土壌汚染が疑われる土地売買その他の注意点

1 リーディングケース

土壌汚染の分野は,土壌汚染が明らかとなれば,土壌汚染調査及び土壌汚染対策工事費に多額の費用を要するところです。

そして,調査,工事費が数億円から数十億円に達することから,その費用負担を誰が負うのかを,いかに合意するかが後のリスクの大きさを決めることになります。

このリスクを,買主と売主に適切に分配できるように契約文言の工夫が必要不可欠な分野であり,後の費用リスクを考えると,売主であっても買主であっても,事前に弁護士に相談をし,リスクを見定めておく必要があります。

具体的には,合意内容を表す契約書上にどういった文言で『瑕疵担保責任条項』を入れるかが契約当事者にとって非常に重要になります。

たとえば,【最高裁平成22年6月1日判決(民集64巻4号953頁)】は,土地開発公社が購入した工場跡地にフッ素が含まれていたところ,売買は土壌汚染対策法成立前になされており,売買契約時においてフッ素が人の健康に被害を生じるおそれがあるとは認識されていなかった事案ですが,

「売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性質を有することが予定されていたかについては,売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべき

として,売主の瑕疵担保責任を認めませんでした。

これは,当事者間の合意の内容を重視する主観説によることを明らかにしたと評価できます。

そこで,以下では,売主・買主の注意点を解説します。

 

2 売主側の注意点

(1)売主の責任

①売主の契約不適合責任(いわゆる従来の「瑕疵担保責任」)

売買契約締結前の簡易調査で土壌汚染が発見されなくても,契約後の詳細な調査で土壌汚染が発見され,売主として瑕疵担保責任を負う場合があり得ます。

また,売買対象の土地の隣接地の地歴調査をしなければ,隣接地の工場稼働歴により,当該工場が排出した土壌汚染物質を原因とする土壌汚染があった場合に,後に売主として瑕疵担保責任を追及される可能性もあります。仮に,隣接地からの土壌汚染物質の流入があるのであれば,その流入を阻止する方策を講じる必要があります。

これは,民法570条の瑕疵担保責任が,売主の善意や無過失とは関係無く認められるためであり,仮に土壌汚染を売主が知らない(善意)であっても買主に対して損害賠償責任等を負うことになるためです。

そこで,売主としては,土壌汚染対策法に従った土壌環境調査か,それに準じた詳細な自主調査を行うことが,結果的にコストを安くできることがあります。

②弁護士費用

東京地方裁判所平成20年7月8日(判時2025号54頁)は,瑕疵担保責任にもかかわらず,2000万円の弁護士費用の売主負担を認めています。

もっとも,この裁判例のように弁護士費用がどういった場合でも認められるのかは,そもそも瑕疵担保責任は不法行為ではないので弁護士費用は認められないのではないかという疑問点もあります。

③消滅時効の更新

また,契約上の瑕疵担保期間経過後に,売主の役職者が瑕疵担保責任を負担するという文書を出していたことをもって消滅時効の中断事由(現民法での用語では「更新」)となっており,交渉に当たっても細心の注意が必要です。

④契約文言の重要性

以上のような売主としてのリスクがありますので,売買契約書中では,瑕疵担保責任の範囲や期間をできる限り限定した契約書になるように契約交渉をすることが必要不可欠です。

(2)信義則上の契約に付随する義務

①土壌汚染浄化義務

瑕疵担保責任制限特約において,地表から地下1メートルまでの部分に限り瑕疵担保責任を売主が負担するとされているので,信義則上,売買契約に付随する義務として土地土壌中のヒ素を環境基準値を下回るように浄化して買主に引き渡す義務があると認定した裁判例(東京地方裁判所平成20年11月19日判決(判タ1296号217頁))もあります。

②信義則上の説明義務(債務不履行に基づく損害賠償請求)

売主が,買主が土壌汚染調査を行うべきか適切に判断するための情報を提供しなかった場合,信義則上の説明義務を果たしていないとして,債務不履行に基づく損害賠償義務を肯定している裁判例(東京地方裁判所平成18年9月5日判決(判時1973号84頁),同20年11月19日判決(判タ1296号217頁))もあります。

(3)商法526条の適用の有無

土地売買でも商法526条の適用があるのが原則ですが,実際の売買契約では瑕疵担保責任として引渡し後1年までとするなど商法526条と異なる規定をしていることが多く,その場合は商法526条の適用が排除されることになります(東京地方裁判所平成18年9月5日判決(判時1973号84頁))。

 

3 買主側の注意点

土壌汚染では主に契約不適合責任(従来のいわゆる「瑕疵担保責任」)の主張をすることになります。

食品製造業者で不動産売買を専門としていない売主から,不動産業者である買主が食品工場跡地を購入した事案で,不動産売買契約書上の文言解釈を,当時の自然由来の特定有害物質は土壌汚染に当たらないとする行政通知に基づき,買主(不動産業者)に不利に解釈した事案があります(東京地方裁判所平成23年7月11日判決(判時2161号69頁))。

たとえ事業者間売買であっても,不動産番倍や土壌汚染に精通している等専門性を有する業者に契約文言が不利に解釈される場合もあります。

なお,現在は自然的原因による有害物質は土壌汚染にあたるとされています(環水大土発第100305002号平成22年3月5日環境省水・大気環境局長通知)。

 

