野上陽子の摩天楼ダイアリー⑨

2020年大統領選挙について

  https://www.ynassociates.net/ より

毎年11月の第一火曜日はあらゆる選挙が行われます。その中でも4年に1度の大統領選挙は大事な日になります。今年の11月3日はその、4年に1度の大統領選挙の日です。

共和党と民主党のどちらを国民が求めているのか問われます。今回、感染問題と人種差別が焦点になり、それぞれの党の意見が大きく別れました新型コロナ対策においても、「コロナ感染はほっておいても自然消滅する。大騒ぎすることはない」という共和党と「マスクをして人との接触を避け、自粛をする」という民主党が真っ向から対立しています。

共和党と民主党の支持者の差は、日本では考えられない国の大きさも要因の一つでしょう。米国の地図を見ると共和党が集まる州は、人口密度が低いです。多くの農業に携わる地域では、人より牛の数が多かったり、隣の家まで車で30分以上かかる、なんて場所も多かったりします。また、そういう地域で放送されているニュースなども、かなり限られた情報だったりします。

今回の選挙は、大統領が選挙当日に投票に行きましょうと呼びかけ多くの共和党支持者が詰めかけました。大都市では人が密集しないように期日前投票を呼びかけました。この期日前投票の差が開票に大きく反映されています。

郵便投票は以前からも多く使われる方法ですが、今年ホワイトハウスは、「郵便投票には切手を貼らなければ受け付けない。投票箱の設置はごくわずか」と、投票所に行けない人や感染を恐れる人にプレッシャーを与えました。期日前投票の期日に間に合わない、投票所に到着出来ない投票用紙は無効だとも言いましたが、結局は連邦裁判所の判断は、郵便消印が11月3日であればどんなに時間がかかっても有効、期日前投票も開票所に到着が遅れての有効と決定したため、選挙結果が決定するまで長い期間待つことになりました。

期日前投票の決まりを裁判所が判断するのを待つ前に、人口密度の高い地域は、早めの期日前投票所に押しかけ、郵便投票も早め早めに投票所に行う人が増えました。そうした票が開票所に届いて、開封と2重に投票していないかの確認作業に追われましたし、それは今現在も続いています。

それに世界中にある米国人の票を各国の領事館が集め、軍人や軍の家族、軍の船舶で航海中の軍人の票も数える必要がありますから、到着には時間がかかります。最終的な数は今週いっぱいかかることでしょう。すでに開票された数字から当選確実になったバイデン氏は米国は合衆国で2つに分かれていてはいけない、50州が一つになり解決していくことが大事だと呼びかけています。

2つの党がそれぞれにそれぞれの政策を主張することは当たり前ですが、「敵」だとか「危険集団」だとかという言葉が出るのはトランプ政権の4年間で初めて体験しました(残念ですが、移民に対しての偏見や黒人差別は実際にあります)。

ある黒人の男性が、「トランプ氏は3代前は移民でしょ? 奥さんは移民ですよね。私たち黒人は移民ではありません。多くの白人よりも前に誘拐されてきたのですよ」とコメントしていました。ショッキングな言い方ですが、正しい発言です。改めていろいろ考えさせられる選挙でした。

多くの人がトランプ氏の票の多さを評価していますが、そうでしょうか? この票は共和党と民主党の差でもあり、バイデン氏とトランプ氏を比べ、ペンス氏とハリス女史を比べ、女性の副大統領支持と反対など、様々な要素が入っています。大切なことは、多くの国民が選挙に関心を持ったことです。

多くの国で不正選挙や公平でない選挙の報道があります。米国の様な大国で今まで間違えがあったとしても、不正ではありません。開票に不満があり訴訟をする場合、不正があった証拠提出を連邦最高裁判所が受理し訴訟するに値するかどうかを判断します。

各接戦州の入票所の係官は、今まで長い事開票作業をしていて不正をする、または不正を見逃すなどできない、証拠を出してほしいと自分の名誉にかかっていると言っています。

多くの大都市では、開票の不満で、以前のような暴動が起きるのでないかとお店を閉め、木の板でお店のショーウインドウをカバーしました。マンハッタンでも11月3日からデパートや高級ブランド、携帯屋さんなど木の板で覆われていました(開店中のサインがなければ空き家の様ででした)が、11月9日には通常に戻りつつあります。

大統領交代、トランプ氏がホワイトハウスを出るのは来年1月半ばです。今年いっぱいの任期中に何をするのでしょうか? 開票中の緊張した中でゴルフを2日間続けている大統領と、コロナ感染について2021年初めに活動を始めようと用意する次期大統領との温度差が気になっているのは私だけでしょうか?

開票がまだまだ続いていて、数字がどんどん変わっていますが、バイデン氏の票が増えています。多くの情報が当選確実のようです。CBS Newsでは、刻一刻と変わる開票結果が見えます。

野上陽子(ニューヨーク市マンハッタン在住、コンサルタント会社を経営)

若い人も遺言書を作成してみませんか

遺言書というと比較的高齢の方が作成するものというイメージ持つ方も多いのではないでしょうか。実は、若い人も遺言書を作成しておいた方が良いというケースがあります。本コラムでは、いくつか事例をあげてご紹介します。

 

1 未成年の子どもがいる場合

事例①(夫A、妻B、未成年の子C、Dがいる場合)

亡くなった方が遺言書を作成していない場合、相続人間で遺産をどう分けるかを話し合う遺産分割協議をする必要があります。

事例①のケースで、Aが死亡した場合、B、C、Dで遺産分割協議を行うことになります。

もっとも、C、Dは未成年者ですので、自身で遺産分割協議をすることができません。 こうした場合には、本来であれば、親(親権者)であるBがCやDの法定代理人として代わりに手続をすることになります。

しかしながら、本事例では、Bも相続人の1人です。Bとしては、代理人としてCやDの取り分を増やそうとするとB自身の取り分が減るという利益が相反する状態にあります。そのような状態では、Bは自身の取り分を増やすためにCやDの取り分を減らす可能性があることから、BはCやDの代理人となることはできません。

