民法改正による交通事故の損害賠償請求の影響は?

1 交通事故にかかわる民法の改正点

平成29年5月、「民法の一部を改正する法律」が成立し、120年ぶりの大改正と大きく報道されました。その改正民法が、令和2年4月1日から施行されました。交通事故の損害賠償請求についても、4月1日をもって、適用されるルールが変わりました。

交通事故の損害賠償請求にかかわる大きな改正点として、①消滅時効に関するルール、と②法定利率に関するルールが挙げられます。以下、説明しましょう。

 

2 消滅時効に関するルールの変更について

(1) 人的損害の消滅時効の期間が3年から5年に改正されました

ア 損害賠償請求権を行使できるようになった時、具体的には損害および加害者を知った時から一定期間が経つと、消滅時効が完成し、相手方は消滅時効の完成を主張して損害賠償をまぬがれることができるようになります。今回の改正によって、時効完成までの期間が一部3年から5年に変わりました。

改正前の民法では、「人的損害」も「物的損害」も時効期間に区別はなく一律に、損害賠償請求権を行使できるようになってから3年で、時効が完成するとされていました。なお、「人的損害」とは、生命身体に関する損害、具体的には治療費、けがや後遺症の慰謝料、休業損害などのことで、「物的損害」とは、自動車の修理費用、レッカー費用、レンタカー費用などのことです。

イ 一方、改正民法は人的損害に関してのみ特別に、権利を行使できる期間を3年ではなく5年に変更しました(物的損害は3年のまま)。

交通事故を含む不法行為が問題になる場面では、死亡に至ったり、寝たきり等の重い後遺障害が残るケースなど、人的損害の方が被害が大きく深刻になりやすいこと、また深刻な被害が生じた場合に速やかな権利行使が期待できないという事情があることを考慮したものと考えられます。

 

ウ また、損害賠償請求権を行使できるようになった時(「主観的起算点」といわれます)から進行する時効期間内でも、交通事故日や後遺障害の症状固定日等の「不法行為時」(「客観的起算点」といわれます)から20年を超えると、請求できません。この点については、改正前も後も同じです。

(2) その他関連事項

ア 人的損害の場合、改正前民法の3年の時効期間の間に、改正民法施行日である令和2年4月1日を迎えるケースもありますが、このようなケースは改正民法が適用されます。

イ また、時効に関しては、時効の中断及び停止の事由が、時効の更新及び完成猶予の事由に再編成されました。従前の規定を引きついだ、時効の完成猶予に当たる訴訟提起や時効の更新にあたる判決の確定や承認等については、打つべき手立てが改正の前後で大きく異なるということはなさそうです。

特筆すべきは、改正民法では完成猶予に関して、当事者間で権利に関する協議を行う旨の書面による合意があった場合に時効の完成を猶予する制度が新設されたことです。この制度によって、時効完成直前に時効完成を防ぐために慌てて訴訟提起や調停申し立てなどの手続きを取るような負担が軽減される場面があるかもしれません。

 

3 法定利率の変更とその影響について

(1) 法定利率の変更と遅延損害金の減少

利息が発生するような請求権について、交通事故のように事前に利率を当事者が定めていない場合の利率(「法定利率」といいます)が5%から当面3%に変更され、遅延損害金や中間利息控除の対象となる逸失利益の金額が増減することとなりました。なお、法定利率は3%に固定されず、市中金利に合わせた3年ごとの変動制です。

交通事故による損害賠償も、実際に支払われるまでに長い時間がかかることがあります。そのような場合、交通事故の時点から法定利率による遅延損害金を請求することができます。遅延損害金については、5%から3%に引き下げられることによって、改正前と比べると同じ期間支払いが遅れた場合に請求できる遅延損害金の額は減ることになります。

(2) 法定利率の変更と逸失利益の増加

ア 一方で、逸失利益に関しては、法定利息の引き下げによって、改正前と比べると請求できる金額が増えます。なお、ここで、逸失利益とは、交通事故による損害賠償で、後遺障害が残った場合などに、毎年の収入のうちの一定割合が失われたとして、損害賠償の対象となる利益の減少分のことです。請求できる逸失利益額が増加するのは、中間利息控除に法定利率がかかわってくるためです。

イ まず、将来の受け取る利益を現在の価値に換算する方法と利率の関係について説明します。

今現在手元にある100万円と、1年後にもらう100万円とを比べると、今手元にある100万円の方が価値があります。というのも、仮に利率が年5%だとすると95万2380円を1年運用すれば約100万円になるからです。この場合、95万2380円は、利率5%の場合の1年後の100万円の現在価値といえます。

952,380×1.05≒1,000,000

なお、上記の数式から、95万2380という現在価値は、1年後の将来の利益額100万を利率5%で割り引く、つまり1.05で割ることでも求めることができます。

1,000,000/1.05≒952,380

また、現在価値は、1年後の将来取得すべき利益から、利益を得るまでの期間の利息(「中間利息」といいます)を控除したものと言い換えることができます。

952,380×1.05             ≒1,000,000

(952,380×1)+(952,380×0.05)≒1,000,000

(952,380)+(47,619)        ≒1,000,000

952,380                 ≒1,000,000-47,619

仮に法定利率が3%の場合を検討すると、100万円を利率3%で割り引いた97万0873円が、利率3%の場合の1年後の100万円の現在価値ということになります。

1,000,000/1.03≒970,873

利率5%の場合の現在価値は95万2380円、利率3%の場合の現在価値は97万0873円となり、法定利率が低く中間利息が少なくなるほど、逸失利益が増加します

ウ 以上の説明は、1年後の収入だけに限定した説明です。

例えば10年間にわたり収入失われる場合には、1年後の収入の現在価値だけでなく、2年後の収入の現在価値、3年後の収入の現在価値・・・10年後の収入の現在価値をそれぞれ計算し、合計することになります。