4 借主側の注意点

建物を工場として賃借した借主による土壌汚染で,建物賃借人の債務不履行に基づく損害賠償責任を認めた裁判例があり(東京地方裁判所平成19年10月25日判決(判時2007号64頁)),建物賃借人であっても土地賃借人であっても賃借人が土壌汚染を引き起こした場合には,賃貸人に対して債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合があります。

 

5 土壌汚染対策法,ダイオキシン類対策特別措置法に定められていない物質による土壌汚染

法令で規制されていない物質による土壌汚染の場合も,「土壌に含まれていたことに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがある」限度を超えて物質が含まれていれば,瑕疵担保責任における「瑕疵」に当たり得ます(東京地方裁判所平成24年9月27日判決(判時2170号50頁)参照)。

そこで,やはり,契約上で瑕疵担保責任が生じる「瑕疵」とは何かをできる限り明確に定めておく必要があります。

 

6 地下に存在する産業廃棄物について

土壌汚染の問題ではありませんが,土壌汚染の問題と同じように地下に産業廃棄物が存在することがあります。

産業廃棄物が地中に存在する場合には,土地の利用目的等に照らして通常有すべき性質を備えないといえれば土地の「瑕疵」になり得るものと考えられます。

 

7 最後に

土壌汚染の分野は,土壌汚染が明らかとなれば,土壌汚染調査及び土壌汚染対策工事費に多額の費用を要するところです。

そして,契約において,買主と売主に適切にリスクを分配できるように契約文言の工夫が必要不可欠な分野であり,後の費用リスクを考えると,売主であっても買主であっても,事前に弁護士に相談をし,リスクを見定めておく必要があります。

 法人の事業等において,土壌汚染の問題がありましたら,一度,池田総合法律事務所にご相談ください。                            〈小澤尚記〉

テレワークの推進に向けて

1 テレワークの必要性高まる

新型コロナウィルス感染防止対策で緊急事態宣言が出され、営業自粛をする事業者や企業が相次ぐ中、組織としての活動を継続しようと、急遽、テレワークの導入を進めた事業者も少なくないと思います。

 

テレワークというのは、従業者が情報通信技術(ITC)を利用して行う事業場外での勤務を言うと考えられますから、在宅勤務のほか、サテライトオフィス勤務、ノートパソコンや携帯電話を利用して選択した場所で業務を行うその他のモバイル勤務などが、それに当たります。

コロナウィルスの感染拡大リスクを回避するだけではなく、通勤時間などの移動時間を節約するなどの業務の効率化から、今後もテレワークを維持、推進していこうとの働き方の変更も議論されているところです。

 

テレワークを導入しやすいかどうかは業種により異なると思いますが、リモートも休業もできない、業種の代表例として、医療、福祉関連のような社会的なインフラ事業者が思い浮かびます。LINEリサーチによれば、テレワークが導入しやすいIT関連企業が73%と高い結果で、次いで金融業・保険業で58%、また学校・教育法人、卸売業・商社、不動産業が40%以上と続いています。困難な業種として、医療、福祉関連、飲食業・飲食関係、運輸・運送・倉庫業は2割を切る実施率とのことです。

 

2 テレワーク就業規則の策定について

多くの企業では就業規則は変えず、付則としてテレワーク勤務規程を作成しているところも多いと思われます。週に1、2日程度の在宅勤務であれば、勤務制度を大きく変える必要はない、またモバイルワークの場合は、外出規程をそのまま適用する企業も多いと思います。

しかし、改めて考えてみますと、ICT情報通信技術を活用し、時間や場所に制約されない働き方を柔軟に取り込もうとするならば、就業規則もこれに応じて見直すことも必要でしょう。

テレワークを導入する場合には、テレワークを命ずることに関する規定を就業規則に定める必要があります。これに関する労働時間や通信費などの負担に関する規定も含まれます。

在宅勤務規程については、厚生労働省から「テレワークモデル就業規則~作成の手引き~」が公表されていますので参考になさってください。

https://www.tw-sodan.jp/dl_pdf/16.pdf

 

通常の労働時間制では、一日8時間、一週40時間(労働基準法32条)の規制がありますが、テレワークにも適用され、オフィス勤務と同じ扱いです(但し、常時10人未満の従業員を使用する①商業、②映画・演劇(映画の製作を除く)、保健衛生業、接客娯楽業について1週は44時間)。同様に、時間外や休日労働についても上司からの命令があった場合に可能で、その場合は会社側は通常の勤務と同じように時間外労働や休日労働の割増賃金を支払うことになります。

 

ちなみに、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定をすることが難しい場合には、所定の労働時間を労働したものとみなす「事業場外みなし労働時間」制度を適用することが考えられます。この制度の導入は、労働者の通信機器が使用者の指示では常時通信可能な状態になってはいないことを前提とします。

 

テレワーク制度を採用する場合には、業務の開始及び終了の報告、連絡体制、通勤手当など、在宅勤務であるからこそ特に決めておかなければならない点があると思います。

 

3 勤務環境の整備を

テレワークはフレックスタイムなどとは違い、制度や勤務時間を変えるだけでなく、①環境を構築する必要がある、②セキュリティ―対策をとる、③勤務時間を把握する、④仕事の評価をどうするのか、などの課題があります。

また、それ以前に、データの電子化、ハンコ(判子)文化の見直しなどがあります。

 