では、どうやって遺産分割協議をするのでしょうか。

このような場合には家庭裁判所に特別代理人の選任を求めることになります。家庭裁判所に対して、遺産分割協議をしたいので、特別代理人を選任してくださいという申立をすることになるのです。本事例のように未成年者の子が複数いる場合には、それぞれに別の特別代理人を選任してもらいます(別途、特別代理人の費用も負担する必要があります。)。

また、特別代理人が遺産分割協議に参加する場合、基本的には未成年者が法定相続分を確保できるように分けることになるため、分け方に制限が生じます。Bが親なのだから全部Bに相続させればよいと思っても、裁判所がCやDにも取り分をと求めてきます。

もし生前にAが遺言書を作成していれば、そもそも遺産分割協議をする必要がなくなるため、家庭裁判所に特別代理人選任の申立をする必要はなくなりますし、分け方も柔軟に決めることができます。

 

2 相続人が配偶者だけの場合

事例②(夫A、妻B、子どもなし、Aの親E、F)

事例③(夫A、妻B、子どもなし、Aの親E、F死亡、Aの兄G死亡その子I、妹H)

事例②のケースについて、Aが死亡したときの相続人はBとE・Fになります。

したがって、BはEやFと遺産分割協議をする必要があります。義父母と遺産分割協議をすること自体、Bにとっては負担だと思われますし、万が一、EやFが認知症の場合には、遺産分割協議の前に成年後見人の選任を申し立てなくてはなりません。

遺言書が存在すれば、こうした手続は不要になります。

 

 

事例③のケースでは、BとH、Iが相続人になるため、BはH、Iと遺産分割協議をする必要があります。IはAからみると甥っ子にあたりますが、8分の1の法定相続分を持っています。H、Iの両方が「Bが全て相続すればいいよ」と言ってもらえれば良いのですが、HやIが法定相続分をもらうと主張した場合には、それに相当する財産を渡さなければなりません。

Aが「Bに全て相続させる」という遺言書を作成していれば、BはHやIと話し合うことなく、すべての遺産を取得することが可能です。HやIには遺留分もないため、後から遺留分の侵害を主張されることもありません。

 

3 親権者が自身だけの場合

未成年の子がいる状態で配偶者と離婚した場合、いずれか一方の親が親権者になります。

未成年の子がいる状態で配偶者と死別した場合には、親権者は生存している親1名です。

こうした場合に、子が未成年の間に親権者である親が死亡すると、親権者がいなくなります。離婚して親権者とならなかった親が生存していたとしても、その人が自動的に親権者になるわけではありません。

そのため、親権者変更や、親権者に代わって未成年者のために監護養育や財産管理を行う未成年後見人の選任を家庭裁判所に申し立てる必要があります。申立があると、家庭裁判所は調査をした上で、親権者を変更したり、未成年後見人を選任したりしますが、誰が未成年後見人になるかは裁判所が判断をします。

そこで、この人に未成年後見人になってもらいたいという希望がある場合には、遺言書で未成年後見人を指定しておくことができます。

自身に万が一のことがあったときに、誰に子どものことを託したいかを生前に考えておき、その人にお願いをしておくとともに遺言書に未成年後見人の指定をしておくことで、その人が子どもの親権者代わりのことをできるようになります。

 

4 家族へ思いを残す(付言事項)

遺言書には、財産をどう分けるかなどの法律的な話だけでなく、遺言者の思いを記載することが可能です。若い方が亡くなるのは、事故や急病など、事前に家族に思いを伝えることができないケースが多いのではないでしょうか。

遺言書があれば伝えられなかった思いを伝えることができます。

 

5 遺言書の作成方法

遺言書には公証役場で作成する公正証書遺言と自筆で作成する自筆証書遺言があります。

若い人が遺言書を作成するケースは、「配偶者に全財産を取得させる」など、内容が余り複雑でないことが多いと思います。また、生活状況の変化によって、頻繁に遺言書を書き直す可能性もあると思いますので、自筆証書遺言で十分だと思います。

ただし、自筆証書遺言の場合は、財産目録以外は全て自筆で作成する必要がある、日付や署名・押印が必要であるなどの様々な条件があるほか、遺言者が死亡した際には、裁判所で遺言書の検認(遺言書の存在と内容を確認する手続)をする必要がありますので、ご注意ください。

現在は、自筆証書遺言を法務局で保管してもらえる制度ができて、令和2年7月にスタートしました。この手続を利用すれば、検認という手続は不要になります。詳しくはこちらhttps://ikeda-lawoffice.com/law_column/%e6%b3%95%e5%8b%99%e5%b1%80%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%91%e3%82%8b%e9%81%ba%e8%a8%80%e6%9b%b8%e3%81%ae%e4%bf%9d%e7%ae%a1%e5%88%b6%e5%ba%a6%e3%81%8c%e5%a7%8b%e3%81%be%e3%82%8a%e3%81%be%e3%81%97%e3%81%9f/

をご確認ください。申請手続きは、予約制です。

遺言書を作ってみたいがどのように作ったらよいかわからないという方は、ぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。(川瀬裕久)

野上陽子の摩天楼ダイアリー⑧

2020年 期日前投票について
https://www.ynassociates.net/ より

今回の選挙では、郵便投票の不正が取りざたされています。毎回、大統領選挙では、票の数え直しが各州で行われます。わずかな票の差が左右しますから当前です。もし、有権者が間違えでなく、故意に二重に投票した場合は、連邦法で罰金と禁固刑になります。

今回は郵便局を通さずに投票しようという国民が大勢います。郵便投票用紙は、期日前投票所へ出向いて手渡しすることで、郵便局を通さない方法で投票できる、ということで、多くの国民が期日前投票所へ、何時間も並んで投票をしています。

わたしの住んでいる、マンハッタンのイーストサイドでは、初日の土曜日に、10時からの投票開始に500人以上の有権者が集まりました。投票までの待ち時間は約3時間(!)ですが、各自人との間隔を開け、投票所内も手の消毒、と新型コロナ感染対策が徹底されています。