先ほどの例にそくして、年収100万円が10年の間失われるということになると、1年後の収入を割り引いたもの(1,000,000/1.05≒952,380)、2年後の収入を割り引いたもの(1,000,000/(1.05)^2≒907,029)、3年後の収入を割り引いたもの、・・・・10年後の収入を割り引いたもの(1,000,000/(1.05)^10≒613,913)の合計が損害額となります(X^2は、Xの2乗の意味です)。

このような計算をすべて行うのは大変なので、損害の算定の際には、複利の年金原価係数(ライプニッツ係数)を使います。なお、年利5%の場合の10年間のライプニッツ係数は7.722 なので、逸失利益の額は772万2000円となりますし、年利3%の場合の10年間のライプニッツ係数は8.530なので、逸失利益の額は853万円となり、法定利率の差によって、賠償額に大きな差が生じます。

 

4 以上が、民法改正が交通事故による損害賠償請求に与える影響です。

被害者にとって、人的損害について消滅時効の期間が長くなったのは有利な改正だったといえるでしょう。また、事故で大きなけがをして後遺障害が残ったという場合には、法定利率が引き下げられたことによって、結果として逸失利益額が増加することも少なくないでしょう。

とはいえ、改正前後のどちらの法律が適用されるかは被害者の側で選択できるようなものではなく、適正な賠償を得るために改めて特別の手段を講じなければならないといった影響はなさそうです。

民法改正前と同様、実際に適正な賠償を得られるかどうかは、事故直後から適切な治療を受けているか、後遺障害診断書に適切な記載があるか、また、適切な時期に弁護士が介入しているか等の事情によるといえます。

というのも、後遺障害が認められるか否かには後遺障害診断書に適切な記載がなされているかが重要であり、また、相手方保険会社は被害者本人との交渉では裁判で認められる和解金額よりも低廉な和解金額の提案をすることが多いからです。交通事故に遭われた方には、早期に弁護士に相談することを強くお勧めします。

弊所(池田総合法律事務所)では、経験豊富な弁護士がそろっていますので、お気軽にご相談ください。

   〈山下陽平〉

 

刑事事件での『司法取引』について~最近の3事案を参考にして~

平成30年6月1日施行の改正刑事訴訟法で,刑事手続の中に,証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度,いわゆる日本版『司法取引』の制度が導入されました(政府としての略称は「合意制度」です。)。

これまで,

①第1号事案

海外での発電所建設を受注した会社による贈賄事件で,会社が東京地検特捜部と司法取引をし,贈賄をした会社の役員や従業員が不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の事実で訴追された第1号案件

②第2号事案

日産自動車の事案で,会社が東京地検特捜部と司法取引をした事案

③第3号事案

アパレル企業幹部が会社の売上げの一部を横領した業務上横領事案において,会社と東京地検特捜部が司法取引をした事案

が報道等で司法取引が行われたことが明らかになっています。

企業,役職員と刑事司法という極めてシビアな領域での企業法務の話ですので,司法取引制度の概略を以下では説明します。

 

(1)導入の経緯

組織的な犯罪等では,首謀者の関与状況などを解明するためには,組織構成員から必要な情報を取調べの中で検察官が獲得する必要があるため,組織構成員から情報を得られやすくなるように導入されます。

(2)制度概要

いわゆる司法取引制度は,特定の犯罪について,検察官と被疑者・被告人とが,弁護人(弁護士)の同意がある場合に,被疑者・被告人が他人の刑事事件について証拠収集等への協力をし,検察官が協力行為を考慮して,被疑者・被告人本人の事件につき不起訴処分や特定の求刑等(主には求刑を減らすこと)をすることを内容とする合意をするものです。

従って,弁護人(弁護士)がいなければ,この司法取引制度は使えません。

(3)対象犯罪

①租税に関する法律(脱税など)

②独占禁止法違反(談合など)

③金融商品取引法違反,商品先物取引法違反,出資法違反

④贈収賄,特別贈収賄

⑤特別背任

⑥貸金業法違反

⑦銀行法違反,保険業法違反

⑧農業協同組合法違反,消費生活協同組合法違反,水産業協同組合法違反,中小企業等協同組合法違反,信用金庫法違反,労働金庫法違反

⑨不正競争防止法違反

⑩特許法違反等の知的財産関係法違反

⑪犯罪収益移転防止法違反

⑫資金決済法違反

⑬詐欺

などで,刑事訴訟法と政令で定められた犯罪類型(「特定犯罪」)です。

特定犯罪の領域は大変広いものであり,およそ企業活動をするうえで起こりうる犯罪はすべて網羅されているといえるかもしれません。

(4)被疑者・被告人による協力行為

合意の内容にできるのは,他人の刑事事件について,

①検察官や警察官の取調べに際して真実の供述をすること

②証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること

③検察官,警察官による証拠の収集に関し,証拠の提出等の必要な協力をすること

です。

(5)検察官による処分の軽減など

検察官は,

①公訴を提起しない(不起訴)

②論告求刑で,特定の刑を科すべきと意見を述べること

③略式命令の請求をすること(略式罰金)

などの処分の軽減等を合意できます。

ただし,釈放などの身体拘束に関することは合意できないと考えられます。

(6)三者協議

合意のためには,検察官,被疑者・被告人本人,弁護人の三者での協議が必要です。

そして,検察官は,合意に先立ち,弁護人同席のもと,被疑者・被告人本人から他人の刑事事件について供述を求め,これを聴取することができます。

(7)合意の成立

検察官は,三者協議の結果を踏まえ,被疑者・被告人の協力行為により得られる証拠の重要性,関係する犯罪の軽重及び情状などを考慮して,必要と認めるときは,弁護人の同意のもとで,検察官,被疑者・被告人本人,弁護人の三者連署での合意書を作成し,合意が成立します。