4 情報管理体制の整備も

情報管理体制に問題があれば、従業員の過失によって、情報漏洩が発生し第三者に損害を与えたときに、使用者責任(民法715条)が問われ、裁判例もあります。テレワークの実施のために、業務データを持ち出したり、社外利用するについての社内規程の整備をすることが欠かせません。データを重要度に応じたレベルに分け、取扱い方法について定期的にチェックしたり研修したり、パスワードや多要素認証など通信セキュリティ―に関する課題も重要です。システムやデータの取扱要領が有名無実化していないかの点検も怠らないように気を付けたいものです。

<池田桂子>

 

商標等の「商標的使用」は許されるか、-「商標としての使用」を比較して-

商標は、事業者が、自らの取扱い商品や役務(サービス)を他人のそれらと区別するために商品または役務について使用する標識をいいます。商標は、こうした自他を識別する機能だけではなく、出所表示機能、品質保証機能、宣伝広告機能を有するもので、事業者はその維持に多額のコストを投じています。そのため、その社会的、経済的な有用性に注目し、登録された商標には、商標権として、これを権利として保護し(商標権)、また、登録されていなくても、著明又は周知な商品等表示については、これと同一ないし類似の表示の使用が禁じられており(不正競争防止法)、他人がこうした商標、表示を使用した場合には、権利者から、その差止、損害賠償を求められたり、場合により、刑事事件として刑事罰を受けることもあります。

 

但し、この場合には、登録商標や表示が自他識別機能、出所表示機能を果たすような態様で使用されること(商標的使用といいます。)が必要であることが、判例上、また、商標法上明文化されています(同法26条1項6号)。

今回は、他メーカーの浄水器にのみ使用出来る交換カートリッジを仮想店舗で販売している業者が、そのメーカーから、商標権侵害等を理由にその差止等を求められた事例をご紹介して、「商標としての使用」について考えてみたいと思います(知財高裁判決 令和元年10月10日、裁判所のウェブ上(https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/074/089074_hanrei.pdf)で判決が紹介されております)。

 

原告(X)は、浄水器等の製造・販売を業として、「タカギ」という商標を有し、それを商品等に表示をしており、被告(Y)は、前述の通り、楽天市場内の仮想店舗で、Xの浄水器のみに使用できる交換カートリッジを販売し、Yは、HTMLファイルのタイトルタグ及びディスクリプション・メタタグに「タカギ」を含む以下のような記載をしていたものです。

はじめの記載は、

「タカギ 取付互換性のある交換用カートリッジ・・・。※当該製品は、メーカー純正品ではございません。」

その後、記載の内容が変更され、

「タカギに使用出来る取付互換性のある交換用カートリッジ・・・。※当該製品はメーカー純正品ではございません。」

さらに、再変更され、

「タカギの浄水器に使用できる、取付け互換性のある交換用カートリッジ」

という、いずれも登録商標である「タカギ」を含む記載があります。

その結果、「タカギ カートリッジ」等と検索をすると、タイトルタグの一部がタイトルとして表示され、楽天市場にはタイトルの横にYの商品の画像が表示され、グーグルでは、メタタグの全体が表示されていたものです。

 

これに対して、知財高裁は、はじめの記載は、Y商品の出所が、Xであると示すもので、違法なものとして損害賠償請求を認めています。ところで、Yの表示には、「取付互換性のある」とか「当該製品はメーカー純正品ではございません」といういわゆる打消し表示ないしそれに近い表現があり、カートリッジのメーカーがXでないことを表示しているのではないか、という疑問があります。前者については、裁判所は、メーカーが同じ商品間でも「互換性」という語は用いられていて意味が明確ではなく、後者についても、わかりにくい記載で需要者が注意深く読むとは限らず、また、当該記載が末尾に記載されて、常に需要者に認識されるとはいえないと判断しました。

 

ところが、変更後や再変更後の記載については、カートリッジの出所がX(タカギ)であることを表示したものとはいえないとして、請求を認めません。 一見すると、変更前後で、表示に大きな差は認められない様にも思いますが、判断が分かれたのは、なぜでしょうか。それは、変更後の表示は、「タカギ」という3文字の後に「に」あるいは、「の」という助詞が付加されている点です。

 

この「に」や「の」が入ることで、カートリッジがX製の浄水器に使用できるものであるという商品内容としてひとまとまりの文章として理解出来るということです。この場合には、需要者としても、この表現では、販売している商品の出所が、「タカギ」であることを表示したものとは言えないという解釈です。

 

確かに変更前の記載は、メーカー純正品と自己製品との垣根を微妙にあいまいにしていることがあり、その点を狙っていた節もありますが、やはりその点を裁判所は、見逃さなかったということでしょうか。「商標的使用」の限界事例としてご紹介します。

(池田伸之)

 

新型コロナウィルス感染拡大防止対策に関連する個人情報取り扱いの留意点

1 新型コロナウィルス感染拡大防止対策の一環で,事業者は,訪問者や従業員から,発熱・新型コロナウィルス特有の症状の有無,渡航歴,濃厚接触者に該当するかどうかのヒアリングをすることがあります。また,社内で感染者が出た場合,企業はその事実をニュースリリース等で公表することが多いと思います。

このような情報の取得等の各場面では,個人情報保護法に抵触しないかを検討する必要があります。本ブログでは,新型コロナウィルス感染拡大防止対策に関連する個人情報取り扱いの留意点を簡単にご紹介します。