これまでは、投票時、会場にて有権者名簿のプリントの中から各自それぞれ自分の名前を見つけ、身分証明書で本人確認とサイン確認をしてからの投票、というやり方でしたから、結構時間がかかりましたが、今年からは、デジタル化され、有権者カードのバーコードを、会場のタブレットでスキャンしする、という方法で行われています。住所も署名も即確認ができて驚くほど速く、しかも確実になりました。

なお、タブレットへの署名、投票用紙記入用の黒のボールペンは、使い回しはしないという徹底ぶりでした。使ったペンは各自もらっていくのですが、このペン、結構日常で役に立っていたりします。

期日前投票がこれほど人が現れるとは誰もが思っていなかったことですが、今年の投票数は今まで以上に多いものになると予想できるのは、2日目で前回より150%多く510万人が期日前投票を行っています。マンハッタンでは、長い時間待っても混乱なく進んでいますが、1週間の期日前投票でどれだけの国民が投票するか興味があります。

野上陽子(ニューヨーク市マンハッタン在住、コンサルタント会社を経営)

サイトのご案内  https://www.ynassociates.net/

非接触事故でも、賠償請求ができますか その2 単独事故として処理された場合 

「非接触事故でも、賠償請求ができますか」(過去記事リンク)でもご説明したように、非接触事故でも損害賠償請求をすることができます。非接触事故では、証拠の保存が非常に重要であることは改めて強調してもしすぎることはありません。具体的な証拠として、相手方の免許証の確認やドライブレコーダーや目撃者を確保しておくことに加え、警察に実況見分調書を作成してもらうことが重要です。以下、警察による実況見分調書の作成について補足的な説明をします。

 

実況見分調書とは、現場検証をしてその結果を書面に残すものです。刑事事件の証拠として作成されますが、交通事故でも人身事故の場合には作成されるのが一般的です(なお、物損事故の場合には「物件事故報告書」という書類が作成されます)。

非接触事故の場合でも、事故直後にかならず警察に連絡をして、実況見分をしてもらう必要があります。事故現場に臨場した警察官に対して、接触はないものの相手方の不適切な運転により事故が発生したことを、詳細に、粘り強く説明して下さい。実況見分調書に相手方の不適切な運転の内容を記載してもらうことが重要です。

 

しかし、非接触事故の場合、警察に届け出をしても、単独事故として処理されてしまうことがあります。被害者がすぐ病院に搬送された場合など、警察でも詳細な状況がわからず、単独事故として処理してしまうケースもあるようです。

単独事故として処理されてしまった場合の問題は、実況見分調書や交通事故証明書(事故の発生を公的に確認するための書類で、警察から提供された書類をもとに各県の自動車安全運転センターが発行交付するものです。)には、相手方の名前が全く記載されていないケースが散見されることです。というのも、公的な書類に相手方の名前もその不適切な運転の記載もない場合、相手方に損害賠償を請求しても相手方は自らに過失がないことを主張してくるからです。

 

対策として、実況見分調書や交通事故証明書にも相手方の記載がない場合には、相手方に請求する前に警察に実況見分調書を改めて作成しなおしてもらい、交通事故証明書にも相手方を記載してもらう必要があります。

具体的には、警察署に出向いて事故の原因が相手方にあることを説明し実況見分のやり直しを求め、実際に立ち合いの上で事故時の相手方の不適切な運転内容を説明して改めて実況見分調調書を作成してもらいます。そのような実況見分調書を、警察から自動車安全運転センターに送付してもらうと、交通事故証明書に事故の原因を誘った「誘因者」として相手方が記載されることになります。

 

 

弁護士に交渉を依頼いただいた場合、相手方との交渉の前提として、警察への実況見分のやり直し等の折衝も行います。実際私が担当したケースでも、警察への折衝を経て交通事故証明書に「誘因者」の記載がなされ、その後に相手方に請求して和解が成立したことがあります。

非接触事故で単独事故として処理されているからとあきらめず、池田総合法律事務所にお気軽にご相談ください。

                                                      山下陽平

公益通報者保護法の改正について

令和2年6月8日,公益通報者保護法の一部を改正する法律が国会にて成立しました。2年以内に施行されます。

公益通報者保護法の改正点は,次のとおりです。

 

第1 通報者の保護の強化

1 保護される人の拡大(第2条第1項など)

労働者に加えて,①退職者(退職後1年以内),②役員(ただし,調査是正の取り組みの前置が原則として必要)が追加されました。

2 保護される通報の拡大(第2条第3項)

刑事罰の対象行為に加えて,行政罰の対象行為を追加

3 保護の内容(新設第7条)

事業者が公益通報によって損害を受けたとしても,公益通報者に対して,損害賠償請求ができないことが明示されました。

 

第2 解雇無効等の公益通報者保護の拡大

労働者である公益通報者が,公益通報した場合に,事業者による労働者の解雇が無効とされる公益通報が拡大されました。

1 権限を有する行政機関への通報の条件の拡大(第3条第2号)

公益通報者が,通報対象事実について処分または勧告等をする権限を有する行政機関等に対して公益通報する場合,

①通報対象事実が生じ,若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合

にくわえて,

②通報対象事実が生じ,若しくはまさに生じようとしていると思料し,かつ,公益通報者の氏名等が記載された書面を提出した場合

には,解雇が制限されます。

2 報道機関等への通報の条件の拡大(第3条第3号)

公益通報者が,通報対象事実ついて報道機関等に対して公益通報する場合,

①事業者に対する公益通報をすれば,役務提供先が,公益通報者を特定させる情報を漏らす可能性が高い場合を追加(第3号ハ。新設)。

②個人の生命身体に対する危害に加えて,「財産に対する損害(回復することができない損害または著しく多数の個人における多額の損害であって,通報対象事実を直接の原因とするものに限る)」に拡大(第3号ヘ)。

 

