発信者情報開示請求

1.今年の夏のニュースレターで、発信者情報開示請求について言及しましたが、今回は、発信者情報開示制度の抱える問題点と、制度改正に向けた議論の状況についてご紹介したいと思います。

 

2.問題点

まず、インターネットで誹謗中傷を受けた場合、被害者は、情報の発信者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をすることが可能です。

もっとも、インターネット上の誹謗中傷などの書き込みは、殆どが匿名で行われており、情報の発信者が誰かわからない状況にあります。そこで、発信者を特定するために、発信者情報開示の手続きがあり、プロバイダ責任制限法では、被害者がサイト運営者などに発信者情報の開示を求めることができることになっています。

現在の制度では、発信者を特定するために、

①.書き込みがされたサイトの運営者に対して、発信者が書き込みを行った際のIPアドレス等の情報開示を求める仮処分を、裁判所に申し立てる。

②.①で開示されたIPアドレス等の情報からプロバイダを特定する。

③.当該プロバイダに対して、発信者情報(住所氏名等)の開示を求めるため、裁判所に発信者情報開示請求訴訟を提起する、という流れになります。

しかし、プロバイダの多くが、アクセスログ等の保存期間を3か月程度としていることが多いため、上記①②③の裁判手続きを行っている間にログが消去されてしまい、結局発信者が特定できないという事態が想定されます。

また、上記①②③の裁判手続きは、被害者自らが行うにはハードルが高く、その分野に精通した弁護士に依頼する必要があるため、高額な費用がかかります。

そして、高額な費用を支払っても、最終的に発信者を特定出来ないこともあるため、被害者の多くが、泣き寝入りせざるを得ない現状にあります。

 

3.制度改正に向けた議論の状況

上記の問題を解決するために、発信者情報開示の手続きについて見直しを進めようという動きがあります。総務省では、今年の4月に「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を発足し、現在検討が進められています。今年11月には報告書が取り纏められる予定となっています。そこでなされている議論の一部を、以下にご紹介します。

(1)プロバイダ等による発信者情報の任意開示の促進

プロバイダ等が任意開示を拒む理由は、発信者からの責任追及のリスクを回避することにあると考えられます。そのため、任意開示を促進するためには、発信者からの責任追及のリスクを軽減することが必要です。具体的には、プロバイダ等が、「権利侵害が明白である」(発信者の書き込みが名誉棄損等にあたることが明白である)か否かの検討を十分に行ったことの疎明ができれば、免責される等の制度を新設する等が考えられます。

(2)送達場所に関する民事訴訟法の改正

現状、海外の企業(Google、Twitter、Facebook等)に対し、本案裁判を起こす場合、送達に半年以上の時間がかかります。仮処分の場合も、実務上、EMS(国際スピード郵便)が用いられていますが、最初の期日が入るまで3週間程度かかります。この時間を短縮するため、民事訴訟法の改正を行い、日本に拠点がある海外企業であれば日本法人への呼出し、送達で足りる形にすることが考えられます。

(3)発信者情報開示手続きの簡素化

発信者を特定するには、上述のとおり、現状では、2回の裁判手続が必要となります。実質的に同様ないし類似の主張立証を重ねることになるため、時間的にも、また訴訟経済上も無駄が生じています。そこで、上記②の裁判について仮処分を活用した手続きを可能とすることが考えられます。

また、アメリカでは、加害者を特定しないまま裁判所に提訴する「匿名訴訟」が可能であり、当該訴訟の中で、証拠開示手続(ディスカバリー)を用いて、サイト側に情報開示を命じさせることで発信者の情報を取得することが出来ます。こうした制度を、日本でも新設することが考えられます。

上記いずれの制度改正も、簡単なものではありませんが、SNSの誹謗中傷による被害は深刻化しており、多くの被害者が泣き寝入りをしている状況に鑑みると、一刻も早い見直しが必要であると考えます。

(石田 美果)

定期金賠償(令和2年7月9日最高裁)について

事故に遭い、不幸にも将来にわたり後遺障害が残ってしまったとしたら、どのように損害金の支払いを一時払いで求めるのが良いのでしょうか。それとも定期的な支払いを求めるのが良いのでしょうか。本コラムでは、後者の定期金賠償について説明をします。

 

1 不法行為時の損害賠償の方法

民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。故意・過失によって他人の権利・利益を侵害する行為(=不法行為)をした人は、同条に基づき、損害を賠償する義務を負います。

賠償という言葉は、辞書的には「他の人に与えた損害をつぐなうこと」を意味しますが、法律的には、原則として、生じた全ての損害を金銭評価して、その合計額を支払うことにより賠償することになります(金銭賠償の原則:民法722条1項・417条)。

そして、実務上、多くの場合に損害賠償金は一時金として支払われます。

 

2 定期金賠償について

もっとも、事故により後遺障害を負った場合のように、損害が将来にわたって継続することが想定される場合には、一時金による支払いよりも定期的に一定額を支払う定期金賠償の方が適切な場合もあります。

法律上、損害賠償金の支払い方法は一時払いで無ければいけないという規定は存在しません。むしろ、1996(平成8)年に新設された民事訴訟法117条は以下のように定めています。

 

(定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴え)

第117条 口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。ただし、その訴えの提起の日以後に支払期限が到来する定期金に係る部分に限る。

 

この条文は、定期金賠償による判決が出た場合に、後遺障害の程度や賃金水準等が大きく変わった場合には、判決の変更を求める訴訟を提起することができることを定めたもので、定期金賠償が可能であることを前提としています。

また、実務上、定期金賠償によることも少ないながらあります。

 

3 最高裁判例の紹介

そんな中、交通事故で後遺障害が残ったケースで、その逸失利益について定期金による賠償を認めた判決(以下「本判決」と言います。)が、2020(令和2)年7月9日に最高裁で出されました(最高裁ホームページ https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89571 )。

