だと思っているのは、間違いです。マスクだけでは、空気中の菌を防げません。手洗いはハンカチやタオルに菌がついていれば同じことになります。日本でゴム手袋は、意味がない、などと言った意見を報道で流しているのを観ましたが、お馬鹿なことです。ニューヨークで見かけるのは、ゴム手袋したまま同じように何度も手洗いや消毒をしています。手袋は爪や細かな部分に菌が付きにくいです。

全般的に、日本では感染について甘い考えのように思います。野外でもどこでも感染します。現にバスの運転手や宅配便の人は密接していないのに感染しています。ニューヨークではレストラン、バー、洋服店など日常に支障がないお店は閉店し、同様に、美容院などは近くに客と店の人が長い時間一緒にいるので感染可能性が高いという理由で、名指しで閉店するよう指示が出されています。

日本では感染者と死亡者の数字だけに目が行き、どこで感染した否かだけがクローズアップされているのが目に付きます。日本の検査体制の整備が遅れていることが指摘されていますが、テストを増やせば実態が更に分かるでしょう。予想外に多くの人が保菌者で、本人が知らないうちに移している状況がわかるでしょう。そしてそれが感染経路がわからない原因です。

ニューヨークのTV等の報道に比べると、医師や看護婦がどれだけ苦労しているか、患者がどれだけ苦しんでいるかなどの報道が少ない印象です。考え方の違いでしょうか?

毎晩7時に2分間サンキューの叫びと鍋叩きがあります。ニューヨーク中の人がするこの時間はもう3週間になりますが 毎日雨でも寒くてもあります。医師、看護師、消防士、警察官、お店を開けてくれる従業員、みんなにありがとう😊のメッセージです。

ニューヨークでの報道では、最近まで、糖尿病などの持病持ちで高齢が危険だと言われていたのですが、これに、喘息と肥満が加わりました。年齢は免罪符にならなくなってきましたが、勿論、高齢者は体力と免疫がないので危険です。米国は、何でもオープンに報道するので状況や状態が把握しやすいと思います。感染者は、まず微熱と怠さが始まり、悪寒、節々が痛みます。咳はない場合もあります。息が苦しい感じが出たら、それから症状の悪化は速いです。肺炎の症状が出て3日間で亡くなる人もいます。風邪のような鼻水、鼻詰まりがないそうです。

4月7日までのニューヨーク市での感染者確認は7万2324人、そのうち3202人が亡くなりました。そして、私の住むマンハッタン地区では1万1504人が感染、604人が死亡しました。今回のコロナウィルス禍での死者は、2001年の同時多発テロによるアメリカ全体の死者数を越えました。

数日前に友人の息子さんが熱と下痢があったと連絡がありました。その後熱が下がったようです。先日、ニューヨークのCNNニュースキャスターが感染しました。今一番注目を浴びている夜10時からの番組キャスターです。彼はニューヨーク州知事の弟です。彼は毎日自分の症状、医師、州知事、政府、それぞれの報道をしていました。1週間目で、彼は熱が上がったり下がったり、悪夢と変なものを見る、息が切れる、肺が小さくなるように感じる、実際の彼の肺のレントゲンを見せて自分の状態を見せながら、毎日緊迫した体調と闘って素晴らしい報道をしていました。とても残念です。

ニューヨークのTV番組では、亡くなった人の紹介をしています。医師、看護婦、バスや地下鉄の運転手、マーケットの従業員、みんな人のために働いて亡くなっています。このような英雄を思い、無駄にしないように今頑張ろうと呼びかけています。

以上、ニューヨーカーの目に映っている心配事を書きました。感染は1度でなく3度波のように来ると過去の感染の歴史に照らして、アメリカの専門家たちは警鐘を鳴らしています。そのようにならないとよいけれど、と息を飲んで中国事情を見ています。

2020年4月10日   野上陽子(ニューヨーク市マンハッタン在住、コンサルタント会社を経営)、サイトのご案内  https://www.ynassociates.net/

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セミナー案内

【これから開催されるセミナー】

緊急事態宣言により、しばらくの間セミナー開催は中止させて頂きます。

 

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【これまでに開催されたセミナー】

2021.4.22  認知症対策、さいしょの一歩

2021.4.22  トラブル事例から考える、もめない遺言書の書き方

2020.10.1  個人情報の取扱いの基本

2020.11.5  「おひとりさま」の支援を考える

2020.9.12  相続法改正!改正による我が家への影響は?