第3 事業者自ら不正を是正しやすくし,安心して通報を行いやすくする改正点

1 公益通報対応業務従事者の定め

新設第11条1項にて,事業者は,公益通報を受け,通報対象事実を調査し,その是正に必要な措置をとる業務に従事する者として,公益通報者対応従事者を定めなければならなくなりました。

2 内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備

新設第11条2項にて,事業者が内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備等をすることを義務づけました。

3 義務化の対象事業者

新設第11条1項,同2項の義務化は,常用使用する労働者数が300人より多い事業者に限定されています。

常時使用する労働者数が300人以下の事業者については,努力義務にとどまります。

4 守秘義務の新設(及び罰則規定の導入)

公益通報対応業務従事者または従事者であった者は,正当な理由無く,公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない(新設第12条)とされました。

守秘義務違反については,新設第21条により30万円以下の罰金が定められました。

 

第4 実効性確保のための行政措置の導入

1 報告の徴収,助言,指導,勧告

行政(内閣総理大臣)が,新設第11条第1項・2項に関して必要があると認めるときは,事業者に対して,報告を求め,または助言・指導・勧告ができるようになりました(新設第15条)。

2 公表

行政(内閣総理大臣)は,新設第11条第1項・2項に違反している事業者が,新設第15条の勧告に従わない場合,その旨を公表できるようになりました(新設第16条)。

 

第5 体制整備の必要性

企業や団体内部における不正は,早期に企業内部において発見し,その原因を分析し,再発を防止する方策を策定し,不正に関与した従業員等に適正な処分を下し,場合によっては積極的に不正事案の内容をマスコミに公表していく必要があります。

不正があるということは,その不正が生じたところに,企業・団体として,意思決定を含めて適切な業務ができていない,業務効率が低下している,コストが無駄にかかっていることになりますので,不正を早期に発見できれば,企業・団体がより良く成長していくために重要な材料を与えてくれることになります。

したがって,不正を通報してくれる従業員は,会社にとって財産でもあり,その財産を企業・団体としては保護していく必要があります。

公益通報者保護法は,公益通報者を守っていくものですが,第一次的には,企業・団体における自浄作用が求められています。

今回の改正では,公益通報対応業務従事者を定めることが求められています。しかし,ただ担当者を決めただけでは実効性は生じません。企業・団体のトップが担当者を信頼し,必要な権限を与える必要があります。

また,公益通報対応業務従事者に必要な知識等を付与する必要があります。

 

また,せっかく企業・団体に対して公益通報がなされても,社内で適切に公益通報の対象事案に対応できなければ,行政等への通報に繋がっていくことになりますし,企業・団体としても自浄の機会を逸し,評判(レピュテーション)の低下も招きかねません。

しかし,企業・団体は,基本的に収益を上げることが目的であって,不正事案の調査・証拠による事実認定,事実認定を元にした改善策の策定に十分な知識経験を有しているわけではなりません。

池田総合法律事務所では,池田総合法律事務所では,公益通報に対する企業・団体の経営者や,公益通報対応業務従事者に対する必要な研修をご提供することができます。また,豊富な企業法務での経験や,究極の不祥事ともいえる刑事事件の実務経験に基づき,不正調査を行っていくこともできます。その場合は,池田総合法律事務所として不正調査をするか,第三者委員会のメンバーとして関与するなどが考えられます。

弁護士であれば,研修や不正調査,第三者委員会のメンバーとして,企業の不正対応に積極的に関わることができます。

企業・団体において,公益通報への対応などでご要望がありましたら,池田総合法律事務所にご相談ください。

〈小澤(こざわ)尚記(なおき)〉

スタートアップ(独立・起業)で大切にしたい商標と商号

1 会社を設立するには、会社名である「商号」を決め、法務局に登記申請し、「商号」を届け出ます。以前は、不正な目的で付けられたり、紛らわしい会社名の登記を防ぐために、同一市町村区で類似した商号がある場合は登記することができませんでした。ところが、平成18年に施行された新会社法により、同一の住所で同じ商号の会社は登記できないと改正され、類似商号規制という点では、大幅に緩和されています。

 

もっとも、わざと他の会社のブランド価値を利用するような、不正な目的での類似商号登記は現在も禁止されていますし、タダ乗り商法を排除しようと不正競争防止法等によって争われ、損害賠償請求や使用差し止めの要求を受けることがあります。

使用しようとする商号を他者が商標登録していますと、それと同一や類似の商号を営業上使用することは、商標権の侵害に当たります。会社名の商標登録は、ブランドとして保護するうえで重要です。会社名や個人事業主の店舗の名前(屋号)を商標として登録した場合、独占的に使用できる商標権をもつことになり、しかもその効力は、登録時に指定して商品のサ―ビスの範囲内で日本国内全てに及びます。

 

2 会社名に限らず、事業展開するブランドを保護するために、特許庁へ出願するのが「商標」です。会社を設立する上で、商号は必ず必要になりますが、商標として登録するか否かは自由です。

商標登録により、商品やサービスの出所を表示したり、品質を保証する意味合い、更に宣伝広告としての機能を期待することができます。ブランドは、会社の信用を蓄積させていく上でとても大切です。創業者が取り組むべきブランド戦略の中でも、会社やサービスの名前に関わる「商号」と「商標」の登録は、特に慎重に行いたいものです。商号と商標は、名前こそ似ているものの、その意味は全く違います。片方だけ取得したからといって、安心してしまうのは早計です。

 

3 会社名や店舗の名前(屋号)や目印となるロゴマークなどを、商標登録するメリットについて、考えてみましょう。すでに商標登録されているネーミングを使用すれば商標権侵害として法的なトラブルに巻き込まれるおそれがあります。会社設立や店舗の名前(屋号)を決めるときは、商標権侵害に該当しないよう、その事業の大小にかかわらず、事前に弁理士、弁護士ら知的財産権の専門家に相談することをお勧めします。特許庁のデータベース「J-PlatPat」での検索でおおよその見当はつくかもしれませんが、商品やサービスの展開方法によりふさわしいネーミングや他者への侵害行為など、さらには申請の時期その他考えるべきポイントが少なくありませんので、お役に立てると思います。