 

本判決は、事故当時4歳の子が道路横断中に大型貨物自動車に衝突され、脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、高次脳機能障害の後遺障害が残り、労働能力を全部喪失した(全く働くことができなくなった)という事案です。被害者側は、上記後遺障害による逸失利益(得ることが出来なくなった利益)として、本来であれば働くことができた18歳から67歳までに取得できたはずの収入額を、各月払いの定期金によって支払うことを求めました。

これに対して、最高裁は、「交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において」、不法行為に基づく損害賠償制度の「被害者が被った不利益を補填して、不法行為がなかったときの状態に回復させる」という目的や「損害の公平な分担を図る」という「理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となるものと解される」とした上で、本件後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を対象とすることを認めました。

 

4 被害者側からみた定期金賠償のメリット・デメリット

被害者側からみたときに、定期金賠償は、実態に即した賠償を受けることができるというメリットがあります。

例えば、一時金による賠償を受ける場合、中間利息控除(※)がされた金額を受け取ることになりますが、その際の利率(現在は3%)で運用することは、実際のところは容易ではありません。金利がほぼ0に近い現在の状況であればなおさらです。しかしながら、定期金賠償であれば本来の金額を受け取ることができます。

一時金払いの場合、最初に多額の現金が入るため、つい使ってしまい、後々困るということもあります。特に、未成年者や後遺障害により自身でお金を管理することが困難な場合、親や親族などのお金の管理者が使ってしまうという危険性もあります。

さらに、先に紹介した民事訴訟法117条により、障害の程度が大きく変わったり、大幅なインフレが生じた場合に、定期金の金額を変更する判決を求めることも可能です(もちろん必ず認められる訳ではありませんが)。

他方で、定期金における一番のデメリットは、支払義務者が消滅したり、支払能力がなくなったりした場合に、定期金を支払ってもらえなくなる可能性があることです。交通事故等の実質的に保険会社が支払うというケースでは、支払われなくなる可能性は小さいですが、ゼロではありません。

また、後遺障害の程度が当初の想定より大幅に改善した場合や著しいデフレがあった場合には、民事訴訟法117条により、先ほどとは逆に定期金金額が下がる可能性もあります。もっとも、損害賠償が被害者が被った不利益の補填であることからすれば、不利益の程度が軽くなっているのであれば、減額されるのはやむを得ないものともいえます。

 

5 加害者側からみた定期金賠償のメリット・デメリット

後遺障害の程度等、損害額算定の基礎となる事情が大きく変わった場合に、民事訴訟法117条により定期金の金額を変更できる可能性があるということは、加害者側から見てもメリットになると言えます。

ただし、後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償が命じられた場合に、その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したときに、民事訴訟法117条によって死亡後の定期金賠償の支払いを免除されるかというと、必ずしもそういうわけではありません。本判決を言い渡した裁判官の一人である小池裕裁判官は、補足意見として、上記のような場合には「被害者の死亡によってその後の期間について後遺障害等の変動可能性がなくなったこと」を理由として、「就労可能期間の終期までの期間に係る定期金による賠償について、判決の変更を求める訴えの提起時における現在価値に引き直した一時金による賠償に変更する訴えを提起するという方法も検討に値する」と述べており、死亡後の定期金賠償の免除では無く、一時金に変更しうるという見解を述べています。

また、加害者が任意保険等に加入していない場合には、定期金賠償=分割払いであることもメリットとして挙げられるかもしれません。

他方で、デメリットとしては、長期間にわたり支払いをしなければならないという債権管理上の負担がまずあります。

また、後の事情変更により、不利にもなり得ることはデメリットとも考えられますが、既に述べた損害賠償制度の目的・理念からすれば、やむを得ないことと言えるでしょう。

 

6 最後に

本判決により、交通事故や医療事故などで定期金賠償となるケースも増えるかもしれません。一時金と定期金、いずれの賠償を求めるべきか検討する必要も生じるものと思われます。

交通事故、医療事故等による損害賠償の請求を検討される際には、ぜひ池田総合法律事務所にご相談ください。

 

※中間利息控除については、本コラム 2020(令和2)年4月2日「民法改正による交通事故の損害賠償請求の影響は?」3の(2)をご覧ください。

(川瀬 裕久)

孤独死後の法律問題

家族に看取られることなく単身で死を迎えることを孤独死と総称するようです。単身世帯の増加と高齢化が相まって、孤独死は珍しいものではなくなりました。警察や住居不動産の管理者・貸主からの突然の連絡で、ご親族が知るところとなるようです。今回は、突然そのような連絡を受けたご親族が直面する法律問題について説明します。

孤独死の場合はどうしても発見が遅れます。暑い時期にはご遺体の傷みが激しく、住居内外の衛生環境等にもろもろの支障が生じます。そのような場合、貸主等からご親族に対して、即時に特殊清掃の手配についての判断を迫られることがあります。周囲への影響を最小化するために、特殊清掃を手配せざるを得ないこともあるでしょう。

特殊清掃には汚れた家財の処分を伴うケースがあります。相続財産を処分してしまうと、相続放棄ができなくなってしまうという単純承認の制度(民法921条)があり、家財を処分していいのか、という問題があります。高価品であれば格別、汚れた家財は売却しようにも値が付かないので財物の処分にあたらず、単純承認とされるケースは少ないでしょう。安全を期すならば処分品のリストの作成を業者に依頼する、相続人になりうる方以外(例えば法定相続人の配偶者)を特殊清掃の契約者にする等の対策が考えられます(高価品があれば別途保管が必要)。