2020.9.10  相続法改正!改正による我が家への影響は?

2020.2.19  知ってて安心、災害時の法制度

2019.11.7    アスベスト健康被害救済の現在

2019.12.12  家族信託(民事信託)って何だろう?

2019.10.11  産棄物処理法の基礎

2019.9.20  大きく変わる相続の手続き

2019.9.5   会社経営と認知症対策

2019.5.9  民法改正の保証契約に与える影響について

2019.4.9  民法改正の建築請負契約に与える影響について

2019.3.30   相続法改正セミナー(2)

 

2019.3.28  相続法改正セミナー(2)

2019.2.9    相続法改正セミナー(1)

2019.2.7     相続法改正セミナー(1)

2018.11.15 会社にまつわるインターネット上の問題

2018.9.19  契約実務はここが変わる!~債権法改正のポイント~

2018.7.11  労務管理の常識・非常識

2018.6.21 人口減少時代、バブル期の住宅・建築物のケア

2018.5.25      民法改正③ ~債務不履行、解除、売買・請負の担保責任~

2018.4.13  カンボジアへの日系企業進出の注意点

2018.4.12  平成30年度の税制改正について

2018.3.16     民法改正②~時効、約款、債権譲ほか~

2018.2.8    連邦グループ経営の勘所

2017.11.15  結構使えて助かる助成金制度!

2017.10.26    遺贈って何?相続とどう違うの?

2017.9.19  保証契約を見直しましょう!

~債権法改正を受けた、今後の保証契約のあり方~

2017.8.10 「なんとなく・・・」ではもったいない!

人事評価制度の活用方法

2017.7.25 「個人情報保護法セミナー」

2017.6.20 「賢いリフォームセミナー」

2017.5.23 「税制改正セミナー」

2017.3.22 「事業承継セミナー」

2017.1.26 「粗利改善セミナー」

2016.10.4 「ライフプランノートセミナー」

2016.9.26  「ライフプランノートセミナー」

2016.7.14   「介護業務に伴う事故・クレーム対応に関するセミナー」

2016.3.16  「情報の流出・流入に伴う法律問題~情報管理とセキュリティー」

(建設会社の社内研修)

2016.2.16 「賢い消費者セミナー~土地・建物購入のチェックポイント」

(当事務所にて 建築士 柳澤講次 先生)

2016.1.20 「事業承継と相続」

2015.12.17 「医療とIT-医療における個人情報の保護」(在宅医療クリニックの社内研修)

2015.12.9  「介護業務に伴う事故・クレーム対応」(アイプラザ一宮にて)

2015.11.24 「民法改正が不動産取引に与える影響について」(ウインク愛知にて)

(池田伸之担当、愛知県不動産コンサルティング協会主催セミナー)

2015.10.17 「成年後見人経験者向きセミナー」(東京にて)

2015.10.6      カウンセリングセミナー「カウンセリングの極意から、経営者として、

人の話を聴く、人への理解を深める方法を学びましょう」

2015.9.17    介護事業者セミナー「介護に伴うトラブル・クレーム対応」(岡崎にて)

2015.9.16    独禁法セミナー

(カルテル、公取委の事実認定の手法、課徴金制度、国際動向等、社内研修)

2015.9.2        相続セミナー「子どものいない夫婦、再婚夫婦向けの相続セミナー」

2015.7.10      相続セミナー「間違いだらけの相続対策」(瑞穂区役所にて)