(8)合意からの離脱

合意の当事者が合意に違反したときは,検察官や被疑者・被告人は合意から離脱できます。

(9)企業法務への影響

司法取引の導入経緯からすれば,組織犯罪において,例えば末端の構成員の不起訴を前提として,犯罪組織のトップの刑事裁判を目指すというのが,当初もっとも想定されていた事案だったと思われます。

しかし,実際に司法取引がなされた3件の事案は,いずれも会社が,役職員の犯罪につき,検察に協力をするという形での司法取引が行われました。

司法取引と似通った制度として,独占禁止法の課徴金減免制度(リーニエンシー)がありますが,課徴金減免制度では公正取引委員会に最初に申請した事業者以外の事業者は,すべて課徴金という現金を支払うことで終了するものです。

他方,司法取引では,役職員が処罰される場合,役職員の行為により会社が利益を得ていたとしても,その利益は会社に残されたまま,役職員だけに刑罰がかされ,最悪の場合には国家により自由を奪われる懲役刑になる可能性すらあります。

個人に対して懲役を科す可能性すらある司法取引を軽々に検察と行うことは慎重に検討する必要があります。

その検討場面では,刑事手続について詳細に説明でき,捜査機関との折衝もでき,会社の評判の低下を含むダメージをいかにコントロールするかを検討できる弁護士の関与が必要となります。

また,検察などの外部機関を介入させず,会社が速やかに会社内部での不正を把握し,自浄作用をもって自社内で対応していくためには,有意義な内部通報制度の構築や第三者委員会による不正行為の徹底的な調査ができる体制作りが必要不可欠です。

 

司法取引や会社,役職員の不正対応,不正予防など,社内法令遵守(コンプライアンス)体制の充実をご検討されている企業は,池田総合法律事務所に一度ご相談ください。

〈小澤尚記〉

発明の進歩性判断~「予測できない顕著な効果」~について

発明における解決課題は、従来の技術との対比して判断します。発明が保護に値する進歩性を有するかの判断は、当該発明の構成を当業者が容易に想いを到ることができたか、容易想到性の枠組みで判断することになります。その判断として、評価を根拠づける事実と評価を障碍する(妨げる)事実のないことを検討していきます。

とりわけ、用途発明については、実務上、既存の物の新規な用途における作用が予測できない顕著な効果を有するか否かが、進歩性判断の際に重要な考慮要素とされています。

 

昨年、最高裁は、化合物の医薬用途にかかる特許発明の進歩性について、発明の顕著な効果の有無の判断手法を示し、知財高裁の原判決を破棄する判決を言い渡しました。

事案は、ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤に係る特許 (特許第3068858号) に対する無効審判の審決取消訴訟において、本件特許の進歩性を否定し、審決を取消した知財高裁の判決を破棄し(第四部判決、平成29年(行ケ) 第10003号。以下「原審」といいます。)、事件を知財高裁に差戻したものです(最高裁第三小法廷、令和元年8月27日判決、平成30年(行ヒ)第69号、審決取消請求事件)。

 

事案の特許は、発明の名称を「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」とし、平成7年6月6日に米国でした特許出願に基づく優先権を主張して、翌8年5月3日に特許出願され、平成12年5月19日に設定登録されました。アレルギー性眼疾患を処置するための点眼薬として、公知のオキセピン誘導体である化合物を、ヒト結膜肥満細胞安定化(結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制)の用途に適用する薬剤に関するものです。

 

原審は、優先日の技術水準から予測できる範囲と比較して、顕著な効果がないとして進歩性を否定しました。本件他の化合物について同程度以上のヒスタミン遊離抑制率が記録された文献がその根拠とされています。これに対して、最高裁は、請求項にかかる構成から予測される範囲と比較して顕著な効果の有無を判断すべきであるとの見解を示したものと考えられます。

 

最高裁判決の判旨は、(難解な言い回しでありますが)、要約すると、①特許発明の構成から当業者が予測することができなかったか否か、②構成から当業者が予測することができた範囲を超える顕著な効果であるか否か、という点について、十分に検討する必要があるというものです。そして、化合物を特許発明の用途に適用することが容易に思い至ったことを前提に、判断基準時に他の複数の化合物が知られていたということのみで、直ちに、効果を予測できないほど顕著なものではないと否定してはいけない、と言っています。なお、判決文の言い回しは、末尾に掲げますので、ゆっくり味わってください(*)。この最高裁判決は、今回、予測できない顕著な効果の認定方法を示した初の判断として、重要な意義があると思われ、この判決を受け、知財高裁がどのような判断を下すのか注目されます。

 

進歩性のレベルは経済に与える影響が強いところがあります。複数の先行技術を組み合わせる場合、進歩性の判断には、請求項毎に発明を容易に想到できたことの論理付けができるかが重要です。引用発明の内容や技術常識からみて、様々な観点から論理付けを試みます。引用発明の一致点、相違点を見極め、発明の動機付けとなりうるものがあるか否かなどをよく点検してみることが重要です。相違点に係る構成について進歩性をどう判断するかは、①公知材料の中からの最適材料の選択、②数値範囲の最適化又は好適化、③均等物による置き換え、④技術の具体的適用に伴う設計変更等に加えて、「予想以上の効果はあるか否か」が、要件となります。

 