特殊清掃の問題が解決すれば、あとは注意すべき点は通常の相続と同じです。原則として相続開始を知って3か月以内に相続放棄(民法915条)するかを検討する必要があります。なお、相続放棄をするだけでは、相続財産管理義務を免れることができない点に注意が必要です(民法940条)。この義務を免れるためには、費用を負担して「相続財産管理人」(民法952条)の選任を家庭裁判所に申し立てる必要があります。相続財産管理人は、各種資産を売却してお金に換えて負債の支払いに充てますが、特殊清掃費用や葬儀費用を立て替えた場合には、相続財産管理人に対して支払いを求めることができます。

以上は、あくまで一般論で、ケースバイケースの事情もあるでしょう。お近くにご親族が孤独死された方がおられたら弁護士に相談するようお勧めいただければと思います。

山下陽平

野上陽子の摩天楼ダイアリー⑥

「 With新型コロナウィルス、コロナと共に生きるニューヨークは今・・・ 」

つい最近、感染テストをした診療所からメールが来ました。アメリカでは基本、医師に掛かるときに予約が必要で当日すぐに見てもらえないのが普通ですが、今回利用したCITY MDは、2010年に出来たニューヨークのチェーンのクリニックで、ニューヨークに多くの診療所が有り、かかりつけの医師がいない場合で予約がなくても受信可能であり、また、24時間開いているので即診てもらえる利点があります。今回、ニューヨーク州でも感染テストを行う場所として認定されました。陰性の結果を得て一安心しました。CITY MDは予約なしでも受診出来るのでWalk-in Clinicともいわれます。ネットで検索すると最寄りの場所が出てきますし、比較的多くの保険が適用されるので覚えておかれると便利です。

さて、アメリカでは今、失業者が溢れています。アメリカでは日本と違い、企業の生き残りの為に簡単に従業員を解雇します。それでも、景気が戻れば採用します。失業保険は6か月以上働けばもらえますし、例えば2年A会社に居て半年B会社で働き、その後に解雇されるとA社とB社の給料から失業保険金額を割り出し6か月分は支給されます。特に今回の感染対策では、倍の支給が出たそうです。これは今年6月までの支給という内容であった記憶です。

クオモ州知事が、政府は大企業を援助しているのに、大企業は従業員を解雇し、受けた援助金を蓄えていると指摘していました。解雇された人の中にはサービス業だけでなく、支店を閉店した銀行員などもいます。きっと再雇用されるのでしょうが、こんなところにも株式市場のからくりが有ります。決して経済が立て直されたとか、見通しが明るいわけではありません。株式は世界経済を反映していない部分が多くあります。この頃数日間で、金融や自動車産業のような大手企業株が沸騰しています。また、日常品の流通よりも高価なものの流通産業株が上がっています。このような時は理由なく大きく値を下げる可能性が有ります。それから、米国株式は中国を含む世界の富裕層が投資家ですから、経済を見て株が動くのでない部分もあります。米国民は自分の家から手軽に株売買が出来ますので、うわさが飛ぶとあっという間に動いたりもします。

リーマンショックは人と企業が作り上げた不況で、本当は何年も隠していた経済悪化の実情をオバマ大統領が就任した途端に暴露されたのが実際のところで、かなり根が深いものがありました。NY市での9.11以降の株暴落は回復には長い時間がかかったのですが、今回はウィルス感染という目に見えない相手で様子が違い、2週間で大きく下げ2か月で大体が戻りつつあります。少し前まで円が買われドルが下がりましたが、今度は円を売りドル買いをして株買いに走っています。これには日本の銀行はじめ金融機関も大いに関わっていると思います。

いずれにしても、対コロナウィルスでも、経済の活況の面でも、ウィルス感染予防薬、治療薬の完成が待たれます。

感染問題が終わらない中、ミネアポリスで警察官によるアフリカ系米国人の暴行死事件が起きました。連日報道されているように人種差別問題が起きました。この問題は本当に根深く、人種だけでなく、宗教などの問題もあります。今回今までの歴史と大きく違うのはデモをする人に白人の割合がとても多いです。CNN ジャパンでも判るように政治に対する不満が爆発した感じです。今までの大統領はお行儀が良すぎて歯がゆい部分が多かったですが、今回は大統領が言いたい放題の行動をするので様子が大きく違います。

どこの企業も事務所も、今回の人種差別に対して許しませんと公表しています。マーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された時から52年経って本当に変わるのでしょうか?その疑問です。これまで何度も同じような事件がありましたが、何となく事件の収束を知らされず終わってしまってきたからです。今回のフロイドさんの事件をきっかけに全米に飛び火した暴動や抗議は、大統領選にも影響を及ぼしそうな動きが出ています。

How to Make this Moment the Turning Point for Real Change

ミネアポリスの事件を受けて、オバマ前大統領が声明を発表した声明文の表題です。アメリカには立場を越えて、変えるという渇望があると信じたい、そんな思いで、今回のブログを終えたいと思います。今週月曜日から様々な規制が解除されNYの街も動き始めています。オフィスにも外出禁止で出かけられなかった期間も終わりです。さて外の様子はどうなっているのでしょう。マンハッタンの様子をニュースでなく自身で感じる時間が来ます。

またお便りします。

野上陽子(ニューヨーク市マンハッタン在住、コンサルタント会社を経営)

サイトのご案内  https://www.ynassociates.net/

土壌汚染が疑われる土地売買その他の注意点

1 リーディングケース

土壌汚染の分野は,土壌汚染が明らかとなれば,土壌汚染調査及び土壌汚染対策工事費に多額の費用を要するところです。

そして,調査,工事費が数億円から数十億円に達することから,その費用負担を誰が負うのかを,いかに合意するかが後のリスクの大きさを決めることになります。

このリスクを,買主と売主に適切に分配できるように契約文言の工夫が必要不可欠な分野であり,後の費用リスクを考えると,売主であっても買主であっても,事前に弁護士に相談をし,リスクを見定めておく必要があります。