4 スタートアップの場合、社名について言えば、① 社名をブランドとしてそのまま使うことによって早く名前を広められたり、② ドメインネームに使用することで紛争リスクを低減できる場合がある、といったメリットが考えられます。ちなみに、中国では社名を抜け駆け的に出願される例が見られます。この場合、中国で商品を販売し、本来ブランドを開発していた本家が商標権侵害で訴えられるという本末転倒な事態も起きています。市場展開を考えて、先んじて中国に出願しておくべきケースもあるでしょう。

5 会社名、ロゴマークを商標登録する手続きの注意点-自他識別性について考えてみます。これらを商標として登録しておくことは、ブランドのイメージを確立するのに役立ち、ブランドへの信用を保護して、広告宣伝をして様々な法的なトラブルを避ける上で大きなメリットがあります。

商標登録の審査基準では、「自他識別性」、つまり自己を示す目印として役立つことが要件です。ありふれた名前は、自他の識別力が弱く、商標登録が認められないことがあります。例えば、コーヒーなど飲食物の提供を事業展開するとして、第43類「アルコール飲料を主とする飲食物の提供」に「○○○ブレンド」などとつけても「ありふれた名前」に該当すると判断されることが審査基準に記載されています。

営業活動で使われるロゴマーク(営業標識、ハウスマーク)は、名刺、商品、看板、パンフレットなど企業活動に広く使われるため、ブランドのイメージをつくるうえで大いに役立つ目印です。最近では、ネットでの販売戦略が大いにものをいうところであり、プロバイダーへの登録に当たり、ロゴマークを付しての商品展開も考えておく必要性が高まっていると思います。

6 スタートアップ向けの情報として、まずは参考になる特許庁の「スタートアップ向け情報 – 特許庁」もあります。https://www.jpo.go.jp/support/startup/index.html

社名や商品名に関する商標だけでなく、同業他者との関係で、特許や意匠も問題となります。 出願前に展示会などで公開すると権利にならない(新規性の喪失)、ビジネスモデルに他者と合致ないし類似していないか、などしっかり吟味しながら事業展開をしてください。 技術的な内容に応じて、あえて出願、公開しない(ブラックボックス化)という戦略もありますが、一方で広く公開して使ってもらうことにより市場獲得していく戦略が有効な場合もあります。事業展開は慎重に、かつ将来を見据えて考えたいものです。

<池田桂子>

法務局における遺言書の保管制度が始まりました

相続法改正に付帯して、遺言書を法務局で保管してもらう制度が作られ、2020年7月10日から、実施されています。

また、全ての法務局で、この事務を取り扱うわけではなく、法務大臣の指定した法務局に限られており、本局、支局であれば全て取扱いをしていますが、出張所については一部の例外を除いて取り扱いをしていません。

この制度については法務省のホームページで紹介されていますので(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00051.html)、詳しくはそちらを見ていただくとして、要点や注意点を説明します。

 

(1)遺言書保管の申請について

法務局は、遺言書の原本を保管するとともに画像データとしても残します。この保管制度での法務局の果たす役割は、遺言書の様式、形式面のチェックと保管だけです。遺言書自体はご自身で作成する必要があり、法務局は、遺言書の内容に関する質問や相談には応じてくれないことにご注意下さい。内容的に問題があって、法的な効力に問題があったとしても、法務局に何らかの責任が生じるというわけではありません。

上記のホームページでは、書き方の注意事項が記載されて、内容面に亘る注意も記載されていますが、ごく一部ですので、作成にあたっては弁護士等の専門家に相談した方が安心です。

作成した後の保管の申請をする場合は、保管の申請書を作成して、本人自身が、本人確認書類等を持参して、法務局へ出頭する必要があります。遺言者の住所、本籍地、所有不動産の所在地を管轄する法務局が管轄です。予約が必要で、突然窓口へ出向いても申請を受け付けてもらえません。また、代理人に行ってもらうこともできません。

保管の申請手数料は、1通3900円で、毎年の保管料等を支払う必要はありません。手続が終了すると、保管番号が記載された保管証が発行されます。この保管証があると、その後の手続が楽になりますので、大切に保管しておいて下さい。但し、保管証をなくしても、手続が面倒にはなりますが、各種の手続をすることはできます。

 

(2)遺言書の閲覧

遺言者自身は、保管後、遺言書の閲覧について、モニターによる画像の閲覧(全国の法務局どこでも)、遺言書の原本の閲覧(保管先の法務局のみ)が出来ます。

閲覧は、本人のみで家族その他推定相続人でも遺言者の死亡前には閲覧はできません。閲覧手数料は、モニターの場合は1通1400円、原本の閲覧の場合は1700円です。

 

(3)保管の撤回

遺言者は、保管の申請を撤回することによって、遺言書の返還を受けることが出来ます。予約をしたうえで、撤回書を作成して、遺言者本人が出頭して遺言書を返してもらうものです。撤回には、手数料は不要です。

保管を撤回して、遺言書を返還してもらっても、遺言としての効力が失われるわけではないので、注意が必要です。保管を撤回して、遺言書を返してもらう場合の遺言者の意図としては、遺言書自体も撤回したいという場合が多いと思いますから、その場合には返還を受けた遺言書自体を廃棄するなどして、物理的に破棄しておくことが無難です。そのまま残しておくと、事情を知らない関係者がその遺言を発見した場合、それを正規の遺言書として取り扱われてしまう危険があります。

 

(4)相続人による遺言書の存否、内容の確認方法

遺言者が死亡した場合には、相続人、受遺者、遺言執行者等の相続の関係者(関係相続人等といいます)は、遺言者の遺言が保管されていることの確認をすることができ、遺言書を保管していることの証明書(遺言保管事実証明書)の交付の申請をすることができます(保管されていないときにも、その旨の証明書を発行してもらえます)。この交付は、全国どこの法務局からでも可能で、1通800円です。上記の証明書は、遺言書を保管していることだけの確認にとどまります。