 

2 取得する情報の例
前述の,発熱・症状の有無,渡航歴,濃厚接触者に該当する事実は,各個人に紐づき,事業者において当該個人を識別できる状態で取得されることがほとんどだと思います。完全に個人との紐づきを捨象し,統計データ化している等の例外的な場合でなければ,これらの事実は,個人情報に該当します。

また,新型コロナウィルス陽性であるという病院・保健所の検査結果は,要配慮個人情報として,単なる個人情報以上に厳密な取扱いが要求され,取得にあたり原則として本人の同意が要求されます。

 

3 留意点
次に,上記の情報を取得,公表,第三者に提供するにあたっての留意点を解説します。
⑴ 取得時
個人情報の取得にあたっては,適正な手段で取得すること(個人情報保護法17条1項。以下は法律名は省略します。),利用目的を予め公表している場合でなければ本人に速やかに通知または公表すること(18条1項)が必要です。

事業者が,訪問者や従業員から,症状・発熱の有無,渡航歴,濃厚接触者該当性をヒアリングする際は,書面または口頭で新型コロナウィルス感染拡大防止の目的を明確に伝えることでこれらの要件はクリアできます。また,社内規程やプライバシーポリシーに規定された,個人情報の利用目的から,新型コロナウィルス感染拡大防止が読み取れれば,「利用目的を予め公表」しているといえるでしょう。これを機に,社内規程,プライバシーポリシーの見直しをしてみてはいかがでしょうか(池田総合法律事務所でご相談を承ります。)。

そして,取得する情報が,新型コロナウィルス陽性の診断結果,罹患の事実といった要配慮個人情報にあたる場合は,原則として本人の同意を得る必要があります(17条2項)。ただし,本人から直接書面または口頭等により情報を取得する限り,本人が情報を提供したことをもって,同意をしたと解釈できますので(個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン通則編3-2-2,36ページ参照https://www.ppc.go.jp/files/pdf/190123_guidelines01.pdf),別途同意書やオンラインのフォームを用意する必要はありません。

⑵ ニュースリリース等による公表
新型コロナウィルス感染者が社内で発生した場合,ニュースリリース等で社外に公表することが考えられます。

公表内容が,社内の感染者発生の事実,その後の社内対応(例:感染者が発生したオフィスの消毒,濃厚接触者隔離措置等の実施の事実)という,感染者本人を一切特定しない形であれば,感染者本人の同意を得る必要はありません。

しかし,新型コロナウィルス感染の事実は,非常にセンシティブな情報です。

そのため,情報の公開や後述の第三者への提供にあたっては慎重な姿勢が求められます。トラブル防止のため,ニュースリリース等による社外への一般公開の情報は,感染者本人を特定しない形になっているか,公開前にしっかり検証する必要があります。

⑶ 第三者への提供
情報の一般公表ではなく,特定の第三者に,感染者本人を特定できる形で情報を提供する場面も想定し得ます(個人データの第三者提供,23条1項)。例えば,社員が新型コロナウィルスに感染しており,当該担当者が接触していた取引先にその旨情報提供する場合です。

個人データの第三者提供にあたっては本人の同意が必要です。

しかし,上記の場合のように,事業継続,二次感染防止,公衆衛生向上の必要が認められる場合は,本人の同意は不要とされています(個人情報保護委員会「新型コロナウィルス感染症の拡大防止を目的とした個人データの取扱いについて」参照。https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/covid-19/)。

 

4 以上のとおり,個人情報の取得等が,新型コロナウイルス感染拡大防止目的である限り,個人情報保護法は,事業者にそれほど厳密な規制を課すわけではありません。しかし,新型コロナウイルスに関係する個人情報,個人データのセンシティブな性質に鑑みて,事業者に慎重な姿勢が求められるのは言うまでもありません。不安のある方は,池田総合法律事務所にご相談ください。また,池田総合法律事務所は,新型コロナウイルス感染症関連情報の特設ページをご用意していますのでこちらも合わせてご参照ください(https://ikeda-lawoffice.com/covid-19/)。                        <藪内遥>

パワハラ防止法について

2019年5月に成立した改正労働施策総合推進法(以下「パワハラ防止法」といいます。)の施行が2020年6月1日(対象は大企業。中小企業は2022年4月施行予定)と、目前に迫ってきました。

そこで、今回は、どのような行為がパワハラ行為に当たるのか、また、パワハラ防止法により、企業にどのような行為が義務付けられるのかについて、簡単に解説したいと思います。

 

1.パワハラとは

パワハラとは、パワーハラスメントの略で、優位的な立場にある者が、下の立場の者に対し「自らの権力や立場を利用した嫌がらせ」を行うことを言います。

厚生労働省の定義によると、職場におけるパワーハラスメントは、以下の3つの要素をすべて満たすものとされています。

① 優越的な関係を背景として、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動によって、

③ 就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)

 

①優越的な関係を背景とした行為の例には、つぎのようなものがあります。

  • 職務上の地位が上位の者による行為 ●同僚又は部下による行為で、当該行為を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの ●同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの

②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動の例には、つぎのようなものがあります。

  • 業務上明らかに必要性のない行為 ●業務の目的を大きく逸脱した行為 ●業務を遂行するための手段として不適当な行為 ●当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える行為