2015.6.2    介護事業者セミナー 「介護事業者に求められる介護水準」(岡崎にて)

2015.4.16  会社役員としての法律知識(役員、執行役員向けの社内研修)

2015.3.31    米国生活セミナー どうしよう!?米国の口座

(相続財産等として米国預金があった場合の回収方法等)

2015.2.3    争族リスク「診断・対策まるごとセミナー」(節税対策を中心に)

2015.2.2    財務セミナー 銀行取引のツボ(銀行の貸付審査等にあたっての着眼点等)

2015.1.22  建設業特化セミナー

(商事留置権による請負代金の保全とその限界について判例傾向を分析)

2014.11.27  争族リスク「診断・対策まるごとセミナー」

2014.9.4   争族リスク「診断・対策まるごとセミナー」

 

民法改正による交通事故の損害賠償請求の影響は?

1 交通事故にかかわる民法の改正点

平成29年5月、「民法の一部を改正する法律」が成立し、120年ぶりの大改正と大きく報道されました。その改正民法が、令和2年4月1日から施行されました。交通事故の損害賠償請求についても、4月1日をもって、適用されるルールが変わりました。

交通事故の損害賠償請求にかかわる大きな改正点として、①消滅時効に関するルール、と②法定利率に関するルールが挙げられます。以下、説明しましょう。

 

2 消滅時効に関するルールの変更について

(1) 人的損害の消滅時効の期間が3年から5年に改正されました

ア 損害賠償請求権を行使できるようになった時、具体的には損害および加害者を知った時から一定期間が経つと、消滅時効が完成し、相手方は消滅時効の完成を主張して損害賠償をまぬがれることができるようになります。今回の改正によって、時効完成までの期間が一部3年から5年に変わりました。

改正前の民法では、「人的損害」も「物的損害」も時効期間に区別はなく一律に、損害賠償請求権を行使できるようになってから3年で、時効が完成するとされていました。なお、「人的損害」とは、生命身体に関する損害、具体的には治療費、けがや後遺症の慰謝料、休業損害などのことで、「物的損害」とは、自動車の修理費用、レッカー費用、レンタカー費用などのことです。

イ 一方、改正民法は人的損害に関してのみ特別に、権利を行使できる期間を3年ではなく5年に変更しました(物的損害は3年のまま)。

交通事故を含む不法行為が問題になる場面では、死亡に至ったり、寝たきり等の重い後遺障害が残るケースなど、人的損害の方が被害が大きく深刻になりやすいこと、また深刻な被害が生じた場合に速やかな権利行使が期待できないという事情があることを考慮したものと考えられます。

 

ウ また、損害賠償請求権を行使できるようになった時(「主観的起算点」といわれます)から進行する時効期間内でも、交通事故日や後遺障害の症状固定日等の「不法行為時」(「客観的起算点」といわれます)から20年を超えると、請求できません。この点については、改正前も後も同じです。

(2) その他関連事項

ア 人的損害の場合、改正前民法の3年の時効期間の間に、改正民法施行日である令和2年4月1日を迎えるケースもありますが、このようなケースは改正民法が適用されます。

イ また、時効に関しては、時効の中断及び停止の事由が、時効の更新及び完成猶予の事由に再編成されました。従前の規定を引きついだ、時効の完成猶予に当たる訴訟提起や時効の更新にあたる判決の確定や承認等については、打つべき手立てが改正の前後で大きく異なるということはなさそうです。

特筆すべきは、改正民法では完成猶予に関して、当事者間で権利に関する協議を行う旨の書面による合意があった場合に時効の完成を猶予する制度が新設されたことです。この制度によって、時効完成直前に時効完成を防ぐために慌てて訴訟提起や調停申し立てなどの手続きを取るような負担が軽減される場面があるかもしれません。

 