その内容を知りたい場合には、閲覧の請求ができ、遺言者自身による閲覧(前述(2))と同様に、モニターによる、あるいは遺言書原本の閲覧ができます。請求できる法務局、手数料も同様です。

遺言書の内容自体を閲覧し、その内容についての証明を得る方法として、遺言書情報証明書の交付請求という制度が認められています。これにより、遺産である不動産の登記手続や預貯金の解約その他の相続手続をすることができます。

この証明書がある場合は、家庭裁判所による検認の手続が不要です。

 

(5)他の相続人らへの通知

これらの閲覧の請求や証明書の交付の申請は、相続人等が単独で請求できますが、遺言書について、関係相続人等が、遺言書を閲覧したり、遺言書情報証明書の交付を受けたときは、その他の全ての関係相続人等に対しても、遺言書が保管されている旨を通知することとなっています。こっそり一人だけ内容を確認するということはできません。

また、まだ運用は開始されていませんが、法務局が、遺言者の死亡の事実を確認した場合には、予め指定した相続人の中の一人を指名して、遺言書が保管されていることを通知する制度も検討されています。令和3年以降に運用を開始する予定とのことです。これは、遺言者本人が希望する場合にのみに行われるものです(死亡の確認方法その他詳細は未定です)。

 

(6)最後に

この保管制度の発足により、従来からの自筆遺言証書のデメリット(検認手続が必要なこと、紛失等の危険があること)が弱まりましたが、遺言書の内容面でのチェックが行われるわけではない点等から、折角作成した遺言の効力が認められないというリスクは残ります。

したがって、この保管制度を利用する場合にも、前に述べたように、弁護士その他の専門家のアドバイスを得たうえで、自筆証書遺言を作成することをおすすめします。専門家と相談をするときには、公正証書による遺言も選択肢の一つとして、アドバイスを得ることも必要です。

池田総合法律事務所は、こうしたご相談にも応じておりますのでご利用下さい。

                           (池田伸之)

 

野上陽子の摩天楼ダイアリー⑦

「 ニューヨークは今、コロナウィルスと100万円の悪夢の中にあります 」

今年3月の自粛宣言時に街の様子を知る方法は、TVニュースやネットニュースなどの報道もありますが、なんといっても、NY州知事の30分から1時間の毎日のテレビでの報告と説明、それに加えて、州にメールアドレスを登録しておくと毎日届く州からの状況報告Eメールでした。今もメールが続けて届いていますので、何処で何が起きているか知ることができ安心出来ます。

特に、何処の地区が感染が多いのか、どのようにしたら医療従事者は安全に移動出来るか、病院のベッド数等、刻々と変わる状況がよくわかり、緊迫した状況に不安感はあるものの、自分たちは何をすべきかよく分かり有益です。

感染の有無を調べるPCR検査等検査は全て無料です。今年3月から5月までは、医療関係者、公共交通機関者、食料品関係者などどうしても生活に必要な人が優先されていましたが、5月末からは、一般市民も受けられるようになりました。

私の住んでいるアパートメントの受付担当者が感染している事が疑われ、直ぐに検査へ向かいました。アパートから徒歩10分の診療所での待ち時間は15分、48時間後にはEメールで検査結果が送られて、まずは、一安心でした。その後も気をつけていましたが、知り合いの中には死亡者が出ました。そのため、新たに気を引き締めていたのですが、昨日アパートの同じ階の隣人が、最近感染して部屋に篭っているという噂を聞きました。まだまだ油断が出来ません。

マンハッタンで起きている事は肌で感じている事しか申し上げられませんが、普段、よく見かける物乞いの人は見掛けなくなりました。実は、こうした物乞いはプロの集団です。また、その他に見かけるバックパッカーの物乞いも、今はいません。

NYの地下鉄は、24時間営業を止めて、夜中1時から5時までは停止しています。夜半は、消毒作業と地下鉄で寝ているホームレスの収容場所提供をしていますが、以前より車内が綺麗な印象を受けます。それでも、私としては、密な場所となる地下鉄は使う気にはなりません。バスはどうしても必要な時に乗りますが、乗っている人も気をつけビクビクしてしながら静かに乗ります。

ニューヨーク州では、レストランやバーが再開し店内でなく道にテーブルを出して営業しています。再開には多くの規制があり、それに従わないレストランやバーは100万円までの罰金と酒売許可を停止ないし、却下になります。営業許可の再取得は不可能に近いぐらい厳しいです。毎日新しい決まりが示され人との距離を守らないレストランやバーは名前を公表されています。今日新たに気が付いたのは、一度の罰金が1万ドル(約100万円)と書かれていて何度でも罰金が課されることです。酒の販売取扱許可書は、その日から一時停止になり、期限付きか、許可取り消しなのか、厳しい判断をされます。

その他、飛行場では住所、氏名など感染対策の為の書類を提出します。それから、高速道路でも検問なども行われています。

ニューヨーク州は、パンデミック中の州からの訪問者に対して14日間の自宅待機、従わない場合は20万円の罰金、これは他の州で逃げられないように給料から合法的にさしひかれます。このように徹底していますのは、人の命はみんなで守ろうという市民意識です。この数か月に起きた悪夢が市民に浸透しています。罰則などの規定にも市民から文句の声は上がりません。それに、マンハッタンを歩いていて全部のお店には、マスク無しはお断りの紙が貼られていて、マーケットなどはガードマンが警戒しています。それでも完全には感染を避けられませんが、他の州と比べたら本当に安全だと感じます。
取引のある銀行は、支店を再開し入り口で名前と電話番号を控え、顧客が支店内で3人以上にならないように入れ替えています。銀行員との間にはプラスチックの衝立、署名に使ったペンはあげますと言った徹底ぶりです。支店のサイズは30メートル四方です。何処に行ってもプラスチックの衝立が有ります。