③身体的若しくは精神的な苦痛を与える行為の例には、つぎのようなものがあります。

  • 暴力により傷害を負わせる行為 ●著しい暴言を吐く等により、人格を否定する行為 ●何度も大声で怒鳴る、厳しい叱責を執拗に繰り返す等により、恐怖を感じさせる行為 ●長期にわたる無視や能力に見合わない仕事の付与等により、就業意欲を低下させる行為

 

2.企業に義務付けられる内容

パワハラ防止法により、企業には以下の措置が義務付けられるようになります。

(1)まず企業は、パワハラを防止するため、従業員が相談出来る窓口を設け、相談内容に応じて、適切に対応できるような体制を整えておかなければなりません(労働施策総合推進法30条の2第1項)。

(2)つぎに企業は、従業員が(1)の相談を行ったこと等を理由として、当該従業員に対して解雇その他の不利益な取り扱いをしてはなりません(労働施策総合推進法30条の2第2項)。

(3)また企業は、パワハラに当たる行為を行ってはならないこと及び当該行為に起因して起こり得る問題等について、従業員に対し研修を実施するなどして、従業員の理解を深めるよう努めなければなりません(労働施策総合推進法30条の3第2項)。

(4)また企業(役員)自らも、パワハラ問題に対する関心と理解を深め、従業員に対する言動に必要な注意を払うように努めなければなりません(労働施策総合推進法30条の3第3項)。

なお、パワハラ防止法には、企業が違反した場合の罰則規定は設けられていません。しかし、上記(1)や(2)に違反した企業が、厚生労働大臣の指導・勧告に従わない場合は、その旨が公表される可能性があり、企業イメージが大きく毀損することとなります。

また、パワハラを受けた労働者から、慰謝料の支払い等を求めて、裁判を起こされる可能性もあり、実際にもこれまでに多くの裁判が行われてきました。

パワハラは、大きな社会問題となっており社会の関心も高く、企業にとって避けては通れない問題となっています。

池田総合法律事務所は、企業からのご相談も積極的に受けております。パワハラを防止するための体制の整備や、パワハラが起きてしまった場合の対応等について、ご相談されたい場合は、是非お気軽にお問合せください。

以上

(石田美果)

事業の継続、廃止に向けた手続きについて

1.事業の継続に向けた手続き

(1)債権者との交渉

緊急事態宣言が継続されている現下の状況では、将来に向けた収支見込みが立たないのが実情です。

企業として体力があり、コロナ禍の中、資金繰りが出来る、あるいは、金融機関その他の債権者からの一時的な返済猶予が得られることが前提となりますが、今後、コロナによる影響が減じ、収支見込みが立つようになり、営業利益がプラスとなった時点では、金融機関などの債権者に対し、長期的な返済猶予や債務(元金、金利)カットの交渉をするということが考えられます。

その際は、企業のおかれた状況や経営者の個人資産も含め、資産負債の状況などを誠実に開示したうえで、金融機関とのミーティングを重ね、合意に向けた交渉をすることになりますが、全債権者から、猶予にとどまらず、債権カットの合意が得られたときは、金融機関側の無税償却の必要上、その合意内容を一定の司法的ないし準司法的な手続きで確認する必要があります。一般的には、特定調停手続を利用した手続がよく利用されます。

(2)M&Aの活用

また、事業自体は価値や独自性があって買い手があるような場合は、事業や雇用を継続する前提で、第三者に事業を売却して(手法として第二会社を設立するなどの方法があります。)、その売買代金で、債権者に債権額に応じて弁済し 、支払えない部分は、会社を破産、あるいは、特別清算という法的手続で、清算するという方法もあります。

その場合には、M&Aなどの手法で廃業を公的に支援する制度があります。詳細は、事業引継ぎ支援センター に関する当事務所の法律コラム(2015年8月11日「中小企業のM&A―『事業引継ぎ支援センター』って何?」を参照ください。

https://ikeda-lawoffice.com/law_column/

中小企業の%ef%bd%8d%ef%bc%86%ef%bd%81%ef%bc%8d「事業引継ぎ支援センター」

(3)民事再生手続

債権者との交渉の中で、一部の債権者が債権カットなどについて反対し、全債権者の同意が得られないときは、民事再生手続という法的な手続きが可能です。

民事再生手続では、手続きの中で再生計画案を提示し(たとえば、債権額の20%を5年で毎月分割弁済し、残りの80%は免除してもらう。)、会社の場合、債権者の頭数の過半数及び債権額で2分の1以上の賛成が得られれば、再生計画案が認可され、その再生計画に従って弁済をすることになります。他方で、この賛成が得られないときは、会社の場合には、申立が棄却され、自動的に、破産手続へ移行する(牽連破産といいます。)ことになり、注意が必要です。

個人の場合は、債務総額が5000万円以下その他の要件がありますが、小規模個人再生という比較的簡易な再生手続きが認められています。この場合は、不同意の債権者が頭数で過半数、債権額で2分の1を超える場合には、計画案は認められませんが、「不同意」でなければよく、積極的に同意してもらう必要まではありません。

以上のように、大口の債権者が強硬に反対しているときは、慎重に検討する必要があり、その場合には、事業継続を断念して、事業を廃止して、破産などの手続を取ることにならざるを得ません。

 

2.事業の廃止に向けた手続き

(1)債務の弁済が可能な場合

資産で、債務の弁済が可能な場合は、会社の場合は、会社を解散して、清算手続を取ることになります。

清算手続の中では、清算人が(それまでの代表者が清算人となるケースが多いと思います。)、会社資産を換価し、契約関係については解消し、従業員は解雇し、債務の弁済をしていくことになります。