3 法定利率の変更とその影響について

(1) 法定利率の変更と遅延損害金の減少

利息が発生するような請求権について、交通事故のように事前に利率を当事者が定めていない場合の利率(「法定利率」といいます)が5%から当面3%に変更され、遅延損害金や中間利息控除の対象となる逸失利益の金額が増減することとなりました。なお、法定利率は3%に固定されず、市中金利に合わせた3年ごとの変動制です。

交通事故による損害賠償も、実際に支払われるまでに長い時間がかかることがあります。そのような場合、交通事故の時点から法定利率による遅延損害金を請求することができます。遅延損害金については、5%から3%に引き下げられることによって、改正前と比べると同じ期間支払いが遅れた場合に請求できる遅延損害金の額は減ることになります。

(2) 法定利率の変更と逸失利益の増加

ア 一方で、逸失利益に関しては、法定利息の引き下げによって、改正前と比べると請求できる金額が増えます。なお、ここで、逸失利益とは、交通事故による損害賠償で、後遺障害が残った場合などに、毎年の収入のうちの一定割合が失われたとして、損害賠償の対象となる利益の減少分のことです。請求できる逸失利益額が増加するのは、中間利息控除に法定利率がかかわってくるためです。

イ まず、将来の受け取る利益を現在の価値に換算する方法と利率の関係について説明します。

今現在手元にある100万円と、1年後にもらう100万円とを比べると、今手元にある100万円の方が価値があります。というのも、仮に利率が年5%だとすると95万2380円を1年運用すれば約100万円になるからです。この場合、95万2380円は、利率5%の場合の1年後の100万円の現在価値といえます。

952,380×1.05≒1,000,000

なお、上記の数式から、95万2380という現在価値は、1年後の将来の利益額100万を利率5%で割り引く、つまり1.05で割ることでも求めることができます。

1,000,000/1.05≒952,380

また、現在価値は、1年後の将来取得すべき利益から、利益を得るまでの期間の利息(「中間利息」といいます)を控除したものと言い換えることができます。

952,380×1.05             ≒1,000,000

(952,380×1)+(952,380×0.05)≒1,000,000

(952,380)+(47,619)        ≒1,000,000

952,380                 ≒1,000,000-47,619

仮に法定利率が3%の場合を検討すると、100万円を利率3%で割り引いた97万0873円が、利率3%の場合の1年後の100万円の現在価値ということになります。

1,000,000/1.03≒970,873

利率5%の場合の現在価値は95万2380円、利率3%の場合の現在価値は97万0873円となり、法定利率が低く中間利息が少なくなるほど、逸失利益が増加します

ウ 以上の説明は、1年後の収入だけに限定した説明です。

例えば10年間にわたり収入失われる場合には、1年後の収入の現在価値だけでなく、2年後の収入の現在価値、3年後の収入の現在価値・・・10年後の収入の現在価値をそれぞれ計算し、合計することになります。

先ほどの例にそくして、年収100万円が10年の間失われるということになると、1年後の収入を割り引いたもの(1,000,000/1.05≒952,380)、2年後の収入を割り引いたもの(1,000,000/(1.05)^2≒907,029)、3年後の収入を割り引いたもの、・・・・10年後の収入を割り引いたもの(1,000,000/(1.05)^10≒613,913)の合計が損害額となります(X^2は、Xの2乗の意味です)。

このような計算をすべて行うのは大変なので、損害の算定の際には、複利の年金原価係数(ライプニッツ係数)を使います。なお、年利5%の場合の10年間のライプニッツ係数は7.722 なので、逸失利益の額は772万2000円となりますし、年利3%の場合の10年間のライプニッツ係数は8.530なので、逸失利益の額は853万円となり、法定利率の差によって、賠償額に大きな差が生じます。

 

4 以上が、民法改正が交通事故による損害賠償請求に与える影響です。

被害者にとって、人的損害について消滅時効の期間が長くなったのは有利な改正だったといえるでしょう。また、事故で大きなけがをして後遺障害が残ったという場合には、法定利率が引き下げられたことによって、結果として逸失利益額が増加することも少なくないでしょう。