具体的には,合意内容を表す契約書上にどういった文言で『瑕疵担保責任条項』を入れるかが契約当事者にとって非常に重要になります。

たとえば,【最高裁平成22年6月1日判決(民集64巻4号953頁)】は,土地開発公社が購入した工場跡地にフッ素が含まれていたところ,売買は土壌汚染対策法成立前になされており,売買契約時においてフッ素が人の健康に被害を生じるおそれがあるとは認識されていなかった事案ですが,

「売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性質を有することが予定されていたかについては,売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべき

として,売主の瑕疵担保責任を認めませんでした。

これは,当事者間の合意の内容を重視する主観説によることを明らかにしたと評価できます。

そこで,以下では,売主・買主の注意点を解説します。

 

2 売主側の注意点

(1)売主の責任

①売主の契約不適合責任(いわゆる従来の「瑕疵担保責任」)

売買契約締結前の簡易調査で土壌汚染が発見されなくても,契約後の詳細な調査で土壌汚染が発見され,売主として瑕疵担保責任を負う場合があり得ます。

また,売買対象の土地の隣接地の地歴調査をしなければ,隣接地の工場稼働歴により,当該工場が排出した土壌汚染物質を原因とする土壌汚染があった場合に,後に売主として瑕疵担保責任を追及される可能性もあります。仮に,隣接地からの土壌汚染物質の流入があるのであれば,その流入を阻止する方策を講じる必要があります。

これは,民法570条の瑕疵担保責任が,売主の善意や無過失とは関係無く認められるためであり,仮に土壌汚染を売主が知らない(善意)であっても買主に対して損害賠償責任等を負うことになるためです。

そこで,売主としては,土壌汚染対策法に従った土壌環境調査か,それに準じた詳細な自主調査を行うことが,結果的にコストを安くできることがあります。

②弁護士費用

東京地方裁判所平成20年7月8日(判時2025号54頁)は,瑕疵担保責任にもかかわらず,2000万円の弁護士費用の売主負担を認めています。

もっとも,この裁判例のように弁護士費用がどういった場合でも認められるのかは,そもそも瑕疵担保責任は不法行為ではないので弁護士費用は認められないのではないかという疑問点もあります。

③消滅時効の更新

また,契約上の瑕疵担保期間経過後に,売主の役職者が瑕疵担保責任を負担するという文書を出していたことをもって消滅時効の中断事由(現民法での用語では「更新」)となっており,交渉に当たっても細心の注意が必要です。

④契約文言の重要性

以上のような売主としてのリスクがありますので,売買契約書中では,瑕疵担保責任の範囲や期間をできる限り限定した契約書になるように契約交渉をすることが必要不可欠です。

(2)信義則上の契約に付随する義務

①土壌汚染浄化義務

瑕疵担保責任制限特約において,地表から地下1メートルまでの部分に限り瑕疵担保責任を売主が負担するとされているので,信義則上,売買契約に付随する義務として土地土壌中のヒ素を環境基準値を下回るように浄化して買主に引き渡す義務があると認定した裁判例(東京地方裁判所平成20年11月19日判決(判タ1296号217頁))もあります。

②信義則上の説明義務(債務不履行に基づく損害賠償請求)

売主が,買主が土壌汚染調査を行うべきか適切に判断するための情報を提供しなかった場合,信義則上の説明義務を果たしていないとして,債務不履行に基づく損害賠償義務を肯定している裁判例(東京地方裁判所平成18年9月5日判決(判時1973号84頁),同20年11月19日判決(判タ1296号217頁))もあります。

(3)商法526条の適用の有無

土地売買でも商法526条の適用があるのが原則ですが,実際の売買契約では瑕疵担保責任として引渡し後1年までとするなど商法526条と異なる規定をしていることが多く,その場合は商法526条の適用が排除されることになります(東京地方裁判所平成18年9月5日判決(判時1973号84頁))。

 

3 買主側の注意点

土壌汚染では主に契約不適合責任(従来のいわゆる「瑕疵担保責任」)の主張をすることになります。

食品製造業者で不動産売買を専門としていない売主から,不動産業者である買主が食品工場跡地を購入した事案で,不動産売買契約書上の文言解釈を,当時の自然由来の特定有害物質は土壌汚染に当たらないとする行政通知に基づき,買主(不動産業者)に不利に解釈した事案があります(東京地方裁判所平成23年7月11日判決(判時2161号69頁))。

たとえ事業者間売買であっても,不動産番倍や土壌汚染に精通している等専門性を有する業者に契約文言が不利に解釈される場合もあります。

なお,現在は自然的原因による有害物質は土壌汚染にあたるとされています(環水大土発第100305002号平成22年3月5日環境省水・大気環境局長通知)。

 

4 借主側の注意点

建物を工場として賃借した借主による土壌汚染で,建物賃借人の債務不履行に基づく損害賠償責任を認めた裁判例があり(東京地方裁判所平成19年10月25日判決(判時2007号64頁)),建物賃借人であっても土地賃借人であっても賃借人が土壌汚染を引き起こした場合には,賃貸人に対して債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合があります。

 

5 土壌汚染対策法,ダイオキシン類対策特別措置法に定められていない物質による土壌汚染

法令で規制されていない物質による土壌汚染の場合も,「土壌に含まれていたことに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがある」限度を超えて物質が含まれていれば,瑕疵担保責任における「瑕疵」に当たり得ます(東京地方裁判所平成24年9月27日判決(判時2170号50頁)参照)。

そこで,やはり,契約上で瑕疵担保責任が生じる「瑕疵」とは何かをできる限り明確に定めておく必要があります。

 