資産の換価をした結果、債務の弁済の見込みの立たないときは、そのまま、清算手続きを取ることは出来ず、清算人は破産申立の手続きを取らなくてはいけません。債務の中には、従業員の解雇予告手当や退職金(規定のある場合)も含まれますので、注意が必要です。

(2)債務の弁済が不可能(債務超過)の場合

債務の弁済が、資産では不可能な場合は、破産手続を取って清算することが考えられます。

 

3.個人保証への対応

金融機関などからの借り入れに際しては、ほとんど、会社経営者やその親族が連帯保証人となっているため、会社が再生手続や破産手続をとり、債務カットがなされた場合、そのカットされた債権につき、連帯保証人としての責任が残ります。その責任を法的に免れるためには、連帯保証人自身も、破産ないし民事再生の手続きを取ることも一つの方法です。

そのほか、経営者保証ガイドラインによる処理の運用が定着し始め、前述の特定調停と組み合わせることによる解決手法が広がりつつあります。債権者との合意が前提となりますが、破産と比べて、自由になる財産の範囲が広がり、費用も低額で、経営者にとっては有利な解決方法です。

詳細については、当事務所のブログ(2015年6月8日「経営者保証ガイドラインの活用について」https://ikeda-lawoffice.com/law_column/経営者保証ガイドラインの活用について/  2019年2月13日「経営者保証ガイドラインによる解決の手法が広がり始めている~代表者の保証債務からの解放・軽減~」https://ikeda-lawoffice.com/law_column/経営者保証ガイドラインによる解決の手法が広が/)を参照ください。

 

4.その他のサイトのご案内

コロナ問題に特化したものではありませんが、特定調停手続その他の手続きを説明したものとして、法務省のサイトwww.moj.go.jp/MINJI/minji07_00023.htmlがあります。

また、経営者保証ガイドラインの説明をしたものとして、中小企業庁のサイトhttps://hosho.go.jp/があります。

 

5.ご注意

以上いろいろな手続きについてご説明をしましたが、いずれの手続ついても、弁護士、税理士、裁判所などの専門家、国家機関の力を借り、ご本人自身にも頑張っていたただいて、苦境を解決していく手法です。手続により所定の費用の高低はありますが、弁護士費用、申立費用、裁判所への予納金などといった形で、金銭が必要となります。最後まで頑張って精神的にも、金銭的にも、全く余裕をなくしてしまった状態では、必要な手続きが取れません。少し先を見越し、早め早めにご相談をすることをお勧めします。

(弁護士 池田伸之)

新型コロナウイルス感染症と賃料・テナント料

1 はじめに

新型コロナウイルス感染症により、店舗やオフィスを賃貸借している法人・個人事業主では、売上げが十分に立たないため、賃料・テナント料の支払いが苦しくなってきています。

他方、貸主である大家も、法人や個人事業主であることが多く、その場合、大家も金融機関からの融資の返済や固定資産税等の納税のため、賃料・テナント料の収入がなくなると、経営が立ちゆかなくなることが起こりえます。

なお、賃料・テナント料については、現在,政府が支援策を検討しているようですので、その動向に注意する必要があります。

 

2 賃借している法人・個人事業主(いわゆる「店子」)の場合

店舗やオフィスを賃借している法人・個人事業主については、賃貸借契約書上、新型コロナウイルスの影響で賃料を減額する権利があるとは言えないことが多いと思われます。

そうすると、大家側に対して、現在の経営状況、店舗であれば営業自粛要請の対象業種のために売上げが減少あるいは消滅したことを丁寧に説明して、大家の理解を得て、賃料減額に結びつける必要があります。

大家側としても、現在の経済情勢から、新しく賃借人を探しても、入居者がなかなか見つからず空室を抱えるリスクがありますので、平時よりも積極的に減額に応じてくれる場合があると思われます。

まずは、大家に対する現状の丁寧な説明から始める必要があります。

 

3 賃貸している法人・個人事業主(いわゆる「大家」)の場合

店舗やオフィスを賃貸している法人・個人事業主については、月額で返済している融資の返済額、固定資産税等の納税額、所有物件の維持・メンテナンス費用等のコストから導かれる損益分岐点までであれば、賃料の減額に応じることも検討する必要があります。

それは、上記のとおり、店子が退去した場合、空室のリスクが生じますので、現在の経済情勢では空室リスクを抱える期間の予測が全く不可能であるためです。

そこで,例えば,合意によりあらかじめ元の賃料に戻る時期を定めた一時的な減額をするという方法なども考えられるところです。

そして,賃料の減額に応じた場合には,損金算入が可能となる場合が例示されています(https://www.mlit.go.jp/common/001343017.pdf)ので,減額に応じて損金算入し,将来的な税負担を軽減するという考え方もありえます。

また、店子からの賃料減額については、単純に賃料の減額に応じた場合、新型コロナウイルスの問題が落ち着いたあとも、減額した賃料のままで賃貸借をしたいと言われ、元の賃料水準に戻せないリスクもあります。このリスクを回避するためには、一度、満額での賃料を受領し、そのうちの一部を経営の支援として、大家から店子に支払う(返金する)という方法もあり得ると思われます。この場合,国税庁の例示で損金算入できる場合に当たり得るのかは別途判断する必要があります。