今回の判断は、進歩性違反の拒絶理由に対し、発明が予測できない顕著な効果を有するときの反論を行う場合の参考となるでしょうし、出願するときには、効果の程度について、明細書に発明の構成から当業者が予測できた範囲の効果を超える顕著なものであることを主張できるように、複数の実施例を記載しておくべきでしょう。

<池田桂子>

 

*「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者 が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する 本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決 を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を 誤った違法があるといわざるを得ない。」

【配偶者居住権が新設されます】

1 相続法の改正により,配偶者居住権(民法新1028条~1036条)が新設され,2020年4月1日以降に発生する相続に適用されます。
配偶者居住権は,被相続人(亡くなった人)の配偶者が,被相続人の死後も,それまで夫婦で住んでいた家に無償で住み続ける権利を確保するための制度です。

2 制度の背景
夫婦の一方が亡くなった場合,残された配偶者はそれまで一緒に住んでいた家に住み続けたいのが通常ですが,それを保障する制度はありませんでした。そのため,配偶者は,確実に家に住み続けるには,遺産分割で,①家の所有権を相続する,②ほかの相続人(例:子ども)が家の所有権を相続した場合は,その相続人と家の賃貸借契約または使用貸借契約を締結する必要があります。
しかし,①の場合,家の評価額が高額になってしまうと,その分,預貯金等他の遺産の取り分が減ってしまい,後の生活に困るという事態もありえます。
また,②は,他の相続人が契約締結に同意してくれないと採れない手段です。
そして,既に高齢の配偶者が,それまでの家に住めなくなってしまった場合,新たに住居を探すのは難しいことが多いと思います。また,他の相続人と仲が良くない場合,他の相続人が配偶者の生活の安定に配慮してくれないことがあります。
以上の状況に照らし,配偶者の居住権保護の実現のために新設されたのが配偶者居住権です。

3 要件,内容
(1) 配偶者居住権が認められる要件(民法1028条)
① 相続開始時に被相続人が建物を所有していたこと
*被相続人と配偶者の共有の場合は問題ありませんが,他に共有者がいる場合はこの要件を満たしません。
② 相続開始時に,配偶者がその建物に居住していたこと
*内縁の場合,「配偶者」の要件を満たしません。
③ 配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割,遺贈,または審判がされたこと
(2) 内容
① 配偶者は,従前の用法に従い*,善良な管理者の注意をもって,建物を使用収益しなければいけません(民法1032条1項)。
*居住用にしていた場所を配偶者居住権取得後に賃貸物件化することはできません。
② 存続期間は原則として終身の間です(民法1030条)。
③ 配偶者居住権の譲渡はできません(民法1032条2項)。
④ 建物の増改築,転貸には所有者の承諾が必要です(民法1032条3項)。
⑤ 建物使用に必要な修繕費は配偶者負担です(民法1033条1項)。
⑥ 通常の必要費(例:固定資産税)は配偶者負担です(民法1034条)
*ただし,固定資産税は,税法上は所有者が納税者なので,一旦は所有者が支払い,所有者から配偶者に求償することになります。
⑦ 所有者は配偶者に配偶者居住権の設定登記を備えさせる義務を負い,配偶者は
設定登記をすれば,第三者に配偶者居住権を対抗できます(民法1031条)。

4 配偶者居住権のメリット
前述のとおり,配偶者居住権を取得した配偶者は,居住権以外の,預貯金等の遺産を確保しつつ,住み慣れた家に無償で住み続けることができます。
また,配偶者居住権の設定は,相続税の節税にもなりえます。

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【例】

①夫が死亡し,戸建て住宅とその敷地が遺産として遺された。相続人は妻と子供。

⇒妻が配偶者居住権と敷地の利用権を取得・子供が配偶者居住権の負担付きの戸建て住宅,敷地の所有権を取得

②妻が死亡し,妻の相続が発生(二次相続)

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①の段階では,小規模宅地等の特例の適用を受けられることがあります。小規模宅地等の特例は,個人が,被相続人または被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族の事業用または居住用に使用されていた宅地または宅地上に存する権利(併せて「宅地等」といいます。)のうち,一定の区分に該当するものについて,その土地のうち一定の面積まで,相続税の計算上,課税価格を50%または80%の割合で減額する制度です。
被相続人とその妻が住んでいた戸建て住宅と敷地の場合,妻が配偶者居住権と同時に取得した敷地の利用権は,「特定居住用宅地等」として,小規模宅地等の特例の適用を受けられます。また,子供が相続開始時に被相続人と当該戸建て住宅で同居していた等の場合,子供も小規模宅地等の特例の適用を受けられます。

次に,②の段階では,妻が死亡することで配偶者居住権が消滅しますので,配偶者居住権は妻の遺産に含まれず相続の対象になりません。そうすると,②の相続で,配偶者居住権に相続税がかかることはなく,子供は相続税を節約しつつ,配偶者居住権の負担のない完全な所有権を取得します。また,負担のない完全な所有権になることで,所有権の価値が増加していますが,財務省が2019年7月に発表した「令和元年度税制改正の解説」のうち「相続税法の改正」によると,その価値増加分に対して課税はされません。

5 以上のとおり,配偶者居住権には,配偶者の老後の生活の安定,節税といったメリットがありますが,配偶者居住権が設定された不動産を好んで買う人はほぼいないと思われますので,今後住宅,土地を売却して何かに用立てたい相続人にとっては好ましくない一面があることも確かです。そのため,遺産分割協議で配偶者居住権を設定しようと考えても,反発する相続人が現れて協議がまとまらないことも予想されます。配偶者居住権に関しお悩みの方はぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。<藪内遥>