6 地下に存在する産業廃棄物について

土壌汚染の問題ではありませんが,土壌汚染の問題と同じように地下に産業廃棄物が存在することがあります。

産業廃棄物が地中に存在する場合には,土地の利用目的等に照らして通常有すべき性質を備えないといえれば土地の「瑕疵」になり得るものと考えられます。

 

7 最後に

土壌汚染の分野は,土壌汚染が明らかとなれば,土壌汚染調査及び土壌汚染対策工事費に多額の費用を要するところです。

そして,契約において,買主と売主に適切にリスクを分配できるように契約文言の工夫が必要不可欠な分野であり,後の費用リスクを考えると,売主であっても買主であっても,事前に弁護士に相談をし,リスクを見定めておく必要があります。

 法人の事業等において,土壌汚染の問題がありましたら,一度,池田総合法律事務所にご相談ください。                            〈小澤尚記〉

テレワークの推進に向けて

1 テレワークの必要性高まる

新型コロナウィルス感染防止対策で緊急事態宣言が出され、営業自粛をする事業者や企業が相次ぐ中、組織としての活動を継続しようと、急遽、テレワークの導入を進めた事業者も少なくないと思います。

 

テレワークというのは、従業者が情報通信技術(ITC)を利用して行う事業場外での勤務を言うと考えられますから、在宅勤務のほか、サテライトオフィス勤務、ノートパソコンや携帯電話を利用して選択した場所で業務を行うその他のモバイル勤務などが、それに当たります。

コロナウィルスの感染拡大リスクを回避するだけではなく、通勤時間などの移動時間を節約するなどの業務の効率化から、今後もテレワークを維持、推進していこうとの働き方の変更も議論されているところです。

 

テレワークを導入しやすいかどうかは業種により異なると思いますが、リモートも休業もできない、業種の代表例として、医療、福祉関連のような社会的なインフラ事業者が思い浮かびます。LINEリサーチによれば、テレワークが導入しやすいIT関連企業が73%と高い結果で、次いで金融業・保険業で58%、また学校・教育法人、卸売業・商社、不動産業が40%以上と続いています。困難な業種として、医療、福祉関連、飲食業・飲食関係、運輸・運送・倉庫業は2割を切る実施率とのことです。

 

2 テレワーク就業規則の策定について

多くの企業では就業規則は変えず、付則としてテレワーク勤務規程を作成しているところも多いと思われます。週に1、2日程度の在宅勤務であれば、勤務制度を大きく変える必要はない、またモバイルワークの場合は、外出規程をそのまま適用する企業も多いと思います。

しかし、改めて考えてみますと、ICT情報通信技術を活用し、時間や場所に制約されない働き方を柔軟に取り込もうとするならば、就業規則もこれに応じて見直すことも必要でしょう。

テレワークを導入する場合には、テレワークを命ずることに関する規定を就業規則に定める必要があります。これに関する労働時間や通信費などの負担に関する規定も含まれます。

在宅勤務規程については、厚生労働省から「テレワークモデル就業規則~作成の手引き~」が公表されていますので参考になさってください。

https://www.tw-sodan.jp/dl_pdf/16.pdf

 

通常の労働時間制では、一日8時間、一週40時間(労働基準法32条)の規制がありますが、テレワークにも適用され、オフィス勤務と同じ扱いです(但し、常時10人未満の従業員を使用する①商業、②映画・演劇(映画の製作を除く)、保健衛生業、接客娯楽業について1週は44時間)。同様に、時間外や休日労働についても上司からの命令があった場合に可能で、その場合は会社側は通常の勤務と同じように時間外労働や休日労働の割増賃金を支払うことになります。

 

ちなみに、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定をすることが難しい場合には、所定の労働時間を労働したものとみなす「事業場外みなし労働時間」制度を適用することが考えられます。この制度の導入は、労働者の通信機器が使用者の指示では常時通信可能な状態になってはいないことを前提とします。

 

テレワーク制度を採用する場合には、業務の開始及び終了の報告、連絡体制、通勤手当など、在宅勤務であるからこそ特に決めておかなければならない点があると思います。

 

3 勤務環境の整備を

テレワークはフレックスタイムなどとは違い、制度や勤務時間を変えるだけでなく、①環境を構築する必要がある、②セキュリティ―対策をとる、③勤務時間を把握する、④仕事の評価をどうするのか、などの課題があります。

また、それ以前に、データの電子化、ハンコ(判子)文化の見直しなどがあります。

 

4 情報管理体制の整備も

情報管理体制に問題があれば、従業員の過失によって、情報漏洩が発生し第三者に損害を与えたときに、使用者責任(民法715条)が問われ、裁判例もあります。テレワークの実施のために、業務データを持ち出したり、社外利用するについての社内規程の整備をすることが欠かせません。データを重要度に応じたレベルに分け、取扱い方法について定期的にチェックしたり研修したり、パスワードや多要素認証など通信セキュリティ―に関する課題も重要です。システムやデータの取扱要領が有名無実化していないかの点検も怠らないように気を付けたいものです。

<池田桂子>

 

商標等の「商標的使用」は許されるか、-「商標としての使用」を比較して-

商標は、事業者が、自らの取扱い商品や役務(サービス)を他人のそれらと区別するために商品または役務について使用する標識をいいます。商標は、こうした自他を識別する機能だけではなく、出所表示機能、品質保証機能、宣伝広告機能を有するもので、事業者はその維持に多額のコストを投じています。そのため、その社会的、経済的な有用性に注目し、登録された商標には、商標権として、これを権利として保護し(商標権)、また、登録されていなくても、著明又は周知な商品等表示については、これと同一ないし類似の表示の使用が禁じられており(不正競争防止法)、他人がこうした商標、表示を使用した場合には、権利者から、その差止、損害賠償を求められたり、場合により、刑事事件として刑事罰を受けることもあります。

 