とはいえ、改正前後のどちらの法律が適用されるかは被害者の側で選択できるようなものではなく、適正な賠償を得るために改めて特別の手段を講じなければならないといった影響はなさそうです。

民法改正前と同様、実際に適正な賠償を得られるかどうかは、事故直後から適切な治療を受けているか、後遺障害診断書に適切な記載があるか、また、適切な時期に弁護士が介入しているか等の事情によるといえます。

というのも、後遺障害が認められるか否かには後遺障害診断書に適切な記載がなされているかが重要であり、また、相手方保険会社は被害者本人との交渉では裁判で認められる和解金額よりも低廉な和解金額の提案をすることが多いからです。交通事故に遭われた方には、早期に弁護士に相談することを強くお勧めします。

弊所(池田総合法律事務所)では、経験豊富な弁護士がそろっていますので、お気軽にご相談ください。

   〈山下陽平〉

 

刑事事件での『司法取引』について~最近の3事案を参考にして~

平成30年6月1日施行の改正刑事訴訟法で,刑事手続の中に,証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度,いわゆる日本版『司法取引』の制度が導入されました(政府としての略称は「合意制度」です。)。

これまで,

①第1号事案

海外での発電所建設を受注した会社による贈賄事件で,会社が東京地検特捜部と司法取引をし,贈賄をした会社の役員や従業員が不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の事実で訴追された第1号案件

②第2号事案

日産自動車の事案で,会社が東京地検特捜部と司法取引をした事案

③第3号事案

アパレル企業幹部が会社の売上げの一部を横領した業務上横領事案において,会社と東京地検特捜部が司法取引をした事案

が報道等で司法取引が行われたことが明らかになっています。

企業,役職員と刑事司法という極めてシビアな領域での企業法務の話ですので,司法取引制度の概略を以下では説明します。

 

(1)導入の経緯

組織的な犯罪等では,首謀者の関与状況などを解明するためには,組織構成員から必要な情報を取調べの中で検察官が獲得する必要があるため,組織構成員から情報を得られやすくなるように導入されます。

(2)制度概要

いわゆる司法取引制度は,特定の犯罪について,検察官と被疑者・被告人とが,弁護人(弁護士)の同意がある場合に,被疑者・被告人が他人の刑事事件について証拠収集等への協力をし,検察官が協力行為を考慮して,被疑者・被告人本人の事件につき不起訴処分や特定の求刑等(主には求刑を減らすこと)をすることを内容とする合意をするものです。

従って,弁護人(弁護士)がいなければ,この司法取引制度は使えません。

(3)対象犯罪

①租税に関する法律(脱税など)

②独占禁止法違反(談合など)

③金融商品取引法違反,商品先物取引法違反,出資法違反

④贈収賄,特別贈収賄

⑤特別背任

⑥貸金業法違反

⑦銀行法違反,保険業法違反

⑧農業協同組合法違反,消費生活協同組合法違反,水産業協同組合法違反,中小企業等協同組合法違反,信用金庫法違反,労働金庫法違反

⑨不正競争防止法違反

⑩特許法違反等の知的財産関係法違反

⑪犯罪収益移転防止法違反

⑫資金決済法違反

⑬詐欺

などで,刑事訴訟法と政令で定められた犯罪類型(「特定犯罪」)です。

特定犯罪の領域は大変広いものであり,およそ企業活動をするうえで起こりうる犯罪はすべて網羅されているといえるかもしれません。

(4)被疑者・被告人による協力行為

合意の内容にできるのは,他人の刑事事件について,

①検察官や警察官の取調べに際して真実の供述をすること

②証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること

③検察官,警察官による証拠の収集に関し,証拠の提出等の必要な協力をすること

です。

(5)検察官による処分の軽減など

検察官は,

①公訴を提起しない(不起訴)