遺産分割の仕方により、相続税総額が違ってくることはご存知ですか。

相続税の金額を計算するにあたって、相続税の総額を計算したうえで、各人の取得した遺産の割合に応じて相続税額が割り付けられるため、遺産分割の仕方によって、各人の負担する相続税が異なるのは当然としても、相続税の総額は変わらないのではないかと思い勝ちですが、相続債務があるとき等、遺産分割の仕方により、相続税の総額が大きく異なってくることがあります。

 

例をあげます。相続人が、兄弟2人で、遺産としては、自宅1億円、収益物件のマンション2億円の計3億円ですが、マンションの建築のためのローンが3億円残っているとします。この場合、遺産合計3億円、債務3億円で、差し引き0なので、どのように遺産分割をしても、相続税総額は変わらないと考えていいでしょうか。

 

気を付けなくてはいけないのは、はじめに、相続額の総額を計算する際には、「『各人』の取得した遺産の課税価格」を計算して、それを合計するので、いきなり遺産の合計を出すわけではないということです。同じではないかと思われますが、債務が存在する場合には、同じ結果になりません。

 

この例で、長男が自宅、次男がマンションを取得し、債務はマンションを引き継いだ次男が承継して支払うことで、遺産分割をしたとします。

このとき、次男の遺産の課税価格を計算するときには、2億円-3億円=マイナス1億円となりますが、マイナスのときは、マイナスのまま総額を計算するのではなく、0円となり、そのうえで、合計されます。したがって、上の場合には、課税価格の合計は、

 

(長男分)    (次男分)

1億円 +  (2億円-3億円)= 0 ではなく、

1億円 +    0円    = 1億円となります。

 

これが、基礎控除の範囲内に収まれば、相続税は課税されませんが、上記の場合は、基礎控除額は3000万円+600×2=4200万円ですので、1億円-4200万円=5800万円が課税遺産総額となり、相続税が課されます。

 

上の例で、法定相続分のとおり、遺産も債務も取得、負担するということになると、長男、次男の課税価格はそれぞれ1億×1/2+2億円×1/2-3億円×1/2=0となり、相続税の課税はありません。

 

収益物件を取得する相続人が、その収益物件建築のための借入債務を負担するのは、自然なことです。一方、相続税法上の評価としては、残ローンが物件の相続税法上の評価額を上回ることがあっても、実際の物件価格(時価)はその収益性等からローンを上回ることは十分ありうる話で、マイナスの形の課税価格となる相続人がいることも、珍しくありません。

 

上の例のように、取得した遺産の課税価格がマイナスとなる相続人がいる場合には注意が必要で、相続税の負担のことも念頭において、遺産分割の協議をする必要があります。

         (池田伸之)

法定相続情報証明制度について

法定相続情報証明制度をご存知ですか。あまり耳にしたことの無い方も多いと思います。今回は同制度の内容や手続き等について簡単にご紹介したいと思います。

1.法定相続情報証明制度とは

法定相続情報証明制度は、2017年5月29日に新しく開始した制度で、亡くなった方(被相続人)と相続人(法定相続人に限る)との相続関係等を証明するための制度です。

従来の相続手続では、被相続人が生前所有していた不動産の相続登記や預金の引き出しを行う際、被相続人と相続人の相続関係を証明するために、戸籍謄本等を遡って取得し、取得した戸籍謄本等の束を各窓口に提出することが必要でした。

戸籍謄本等の取得には、時間や費用がかかる上、各窓口では通常、原本の提示が要求されるため、同時に諸手続きを進めようとすると、行う手続きの数だけ戸籍謄本等を取得する必要があります。

法定相続情報証明制度を利用すると、登記官により、被相続人と相続人がどのような間柄なのかという情報を証明する法定相続情報一覧図の写しが発行されますので、同一覧図の写しを提出することで各種相続手続きが行えるようになります。戸籍謄本等の束を何度も取得し、提出する必要がなくなるので、大変便利な制度と言えます。

一度法定相続情報証明制度の申出手続きを行うと、認証文が付記された法定相続情報一覧図の写しを何通でも無料で取得することが出来ます。

なお、同制度の利用は任意なので、同制度を利用せず、従来の方法によることも可能です。

 

2.法定相続情報証明制度が利用できるケース

法定相続情報証明制度は、主に次のケースで利用することが想定されます。

ア.不動産の相続登記

イ.預貯金の名義変更や解約

民間の金融機関について同制度が利用できるか否かは、各金融機関の判断に委ねられています。現在、多くの金融機関で同制度の利用が可能ですが、一部利用できない金融機関もあります。

ウ.相続税申告

 

3.法定相続情報証明制度の手続き

法定相続情報証明制度を利用するには、次のような流れで手続きを行います。

(1)必要書類の収集

必要書類は各相続により異なりますが、必ず必要となるのは次の書類です。

ア.被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本と除籍謄本

イ.被相続人の住民票の除票

ウ.相続人全員の戸籍謄本または戸籍抄本

エ.申出人の本人確認書類

他に、各相続人の住民票記載事項証明書(住民票の写し)等が必要となる場合があります。

(2)法定相続情報一覧図及び申出書の作成

被相続人と法定相続人全員の関係を記載した法定相続情報一覧図を作成します。ここには、相続放棄をした人、相続欠格の人、遺産分割協議の結果相続しないことになった法定相続人についても全て記載します。

申出書は、登記所に法定相続情報証明制度の利用を申し出るための書類で、正式には「法定相続情報一覧図の保管及び交付の申出書」といいます。法務局のHPにテンプレートがあります。