但し、この場合には、登録商標や表示が自他識別機能、出所表示機能を果たすような態様で使用されること(商標的使用といいます。)が必要であることが、判例上、また、商標法上明文化されています(同法26条1項6号)。

今回は、他メーカーの浄水器にのみ使用出来る交換カートリッジを仮想店舗で販売している業者が、そのメーカーから、商標権侵害等を理由にその差止等を求められた事例をご紹介して、「商標としての使用」について考えてみたいと思います(知財高裁判決 令和元年10月10日、裁判所のウェブ上(https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/074/089074_hanrei.pdf)で判決が紹介されております)。

 

原告(X)は、浄水器等の製造・販売を業として、「タカギ」という商標を有し、それを商品等に表示をしており、被告(Y)は、前述の通り、楽天市場内の仮想店舗で、Xの浄水器のみに使用できる交換カートリッジを販売し、Yは、HTMLファイルのタイトルタグ及びディスクリプション・メタタグに「タカギ」を含む以下のような記載をしていたものです。

はじめの記載は、

「タカギ 取付互換性のある交換用カートリッジ・・・。※当該製品は、メーカー純正品ではございません。」

その後、記載の内容が変更され、

「タカギに使用出来る取付互換性のある交換用カートリッジ・・・。※当該製品はメーカー純正品ではございません。」

さらに、再変更され、

「タカギの浄水器に使用できる、取付け互換性のある交換用カートリッジ」

という、いずれも登録商標である「タカギ」を含む記載があります。

その結果、「タカギ カートリッジ」等と検索をすると、タイトルタグの一部がタイトルとして表示され、楽天市場にはタイトルの横にYの商品の画像が表示され、グーグルでは、メタタグの全体が表示されていたものです。

 

これに対して、知財高裁は、はじめの記載は、Y商品の出所が、Xであると示すもので、違法なものとして損害賠償請求を認めています。ところで、Yの表示には、「取付互換性のある」とか「当該製品はメーカー純正品ではございません」といういわゆる打消し表示ないしそれに近い表現があり、カートリッジのメーカーがXでないことを表示しているのではないか、という疑問があります。前者については、裁判所は、メーカーが同じ商品間でも「互換性」という語は用いられていて意味が明確ではなく、後者についても、わかりにくい記載で需要者が注意深く読むとは限らず、また、当該記載が末尾に記載されて、常に需要者に認識されるとはいえないと判断しました。

 

ところが、変更後や再変更後の記載については、カートリッジの出所がX(タカギ)であることを表示したものとはいえないとして、請求を認めません。 一見すると、変更前後で、表示に大きな差は認められない様にも思いますが、判断が分かれたのは、なぜでしょうか。それは、変更後の表示は、「タカギ」という3文字の後に「に」あるいは、「の」という助詞が付加されている点です。

 

この「に」や「の」が入ることで、カートリッジがX製の浄水器に使用できるものであるという商品内容としてひとまとまりの文章として理解出来るということです。この場合には、需要者としても、この表現では、販売している商品の出所が、「タカギ」であることを表示したものとは言えないという解釈です。

 

確かに変更前の記載は、メーカー純正品と自己製品との垣根を微妙にあいまいにしていることがあり、その点を狙っていた節もありますが、やはりその点を裁判所は、見逃さなかったということでしょうか。「商標的使用」の限界事例としてご紹介します。

(池田伸之)

 

新型コロナウィルス感染拡大防止対策に関連する個人情報取り扱いの留意点

1 新型コロナウィルス感染拡大防止対策の一環で,事業者は,訪問者や従業員から,発熱・新型コロナウィルス特有の症状の有無,渡航歴,濃厚接触者に該当するかどうかのヒアリングをすることがあります。また,社内で感染者が出た場合,企業はその事実をニュースリリース等で公表することが多いと思います。

このような情報の取得等の各場面では,個人情報保護法に抵触しないかを検討する必要があります。本ブログでは,新型コロナウィルス感染拡大防止対策に関連する個人情報取り扱いの留意点を簡単にご紹介します。

 

2 取得する情報の例
前述の,発熱・症状の有無,渡航歴,濃厚接触者に該当する事実は,各個人に紐づき,事業者において当該個人を識別できる状態で取得されることがほとんどだと思います。完全に個人との紐づきを捨象し,統計データ化している等の例外的な場合でなければ,これらの事実は,個人情報に該当します。

また,新型コロナウィルス陽性であるという病院・保健所の検査結果は,要配慮個人情報として,単なる個人情報以上に厳密な取扱いが要求され,取得にあたり原則として本人の同意が要求されます。

 

3 留意点
次に,上記の情報を取得,公表,第三者に提供するにあたっての留意点を解説します。
⑴ 取得時
個人情報の取得にあたっては,適正な手段で取得すること(個人情報保護法17条1項。以下は法律名は省略します。),利用目的を予め公表している場合でなければ本人に速やかに通知または公表すること(18条1項)が必要です。

事業者が,訪問者や従業員から,症状・発熱の有無,渡航歴,濃厚接触者該当性をヒアリングする際は,書面または口頭で新型コロナウィルス感染拡大防止の目的を明確に伝えることでこれらの要件はクリアできます。また,社内規程やプライバシーポリシーに規定された,個人情報の利用目的から,新型コロナウィルス感染拡大防止が読み取れれば,「利用目的を予め公表」しているといえるでしょう。これを機に,社内規程,プライバシーポリシーの見直しをしてみてはいかがでしょうか(池田総合法律事務所でご相談を承ります。)。

そして,取得する情報が,新型コロナウィルス陽性の診断結果,罹患の事実といった要配慮個人情報にあたる場合は,原則として本人の同意を得る必要があります(17条2項)。ただし,本人から直接書面または口頭等により情報を取得する限り,本人が情報を提供したことをもって,同意をしたと解釈できますので(個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン通則編3-2-2,36ページ参照https://www.ppc.go.jp/files/pdf/190123_guidelines01.pdf),別途同意書やオンラインのフォームを用意する必要はありません。