②論告求刑で,特定の刑を科すべきと意見を述べること

③略式命令の請求をすること(略式罰金)

などの処分の軽減等を合意できます。

ただし,釈放などの身体拘束に関することは合意できないと考えられます。

(6)三者協議

合意のためには,検察官,被疑者・被告人本人,弁護人の三者での協議が必要です。

そして,検察官は,合意に先立ち,弁護人同席のもと,被疑者・被告人本人から他人の刑事事件について供述を求め,これを聴取することができます。

(7)合意の成立

検察官は,三者協議の結果を踏まえ,被疑者・被告人の協力行為により得られる証拠の重要性,関係する犯罪の軽重及び情状などを考慮して,必要と認めるときは,弁護人の同意のもとで,検察官,被疑者・被告人本人,弁護人の三者連署での合意書を作成し,合意が成立します。

(8)合意からの離脱

合意の当事者が合意に違反したときは,検察官や被疑者・被告人は合意から離脱できます。

(9)企業法務への影響

司法取引の導入経緯からすれば,組織犯罪において,例えば末端の構成員の不起訴を前提として,犯罪組織のトップの刑事裁判を目指すというのが,当初もっとも想定されていた事案だったと思われます。

しかし,実際に司法取引がなされた3件の事案は,いずれも会社が,役職員の犯罪につき,検察に協力をするという形での司法取引が行われました。

司法取引と似通った制度として,独占禁止法の課徴金減免制度(リーニエンシー)がありますが,課徴金減免制度では公正取引委員会に最初に申請した事業者以外の事業者は,すべて課徴金という現金を支払うことで終了するものです。

他方,司法取引では,役職員が処罰される場合,役職員の行為により会社が利益を得ていたとしても,その利益は会社に残されたまま,役職員だけに刑罰がかされ,最悪の場合には国家により自由を奪われる懲役刑になる可能性すらあります。

個人に対して懲役を科す可能性すらある司法取引を軽々に検察と行うことは慎重に検討する必要があります。

その検討場面では,刑事手続について詳細に説明でき,捜査機関との折衝もでき,会社の評判の低下を含むダメージをいかにコントロールするかを検討できる弁護士の関与が必要となります。

また,検察などの外部機関を介入させず,会社が速やかに会社内部での不正を把握し,自浄作用をもって自社内で対応していくためには,有意義な内部通報制度の構築や第三者委員会による不正行為の徹底的な調査ができる体制作りが必要不可欠です。

 

司法取引や会社,役職員の不正対応,不正予防など,社内法令遵守(コンプライアンス)体制の充実をご検討されている企業は,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記〉

発明の進歩性判断~「予測できない顕著な効果」~について

発明における解決課題は、従来の技術との対比して判断します。発明が保護に値する進歩性を有するかの判断は、当該発明の構成を当業者が容易に想いを到ることができたか、容易想到性の枠組みで判断することになります。その判断として、評価を根拠づける事実と評価を障碍する(妨げる)事実のないことを検討していきます。

とりわけ、用途発明については、実務上、既存の物の新規な用途における作用が予測できない顕著な効果を有するか否かが、進歩性判断の際に重要な考慮要素とされています。

 

昨年、最高裁は、化合物の医薬用途にかかる特許発明の進歩性について、発明の顕著な効果の有無の判断手法を示し、知財高裁の原判決を破棄する判決を言い渡しました。

事案は、ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤に係る特許 (特許第3068858号) に対する無効審判の審決取消訴訟において、本件特許の進歩性を否定し、審決を取消した知財高裁の判決を破棄し(第四部判決、平成29年(行ケ) 第10003号。以下「原審」といいます。)、事件を知財高裁に差戻したものです(最高裁第三小法廷、令和元年8月27日判決、平成30年(行ヒ)第69号、審決取消請求事件)。

 