(3)登記所へ提出

上記(1)(2)で収集、作成した書類を登記所に提出します。次のいずれかの住所地を管轄する登記所を選択して提出することができます。

・被相続人の死亡時の本籍地

・被相続人の最後の住所地

・申出人の住所地

・被相続人名義の不動産の所在地

手続きとしては、以上で終了です。

登記官による確認が終了し、認証文が付記された法定相続情報一覧図の写しが交付されるようになるまでの期間は登記所によって異なりますが、数日から数週間かかります。

 

法定相続情報証明制度を利用するためには、上記手続きが必要となるので、同制度を利用する方が良いのか、迷う方もいると思います。

まだ利用件数はそれほど多くないようですが、一般的には、相続財産に不動産や金融機関口座などが多ければ多いほど、行う手続きの数が増えるので、法定相続情報証明制度を利用するメリットが大きくなると言えます。

戸籍謄本等必要書類の取得や法定相続情報一覧図の作成等には、ある程度専門知識が必要となりますので、手続きの利用を考えたいという方は、池田総合法律事務所までご相談下さい。

法定相続情報一覧図の例

以上

(石田美果)

野上陽子の摩天楼ダイアリー④

「 今回の日本旅行で感じた事 その2 ~街角での良い?習慣について~ 」

 

今回の日本旅行で感じた事の第2弾です。日本でも、かつては、早朝、家の周りを掃き清めたりして、きれいにする習慣がありました。今も、見かける地域もありますが、かつてよりは少なくなった気がします。

ところで、家の周りをきれいに片付けておくのは、ニューヨークでは義務です。マンハッタンは管理費に歩道の整備と清掃費が含まれています。ビルの前の歩道はビル管理、車道は市の管理部分です。歩道の穴に氷が張って人が転ぶとビルの責任になります。お店の前の清掃もお店の責任で道路にゴミが有れば罰金、駐車違反も罰金、何もかもが罰金が付いて回ります。歩道で怪我人が出ると補償問題で裁判にもなります。

日本はどこも本当にきれいです。きれいにする習慣を訪れた観光客が学んでくれると良いのですが、きれいなところにペットボトルや食べ残しをその場に置いていく悪い習慣はなかなか治らないようです。

さて、昨年年末は(今回は)ちょうど、ハロウィンの時期の帰国でした。ニューヨークで見るNHKニュースからの印象ではハロインの東京はどこもが大変という印象でした。それが渋谷のような本当に限られた場所での大騒ぎだと初めて知りました。DJポリスと呼ばれるような警官もいて、警察官がマイクロホンで歩行者に注意を促していながら起きるいざこざや違法行為など報道されていていました。

ニューヨークだったらどうなのかと考えました。ハロインでは警官はマイクロフォンで注意をしません。違法行為が行われれば直ちにその場で手錠をかけ警察所へ連行します。警官は、罰金行為で有ればその場でチケットを切り、罰金を納めるか裁判所に出頭するかの選択が有ります。米国では知らなかったでは済まされませんから、気を付けないとなりません。

ニューヨーク1月1日0時のタイムズスクエアでの年越しの状況は世界的に有名ですが、その周り10ブロックはバックパック禁止、傘禁止です。バッグ検査も有り警戒厳重です。日本の初詣でバッグ検査は無いですし、テロ事件の心配もありません。

それからニューヨークのビルはどこも警備の為、写真入り身分証明が必要です。弁護士事務所が入っているビルなどは、その場で写真も撮ります。2020年からは、国内線の空港で写真入り身分証明書(今までの運転免許証)では飛行機に乗れません。州発行の新運転免許証は、もっと多くの資料が書き込まれているそうで、新しい運転免許証か、またはパスポートを提示しないとなりません。日本では警備員に身分証明書を見せませんし、空港で切符と身分証明書を提示しなくても良いのが、何時まで続くでしょうか。アジアへ旅行に行った時に日本パスポートが高く売れると聞いたことが有ります。指紋も偽造するそうです。

 

街角を歩くにもさまざまなルールがあるようです。こんなことを知るのも、それぞれの街角で安全にそして気持ちよく暮らすためのルールがあるということなのでしょう。

ニューヨークに来られた時には、その土地のルールやマナーにご注意を!

 

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野上陽子の摩天楼ダイアリー③

「 今回の日本旅行で感じた事 その1 ~出入国について~ 」

 

明けましておめでとうございます。お読みいただき感謝申し上げます。どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。

 

大晦日にカルロス・ゴーン氏の日本脱出が話題となり、ニューヨークでも話題となっています。真相が次第に明らかになってきましたが、出入国の管理は国により、大きく異なります。

昨年11月から12月にかけて、仕事の関係でニューヨークから出かけ、日本に滞在しました。改めて、日本での「出入国」の手続きについて、感じたところがありますので、書いてみました。皆さんはどんな感想をお持ちでしょうか。

日本は、世界の中で然も安全な国だと旅行者は感じています。安全、時間に正確な鉄道、公共施設が綺麗です。何度も行き来している日本、今回、羽田空港では、今までよりも待たされずに入国出来ました。それというのも、日本の入国手続きは、顔認識と指紋、パスポートの検査が早いです。でもこんなに早くて大丈夫なのかしら?と思うのは私だけでしょうか。

それから出国時にはパスポートと上半身の認識だけでスタンプなしです。上半身の認識は気になりました、どこまで正確なのでしょうか? i-phoneは指紋認識か顔認識ですが、顔認識は正確ではなく、双子や姉妹の認識が完全ではないといわれています。

それから、出国スタンプが無いのです。国によってはまだ目でパスポートを確認する習慣が有り、日本経由でアジアへ行き、何時どこ経由でここに来たかと聞かれて説明する必要が出ました。