⑵ ニュースリリース等による公表
新型コロナウィルス感染者が社内で発生した場合,ニュースリリース等で社外に公表することが考えられます。

公表内容が,社内の感染者発生の事実,その後の社内対応(例:感染者が発生したオフィスの消毒,濃厚接触者隔離措置等の実施の事実)という,感染者本人を一切特定しない形であれば,感染者本人の同意を得る必要はありません。

しかし,新型コロナウィルス感染の事実は,非常にセンシティブな情報です。

そのため,情報の公開や後述の第三者への提供にあたっては慎重な姿勢が求められます。トラブル防止のため,ニュースリリース等による社外への一般公開の情報は,感染者本人を特定しない形になっているか,公開前にしっかり検証する必要があります。

⑶ 第三者への提供
情報の一般公表ではなく,特定の第三者に,感染者本人を特定できる形で情報を提供する場面も想定し得ます(個人データの第三者提供,23条1項)。例えば,社員が新型コロナウィルスに感染しており,当該担当者が接触していた取引先にその旨情報提供する場合です。

個人データの第三者提供にあたっては本人の同意が必要です。

しかし,上記の場合のように,事業継続,二次感染防止,公衆衛生向上の必要が認められる場合は,本人の同意は不要とされています(個人情報保護委員会「新型コロナウィルス感染症の拡大防止を目的とした個人データの取扱いについて」参照。https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/covid-19/)。

 

4 以上のとおり,個人情報の取得等が,新型コロナウイルス感染拡大防止目的である限り,個人情報保護法は,事業者にそれほど厳密な規制を課すわけではありません。しかし,新型コロナウイルスに関係する個人情報,個人データのセンシティブな性質に鑑みて,事業者に慎重な姿勢が求められるのは言うまでもありません。不安のある方は,池田総合法律事務所にご相談ください。また,池田総合法律事務所は,新型コロナウイルス感染症関連情報の特設ページをご用意していますのでこちらも合わせてご参照ください(https://ikeda-lawoffice.com/covid-19/)。                        <藪内遥>

パワハラ防止法について

2019年5月に成立した改正労働施策総合推進法(以下「パワハラ防止法」といいます。)の施行が2020年6月1日(対象は大企業。中小企業は2022年4月施行予定)と、目前に迫ってきました。

そこで、今回は、どのような行為がパワハラ行為に当たるのか、また、パワハラ防止法により、企業にどのような行為が義務付けられるのかについて、簡単に解説したいと思います。

 

1.パワハラとは

パワハラとは、パワーハラスメントの略で、優位的な立場にある者が、下の立場の者に対し「自らの権力や立場を利用した嫌がらせ」を行うことを言います。

厚生労働省の定義によると、職場におけるパワーハラスメントは、以下の3つの要素をすべて満たすものとされています。

① 優越的な関係を背景として、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動によって、

③ 就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)

 

①優越的な関係を背景とした行為の例には、つぎのようなものがあります。

  • 職務上の地位が上位の者による行為 ●同僚又は部下による行為で、当該行為を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの ●同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの

②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動の例には、つぎのようなものがあります。

  • 業務上明らかに必要性のない行為 ●業務の目的を大きく逸脱した行為 ●業務を遂行するための手段として不適当な行為 ●当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える行為

③身体的若しくは精神的な苦痛を与える行為の例には、つぎのようなものがあります。

  • 暴力により傷害を負わせる行為 ●著しい暴言を吐く等により、人格を否定する行為 ●何度も大声で怒鳴る、厳しい叱責を執拗に繰り返す等により、恐怖を感じさせる行為 ●長期にわたる無視や能力に見合わない仕事の付与等により、就業意欲を低下させる行為

 

2.企業に義務付けられる内容

パワハラ防止法により、企業には以下の措置が義務付けられるようになります。

(1)まず企業は、パワハラを防止するため、従業員が相談出来る窓口を設け、相談内容に応じて、適切に対応できるような体制を整えておかなければなりません(労働施策総合推進法30条の2第1項)。

(2)つぎに企業は、従業員が(1)の相談を行ったこと等を理由として、当該従業員に対して解雇その他の不利益な取り扱いをしてはなりません(労働施策総合推進法30条の2第2項)。

(3)また企業は、パワハラに当たる行為を行ってはならないこと及び当該行為に起因して起こり得る問題等について、従業員に対し研修を実施するなどして、従業員の理解を深めるよう努めなければなりません(労働施策総合推進法30条の3第2項)。

(4)また企業(役員)自らも、パワハラ問題に対する関心と理解を深め、従業員に対する言動に必要な注意を払うように努めなければなりません(労働施策総合推進法30条の3第3項)。

なお、パワハラ防止法には、企業が違反した場合の罰則規定は設けられていません。しかし、上記(1)や(2)に違反した企業が、厚生労働大臣の指導・勧告に従わない場合は、その旨が公表される可能性があり、企業イメージが大きく毀損することとなります。

また、パワハラを受けた労働者から、慰謝料の支払い等を求めて、裁判を起こされる可能性もあり、実際にもこれまでに多くの裁判が行われてきました。

パワハラは、大きな社会問題となっており社会の関心も高く、企業にとって避けては通れない問題となっています。

池田総合法律事務所は、企業からのご相談も積極的に受けております。パワハラを防止するための体制の整備や、パワハラが起きてしまった場合の対応等について、ご相談されたい場合は、是非お気軽にお問合せください。

以上

(石田美果)