事案の特許は、発明の名称を「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」とし、平成7年6月6日に米国でした特許出願に基づく優先権を主張して、翌8年5月3日に特許出願され、平成12年5月19日に設定登録されました。アレルギー性眼疾患を処置するための点眼薬として、公知のオキセピン誘導体である化合物を、ヒト結膜肥満細胞安定化(結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制)の用途に適用する薬剤に関するものです。

 

原審は、優先日の技術水準から予測できる範囲と比較して、顕著な効果がないとして進歩性を否定しました。本件他の化合物について同程度以上のヒスタミン遊離抑制率が記録された文献がその根拠とされています。これに対して、最高裁は、請求項にかかる構成から予測される範囲と比較して顕著な効果の有無を判断すべきであるとの見解を示したものと考えられます。

 

最高裁判決の判旨は、(難解な言い回しでありますが)、要約すると、①特許発明の構成から当業者が予測することができなかったか否か、②構成から当業者が予測することができた範囲を超える顕著な効果であるか否か、という点について、十分に検討する必要があるというものです。そして、化合物を特許発明の用途に適用することが容易に思い至ったことを前提に、判断基準時に他の複数の化合物が知られていたということのみで、直ちに、効果を予測できないほど顕著なものではないと否定してはいけない、と言っています。なお、判決文の言い回しは、末尾に掲げますので、ゆっくり味わってください(*)。この最高裁判決は、今回、予測できない顕著な効果の認定方法を示した初の判断として、重要な意義があると思われ、この判決を受け、知財高裁がどのような判断を下すのか注目されます。

 

進歩性のレベルは経済に与える影響が強いところがあります。複数の先行技術を組み合わせる場合、進歩性の判断には、請求項毎に発明を容易に想到できたことの論理付けができるかが重要です。引用発明の内容や技術常識からみて、様々な観点から論理付けを試みます。引用発明の一致点、相違点を見極め、発明の動機付けとなりうるものがあるか否かなどをよく点検してみることが重要です。相違点に係る構成について進歩性をどう判断するかは、①公知材料の中からの最適材料の選択、②数値範囲の最適化又は好適化、③均等物による置き換え、④技術の具体的適用に伴う設計変更等に加えて、「予想以上の効果はあるか否か」が、要件となります。

 

今回の判断は、進歩性違反の拒絶理由に対し、発明が予測できない顕著な効果を有するときの反論を行う場合の参考となるでしょうし、出願するときには、効果の程度について、明細書に発明の構成から当業者が予測できた範囲の効果を超える顕著なものであることを主張できるように、複数の実施例を記載しておくべきでしょう。

<池田桂子>

 

*「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者 が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する 本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決 を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を 誤った違法があるといわざるを得ない。」

【配偶者居住権が新設されます】

1 相続法の改正により,配偶者居住権(民法新1028条~1036条)が新設され,2020年4月1日以降に発生する相続に適用されます。
配偶者居住権は,被相続人(亡くなった人)の配偶者が,被相続人の死後も,それまで夫婦で住んでいた家に無償で住み続ける権利を確保するための制度です。

2 制度の背景
夫婦の一方が亡くなった場合,残された配偶者はそれまで一緒に住んでいた家に住み続けたいのが通常ですが,それを保障する制度はありませんでした。そのため,配偶者は,確実に家に住み続けるには,遺産分割で,①家の所有権を相続する,②ほかの相続人(例:子ども)が家の所有権を相続した場合は,その相続人と家の賃貸借契約または使用貸借契約を締結する必要があります。
しかし,①の場合,家の評価額が高額になってしまうと,その分,預貯金等他の遺産の取り分が減ってしまい,後の生活に困るという事態もありえます。
また,②は,他の相続人が契約締結に同意してくれないと採れない手段です。
そして,既に高齢の配偶者が,それまでの家に住めなくなってしまった場合,新たに住居を探すのは難しいことが多いと思います。また,他の相続人と仲が良くない場合,他の相続人が配偶者の生活の安定に配慮してくれないことがあります。
以上の状況に照らし,配偶者の居住権保護の実現のために新設されたのが配偶者居住権です。