もっと厄介なのは、日本出国スタンプが無いため、アメリカでの税金申告上や移民局からの質問に、出国日数計算する時困ります。日本入国スタンプが有っても出国スタンプが無いので日数を自分で記載しておかないといけない注意が必要になります。移民局が持っている出国数字と申請書に書いた数字が違うと問題になります。観光客の呼び寄せの一環として出入国を簡単にして、招かざる客を受け入れる可能性や犯罪者を国外に出してしまう可能性が出るのではないかと考えるのは、私だけでしょうか? そして永住者や長期滞在者が今後増えると米国のように税金申告や他国での犯罪経歴など多種の問題が出てくると思います。

話が逸れますが、米国入国時に犯罪を犯したことが有りますか?警察に捕まったことが有りますか?この質問に、正しく回答する必要が有ります。犯罪を犯しても刑に服せば良いことであり、警察に捕まっても無実であれば問題にはなりません。それよりも正しく回答しないと偽証罪になり、偽証罪は入国拒否の可能性が有ります。それからハワイに新婚旅行で入国しようとして学生時代に不法滞在(許可期間以内に出国しなかった)で、入国時に拒否された例が有ります。米国はそんな国です。

ニューヨークのJFK国際空港では、外国からの渡航者は入国時にかなり待たされます。それはテロ対策の為だけでなく、違法移民や違法就業者、犯罪者などの取締りが厳しいからです。実際に日本からの社員が飲酒運転をして、出張が重なり裁判所からの出廷を何度か延期して、その後に罰金を支払いました。その後就業ビザ延長申請時に却下され、観光許可も下りなくなり、アメリカ大使館で入国許可を取りすべての引っ越しを終わらせました。

日本入国時は何も言葉を交わすことが有りませんが、米国では入国時に会話が有ります。係官がいろいろ聞きます。多分心理作戦で犯罪者を探しているのだと思うのです。

今、カルロス・ゴーンさんの日本脱出で、日本の出国手続きが緩いことが話題となっています。便利で迅速なことは良いことですが、出入国の手続きも、世界共通ではなく、社会の秩序を保ち、市民を安全から守るためには、まだまだ見直さなければならない点が多いと感じます。

今年も、摩天楼ダイアリーを楽しくお読みいただけるように、話題提供したいと思っています。

 

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養育費・婚姻費用算定表の改定と無料相談会のお知らせ

2019年12月23日、改定された養育費・婚姻費用算定表が公表されました(最高裁判所の司法研修所が作成)。

今回は、養育費・婚姻費用算定表とは何なのか、算定表の改定によって何がどのように変わったのかを説明します。また、合わせて公表された、成年年齢の引き下げが養育費の支払いに及ぼす影響についての考え方も説明します。

 

1 養育費・婚姻費用算定表の改訂について

(1)養育費・婚姻費用算定表とは

ア 養育費とは

養育費は、監護者となった親が、他方の親に対して請求する「子の監護に関する費用」のことです。

子どものいる夫婦が離婚をするときは、夫婦のどちらが子どもの監護をするかを決めますが、離婚しても親子関係が無くなるわけではありませんので、別居した親も子を扶養する義務があります(民法877条1項)。そのため、別居した親は、子と同居して監護している親に養育費を支払うことになります。

イ 婚姻費用とは

社会生活を営むには様々な費用が必要となりますが、夫婦は「婚姻から生じる費用を分担する」(民法760条)ものとされており、このような費用を婚姻費用と言います。

夫婦が別居するなどして生活費を別々に支出している場合に、例えば子と同居している方が、他方に対して婚姻費用を請求することがあります。

ウ 養育費・婚姻費用算定表の意義

養育費や婚姻費用をいくらにするかについて、夫婦が話し合って納得できる金額を決めることが出来るのであれば、その金額とすることに問題はありません。

しかしながら、そのように決めることが出来ない場合には、夫婦それぞれの収入や支出などを踏まえ、金額を決める必要が生じます。

もっとも、1件1件、個別の事情を考慮して一から金額を決めるのは、大変煩雑であり、また、当事者が金額を予測しにくいという問題もあります。そこで、平成15年、当時の統計資料などを参考に、当事者の収入や子どもの数などに応じて養育費・婚姻費用の目安を示す算定表が提案され、実務に定着してきました。これが、養育費・婚姻費用算定表です。

 

(2)算定表の改定

上記のとおり実務に定着した算定表ですが、提案された平成15年から15年以上が経過し、この間の税制等の法改正、社会情勢の変化等を踏まえ、より現在の社会実態を反映した内容にする必要性が生じました。

そこで、算定表についての見直しが行われ、この度、改定された算定表が公表されるに至りました。今後、調停や訴訟などの実務では、この算定表を基準として養育費・婚姻費用の金額を決めていくことになります。

 

(3)具体的な内容

従前の算定表と改定後の算定表を比較すると、改定後の方が養育費・婚姻費用の金額が高めに出る傾向があります。具体例でみると、以下のとおりです。

(なお、算定表はあくまで目安であり、最終的な金額は個別の事情を踏まえて決めることになりますのでご留意ください。)

<養育費>

例1 夫A(給与所得者・年収500万円)、妻B(主婦・無収入)

5歳の子が1名おり、妻Bが親権者となって子を監護するケースの養育費。

【従前の算定表】    4~6万円

【改定後の算定表】   6~8万円

 

例2 夫A(給与所得者・年収400万円)、妻B(給与所得者・年収350万円)

6歳と3歳の子がおり、妻Bが子2名の親権者となって子を監護するケースの養育費。

【従前の算定表】    2~4万円

【改定後の算定表】   4~6万円

 

例3 夫A(給与所得者・年収600万円)、妻B(給与所得者・年収600万円)

16歳と12歳の子がおり、夫Aが子2名の親権者となって子を監護するケースの養育費。

【従前の算定表】    4~6万円

【改定後の算定表】   6~8万円

 

<婚姻費用>

例4 夫A(自営業・年収600万円)、妻B(給与所得者・年収150万円)

夫婦は別居しているが離婚はしていない。3歳の子が1名で、妻Bが監護しているケースの婚姻費用。

【従前の算定表】   12~14万円

【改定後の算定表】  14~16万円

 

(4)運用についてのQ&A

Q1 私は3年前に離婚し、そのときに養育費の金額も決めたのですが、算定表が改定されたことを理由に、養育費を改定後の算定表に基づく金額に変更してもらうことはできますか?