〈小澤(こざわ)尚記(なおき)〉

新型コロナウイルス感染症と雇用関係

 はじめに

新型コロナウイルス感染症と雇用関係等について、厚生労働省が詳細なQ&Aを公開しています。

厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html)をご参照ください。

 

2 従業員を休業させる場合

新型コロナウイルス感染症を原因として、従業員を休業させる場合、休業手当を支払うべき義務があるかどうかは議論のあるところです。

雇用主に責任がある場合の休業の場合、雇用主は休業期間中の休業手当(平均賃金の60%以上)を支払わなければなりません。

しかし、政府による緊急事態宣言が出ており、かつ、営業の自粛要請が出ている業種について、在宅勤務も不可能であれば、雇用主に責任がある休業とはいえず、休業手当を支払う必要が無いとも解釈できるためです。

もっとも、どの法人、個人事業主でも、雇用している従業員を無給のまま休業させ、生活ができないような状況にするのは本意ではないはずですので、可能な限りで休業手当を払うことになるのではないかと思われます。

 

3 従業員を解雇せざるを得ない場合

法人や個人事業主が、人件費負担をしたままでは事業を残すことができないと判断した場合、従業員を解雇せざるを得ない場合があります。

こういった場合のことを「整理解雇」と言いますが、整理解雇は裁判例において、4つの要件があって解雇が有効とされています。

具体的には、①人員整理を行う必要性、②できる限り解雇を回避するための措置を尽くしたか、③解雇労働者の選定基準が客観的・合理的であるか、④労働組合との協議や労働者への説明が行われているか、の4点です。

新型コロナウイルスの影響で、事業継続が立ちゆかなくなりつつある場合には、整理解雇の有効性は認められやすいと思いますが、従業員に対して例えば「新型コロナウイルスのために解雇します」という説明だけでは④の点が不十分と評価される可能性がありますので、できる限り詳細に説明を行い、説明した事実を書面で残しておくことが必要となります。

 

〈小澤(こざわ)尚記(なおき)〉

賃貸アパート経営における民法改正の影響(連帯保証について)

アパート等を賃貸する際に、家賃等の支払いを担保するため、個人の連帯保証人をつけることが一般的によく行われています。そうした保証について、2020年4月から施行された新しい民法(新民法)では、いくつかの重要な改正がなされました。
今回は、不動産を賃貸する際の個人の連帯保証人に関して、実務上大きな影響を及ぼすと考えられる改正点について説明します。

1 契約を締結する段階
連帯保証契約を締結する(連帯保証人をつける)段階で注意すべき点として、
①契約書に連帯保証の極度額(上限)を定めることが必要になったこと
②「事業用に」賃貸するにあたって、賃借人(借主)から連帯保証人に対する財産の状況などの情報提供がなされているか確認する必要が生じたこと
について説明します。

(1)①契約書に連帯保証の極度額(上限)を定めることが必要になったこと
ア 改正の概要
アパート等の賃借人が家賃や原状回復費などの支払いをしなかった場合、賃貸人(大家)としては、保証人に請求することができます。保証人としては、賃貸借契約から生じるあらゆる賃借人の債務について保証することになるのですが、このような継続的債権関係から生じる不特定の債権を担保するための保証を、法律上「根保証(ねほしょう)」といいます。
ところで、これまでの賃貸借契約に伴う保証契約(賃借人の債務の保証)では、保証する金額の上限が特に決まっていなかったため、例えば、賃借人が何年も家賃を支払っていなかった場合など、思いもよらない金額を請求されることもありました。
今回の改正では、個人が根保証の保証人となる個人根保証契約について、予め契約書に保証する金額の上限(「極度額」といいます)を記載しておかなければ、保証契約自体が無効になるようになりました(新民法第465条の2)。
イ 具体的な対応
賃借人の債務を保証する連帯保証契約(ただし個人が連帯保証人になるもの)のうち、2020年4月1日以降に締結するものについては、契約書に極度額を記載する必要があります。
この際の極度額の記載方法は、「●●円」と金額を明示する方法や「家賃の●か月分」と記載する方法が考えられます。「●●円」という記載は特に問題がありませんが、「家賃の●か月分」という記載の場合には、同じ契約書の中に家賃の金額(「賃料月額10万円」など)が記載されている必要があります。また、「家賃の●か月分」という記載の場合に、後に賃料が増額された場合であっても、極度額は変わりません。
例:賃料10万円 極度額:家賃の3か月分と記載した場合
→ 極度額は30万円で確定
(後に家賃が11万円に増額されたとしても、極度額は30万円のまま)
賃料の変動にあわせて極度額を変更したいと考え、「賃料額が増額された場合には極度額も変更される」といった特約をもうけてしまうと、極度額が適切に定められていないとして連帯保証契約自体が無効になると考えられていますので注意が必要です。