また、失業が厳しくなっています。そのように感じるのは、道に座ってカードボードを掲げて座っている人を見たときでした。「仕事を失い、アパートを失い、助けてください。」と見かけたときでした。40歳ぐらいの人で、心が痛みました。アパートの滞納は5ヵ月間合法に出来ると州が発表しました。銀行は3ヵ月の無利子を発表、生命保険の支払いも連絡すれば滞納出来ると連絡がありました。滞納はいつか支払わないといけないので 将来は不安だと感じる人は多いと思います。バーやレストランが開いても、外食は控えて、酒屋やマーケットで酒類を買い、食費に気を使う生活は続いています。

米国GDPの数字がマイナス23%以下の発表になった日の株式市場は勿論マイナスから始まり、そのままだと思ったら100ドル位も高くなって終了して、不思議な感じがしました。これからのGDP発表や世界経済状況と感染状態がどのように世界の為替、株式に影響があるのか不透明です。失業者の多い職種がありますが、感染後に職種によっては募集が増えている会社もあります。宅配は明らかに何倍にも増えています。即日宅配も必要が増えていますが、書類でなく箱に入った食品と生活用品ばかりです。

まだまだニューヨークは正常になりませんが、どこよりも感染率が低く抑えられているのは事実です。感染者数は、フロリダ、カリフォルニア、テキサスがニューヨーク州を超えていますし、人口密度の少ない州は病院が少なく、感染検査も時間がかかっています。早期検査キットは、正確性に疑問が有ります。

ニューヨーク州ではサイトが有って簡単にいろいろ調べる事が出来ます。(英語だけではありません。)https://coronavirus.health.ny.gov/covid-19-travel-advisory

米国は広くニューヨークからカリフォルニアまで飛行機で5-6時間、時差が3時間あります。州により人の考え方が全く違います。ここまではっきりニューヨーク州の政策に、人種、宗教、習慣が入り混じり、独特のコロナに対する危機意識が感じられます。自粛の対応も同じです。

コロナと共に生き、コロナを乗り切るには、まだ少し時間がかかりそうですが、確実に収束は近づいていると信じて、今私にできることを、自分のため、そして隣人のために行動したいと思います。

またお便りします。

野上陽子(ニューヨーク市マンハッタン在住、コンサルタント会社を経営)

サイトのご案内  https://www.ynassociates.net/

発信者情報開示請求

1.今年の夏のニュースレターで、発信者情報開示請求について言及しましたが、今回は、発信者情報開示制度の抱える問題点と、制度改正に向けた議論の状況についてご紹介したいと思います。

 

2.問題点

まず、インターネットで誹謗中傷を受けた場合、被害者は、情報の発信者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をすることが可能です。

もっとも、インターネット上の誹謗中傷などの書き込みは、殆どが匿名で行われており、情報の発信者が誰かわからない状況にあります。そこで、発信者を特定するために、発信者情報開示の手続きがあり、プロバイダ責任制限法では、被害者がサイト運営者などに発信者情報の開示を求めることができることになっています。

現在の制度では、発信者を特定するために、

①.書き込みがされたサイトの運営者に対して、発信者が書き込みを行った際のIPアドレス等の情報開示を求める仮処分を、裁判所に申し立てる。

②.①で開示されたIPアドレス等の情報からプロバイダを特定する。

③.当該プロバイダに対して、発信者情報(住所氏名等)の開示を求めるため、裁判所に発信者情報開示請求訴訟を提起する、という流れになります。

しかし、プロバイダの多くが、アクセスログ等の保存期間を3か月程度としていることが多いため、上記①②③の裁判手続きを行っている間にログが消去されてしまい、結局発信者が特定できないという事態が想定されます。

また、上記①②③の裁判手続きは、被害者自らが行うにはハードルが高く、その分野に精通した弁護士に依頼する必要があるため、高額な費用がかかります。

そして、高額な費用を支払っても、最終的に発信者を特定出来ないこともあるため、被害者の多くが、泣き寝入りせざるを得ない現状にあります。

 

3.制度改正に向けた議論の状況

上記の問題を解決するために、発信者情報開示の手続きについて見直しを進めようという動きがあります。総務省では、今年の4月に「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を発足し、現在検討が進められています。今年11月には報告書が取り纏められる予定となっています。そこでなされている議論の一部を、以下にご紹介します。

(1)プロバイダ等による発信者情報の任意開示の促進

プロバイダ等が任意開示を拒む理由は、発信者からの責任追及のリスクを回避することにあると考えられます。そのため、任意開示を促進するためには、発信者からの責任追及のリスクを軽減することが必要です。具体的には、プロバイダ等が、「権利侵害が明白である」(発信者の書き込みが名誉棄損等にあたることが明白である)か否かの検討を十分に行ったことの疎明ができれば、免責される等の制度を新設する等が考えられます。

(2)送達場所に関する民事訴訟法の改正

現状、海外の企業(Google、Twitter、Facebook等)に対し、本案裁判を起こす場合、送達に半年以上の時間がかかります。仮処分の場合も、実務上、EMS(国際スピード郵便)が用いられていますが、最初の期日が入るまで3週間程度かかります。この時間を短縮するため、民事訴訟法の改正を行い、日本に拠点がある海外企業であれば日本法人への呼出し、送達で足りる形にすることが考えられます。

(3)発信者情報開示手続きの簡素化

発信者を特定するには、上述のとおり、現状では、2回の裁判手続が必要となります。実質的に同様ないし類似の主張立証を重ねることになるため、時間的にも、また訴訟経済上も無駄が生じています。そこで、上記②の裁判について仮処分を活用した手続きを可能とすることが考えられます。

また、アメリカでは、加害者を特定しないまま裁判所に提訴する「匿名訴訟」が可能であり、当該訴訟の中で、証拠開示手続(ディスカバリー)を用いて、サイト側に情報開示を命じさせることで発信者の情報を取得することが出来ます。こうした制度を、日本でも新設することが考えられます。

上記いずれの制度改正も、簡単なものではありませんが、SNSの誹謗中傷による被害は深刻化しており、多くの被害者が泣き寝入りをしている状況に鑑みると、一刻も早い見直しが必要であると考えます。

(石田 美果)