3 要件,内容
(1) 配偶者居住権が認められる要件(民法1028条)
① 相続開始時に被相続人が建物を所有していたこと
*被相続人と配偶者の共有の場合は問題ありませんが,他に共有者がいる場合はこの要件を満たしません。
② 相続開始時に,配偶者がその建物に居住していたこと
*内縁の場合,「配偶者」の要件を満たしません。
③ 配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割,遺贈,または審判がされたこと
(2) 内容
① 配偶者は,従前の用法に従い*,善良な管理者の注意をもって,建物を使用収益しなければいけません(民法1032条1項)。
*居住用にしていた場所を配偶者居住権取得後に賃貸物件化することはできません。
② 存続期間は原則として終身の間です(民法1030条)。
③ 配偶者居住権の譲渡はできません(民法1032条2項)。
④ 建物の増改築,転貸には所有者の承諾が必要です(民法1032条3項)。
⑤ 建物使用に必要な修繕費は配偶者負担です(民法1033条1項)。
⑥ 通常の必要費(例:固定資産税)は配偶者負担です(民法1034条)
*ただし,固定資産税は,税法上は所有者が納税者なので,一旦は所有者が支払い,所有者から配偶者に求償することになります。
⑦ 所有者は配偶者に配偶者居住権の設定登記を備えさせる義務を負い,配偶者は
設定登記をすれば,第三者に配偶者居住権を対抗できます(民法1031条)。

4 配偶者居住権のメリット
前述のとおり,配偶者居住権を取得した配偶者は,居住権以外の,預貯金等の遺産を確保しつつ,住み慣れた家に無償で住み続けることができます。
また,配偶者居住権の設定は,相続税の節税にもなりえます。

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【例】

①夫が死亡し,戸建て住宅とその敷地が遺産として遺された。相続人は妻と子供。

⇒妻が配偶者居住権と敷地の利用権を取得・子供が配偶者居住権の負担付きの戸建て住宅,敷地の所有権を取得

②妻が死亡し,妻の相続が発生(二次相続)

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①の段階では,小規模宅地等の特例の適用を受けられることがあります。小規模宅地等の特例は,個人が,被相続人または被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族の事業用または居住用に使用されていた宅地または宅地上に存する権利(併せて「宅地等」といいます。)のうち,一定の区分に該当するものについて,その土地のうち一定の面積まで,相続税の計算上,課税価格を50%または80%の割合で減額する制度です。
被相続人とその妻が住んでいた戸建て住宅と敷地の場合,妻が配偶者居住権と同時に取得した敷地の利用権は,「特定居住用宅地等」として,小規模宅地等の特例の適用を受けられます。また,子供が相続開始時に被相続人と当該戸建て住宅で同居していた等の場合,子供も小規模宅地等の特例の適用を受けられます。

次に,②の段階では,妻が死亡することで配偶者居住権が消滅しますので,配偶者居住権は妻の遺産に含まれず相続の対象になりません。そうすると,②の相続で,配偶者居住権に相続税がかかることはなく,子供は相続税を節約しつつ,配偶者居住権の負担のない完全な所有権を取得します。また,負担のない完全な所有権になることで,所有権の価値が増加していますが,財務省が2019年7月に発表した「令和元年度税制改正の解説」のうち「相続税法の改正」によると,その価値増加分に対して課税はされません。

5 以上のとおり,配偶者居住権には,配偶者の老後の生活の安定,節税といったメリットがありますが,配偶者居住権が設定された不動産を好んで買う人はほぼいないと思われますので,今後住宅,土地を売却して何かに用立てたい相続人にとっては好ましくない一面があることも確かです。そのため,遺産分割協議で配偶者居住権を設定しようと考えても,反発する相続人が現れて協議がまとまらないことも予想されます。配偶者居住権に関しお悩みの方はぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。<藪内遥>