A1 現在のところ、算定表の改定のみを理由として養育費の金額を改定後の算定表の金額に変更することはできないと考えられています。もっとも、相手が変更に応じるのであれば、変更することは可能です。

 

Q2 私は3年前に離婚し、相手に対して養育費を支払うことになりました。ところが、その後再婚し、新たに子どもが出来たため、養育費の金額を変更してもらいたいと考えています。この場合、従前の算定表と改定後の算定表のどちらに基づいて計算すればよいのでしょうか。

A2 現在のところ、養育費の金額を変更する必要が生じたと判断された場合には、改定後の算定表に基づいて計算することが想定されています。

 

2 成年年齢の引き下げが与える影響について

平成30年の民法改正により、令和4年4月1日から、民法上の成年年齢が18歳となります。

これに伴い、例えば、養育費の終期を「子が成年に達する日まで」などとした協議書や調停調書等について、養育費の終期が18歳までになるのかという問題があります。

この点について、取り決めをした時点で当事者は「成年」=20歳と認識していたのが通常であることから、こうした場合における「成年」とは、基本的には「20歳」を意味するものと理解すべきであるとの考え方が示されました。

また、養育費の支払義務の終期は子が未成熟子を脱する時期とされているのですが、従前は、その時期が成年年齢である「20歳」とされることも多くありました。この点について、成年年齢が18歳になったとしても、「未成熟子を脱する時期が特定して認定されない事案については、未成熟子を脱するのは20歳になる時点とされ、その時点が養育費の支払義務の終期と判断される」という考え方が示されました。

したがって、養育費の支払義務の終期の決め方に関して、基本的には成年年齢の引き下げはあまり影響をしないものと思われます。

 

3 無料相談会の実施

池田総合法律事務所では、養育費・婚姻費用の算定表の改訂を受けて、以下のとおり無料相談会を実施します。

離婚を検討されている方、養育費や婚姻費用の請求を検討されている方は、是非一度専門家にご相談ください(要予約)。

日時:令和2年1月23日(木)14時~16時

同日   17時~19時

同月25日(土)10時~12時

(お一人30分程度の相談時間となります)

場所:池田総合法律事務所内

<川瀬裕久>

刑事弁護④~身体拘束が長期化する場合~

1 被疑者段階(捜査段階)

刑事事件①のコラムでは,被疑者段階では,1事件につき23日間程度,自由を奪われると書きました。

しかし,カルロス・ゴーン氏の事件のように,被疑者段階が数か月続くこともあります。

カルロス・ゴーン氏の事件では,有価証券報告書の虚偽記載という金融商品取引法違反で最初に逮捕・勾留されました。

このときは,同じ有価証券報告書でも2011年から2015年の虚偽記載で最初に逮捕・勾留され,その後直近3年分の有価証券報告書の虚偽記載で逮捕・勾留され,最後に特別背任という会社法違反の被疑事実で逮捕・勾留が繰り返されました。

日産自動車株式会社は,上場企業として毎年有価証券報告書を作成・提出しなければならないのですが,その一部を切り取って一つの事件とし,他の部分を切り取って一つの事件とすることは,警察・検察といった捜査機関のある程度自由が効くところです。事件を組み合わせていけば,逮捕・勾留だけで数か月にわたる身体拘束も可能です。

また,例えば,遺体が河川敷で発見され,遺体を捨てた被疑者が逮捕・勾留される場合,まずは死体遺棄罪で逮捕・勾留されます。そして,被疑者が殺人をしたということであれば,殺人罪で再逮捕・再勾留され,23日間程度を2回,合計46日間程度は身体拘束が継続することになります。

このように,逮捕・勾留だけでも1か月半以上の身体拘束が継続することもあります。

この数か月に及ぶ身体拘束中,継続的に取調べを受けることは,精神的・肉体的に相当追い込まれることになります。数か月間,お前がやったんだろうと取調官に追及され続けても平気という人はまずいません。

そういった中で,的確にアドバイスができ,味方であることができるのは弁護人しかいません。

弁護人を選ぶことは大変重要です。

 

2 被告人段階(刑事裁判段階)

通常の刑事裁判は,起訴後1か月すると第1回公判(裁判)の期日が入り,自白事件であれば,第1回公判の約2~3週間後に判決が出て,手続が終了することが多いです。

しかし,否認事件であれば,公判は1か月に1回程度しか入りませんので,証人の人数などによっては手続が終了するまでに数か月が必要になることもあります。

また,裁判員裁判対象事件(殺人事件など)は,起訴されて裁判が始まるまでに1年程度かかることは比較的多いです。

裁判員裁判では,長いものであれば3,4年程度,判決までかかる事案もあります。

このように刑事裁判(正式裁判)となった場合には,保釈が認められない限り,数か月の身体拘束が継続することになります。

 

3 最後に

刑事事件では,弁護人からアドバイスを受けつつ,捜査機関に対していくことは必要不可欠です。

刑事事件でお困りの方は,池田総合法律事務所までご相談ください。

 

〈小澤尚記〉