(2)事業のために賃貸借契約を締結する場合の情報提供義務
ア 改正の概要
新民法では、事業のために負担する債務について、個人に保証の委託をする場合に、主債務者は、保証の委託を受けた者に対して、①財産及び収支の状況、②主債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況等について情報を提供しなければならないと規定されました(新民法第465条の10第1項・第3項)。
主債務者がこの情報提供義務を怠ったために保証人が主債務者の財産状況等について誤認をし、それによって保証契約を締結した場合には、情報提供義務違反があったことを債権者が知っていたか、もしくは知り得たことを条件に、保証契約の取消しができます。
イ 具体的な対応
賃貸借契約においても、対象の物件が店舗や事務所等の事業用に使用される場合には、この条項が適用されます。
したがって、賃借人としては、賃貸借契約と連帯保証契約を締結するにあたって、賃貸物件の使用目的が事業用か否かを確認するとともに、事業用である場合には、賃借人が情報提供をしたことを確認する必要があります。

2 賃貸借契約の継続中や連帯保証人への請求段階
賃貸借契約の継続中や連帯保証人に請求する段階で注意すべき点として、
①賃借人の家賃等の支払い状況に関する情報提供義務が定められたこと
②賃借人や連帯保証人が死亡した後に生じた債務については、連帯保証人に請求できなくなったこと
について説明します。

(1)賃借人の家賃等の支払い状況に関する情報提供義務
ア 改正の概要
新民法では、債権者は、主債務者から委託を受けて保証人となった者から請求された場合には、遅滞なく、債務の不履行(未払い)がないか、不履行がある場合がある場合にはその金額等の情報提供をする義務が生じることとなりました(新民法第458条の2)。
イ 具体的な対応
賃貸借契約においても、債権者である賃貸人は、連帯保証人から請求されときには、家賃等の未払いがあるかどうかや、家賃等の未払いがある場合の金額等について、連帯保証人に情報を提供しなければなりません。
賃貸人としては、連帯保証人から請求があった場合に対応ができるよう、予め準備をしておく必要があります。

(2)賃借人や連帯保証人が死亡した際の注意点
ア 改正の概要
個人根保証契約について、主債務者や保証人が死亡した後に発生した債務については、保証の対象とならないこととされました(新民法第465条の4)。法律上は、主債務者の死亡や保証人の死亡により、元本が確定するといいます。
従前は、連帯保証人が死亡した場合、連帯保証人の相続人は、その法定相続分に応じて、連帯保証債務を相続するものとされていました。
これに対し、新民法では、連帯保証人が死亡した後に発生した債務については、連帯保証の対象とならないことなります。
イ 具体的な対応
上記の改正により、連帯保証人は、賃借人の死亡後に発生した家賃の未払いが生じた場合であっても、家賃を代わりに支払う必要はありませんし、連帯保証人の相続人は、連帯保証人が死亡した時点ですでに未払いとなっていた分だけを支払えば足りることとなります。
このように、連帯保証人としては、責任の範囲が限定されるため、思いもよらない金額を支払わなければならないという事態は少なくなるものと思われます。
他方で、賃貸人としては、賃借人や連帯保証人の死亡後の債務については連帯保証人に請求することができなくなりますので、注意が必要です。
すなわち、賃貸借契約が続いている間に賃借人が死亡した場合、相続人は、賃借人の地位を相続するため、相続人の中で、賃借人が住んでいたアパート等に住みたいという人がいた場合、原則として、賃貸人はそれを拒絶することはできません。しかしながら、こうした相続人が家賃を滞納した場合、賃貸人は連帯保証人に請求することはできないのです。
対策としては、賃借人が死亡した際や連帯保証人が死亡した際には、改めて連帯保証人をつけるよう契約書に明示しておく方法が考えられますが、実際には、滞納が生じて初めて賃借人や連帯保証人が死亡したことに気づくということも十分あり得ます。そのような場合には、連帯保証人に請求することができませんので、未払額が膨らむ前に早めにの対応することが肝心といえます。
また、この改正は連帯保証人が法人の場合には適用されませんので、家賃保証会社等法人による連帯保証を使うのも一つの方法です。

3 新民法の規定の適用時期
これまで説明した新民法の規定は、2020年4月1日以降に締結する契約について適用されます。
したがって、2020年3月31日以前に保証契約を締結していた場合には、こうした新民法の規定は適用されません。

以上のとおり、保証に関する改正は、賃貸アパート経営に大きく影響を及ぼすものと考えられます。契約締結段階から請求段階まで様々な対応が必要となりますので、不安をお持ちの方は、池田総合法律事務所までご相談ください。   (川瀬裕久)

〈5月7日スタート〉法人・個人事業主様向け無料法律相談開始のお知らせ

 池田総合法律事務所では,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による社会情勢の劇的な変化により,事業上で様々な影響を受けている法人・個人事業主様向けに,5月7日から5月末まで期間限定の無料での法律相談を始めます。

 法律相談を希望される法人・個人事業主様は,まず電話(052-684-6290)にて当事務所にお申し込みください(受付時間・平日午前9時30分から午後4時30分まで)。ホームページのお問い合わせフォームに入力していただいて,お申し込みいただくこともできます。

 また,不要不急の外出の自粛が求められておりますので,無料法律相談の方法は,①ZOOM,②Skype,③電話から,お申し込み時に,ご相談様にご指定いただく形式といたします。

 法律相談の内容は,「労務(労働)・雇用」,「家賃」,「事業の継続または廃止に向けた債務整理,再生,破産手続等」に限定させていただきます。

 なお,法律相談時間は最大30分とさせていただき,それ以上の相談時間が必要な場合には有料相談(30分5500円(税込))をご案内させていただきます。

 大変な時期において,弁護士として,少しでも法人・個人事業主様を法的にサポートさせていただきますので,是非お申し込み下さい。