定期金賠償(令和2年7月9日最高裁)について

事故に遭い、不幸にも将来にわたり後遺障害が残ってしまったとしたら、どのように損害金の支払いを一時払いで求めるのが良いのでしょうか。それとも定期的な支払いを求めるのが良いのでしょうか。本コラムでは、後者の定期金賠償について説明をします。

 

1 不法行為時の損害賠償の方法

民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。故意・過失によって他人の権利・利益を侵害する行為(=不法行為)をした人は、同条に基づき、損害を賠償する義務を負います。

賠償という言葉は、辞書的には「他の人に与えた損害をつぐなうこと」を意味しますが、法律的には、原則として、生じた全ての損害を金銭評価して、その合計額を支払うことにより賠償することになります(金銭賠償の原則:民法722条1項・417条)。

そして、実務上、多くの場合に損害賠償金は一時金として支払われます。

 

2 定期金賠償について

もっとも、事故により後遺障害を負った場合のように、損害が将来にわたって継続することが想定される場合には、一時金による支払いよりも定期的に一定額を支払う定期金賠償の方が適切な場合もあります。

法律上、損害賠償金の支払い方法は一時払いで無ければいけないという規定は存在しません。むしろ、1996(平成8)年に新設された民事訴訟法117条は以下のように定めています。

 

(定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴え)

第117条 口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。ただし、その訴えの提起の日以後に支払期限が到来する定期金に係る部分に限る。

 

この条文は、定期金賠償による判決が出た場合に、後遺障害の程度や賃金水準等が大きく変わった場合には、判決の変更を求める訴訟を提起することができることを定めたもので、定期金賠償が可能であることを前提としています。

また、実務上、定期金賠償によることも少ないながらあります。

 

3 最高裁判例の紹介

そんな中、交通事故で後遺障害が残ったケースで、その逸失利益について定期金による賠償を認めた判決(以下「本判決」と言います。)が、2020(令和2)年7月9日に最高裁で出されました(最高裁ホームページ https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89571 )。

 

本判決は、事故当時4歳の子が道路横断中に大型貨物自動車に衝突され、脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、高次脳機能障害の後遺障害が残り、労働能力を全部喪失した(全く働くことができなくなった)という事案です。被害者側は、上記後遺障害による逸失利益(得ることが出来なくなった利益)として、本来であれば働くことができた18歳から67歳までに取得できたはずの収入額を、各月払いの定期金によって支払うことを求めました。

これに対して、最高裁は、「交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において」、不法行為に基づく損害賠償制度の「被害者が被った不利益を補填して、不法行為がなかったときの状態に回復させる」という目的や「損害の公平な分担を図る」という「理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となるものと解される」とした上で、本件後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を対象とすることを認めました。

 

4 被害者側からみた定期金賠償のメリット・デメリット

被害者側からみたときに、定期金賠償は、実態に即した賠償を受けることができるというメリットがあります。

例えば、一時金による賠償を受ける場合、中間利息控除(※)がされた金額を受け取ることになりますが、その際の利率(現在は3%)で運用することは、実際のところは容易ではありません。金利がほぼ0に近い現在の状況であればなおさらです。しかしながら、定期金賠償であれば本来の金額を受け取ることができます。

一時金払いの場合、最初に多額の現金が入るため、つい使ってしまい、後々困るということもあります。特に、未成年者や後遺障害により自身でお金を管理することが困難な場合、親や親族などのお金の管理者が使ってしまうという危険性もあります。

さらに、先に紹介した民事訴訟法117条により、障害の程度が大きく変わったり、大幅なインフレが生じた場合に、定期金の金額を変更する判決を求めることも可能です(もちろん必ず認められる訳ではありませんが)。

他方で、定期金における一番のデメリットは、支払義務者が消滅したり、支払能力がなくなったりした場合に、定期金を支払ってもらえなくなる可能性があることです。交通事故等の実質的に保険会社が支払うというケースでは、支払われなくなる可能性は小さいですが、ゼロではありません。

また、後遺障害の程度が当初の想定より大幅に改善した場合や著しいデフレがあった場合には、民事訴訟法117条により、先ほどとは逆に定期金金額が下がる可能性もあります。もっとも、損害賠償が被害者が被った不利益の補填であることからすれば、不利益の程度が軽くなっているのであれば、減額されるのはやむを得ないものともいえます。

 

5 加害者側からみた定期金賠償のメリット・デメリット

後遺障害の程度等、損害額算定の基礎となる事情が大きく変わった場合に、民事訴訟法117条により定期金の金額を変更できる可能性があるということは、加害者側から見てもメリットになると言えます。

ただし、後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償が命じられた場合に、その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したときに、民事訴訟法117条によって死亡後の定期金賠償の支払いを免除されるかというと、必ずしもそういうわけではありません。本判決を言い渡した裁判官の一人である小池裕裁判官は、補足意見として、上記のような場合には「被害者の死亡によってその後の期間について後遺障害等の変動可能性がなくなったこと」を理由として、「就労可能期間の終期までの期間に係る定期金による賠償について、判決の変更を求める訴えの提起時における現在価値に引き直した一時金による賠償に変更する訴えを提起するという方法も検討に値する」と述べており、死亡後の定期金賠償の免除では無く、一時金に変更しうるという見解を述べています。

また、加害者が任意保険等に加入していない場合には、定期金賠償=分割払いであることもメリットとして挙げられるかもしれません。

他方で、デメリットとしては、長期間にわたり支払いをしなければならないという債権管理上の負担がまずあります。

また、後の事情変更により、不利にもなり得ることはデメリットとも考えられますが、既に述べた損害賠償制度の目的・理念からすれば、やむを得ないことと言えるでしょう。

 

6 最後に

本判決により、交通事故や医療事故などで定期金賠償となるケースも増えるかもしれません。一時金と定期金、いずれの賠償を求めるべきか検討する必要も生じるものと思われます。

交通事故、医療事故等による損害賠償の請求を検討される際には、ぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。

 

※中間利息控除については、本コラム 2020(令和2)年4月2日「民法改正による交通事故の損害賠償請求の影響は?」3の(2)をご覧ください。

(川瀬 裕久)