事業の継続、廃止に向けた手続きについて

1.事業の継続に向けた手続き

(1)債権者との交渉

緊急事態宣言が継続されている現下の状況では、将来に向けた収支見込みが立たないのが実情です。

企業として体力があり、コロナ禍の中、資金繰りが出来る、あるいは、金融機関その他の債権者からの一時的な返済猶予が得られることが前提となりますが、今後、コロナによる影響が減じ、収支見込みが立つようになり、営業利益がプラスとなった時点では、金融機関などの債権者に対し、長期的な返済猶予や債務(元金、金利)カットの交渉をするということが考えられます。

その際は、企業のおかれた状況や経営者の個人資産も含め、資産負債の状況などを誠実に開示したうえで、金融機関とのミーティングを重ね、合意に向けた交渉をすることになりますが、全債権者から、猶予にとどまらず、債権カットの合意が得られたときは、金融機関側の無税償却の必要上、その合意内容を一定の司法的ないし準司法的な手続きで確認する必要があります。一般的には、特定調停手続を利用した手続がよく利用されます。

(2)M&Aの活用

また、事業自体は価値や独自性があって買い手があるような場合は、事業や雇用を継続する前提で、第三者に事業を売却して(手法として第二会社を設立するなどの方法があります。)、その売買代金で、債権者に債権額に応じて弁済し 、支払えない部分は、会社を破産、あるいは、特別清算という法的手続で、清算するという方法もあります。

その場合には、M&Aなどの手法で廃業を公的に支援する制度があります。詳細は、事業引継ぎ支援センター に関する当事務所の法律コラム(2015年8月11日「中小企業のM&A―『事業引継ぎ支援センター』って何?」を参照ください。

https://ikeda-lawoffice.com/law_column/

中小企業の%ef%bd%8d%ef%bc%86%ef%bd%81%ef%bc%8d「事業引継ぎ支援センター」

(3)民事再生手続

債権者との交渉の中で、一部の債権者が債権カットなどについて反対し、全債権者の同意が得られないときは、民事再生手続という法的な手続きが可能です。

民事再生手続では、手続きの中で再生計画案を提示し(たとえば、債権額の20%を5年で毎月分割弁済し、残りの80%は免除してもらう。)、会社の場合、債権者の頭数の過半数及び債権額で2分の1以上の賛成が得られれば、再生計画案が認可され、その再生計画に従って弁済をすることになります。他方で、この賛成が得られないときは、会社の場合には、申立が棄却され、自動的に、破産手続へ移行する(牽連破産といいます。)ことになり、注意が必要です。

個人の場合は、債務総額が5000万円以下その他の要件がありますが、小規模個人再生という比較的簡易な再生手続きが認められています。この場合は、不同意の債権者が頭数で過半数、債権額で2分の1を超える場合には、計画案は認められませんが、「不同意」でなければよく、積極的に同意してもらう必要まではありません。

以上のように、大口の債権者が強硬に反対しているときは、慎重に検討する必要があり、その場合には、事業継続を断念して、事業を廃止して、破産などの手続を取ることにならざるを得ません。

 

2.事業の廃止に向けた手続き

(1)債務の弁済が可能な場合

資産で、債務の弁済が可能な場合は、会社の場合は、会社を解散して、清算手続を取ることになります。

清算手続の中では、清算人が(それまでの代表者が清算人となるケースが多いと思います。)、会社資産を換価し、契約関係については解消し、従業員は解雇し、債務の弁済をしていくことになります。

資産の換価をした結果、債務の弁済の見込みの立たないときは、そのまま、清算手続きを取ることは出来ず、清算人は破産申立の手続きを取らなくてはいけません。債務の中には、従業員の解雇予告手当や退職金(規定のある場合)も含まれますので、注意が必要です。

(2)債務の弁済が不可能(債務超過)の場合

債務の弁済が、資産では不可能な場合は、破産手続を取って清算することが考えられます。

 

3.個人保証への対応

金融機関などからの借り入れに際しては、ほとんど、会社経営者やその親族が連帯保証人となっているため、会社が再生手続や破産手続をとり、債務カットがなされた場合、そのカットされた債権につき、連帯保証人としての責任が残ります。その責任を法的に免れるためには、連帯保証人自身も、破産ないし民事再生の手続きを取ることも一つの方法です。

そのほか、経営者保証ガイドラインによる処理の運用が定着し始め、前述の特定調停と組み合わせることによる解決手法が広がりつつあります。債権者との合意が前提となりますが、破産と比べて、自由になる財産の範囲が広がり、費用も低額で、経営者にとっては有利な解決方法です。

詳細については、当事務所のブログ(2015年6月8日「経営者保証ガイドラインの活用について」https://ikeda-lawoffice.com/law_column/経営者保証ガイドラインの活用について/  2019年2月13日「経営者保証ガイドラインによる解決の手法が広がり始めている~代表者の保証債務からの解放・軽減~」https://ikeda-lawoffice.com/law_column/経営者保証ガイドラインによる解決の手法が広が/)を参照ください。

 

4.その他のサイトのご案内

コロナ問題に特化したものではありませんが、特定調停手続その他の手続きを説明したものとして、法務省のサイトwww.moj.go.jp/MINJI/minji07_00023.htmlがあります。

また、経営者保証ガイドラインの説明をしたものとして、中小企業庁のサイトhttps://hosho.go.jp/があります。

 

5.ご注意

以上いろいろな手続きについてご説明をしましたが、いずれの手続ついても、弁護士、税理士、裁判所などの専門家、国家機関の力を借り、ご本人自身にも頑張っていたただいて、苦境を解決していく手法です。手続により所定の費用の高低はありますが、弁護士費用、申立費用、裁判所への予納金などといった形で、金銭が必要となります。最後まで頑張って精神的にも、金銭的にも、全く余裕をなくしてしまった状態では、必要な手続きが取れません。少し先を見越し、早め早めにご相談をすることをお勧めします。

(弁護士 池田伸之)